34
街には朝から昼に移り変わる時の独特な雰囲気が漂っていた。
最近は例の事件のこともあり、夜になると出歩く人が少なくなるが、この時間帯はまだいつも通り賑やかだ。
久しぶりに外に出れたので、自然と気分も上がる。
万が一何かハプニングがあった時のために予定時間よりも早めに出てきたので、ゆっくり散歩しても余裕はあるはずだ。
心地よい風を肌に感じながら歩いていると、前方に見覚えのある顔が見えた。
……あれは。
「ルカ?」
名前を呼ぶと、パッと顔が上がった。
あ、やっぱりルカだ。
驚いた顔をしている彼に手を振り、駆け寄る。
「ジゼル、随分と早く家を出たんですね」
「うん。余裕を持って出た方が安心かなと思って。ルカはどうしてここに?」
「これから貴女を迎えに行くつもりだったんです」
「え、そうなの?!私、流石に王宮までなら一人でも行けるよ?もう何回も行ってるし」
「それは分かってますが、心配だったので」
「……す、少し過保護じゃありませんかね?」
両親とのやり取りを思い出しながらつい本音を零すと、ルカはスゥっと目を細めた。
「過保護にならざるを得ないほど心配をかけているのはどこの誰ですか?」
「うっす。私ですね、すみません」
もう黙ろう。最近、何故か喋れば喋るほど墓穴を掘っている気しかしない。
「それに事情聴取をする場所は少し分かりにくいところにあるので、迷ってしまうかと思いまして」
「なるほど。ちなみに事情聴取って騎士団の人がするの?」
「いえ、僕がします」
「え!ルカが?」
「はい。他にも人はいますが、主に質問するのは僕です。それに事情聴取と言っても貴女はあくまでも被害者ですから、そこまで身構えずにありのままを話してくだされば大丈夫ですよ」
人生で事情聴取を受けるなんて経験がなかったので、少し緊張していたが、ルカが相手ならば安心だ。
私は彼の言葉に「そうする」と頷いた。
◇◆◇
「本日は御足労頂き、ありがとうございます。改めまして、王宮魔術師長のルカ・オーバリと申します」
「ジ、ジゼルです。よろしくお願いします」
形式上、自己紹介は必ずしないといけないらしいので、私も名乗るがなんか変な感じだ。
ルカの後ろには先日よりも少し真面目な顔をしたラクリオが立っている。
事情聴取をするという部屋は私が思っているよりも、華美な部屋だった。もっと質素な部屋に通されると思っていたので意外だったが、ルカが言っていた通り、私は罪を犯して事情聴取をされる訳では無いので客人扱いなのかもしれない。
「こちらは書記を務めるラクリオです」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げられたのでそれにならい、私も「よろしくお願いします」とお辞儀をした。
「後程、騎士団の人間も来ますが、まずは私共の方でお話を聞かせて頂けたらと思います」
「はい」
いつもと違う二人の雰囲気に引っ張られガチガチになっていると、ルカが、ふっと小さく笑った。
「まだ緊張してるんですか?」
「さ、さっきまではしてなかったけど、ルカの言葉遣いとかがいつもと微妙に違うから……」
「それじゃあ騎士団の者が来るまではいつも通りで話しましょう。今はどうせ身内しかいませんから」
それは助かる。
「ラクリオも楽にしていいですよ」
「おっ、まじ?やったー!」
声をかけられた瞬間、ラクリオが大きく伸びをした。
そのあからさまな変わりように笑ってしまう。そう言えば、以前敬語は苦手だと言っていたし、こういう堅苦しいのも苦手なのかもしれない。
「ジゼルちゃん、久しぶりだね!また会えて嬉しいよ」
「私も。部屋に入った時はすごく真面目そうにしてたから、一瞬別人かと思っちゃった」
「えー、俺はいつも真面目だよ?」
「ふふ、そういうことにしておこうか」
「なにその含みのある言い方ー」
「……ちょっと待ってください」
ラクリオの変わらない様子に安心していると、ルカが訝しげな表情で会話を止めた。
「どうしたの?」
「あなた達、いつの間にそんな仲良くなったんですか」
「この前、王宮で偶然会ったんだよね?」
「そうそう。初対面の時は自己紹介も出来なかったから、その時にちょっとお話したら仲良くなっちゃってさ」
「ねー」と言うラクリオに私も「ねー」と返す。
「仲良くなりすぎじゃないですか?」
「そう?」
「ジゼルちゃんって呼び方も少し馴れ馴れしいと思うんですが」
「えー、いいじゃん。元々はオーバリの恩人かもしれないけど、今は俺の友達でもある訳だし」
「……恩人?」
「魔術師になるきっかけになった人なんだろ?」
ピクリとルカの眉が動いた。
「その話、ジゼルにしたんですか」
「え、うん。前に会話の流れでポロッとな」
「……成程。ジゼルに話したのはお前だったか」
「へ?」
低い地を這うような声にラクリオがキョトンとした顔になる。
「ラクリオ、後で大切な話があるので時間を作っておいてください」
「えーっと。なんか分かんないけど、もしかしてすんごい怒ってたりする?」
「どうでしょうね。見て分かりませんか?」
ニコリと微笑むルカはそれはそれは美しいが、彼から発せられる怒気が恐ろしすぎてそれどころでは無い。
ラクリオもルカの怒りを正確に感じ取ったのか「ぴぇ」と涙目で奇声を上げた。
「え、なんで?今のどこにガチギレの要素あった?」
「てめぇの胸に手を当てて考えてみたらどうでしょう?」
乱れた言葉遣いにヤバい、と思った私は話を逸らすべく「えーっと!」と大声を出す。
「そ、そろそろ事情聴取始めない?」
事情聴取を受ける側が提案するというなんとも間抜けな状態だが、ルカは「確かにそうですね」と同意してくれた。
「彼との話し合いはいつでも出来ますから」
あ、これ状況変わってないや。
ラクリオは私の質問に答えてくれただけで何も悪くない。
こちらの事情に巻き込んで、怒られるのは気の毒だ。後でもう一度ちゃんと釘を指しておかなければ。
「それではまずは事件当日のジゼルがどのような流れであの場に遭遇したのか、改めて最初から話して頂いても良いですか?」
ルカの質問に答えながら、心の中でラクリオにごめんね、と手を合わせた。
事情聴取は大方、順調に進んで行った。
ラクリオも事情聴取が始まると少し落ち着き、書記の仕事をしっかりとこなしている。時々「大変だったねえ」とか「ジゼルちゃん、勇気あるね」といった合いの手が入るが。
「……これで僕達からの質問は以上になります。最後に、これは僕の個人的な興味からの質問なんですが、ジゼルはあの木偶はどういう物であると考えていますか」
ルカからの問いに私は当時のことを思い出す。
「動きの滑らかさから見てあれはカラクリではなく、魔道具だと思うんだけど、違う?」
「確かに調べた結果、あの木偶は魔道具でした。しかし、あのような魔道具は世の中に流通していないのでまだ分かっていない事が多いです」
「あの木偶が動いている時、私とあの女の子の他に人影はなかったから、恐らく元からどういう行動を取るのかを設定した回路が埋め込まれているか、遠隔操作で動かしているかのどちらかだよね」
「はい、僕達もその二つのどちらかであると思います。問題は誰がアレを作ったのか」
「さっき、ああいう魔道具は世の中に流通していないって言ってたよね。アレに似た魔道具を研究開発してる所もないの?」
「はい。僕達が把握している範囲の魔道具屋や商会であのような魔道具を研究している者はいませんでした。しかし、あの魔道具は相当精巧に出来ています。もしもゼロからあれを作ろうと思ったらかなりのコストと時間と必要とするはずです」
「そうよね。あれを作るだけの財力があって、なおかつ技術も持っているとなると、それこそどこか大きな魔道具屋の店主とかじゃないと……」
しかし、そのような魔道具を研究している者は見つからなかったとルカは言っている。
「……普通、魔道具には多少なりとも作った人間の癖が出るでしょう?魔力の痕跡も残るはず。それも調べたのよね?」
「はい。現在王宮に登録されている魔術師や魔道具屋のデータと照合しましたが、誰とも一致しませんでした」
通常、魔道具屋は店を新たに開店する時、王宮に様々な届けを出す必要がある。それに許可が降りて、初めて魔道具技師達は店を営むことが出来るのだ。魔術師もまたしかりで、王宮のデータに登録されなければ、魔術師を名乗ることは出来ない。
なので、この国の魔道具屋、魔術師であれば大抵は王宮のデータに登録されているはずだ。
残る可能性は登録を済ませていない違法な魔道具屋、魔術師か、もしくは……。
その時、部屋の扉が二回ノックされた。




