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「ほら、どんどん食べてねえ」
「沢山あるから遠慮せずに沢山食べて帰っていてね」
「はい、ありがとうございます」
エンドレスに食事を勧め続ける両親にルカはにこやかに答える。
彼が両親から受けとったお皿には山のようにおかずが盛られていた。先程からルカが食べて量を減らし、両親が減らした分だけまた新たに盛るということを繰り返している。
「もう、ルカのペースで好きに食べさせてあげなよ。このままのペースで勧め続けてたらお腹破裂しちゃうでしょ」
「あらあら、ごめんなさいねえ。勧めれば勧めただけ食べてくれるから嬉しくて、つい……」
「豪快にご飯を食べる姿っていうのは見てて気持ちいいからね」
「ルカも無理して食べなくてもいいんだからね?」
「いえ、本当に美味しいので無理なんてしてませんよ。……まあ、そろそろ満腹ではありますが」
ルカが苦笑した。
元々ルカはそこまで大食いでは無いのに、今日は勧められるままに食べていたから大丈夫かと心配していたが、やはりお腹一杯だったか。
「勧めてばっかじゃなくて二人も食べなよ。出来たてのうちに食べた方が美味しいでしょう?」
「そうね、私達も食べましょうか」
「うん。あ、この唐揚げすごく美味しい」
「本当?良かった。貴方が手伝ってくれたおかげね」
いつもの事なので娘の前でイチャつき始めた両親を放ってご飯を食べていると、ルカが隣でクスっと笑った。
「どうしたの?」
「いえ、素敵なご家族だなと思いまして」
「……そう?」
「はい、とても素敵です」
私も両親のことは大好きなので、否定はせずに「ありがとう」と感謝を述べる。
「仕事終わりで疲れてるだろうに、来てくれてありがとう」
昨日、手紙で「近日中に会って話したいことがある」という旨の手紙を書いてルカに送ったのだが、早速今日の朝ルカから「仕事終わりに家に伺う」と返事があったのでとても驚いた。
私的には、事件のことやらなんやらで忙しいだろうから一週間後くらいに会えれば良いと思っていたのだが、まさかここまで早く会ってくれるとは。
「いえ。元々今日か明日にはジゼルに会いに行こうと思っていたので気にしないでください」
「え、そうなの?」
「はい。魔術をかけたとはいえ、あの時の怪我の様子も気になっていましたし、何よりもあの日僕は少し感情的に話しすぎてしまったのでその事も謝らなければと思って」
「え、あ、いや、そんな、謝らないといけないのは私の方で……って、えっと、こういう話は後で部屋で改めてしよっか」
両親もいることだし、落ち着いて話せた方がお互い良いだろう。
私の言葉にルカは「そうですね」と眉尻を下げ、優しく笑った。
◇◆◇
食事を終え、食後のデザートまで食べ終えた私達は先程の話の続きをするべく、私の部屋に来ていた。
「……絶対に食べすぎた」
あまりの苦しさにお腹をさすりながらポツリと呟くと、ルカに笑われた。
「食後のガトーショコラも中々ボリュームがありましたもんね。僕も美味しいからと少し食べ過ぎました」
「両親にも付き合ってくれてありがとうね。あの二人、ルカが来るといつもよりテンション高くなるのよね」
「ジゼルのご両親と話しているととてもあたたかい気持ちになれるので全然気にならないですよ。寧ろ嫌われていなくてホッとしました」
「いやいや、ルカのことを嫌うとか絶対にないわよ。あの二人、ルカのこと大好きだもの」
ご飯はしっかり食べているのかとか無理していないかとか普段だって事ある事にルカについて聞かれるくらいだ。
「それは良かったです。将来的には一緒に暮らすことになるかもしれないですし関係は良好であるに越したことはありませんから」
「……へ?」
今なんて……?
「ジゼルの気持ち次第では可能性もゼロではないですよね」
艶やかで意味ありげな微笑みを向けられ、数秒後、色々と理解した私は「ミ"ッ」とどこから出したのかわからない奇声を発する。
きっと今、私の目はとても泳いでいるだろう。自分でもどこを見ているのか分かっていない。
突然なんの前触れもなく爆弾をぶち込まないで欲しい。
破裂してしまう、心臓が。
「え、えっと、と、取り敢えず今はその話は置いておこう」
なんとか平静をとりもどすため、咳払いをして話の流れを変えようとする。
「あれ、今日はその返事を頂けるんじゃないんですか」
「……えーっと、そ、そっちはもう少しだけ待って欲しくて、き、今日はこの前のことに関して少し話したいことが……」
「なんですか?」
サラっと話題転換に対応してくるあたり、大方告白の返事ではないと本人もわかっていたのだろう。
まんまとからかわれてしまった。くそぅ、覚えてろよ……。
内心では恥ずかしさと屈辱にのたうちたまわっているが、私も精神的には良い年の大人なので表面上は取り繕いながら話を進める。
「二日前、ルカは私に傷ついて欲しくないって言ってくれたよね。もっと自分を大事にしてくれって」
「……はい」
「私自身は、そんなに自分のことを軽んじているって意識がなかったの。自ら死のうとしたわけでも生きることを諦めたわけでもなかったから。だけど、ルカにそう言われて、私を涙を浮かべて力一杯抱き締めてくれた両親を見て、やっとその意味をちゃんと理解した」
カテリーナだって私が怪我しているのを見ただけで涙を浮かべていた。そういう彼女達の姿を見て、私はやっとルカが私に何を訴え、憤っていたのか、分かった。
「私が傷つくことで、私以上に怒って、傷ついて、泣いてくれる人が、それほどに私のことを愛してるくれている人がいる。健やかにいてくれって、幸せを願ってくれる人が、私にもちゃんといるんだよね。私はもっと自分を大切にするべきだった。愛してあげるべきだった。認めてあげるべきだった」
私の言葉にルカは今にも泣き出す幼子のように顔をくしゃりと歪めた。
「……やっと分かったんですか、馬鹿ジゼル」
「うん。こんな当たり前のことに気づけない馬鹿でごめん」
暴言も甘んじて受け入れよう、と苦笑する私をルカは力強く引き寄せ、抱きしめた。
「前にも言いましたけど、僕の世界の中心はもうずっと前から貴女なんです。貴女が泣けば、僕は心が引きちぎられるような感覚になりますし、貴女が喜ぶのなら、どんな無理難題でもやり遂げることが出来る。貴女がいなくなることを想像しただけで、呼吸すらままならない、そんな男なんです」
「……い、一応存じております」
「自分を大切にすることは、僕の幸せにも繋がると心得てください。いいですね」
「……は、はい」
有無を言わせぬ物言いにコクリと一度頷いた。
ルカは私の返答に満足したのか、ゆっくりと体を離す。
「えっと、そしたらここからが本題なんですけど……」
「は?本題?」
話をさらに進めようとすると、ルカが目を丸くした。
……あれ?なんか変なこと言った?
「今のが本題じゃないんですか?」
「え、違うよ。ルカにわざわざ来てもらったのは調査のことで少し話したいことがあったからで……」
「それならこの話はその本題とやらのついでに話したんですか?」
「ついでというか、本題の前に話しておきたかったというか」
何故か少し険のあるルカの様子にビビりながら答えると、彼は大きく溜息を吐いた。
「……まあ、そう簡単には変わらないか」
「な、何が?」
「いえ、今はまだ分からなくてもいいです。それよりも今の話よりも重要だというその『本題』とやらについて話してください」
そう言ってニコリと美しく微笑むルカがやはりどうも不機嫌に見えて、私は何が地雷だったのだろうか、と恐ろしく思いながらも頭を捻るのだった。
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