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「えーっと、本題っていうのはですね、今後の事件調査のことなんだけど……」
気のせいか、背後にブリザードが吹いてそうな雰囲気を纏っているルカに恐る恐る話を切り出すと、彼は訝しげに眉を顰めた。
「……まさか、まだ事件の調査をしたいって言うんですか?一体さっきの話はなんだったんですか」
「ち、違う違う!ルカの言う通り、こないだの件で私は犯人に認知されてる可能性もあるし、皆にも散々心配させちゃったからもう無茶なことはしないよ。ただ、事件を一刻も早く解決したい、カテリーナやボリスくんを苦しめている存在を捕まえてやりたいっていう気持ちは変わってない。……だから、私も事件の捜査に協力したいの」
「……それは結局、今まで通り貴女も調査がしたいということではないんですか?」
「ううん。そうじゃなくて、私がするのはあくまでも事件の情報提供だけ。私個人が事件の調査をすることは無いし、私に事件の進捗を教える必要も無い。第一、私は事件の被害者でもあるわけだからどのみち事情聴取は必要でしょう?」
「それは、そうですが……」
「私はあの木偶が動いているのをかなり長い時間見ているし、古い情報とはいえ元魔道具屋としての知識だってそれなりにある。なにか少しでも役に立てるかもしれない」
情報提供をするだけならば危険は無いはずだ、と続けると彼は難しい顔で黙り込む。
「ダメ、ですかね?」
「……本音を言うならば、貴女にはもう一切この事件には関わって欲しくありません。ですが、それは流石に過保護がすぎるということも自覚しています。なにより貴女の言う通り、こないだの一件がある以上は僕が嫌だと言ったところで、貴女への事情聴取は避けては通れません」
「つ、つまり?」
「……本当に今後一切、個人的な調査や軽率な単独行動をしないと約束するのならば、事件への捜査協力を願い申し上げます」
「し、します!もう二度と一人で勝手に突っ走らないって約束する!」
ブンブンと音がしそうなほど勢いよく首を縦に振ると、ルカは諦めのような呆れのような悟りのような複雑な感情が混ざり合ったなんと言えない表情になった。
「思えばこういう時、貴女は望みが叶うまでずっとしつこく、本当にしつこく粘り続けるから、最終的に折れていたのはいつも僕の方でしたね」
……こ、心当たりがありすぎて何も言えない。
「ただ、そのしつこさのおかげで僕が救われたのも事実なのでまた厄介なんですが」
「……え?な、なにそれ?どういうこと?す、救われたってなに?いつの話?」
今度は全く心当たりが無い。
言葉の意味を追求するが、ルカはスっと顔を横に背けた。
「教えません」
「な、なんで?!すごく気になるんだけど?!」
「一生モヤモヤしててください」
「酷い!」
「散々人の事を心配させた貴女に酷いだなんて言われたくないです」
「うぐ」
ピシャリと正論で跳ね返され、何も言えなくなる。
「ジゼル」
名前を呼ばれ顔を上げると、思いのほか真剣な顔をしたルカと目が合った。
「なに?」
「捜査協力の際も、今後日々を過ごす上でも、先程自分が言ったことを絶対に忘れないと約束してくれますか」
先程の言葉とは「もっと自分を大切にする」という話のことだろう。
「約束する」
私は、私を大切に思ってくれている人がいることを真に理解した。
自分の行動のせいでその人達を悲しませたくはない。
視線をそらさずに言い切ると、安堵したようにルカの顔が綻んだ。
「それなら良いです。情報提供の話に関しては、捜査の兼ね合いもあるのでまた後日、詳細が決まった時に手紙を送ります」
「分かった」
「それじゃあ、時間も遅いですから今日はそろそろお暇しますね」
「そっか。帰り道、気をつけてね」
「はい」
しかし、頷いたあともルカはその場を動かない。
「……ルカ?」
彼はニコリと微笑むと、何故か両手で優しく私の頭を包み込んだ。
次の瞬間、ルカの美しい顔が近付いてきて、額にふにっと柔らかいものが当たる。
「ん?」
理解が追いつく前に、ちゅっ、と可愛らしい音を立てて触れていたなにかが離れていく。
「んん?」
今の感触は……。
「こっちの心労を考えると、これくらいの褒美を貰っても罰は当たらないと思います。それではジゼル。おやすみなさい、良い夢を」
バタン、と目の前で扉が閉まった。
……い、いい今のって、今のって!!
顔が沸騰しそうな程に熱くなる。
驚きのあまり声も出なくて、魚のように口をパクパクと動かす。
「…………ル、ルカが悪ガキになったぁ」
数分後。ようやく口から出た声はとても情けないものだった。
彼の素はどちらかと言うと悪ガキ寄りなので、正確に言うと「悪ガキに戻った」と言う方が正しいかもしれないが。
いや、でもさっきのルカは昔の悪ガキだった頃ともまた違う気がする……。
あれは、私の知らないルカだ。
形容しがたい唸り声を上げながら、私は頭を抱えその場に蹲ったのだった。
◇◆◇
それから四日が経った頃、ルカから一通の手紙が届いた。
手紙には連絡が遅くなってしまったことへの謝罪と、私が正式に事件の関係者になったことが書かれていた。
私の立ち位置は一応、あの襲われていた少女と同じ『被害者』に分類されるらしい。
それと話していた通り、事情聴取を行うために王宮に来て欲しので都合の良い日を教えて欲しいという旨も書いてあった。
その後も何通かルカと私の間でやり取りがあり、手紙が届いた日から更に二日後。
「本当に一人で大丈夫なの?おかあさんも一緒に着いていこうか?」
「大丈夫だって、王宮は何回も行ったことあるし」
「でもまだ傷が痛むでしょう?」
「……おかあさん、何度も言ってるけど私の怪我はもうとっくに治ってるよ」
事件があった日からだいぶ時間が経ったので、流石に傷も癒えた。
まあ、多少傷が残っているところもあるが、日常生活に異常をきたすほどでもない。
心配性な私の母は昨日の晩、王宮に事情聴取を受けに行ってくると話してからずっとこんな感じだ。父も仕事に行くまでずっと心配してくれていたし、家を出る時も「僕が王宮で待ってるからね」と意味不明発言を残して出ていった。今回は父に会いに王宮に行くのでは無いので待っていられても困るのだが。
それに個人的にはココ最近はあまり出歩かないようにしていたこともあり、寧ろ元気がありあまっているくらいなのだが、両親にはいまいち伝わっていないらしい。
「人通りのある道しか通らないし、用事が終わったらすぐに帰ってくるし、ルカから新しく送ってもらった護身用の魔道具もあるから安全面も大丈夫だよ。もうこれ以上ないくらいに万全」
「……もし知らない人に声をかけられても着いていっちゃダメよ?」
神妙な顔で付け加えられて、私は遠い目で頷く。
つっこんだら負けだ。
「それじゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい。あ、お父さんに会ったら今日の夜ご飯はシチューですって伝えてあげてね」
「あー、うん。会えたらね」
やはりどこかズレた所のある母の言葉に頷き、私は家を出た。




