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王宮から出て街へ向かうと、お昼時だからか、いつもよりも人が多く賑わっていた。至る所から良い香りが漂ってくる。
しかし、今日は朝ごはんを食べたのが遅かったからまだお腹は減っていない。
……お昼はもう少し時間が経ってからでいいかな。
となると一度家に帰ってもいいが、今日はその前に済ませなければいけない用事がある。
家の近くまで戻ってくると、目的地である一軒家が見えてきた。
コンコンと二回扉を叩くと、少しして家の中から「はいはーい」と声が聞こえてくる。
「今開けます……って、あら。ジゼルちゃんじゃない、こんにちは」
「こんにちは、デロイヤさん」
扉を開けてくれた女性に頭を下げ、挨拶をする。
彼女はうちのお母さんの友人で時々、我が家に来ては女子会ならぬ婦人会を開いているデロイヤさんだ。2児の母でもある彼女は時々、お母さんに子育てについて相談しているのだが、なにせうちのお母さんは年中ぽやぽやしているのでちょくちょく話が噛み合っていない時がある。それでもお母さんとデロイヤさんは大の仲良しだというのだから不思議なものだ。
「突然すみません。今ってお時間ありますか?」
「ええ。大丈夫だけど、どうしたの?何かあったの?」
「あの、実はこの前の子羊の件について少しお話をお聞きしたいんです」
そして、実はこのデロイヤさん。例の子羊を盗まれた事件の当事者でもあるのだ。
ついこの前、我が家に来た時に本人から教えてもらった。
なんでもデロイヤさんの旦那さんが知人から子羊を譲り受け、家畜として育てようとしていた矢先に何者かに盗まれてしまったらしい。今日はなにか参考にならないかと彼女からその子羊についての話を聞くためにやってきた。
「話すのは全く問題ないんだけど、どうしてそんな話を聞きたいの?」
デロイヤさんの問いに私は話せる範囲で事情を説明する。
カテリーナ達のプライバシーもあるし、あまり言いふらすような話でもないので私の友人も被害に遭い犯人の手がかりはないか探している、という事だけを簡潔に伝えた。嘘は吐いていない。
なんだか最近の私、そんなことばかりな気がする。
生まれ変わりやらなんやら、言えないことが多いとはいえ、誤魔化すことが多くて騙しているような気分になってくる。
私が密かに、これからはもう少し正直に生きようと反省していることなど露ほども知らないデロイヤさんは、説明を聞くと「なるほどねぇ」と右頬に手を添えて呟いた。
「ジゼルちゃん、お母さんに似て友達思いの優しい子なのね」
「い、いえ、全然そんなことないです」
「そんな事あるわよ。お友達のために自ら動くなんて立派だわ。でもごめんなさいね。私も協力したい気持ちは山々なんだけど、子羊が盗まれたのは真夜中の事で何が起こったのかは正直私にもよく分かってないの」
デロイヤさんが申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「大きな物音もしなかったから本当に何も気づかずに寝てしまって、朝起きた時に様子を見に行った時にはもう盗まれた後だったから」
「そうなんですね……」
「折角来てくれたのに全く力になれなくてごめんなさい」
「や、そんな気にしないでください!元々この調査もダメ元でやっているので」
「あ、でも二軒先のメルノンさん家の奥さんが子羊が居なくなった夜に怪しい人影を見たって言ってたわ。ほら、最近噂になってる例の黒いローブの不審者」
「え、本当ですか?」
「うん。その時は見間違いかと思ったらしいんだけど、私が子羊を誰かに盗まれたかもしれないって話をしたら、その黒い人影が盗んだんじゃないかって」
……となると、やっぱり騎士団の見込み通り家畜の件も黒いローブの不審者が犯人の可能性が高いな。でもやっぱり犯行時刻が真夜中だからか手がかりが少ない。
「ジゼルちゃん、お友達の力になってあげたいのは分かるしその気持ちは素晴らしいけど、くれぐれも安全には気をつけてね?」
うんうんと唸っていると、デロイヤさんにそんなことを言われた。
「……あの、私ってそんなに日頃から危なっかしい感じですか?」
先刻、王宮でルカにも似たようなことを言われたため、ついそんな事を聞いてしまう。
すると、デロイヤさんは「んー」と首を傾げた。
「危なっかしいというかなんというか……。ジゼルちゃんって普段はとってもしっかり者なんだけど、親しい人の危機とかピンチを感じ取ると、自分を顧みずに突っ込んでいっちゃうところがあるってお母さんから聞いてるから、少し心配になっちゃったの」
「お、お母さんがそんな事を……?」
初耳だ。しかも、親しい人が危機に陥ると周りが見えなくなってしまうというのはあながち否定できない。
お母さん、ぽやぽやしているようで意外と鋭い。
「ジゼルちゃんはしっかりしているからこんな事、今更言われなくてもわかってるとは思うけど、ジゼルちゃんがお友達の力になりたいって行動するのと同じように、貴女もお母さんやお父さんに大切に想われてるんだってこと、忘れないであげて。最近はこの街の治安もあんまり良くないし、調査も良いけどあんまり遅くないうちにお家に帰るんだよ」
……なんだろう。
前世を含めれば精神年齢だってそれなりに高いし、私も経験があるから親の気持ちは理解しているつもりだった。
だけどこうして自分がいざ子供側の立場になると、なぜだか胸が締め付けられるような、叫びだしたくなるような、不思議な感覚に襲われる。
「……わ、かりました。なるべく遅くならないうちに帰ります」
いつまでも黙っているとデロイヤさんが心配するので、何とか返答をする。
「お話聞かせていただき、ありがとうございました」
「いーえ、大して参考にならなくてごめんなさいね。また近いうちにお家にお邪魔すると思うからその時はまたよろしくね」
「はい、美味しいお菓子を用意してお待ちしてます」
私の言葉にデロイヤさんは「それは楽しみだわ」と可愛らしく笑った。
◇◆◇
「……さて」
ひとまず、これで今日はもう何もやることがなくなったので家に戻ることにした。
あ、でも雑貨屋さんをぶらぶらするのもありだな……。
「……かあちゃん?」
どこからか聞こえた聞き覚えのある声と呼び方にふと顔を上げると、淡黄色の瞳と目が合った。
「あら、アベルじゃない!」
人を避けながら駆け寄ると「奇遇だね」とアベルが微笑む。
「そうね、アベルはどうしてこっちに?確か家があるのはこっちじゃないよね?」
この前、皆で集まった時は確かもう少し北の方に住んでいると言っていたはずだ。
それに彼は現在、医師として家の近くの診療所で働いているらしく、こちらの街に来るのは皆に会いに来る時くらいだとも話していた。
「うん。今日は仕事の関係でちょっとこっちに用があったんだ。でももうその用事も終わったから今は特に目的なく街をぶらぶらしてたところ」
「へえ、そうだったの。私も用事があったんだけど、今終わったところなの」
「へえ、そうなんだ。じゃあこの後は予定ないの?」
「ええ、特にないわ」
「それならせっかくだし、僕の家に遊びに来ない?おもてなしさせてよ」
「ええ、よろこんで!」
可愛い子供からのお誘いを私が断るはずがない。
即答すると、アベルは「やった」と小さく笑った。可愛い。
「おかあさんが昔ハマってた紅茶もあるよ」
「え、そうなの?!あれ、最近ここら辺じゃ売ってないわよね?」
「うん。でも僕もあの紅茶好きだから取り寄せたんだ」
「へえ、取り寄せられるのね」
私も今度頼んでみようかな。
「それと、イチゴジャムのクッキーもあるよ」
「え、クッキーもあるの!?」
イチゴジャムのクッキーも私の好物だ。
なんて品揃えが私好みなんだ!
「早く家に行きましょう!かぐわしい紅茶とクッキーが私達を待ってるわ!」
「ふふ、そんなに急がなくても紅茶もクッキーも逃げないよ」
案内してもらわないと方向すら分からないのでアベルの背中をぐいぐいと押すと、彼は柔らかく微笑んだ。可愛い。