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「……それじゃあ、顔は見てないんですね?」

「おう。俺には人間離れした動きしてたってことくらいしか分かんなかったよ。力になってやれなくてすまねぇな」

「いえ、こうしてお話を聞かせていただいただけで十分です。お忙しいなか、ありがとうございました」

「俺も今度知り合いになにか知ってることはねぇか聞いてみるよ」

「本当ですか?すごく助かります」


「早く平和な街に戻って欲しいからな」と苦く笑うおじさんに改めて礼を伝え、別れる。

おじさんの姿が見えなくなると私は疲労を吐き出すようにして大きく息を吐いた。


カテリーナとその恋人のボリスが襲われてから、時間を見つけてはこうして街で知り合いや関係者に事件のことについて聞いているのだが、未だに有力な情報は得られていない。

何度かボリスのいる病院にも顔を出したが、彼は未だ意識不明のまま目を覚ましていない。


そして、先日。

とうとう一人の少女が黒いローブを着た何者かに攫われ、行方不明になるという事件が起きた。

夜遅く、人の少ない時間帯での犯行だったそうだ。

家畜の事件の犯人と同一犯であるという証拠は今のところ何も無い。しかし、事件を調査している騎士団はこれまでの流れからして犯人は家畜の事件の犯人と同一人物だろうと見立て、調査を進めている、らしい。

街で流れている噂話とルカからの手紙で知った情報だ。


――ルカとはあの日以来、一度も会っていない。

事件の進捗や私の身を案じる手紙はこまめに届いるが、ココ最近は彼が我が家を訪れることはなくなっている。

しかし、別にそれは私がルカを避けているだとか、反対にルカが私を避けているからとかでは無い。

先程も言った通り、騎士団は現在王都で起こっている一連の騒動を全て同一犯、もしくは同一組織の仕業であると考えている。

それらの報告に加え、事件の内容が段々と過激なものへ変化していること、連続して事件が発生していること、また徐々に事件が起きる間隔が短くなっていることなどから、近い未来、再び何らかの事件が起きる可能性が非常に高いと結論づけ、王都に住む民に迫る危険を省みて警備の強化と調査陣の増援がなされたそうだ。

ルカが在籍している魔術研究開発本部もその影響を受けたようで現在、現場はかなりてんてこ舞いになっているらしい。

第一騎士団に所属しているラミロも事件の調査に他の騎士達が駆り出されたことにより人手不足で忙しいと、この前偶然街で会った時にボヤいていた。


正直、今ルカと顔を合わせても挙動不審になる予感しかしないので少しほっとしている自分がいるのも事実だ。

我ながら自己中心的な考えで嫌になる。

でも、だって、どうすればいいのか分からないのだ。

どうしたってルカのような素敵な人間が、私なんかを好きになるというのか。

異性からそういう意味での好意なんて、今まで向けられた経験もないのに、よりによって相手がルカだなんて想像もしたこともなかった。

ルカのことを考える度に「私なんかじゃ釣り合いが取れない」だとか「私は仮にもルカの保護者だったのに」だとか無意識のうちに逃げ道を探してしまい、正面から気持ちに向き合えない。

でも同時に、その度に「周りがどう思うかではなく、僕は純粋な貴女の気持ちを知りたい」と祈るような声で言われたことも思い出す。

ルカは、私を愛しているから魔術師になったと言った。だから私を殺した犯人を許せないと。長い間、私の事だけを愛していると。

あの時、確かに私は彼が伝えてくれた言葉の一つ一つをちゃんと受け止めて自分なりに考えたいと思った。

これまでの長い年月で彼が何を思い、行動してきたのか。私の存在は彼にとって良いものだったのかどうか。

頭ごなしに彼の行動を否定するのではなく、しっかりと考えた上で私の答えを伝えたいと思った。

だけど何年も何十年も心に根を張った卑屈さと臆病さがその邪魔をする。どうしたって自分が向き合わなくてもいい方へと逃げてしまいそうになる。

だから最近は頻繁に顔を出すネガティブな感情と必死に一人で戦っている。向き合わずに逃げてしまうのは簡単だ。でも、ここで逃げを選択することは、あれだけ真っ直ぐに気持ちを伝えてくれたルカに対してあまりに失礼だ。


……なんだか、ルカと会えない今の方が会えていた以前よりもずっと彼のことを考えている気がする。

とは言え、今は彼のことばかりを考えている訳にもいかない。

自分で言い出して始めたことなのだから、今回の事件が解決するまでしっかりと向き合わなければ。

正直、調査を開始した当初とは違い、これだけ本格的に捜査が始まった以上、たかが平民の小娘に出来ることなんて殆どないだろう。だから、これはもう私の我儘だ。大切な人が悲しんでいるのに、じっとしていることなんて出来ない。私の大切な人を傷つけたやつになんとか一矢報いたい。


もしかしてルカも似たような気持ちだったのだろうか。

私が死んで、魔術師を目指し始めた時、ルカも今の私と同じようなことを考えていたのだろうか。


こんな自分が誰かにそれだけ想われているのかもしれないと考えると、なんだか不思議な気持ちに襲われた。


それから、またルカのことを考えている自分に少し呆れ苦笑した。



◇◆◇


あれからしばらく他の人間にも聞き込みをしたが、結局有力な情報は何も得ることが出来なかった。

ただ一つだけ引っかかる点があるとすれば、黒いローブの人物を目撃した人は皆その人物を『人間離れした動きをしていた』と形容していたことだ。騎士団も体術に長けた人物だとみて調査をしているようだし、もしかしたら日頃から後暗いことを生業としている人物の仕業なのかもしれない。

しかしもしそうならこれ以上聞き込んだところで有力な情報が手に入る可能性は限りなく低い。アプローチの仕方を変えた方がいいかもしれない。

だけど今の私に出来ることって他になにがある……?


うんうんと唸りながらこの先の行動について考えていると、お腹の虫が小さく鳴いた。

そこで初めて、お腹がすいていることに気づいた。

そう言えば、もうすぐ日が暮れ始めるが今日は朝食べたっきり何も食べていなかった。半日程、街を歩き回っていたからお腹が空くのも至極当然のことだろう。

少し迷ってから、久しぶりにヴィリアムのお店に行くことにした。




お店へ行くとお昼時を過ぎていたからか、思ったよりも混んでいなかった。しかし、この時間でもお客さんは沢山いてこのお店がどれほど人気なのかが分かる。


「いらっしゃー……って、あら!貴女、この前ルカくんと一緒に来てた子ね」

「あ、はい。今日は一人で来たんですけど、空いてますか?」

「ええ、この時間帯は比較的に空いてるから是非ゆっくりしてってちょうだい」


そう言って、バチンッと音がしそうなウィンクをする。

この感じ、相変わらずどこも変わっていなくて安心する。


奥の席に案内され、そのまま香草焼きを注文する。

ヴィリアムは嬉しそうに「あら、気に入ってくれたのね」と笑った。



このお店ができてすぐの頃はまだお客さんも少なくて、ここまでの活気はなかった。それどころか、ヴィリアムの言葉遣いや容姿に心無い言葉をかける人達だっていた。だけど、それでもヴィリアムはいつだって笑顔でお店に立ち続けた。

あの頃を思い出し、店内を見渡す。

老若男女様々なお客さんが料理に舌鼓を打っている。店にいる人たちはみんな笑顔で楽しそうだ。

ここまで来るのにヴィリアムはどれだけの苦労と努力を重ねたのだろう。

お店の創業初期から通っていた身として、勝手にしみじみとしてしまう。


「あら。そのお顔、なんかいい事でもあったのかしら?」


知らず知らずのうちに、にやついていたらしく香草焼きを運んできたヴィリアムにそんなことを言われた。


「あ、いえ、まぁ、ちょっと」

「もしかしてルカくん絡み?」


先日のこともあり一瞬心臓が跳ねたが、にやけていた理由は別にあるので首を横に振る。

ヴィリアムは「えー、本当に?」と言いながら香草焼きを私の前に置いたのだが、何故か立ち去る気配がない。


「……あの?」


先程まで快活に話していたヴィリアムが口元をもにょもにょとさせて、私を上目遣いに見る。


……あ、これなにか話したいことがある時の顔だ。


「あー、えっと、もしお時間あるようでしたら少し話し相手になってくれませんか?一人で食べるのもなんだか味気なくて」


ヴィリアムはお客さんから時々声をかけられては一緒にご飯を食べていたし、それほどおかしな提案でもないだろう。

予想通り、ヴィリアムは分かりやすく瞳を輝かせ二度頷いた。


「ええ、もちろんよ!私もちょうど今、貴女とお話したいと思ってたのよ〜!これって以心伝心ってやつかしら?!」


頬を紅潮させ席に着くヴィリアムに不覚にもキュンとしてしまった。


「そう言えばまだお名前も聞いてなかったわよね?」

「あ、そう言えばそうですね。私はジゼルと言います」

「可愛らしいお名前ね。ジゼルちゃんって呼んでもいいかしら?」

「もちろん大丈夫です」


ヴィリアムが私のことをジゼルと呼ぶのはなんだか変な感じがする。子供達からジゼルと呼ばれた時と同じ感覚だ。


「あの、私、あんまり遠回しに質問したり出来ないから単刀直入に聞いちゃうんだけど、ルカくんとジゼルちゃんって、その、付き合ってる、のよね?」

「付き合ってないですねえ……」


やっぱり変な勘違いをしてたか。

……あ、でもそっか。完全なる勘違いという訳でも、ないのか。


なんだか一人気恥ずかしい気持ちになりながら顔を上げると、ヴィリアムが私を見て絶句していた。お喋り大好きな彼女がこうなるのは珍しい気がする。


「……あ。え、つ、付き合ってないの?」

「付き合ってないです」

「そ、そそそうなの。あら、ごめんなさいね、やだ、私ったらてっきり……」


動揺が思いっきり態度に出ている。


「……あの、どうしてそう思われたんですか?以前、お店に来た時、私達そんなに親密に見えました?」


しどろもどろになっているヴィリアムにこの話題を続けるのは少し悪い気もしたが、どうしても気になってしまい問いかける。

でもあの時はまだルカは私の正体に気づいていないと思っていたから、そんなに距離感はおかしくなかったと思うのだけど。


「……ううん、違うの。ただルカくんが家族以外の人をこのお店に連れてくるの、初めてだったから」

「だから付き合ってると思ったんですか?」

「ええ。彼ね、かなり長いことこのお店に通ってくれてるけど、いつも一人で来るか、弟妹達としか来ないのよ。他人にこの場所を教えたくないって言って。だから貴女を連れてきた時、びっくりしてて、私てっきり……」


確かにあの時もルカが人を連れてくるなんて珍しいと驚いていた気がする。同時にもう一つ、あの時少し引っかかったヴィリアムの反応を思い出した。


「そう言えば私達が香草焼きを頼んだ時にヴィリアム、さんすごく驚いてましたよね?あれはどうしてですか?」

「それは……」


ヴィリアムは言いにくそうに視線を落とす。


「あの子、ある事件があってからあの料理食べなくなったの」

「……ある事件って、十六年前のことですか?」


まさかと思いつつ、聞いてみるとヴィリアムは目を丸くさせて驚いた。


「あの事件のことも彼から聞いたの?」


どうしようか迷って、首肯するにとどめた。


「そう、もうそんなことまで話してるのね。ジゼルちゃんの言う通り、あの子はあの事件以来、香草焼きを頼まなくなったの。はっきりとした理由は分からないけど、香草焼きはイェルダがここに来る度に食べていた大好物だったからきっと色々と思い出しちゃうのが辛かったんじゃないかしら。あの子、あの事件が起こってからは暫くこのお店にも顔を出さないほどだったから」

「……そうなんですか」


自分にとってあの事件は過去では無い、とルカが言っていたことを思い出す。

今少しだけその言葉の意味が理解出来た気がした。


「それもあって付き合ってるんだろうなって益々早とちりしちゃったの。本当にごめんなさいね」

「いえ、気にしないでください」

「……えっと、それじゃあルカくんとはお友達みたいな感じなのかしら?」

「えっ?あー、はい、そうですね。今のところはそんな感じです」


しまった、焦ってつい余計なことを言ってしまった。


と、気づいた時には既に時遅し。

ヴィリアムの瞳がキランッと輝いた。


「今のところはってことはこの先、発展する可能性があるわけね?!」

「あっ、いや」


完全に否定するのも何故か躊躇われて、とりあえずお茶を濁しておいた。


「ふふ、もしなにか進展があったらこっそりでいいから教えてちょうだいね」


ヴィリアム、恋バナ好きだもんな。

と思ったものの、その眼差しがやけに優しいことに気づいて違うと考え直す。

多分、これはルカのことを心配しているのだ。

昔から彼女は少しお節介で優しくて、思いやり深い人間だったから。私がいない間もずっとルカのことを見守ってくれていたのだろう。


「……ヴィリアム、さん。ありがとうございます」

「あら、なにに対するお礼かしら?」

「なんとなく言いたくなったので」

「えー、なによそれ」


ヴィリアムは可愛らしく微笑んでから「あ、ちなみに私のことはヴィーちゃんって呼んでちょうだい」とまたバチンっと音がしそうなウィンクをした。




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