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ルカが有名な魔術師になっていたと判明してから数日が経ったが、現在が分かったからと言って、私の生活がなにか劇的に変化することは無かった。

それもそうだろう。相手はカテリーナの言う通り、平民では見かけることすら滅多に出来ない相手だ。アクションを起こしたくても起こしようがない。

しいて言うのなら、あれからルカ・オーバリについて少し情報取集をしたくらいだ。

オーバリという姓はルカを養子として引き取った伯爵家のものらしい。なんでも貴族の世界では時々平民で魔術の才がある者を養子として引き取り、魔術師になるための支援をすることがあるらしい。

身内に魔術師がいればそれだけで箔が付くし、魔術師になるためにはかなりお金がかかるので、両者にとってウィンウィンの関係なのだ。一種のパトロンとも言える。

隠していることでもないため、ルカが元平民で養子だということは調べるとすぐに分かった。当初、社交界で歓迎されなかったのは養子だからということもあるらしい。

しかし、その頃から一転。現在ではどの記事を見てもルカを賞賛するものばかりだ。


調べれば調べるほど、ルカが凄い魔術師であることが分かった。と、同時に今の自分との距離も再認識した。

話によると、ルカは今でもごく稀に市井に降りてくる事はあるようだ。しかし、偶々そのタイミングに出くわす可能性なんて限りなく低い。とても悲しいことだが、やはりもうルカを直接この目で見ることは難しいだろう。


でも、せめて今どうしているのか知れただけ良かったのかな。


なんて少し複雑な気持ちになりながら朝食のパンをかじっていると、隣に座っていたお母さんが突然「あらあらあら」と声を上げた。


「どうしたの?」

「大変、お父さんったらお弁当を忘れてるわ」

「あ、本当だ。そういえば今日の朝は遅刻しそうでバタバタしてたもんね」


お母さんは私の言葉に頷きながら、頬に手をあてて溜息をついた。


「どうしましょ、今日は職場の食堂もお休みでやってないって言ってたのに。このままじゃお父さん、お昼に食べるものがないわ」

「今からお父さんのとこに届けられないの?」

「そうしたいのは山々なんだけど、お母さんこれから大事な町内会の集まりがあるのよぉ。集まりが終わったあとに届けてもお昼に間に合うかしら」

「私がお父さんの所に届けようか?」


いつもはおっとりしているのに、珍しくおろおろと慌てた様子のお母さんにそう声をかけると「あら、本当に?」と聞き返された。


「うん。道は一応分かるし、代わりに私が行くよ」

「でも今日はカテリーナちゃん家のお店手伝う日じゃなかった?」

「いや、お店の手伝いするのは明日だから大丈夫だよ」

「あら、そうだったっけ?それじゃあ申し訳ないけど、お願いしてもいいかしら」

「はーい」


そうと決まれば事は早い方がいいと、私は食べていたパンを口の中に詰め込み、急いで朝の支度を済ませる。

動きやすいワンピースに袖を通し、お気に入りのバレッタで髪をハーフアップにまとめる。


「それじゃあ届けに行ってくるね」

「気をつけてね。知らない人に声をかけられてもついて行っちゃダメよ?」


家を出る前にお母さんに声をかけると、心配そうにそう言われた。

私のことを何歳だと思ってるんだ、と思うものの、この人はこれを大真面目に言っている。

お母さんは驚くほどのド天然なのだ。いつもふわふわゆったりとした雰囲気を纏っていて、発言も基本的にふわふわしてる。


そんな母の言動にいちいち細かくつっこんでも仕方がないことは既に学習済みなので、私はその言葉を適当に流しつつ、お弁当を持って家を出た。



◇◆◇



私のお父さんの職場は王宮の中にある。

以前は、田舎の方で領主の補佐をしながら色々な事務仕事を行っていたのだが、ある日突然王宮で働いてみないか、と言われたらしい。というのも、その領主の知り合いが王宮で働いていて、誰か優秀な人材がいたら是非うちに紹介してくれと言われ続けていたようなのだ。領主の方はお父さんの能力を非常に買ってくれていて、こんな田舎よりももっとお父さんの能力を生かせるし、お給料も良いからと王都に行くことを勧めてくれた。

お父さんは最初、慣れ親しんだ土地を離れることや私たち家族のことを心配してその話を受けようか迷っていた。が、色々と話を聞いたり、調べたりする中で決心がついたらしく、こうして家族共々、王都に越してきたという訳だ。

母は既に多くの友人を作り、外に出る度に井戸端会議をしているし、私もこの街に来たおかげでカテリーナという優しくて可愛い友達もできたので引っ越しは成功だっだと思う。

以前住んでいた場所もいい所には違いないのだが、なにぶん田舎だったからか歳が近い子供が全然いなかったのだ。だから今、歳の近い友達と気楽に会って話せてるのがとても楽しい。

それに、やっぱりかつての思い出がたくさん残るこの街でまた暮らせるのはとても嬉しい。

私が死んだあと店がどうなったのかも気になるし、いつか前世の魔道具屋があった場所にも行ってみたいと思う。


少しの懐かしさを感じながら朝の街を歩いていると、前方に小さく王宮が見えてきた。

……えっと、王宮に入りたいときは門番の人に声をかければいいんだよね。

周りを見渡してみると、少し離れたところに門番と思われる男性が二人立っていた。


「あの、すみません」


取り敢えず近くにいた眠そうな若い門番に声をかけると、彼は少し驚いた様子で振り向いた。


「はい、どうされましたか?」

「この中で働いてる父にお弁当を届けに来たんですけど……」

「あ~、えっと、ここで働いてる人以外の人がこの中に入るにはちょっとした手続きがいるんですけど、それはもう終えましたか?」

「え、そうなんですか?」


前世も今世も王宮に来たことなんて無いから知らなかった。

家を出たとき何も言われなかったことを考えると、多分お母さんも手続きがいるとは知らなかったのだろう。


「すみません、私そう言うの知らなくって。その手続きってどれくらいで終わりますか?」


私の問いかけに若い門番は何故か少し気まずそうに目を逸らした。


「それが、今日はいつもより来客が多くて昨日の段階で既に手続きを閉め切っちゃったんですよ」


まじか。


「あっ、そうなんですか」


お弁当を持ったまま立ち尽くす私と若い門番の間に重い沈黙が流れる。


「……あの、なんかすみません」

「……い、いえ。門番さんのせいではないので」


……気まずい。

この場合、悪いのは完全に私の方なのに何故か彼が凄い申し訳なさそうな顔をしているのが余計に気まずさを増幅させている。



「おい、どうかしたのか?」


対して痒くもないのに首の後ろをかきながら、スーッと息を吸って沈黙を誤魔化していると、若い門番の後ろから眼鏡をかけたもう一人の門番が訝しげな顔をしてこちらにやって来た。


「あ、先輩。実はこの子がお父さんのお弁当を届けに来たみたいなんですけど、手続きをしてなくて……」

「ああ、成程な」


眼鏡をかけた門番は短い説明で状況を理解したらしく、少し考えてから私に「君のお父さんの名前は?」と聞いた。


「アーロンです。つい最近、王宮勤めになったので名前はご存じないかもしれないんですけど……」

「いや、分かるよ。アーロンさんって丸い眼鏡をかけた茶髪の男性だろ?」


彼の言葉に頷くと、隣でお兄さんが「ああ、あの優しそうな人!」と手を叩いた。


「毎朝挨拶してくれるからよく覚えてる。そうか、君はあの人の娘さんだったのか」


そう言うと、眼鏡をかけた門番は「ちょっとここで待ってなさい」と言い残し、どこかへ走って行ってしまった。

私と同じく不思議そうな顔をしている若い門番と待つこと数分。彼はその手に何かを持って息を切らしながら帰って来た。


「はい、これ」


そう言って、門番は私の首に紐が通された小さなカードをかけた。


「あの、これは?」

「許可証だよ。これがあれば王宮の中に入ることが出来る」

「え、でも手続きしてないのに良いんですか?」

「本当は駄目なんだけど、実は俺にも娘が居てね。アーロンさんとは偶に家族の話をする仲なんだ」

「え、そうなんですか!」

「うん。だからそのよしみで特別にね。お弁当届けに来ただけならそんなに長い時間かからないだろうし」

「あ、ありがとうございます!」


昔からうちのお父さんは人たらしっぽいところがあると思っていたけど、まさかここでその能力が役に立つとは。


「その代わり、あまり長居はしないでくれな。万が一、この事がバレたら俺が怒られちゃうから」


お茶目に片目をつむって見せた門番の言葉に私は大きく縦に首を振って応える。


「それじゃあ早く届けに行きな。帰る時は俺かこいつにその許可証を返してくれればいいから」

「はい、本当にありがとうございます。助かりました。お兄さんも、ありがとうございました」


私の言葉に若い門番は「いや、俺は何も」と照れたように頭をかき、眼鏡をかけた門番は「いいってことよ」と優しく笑った。


こうしてちょっとしたハプニングもありながら、私は優しい門番の二人に見送られ、王宮の中へと足を踏み入れたのだった。




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