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その後ルカに家まで送り届けてもらったのだが、彼が言った通り、両親は私の帰りが遅いのを大変心配していたらしく、私が帰宅するなり、抱き締められた。

こんな遅い時間まで何をしていたのか、この怪我は一体どうしたのか、とても心配したと詰め寄られ、どこまで説明しようかともごついていると、あろうことか隣にいたルカが事の経緯を両親に話してしまった。

事件の調査に関する話や詳細までは話さなかったが、何者かに襲われている少女を助けようと怪我をしたこと、その場面をルカが見つけたことなどを正直に話してしまった。

両親は説明を聞くにつれ顔を強ばらせ、話を聞き終わる頃には父は白目を向いてしまいそうな勢いだった。

しかし、きまりの悪いことにルカの話に何一つ嘘偽りがないので弁解することも出来ない。

「あなたが無事でよかった」と涙ぐみながら声を震わせる母の姿を見て、罪悪感がチクリと胸を刺した。



それから二日後。

ルカから事件の調査を禁止され、両親からも散々心配された私はただひたすらに家で暇を持て余していた。

あまりにすることがなくて意味もなく部屋の掃除をしてしまったくらいだ。

気分転換に散歩に行こうかとも思ったが、私が動く度に心配そうにこちらを見る両親のことを考えると、気楽に散歩に行ってくるとも言えない。父に至っては、心配だからと昨日から仕事を休み、私が目の前を通る度に「身体は大丈夫なのかい?」と瞳を潤ませる始末だ。

そんな大病人に対するような扱いにどうしたものか、と頭を悩ませていると家の扉が叩かれた。誰か来客だろうか。


私が動こうとすると、父が「僕が行くよ」と扉へ向かっていく。

少しすると、戻ってきた。


「ジゼル、カテリーナちゃんが来たよ」

「え、カテリーナが?」


父にお礼を言って玄関へ向かうと、そこには確かにカテリーナの姿があった。

この前、病室に行ったときからさらに痩せた気がするが、顔色は以前より良くなってるように見える。

短くなった髪の毛は後ろで一つに束ねられていた。


「カテリーナ、どうしたの?」


声をかけると、彼女は顔を上げた。

私を映した瞳が大きく見開かれる。


「……え、ジ、ジゼルこそどうしたのよ!?その怪我は!!」


あ、しまった。


何も考えずに声をかけてしまったが、今の私の身体には大仰にガーゼやら包帯やらが巻かれている。

両親がパニックのあまり、家中の手当て用品を使いまくった結果だ。

ちょっとしたかすり傷にさえも包帯が巻いてあるので、傍から見れば相当痛々しい見た目になっていると思う。

めんどくさいからと外すのをすっかり忘れていた。


「あー、いや、昨日ちょっと道で転んじゃって」


本当のことを言うわけにもいかないのでそう答えると、カテリーナは「はあ?」と顔を顰めた。


「ちょっと道で転んだって、どんな転び方したらそんな大怪我するのよ!」

「あ、これはちょっとうちの両親が大袈裟に手当てしただけで、実際は大したことないの。痛みもそんなにないし」

「本当に大したことないの?」

「ええ。全然大丈夫よ。元気そのものです」


力こぶを作って見せると、カテリーナの顔に安堵が浮かんだ。


「……良かった。本当に良かった」


よく見ると、その眼にはうっすらと光るものが浮かんで見えた。


「え、やだ!カテリーナったらなんで泣いてるのよ!?本当に私、元気だよ?!」

「貴女が元気で安心したから泣いてんのよ。ボリスがあんなことになっちゃって、ジゼルまで元気じゃなくなっちゃったら、私とても耐えられないもの」


「もう、心配させんじゃないわよ」と涙目で私を睨みつけるカテリーナに私は「ごめん」と謝る。

またもチクリと胸が痛む。

こんなにも私を大事に思ってくれる人がいるのに、私は今までそれをきちんと分かっていなかった。分かっていたつもりでいただけだった。いつも心の奥底ではどこか自分のことを軽んじている自分がいた。その結果、怪我をして大切な人を泣かせた。両親に心労をかけてしまった。

昨夜のルカの言葉が脳裏に浮かび、言いようのない感情が私の中に渦巻く。


「……ジゼル?どうしたのよ、突然ぼーっとして。やっぱりどこか痛むの?」


不安を滲ませた表情でこちらを覗き込んでくるカテリーナにはっと我に返り、慌てて否定する。


「ううん、どこも痛くないよ。私がぼーっとしてるのなんていつものことじゃない」

「確かに」

「そこは少し否定してほしかったな」

「自分で言っておいて何よ」


ふ、と小さくカテリーナが笑った。

ボリスの事件が起きる前のような、何でもない気楽なやりとりに少しだけ嬉しくなった。


「そういえばカテリーナ、私に何か用事でもあったの?」

「あ、そうだった。ジゼルが包帯まみれで出てくるからすっかり順番がぐちゃぐちゃになっちゃったじゃない。今日はジゼルに話したいことと頼み事があった来たの」

「話したいことと頼み事?」

「ええ。少し長くなっちゃうんだけど、時間ある?」

「大丈夫よ。めちゃくちゃ暇してたところだから。良かったら上がって。私の部屋で話そう」


私の言葉にカテリーナはこくりと頷いた。



◇◆◇


「それで、話したい事ってなあに?」


自分が淹れた紅茶で口を潤したあと、カテリーナに問いかける。


「ボリスの事なんだけど......」

「なにかあったの?!」


なにか進展があったのかと前のめりになった私にカテリーナは苦く笑い、首を横に振った。


「ううん。相変わらず意識も戻ってないし、犯人も捕まってないわ。今日話したいのはそのことじゃなくて、事件が起きる前のことなの」


事件が起きる前のことというのはどういうことだろう。

いまいち話の趣旨が分からないでいると、カテリーナが自分のカバンから小さな箱を取りだした。


「あの日、事件が起きる直前に私がボリスに「ちょっと待ってて」って言われたって話したこと覚えてる?」

「ええ」

「私、その時はトイレにでも行ったのかなって思ってたんだけどね、そうじゃなかったの。事件があった場所から少し離れた場所に花束とこの箱が落ちてたんだって」


カテリーナが私に小箱を差し出す。


「......見ていいの?」

「うん」


カテリーナから小箱を受け取る。

真ん中から開く形になっている箱をパカッと開けると、中にあったのは宝石があしらわれた美しい指輪だった。


「これって......」

「彼、あの日プロポーズしてくれるつもりだったみたい」


目を見開く私にカテリーナが言った。


「プロポーズ前に未来の花嫁をおいて意識不明なるなって話よね」


彼女はどこか呆れているような悲しんでいるような、どっちともつかない笑みを浮かべた。


「数日前に一通り調べたからって、騎士団の人が持ってきてくれたの。恐らく私へのプレゼントだろうからって」

「素敵な指輪だね。カテリーナに似合うよ。絶対に」

「ありがとう。でも、まだ一度も着けてないの。本人が直接この指にはめてくれるまでは待とうと思って」


カテリーナが顔を上げる。


「私ね、この指輪を見た時、パッと頭に彼と夫婦として生きている未来が浮かんだの。それまでずっと泣いてばかりで、先のことなんて考えられなかったのに、本当に突然ふと思い浮かんだの」


「その時にこのままじゃダメだと思った」と彼女は瞳に強い意思を映し、言った。


「私が今やるべきことはあの日のことを後悔するのでも泣き続けることでもなくて、少しでも思い浮かべた未来を実現するために行動することなんだって。それで、今は主治医の先生に色々とアドバイスを受けながら、床擦れ防止のマッサージとか少しずつ自分に出来ることを始めてる」

「......そっか。カテリーナ、凄いね。本当に凄い」


勝手に突っ走って方々に迷惑をかけている私とはえらい違いだ。


「全然凄くないよ。前を向くまでにこんなに時間がかかっちゃったし。それに、ジゼルっていう頼もしい友達がいなかったら、私はきっと、ひたすら暗闇にいるようなあの苦しい期間を耐えられなかっただろうから」

「......え?」


予想外の言葉に間抜けな声が出た。


「ジゼルは何度も病室に来て、泣き続ける私に「絶対に大丈夫だよ」って言い続けてくれた。いつも通りに振舞ってくれた。それがどれだけ有難かったか。......本当にありがとう」


そう言って、カテリーナは深く頭を下げた。


「わ、私はそんな大したことしてないよ!」

「私にとっては大したことだったよ。だから、今日はその感謝と、もう大丈夫だよってことを伝えに来たの。ジゼルはずっと私のことを心配してくれてたし」

「そ、そりゃあ心配するに決まってるじゃない!貴女、会いに行く度に痩せていくし、顔色も悪いし......!」


このままじゃ、カテリーナまで倒れてしまうのではないかと、気が気ではなかった。

今思えば、そういう彼女の姿を見ていたからこそ、焦りや不安などから余計に事件の犯人を捕まえてやりたいという気持ちが膨らんでいったのかもしれない。


「うん、本当に沢山心配かけてごめん。いつボリスが目を覚ますのか分からないけど、私は今できる限りのことをやろうと思う」

「私にも何か出来ることがあったら言ってね。全力で力を貸すから」

「......それなら、さ。早速ひとつお願いしたいことがあるんだけど、いい?」

「うん、なに?」


そういえば、玄関でも頼み事があると言っていた。

何を言われるのかと首を傾げる私にカテリーナは「私の髪を整えて欲しいの」と言った。


「え?!私が?!」

「うん。前に私の髪を切ってくれたことがあったでしょ?だからこの髪もジゼルにやってもらおうかなと思って」

「あの時は本当に少し長さを揃える程度だったじゃない。私、素人よ?」

「知ってるわ。だけど私はジゼルに切って欲しいの。そうすれば、少しはジゼルの強さを分けてもらえる気がするから」

「わ、私の強さ?」


私に強いところなんてあっただろうか。


「ええ。前に一度話したでしょう?誰かのために動く時は最後まで必ず責任をもってやり通す、芯のある所を尊敬しているって」

「……あ」


それは確かに、以前カテリーナから言われた言葉だった。

ルカに王宮で再会した時に、自分の気持ちを押し付けるだけ押し付け逃げてしまい、自己嫌悪に陥っている時に彼女は私にそう声をかけてくれた。


「ジゼルのその強さを私にも少しお裾分けしてくれない?」


その願いを断る理由なんて何一つなかった。




◇◆◇



「……こんな感じで、どうかな?」


肌についた髪を払って、鏡をカテリーナに渡す。


「うわ、凄い。やっぱりジゼル器用ね。とっても可愛いわ」


不揃いに切りっぱなしになっていた彼女の黒髪は今、肩より少し上のあたりで切り揃えられている。

ロングも似合っていたけど、ショートもよく似合っている。


「ありがとう、ジゼル」

「ううん。こちらこそありがとう」


カテリーナは不思議そうに首を傾げた。


「どうして貴女がお礼を言うの?」

「カテリーナと話して、私も色々と自分の気持ちに整理がついたから」

「なにか悩んでいることでもあったの?」

「ええ、少しね」

「……それ、色々と落ち着いたらじっくり聞かせてもらうからね」


カテリーナの言葉に私は「お手柔らかに」と笑った。


その日の夜、私はルカに一通の手紙を出した。





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