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大方、情報の整理も出来たのでそろそろお暇しようと席を立つ。
「ジゼル、くれぐれも危険なことはしないようにしてくださいね」
「大丈夫、分かってるよ」
「日が暮れたら直ぐに家に帰ってください。あと明日家に伺いますから何か分かったことがあったら僕に報告してください。それと――って、ジゼル聞いてます?」
ルカが胡乱な目で私を見る。
正直聞き流しているところはあったが、本当のことを言うとまた小言が始まるので私はコクリと頷いた。
「聞いてる聞いてる。危ないことはしないし、なにか進展があったらルカに報告するから、安心して」
ルカはまだ何か言いたげにしていたが、私が笑顔でゴリ押しすると諦めたように小さく溜息を吐いた。
「……約束ですからね」
「うん、約束する。じゃあ私もう行くね、ルカも仕事頑張って」
「ありがとうございます」
ルカに手を振り、私はその場を後にした。
◇◆◇
王宮の廊下を歩きながら手首を顔の前にかざす。ブレスレットがシャラ、と小さく音を立てた。
……やっぱり最近のルカは過保護だ。
ブレスレットのことにしろ、さっきのお小言にしろ、昔のルカならやらない様なことばかりだ。
もちろん心配してくれるのは有難いし、ブレスレットもとても助かる。が、昔は私が何をやらかしても基本的には呆れたように見ているだけだったので少し複雑な気持ちになる。
そこまで今の私は頼りなく見えるのか。魔力がほとんど無くなったし、容姿もまだ幼いからだろうか?
「あ」
特に意味もなくブレスレットを弄っていると、どこからか声がした。
振り返ると、いつかみた橙色の髪をした男性が立っていた。
目が合ったので小さく会釈をする。
あの人って確か、私がジゼルとして生まれ変わってから初めてルカと会った時に居た人だよね。
という事は、私のあの気持ち悪いお気持ち表明も聞いてる訳で。
……き、気まずい。
思い出したら胃が痛くなってきた。
あちらが私の顔を覚えているかは分からないが、取り敢えず早くここから出よう。
キリキリ痛み出すお腹をおさえ一刻も早くこの場から去るために歩き出した、のだが。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
声がして思わず、足を止める。
周囲を見るも私と橙髪の彼以外に廊下には誰もいなかった。
……え、もしかしてさっきから私に話しかけてる?
恐る恐る自分を指差して私に話しかけているのか確認すると彼は首肯し、スタスタとこちらへ向かってくる。
え、なになに。どうしよう。何を言われるんだ。何を話せば良いんだ。取り敢えず、あの日の無礼を詫びるところからか?
そもそもルカはどこまでこの人に話しているのだろうか?
「あの、その節はどうもというか、すみませんでし」
「この前はごめん!」
私が謝罪するよりも早く、橙髪の男性が頭を下げた。
「あ、えっと俺のこと覚えてる……ますか?」
「い、以前ル、オーバリ様と一緒にいた方ですよね」
「うん……じゃなくて、はい。この前はオーバリの知人だとは知らずに随分酷い態度をとっちゃったから、本当にごめん……でした」
「い、いえいえ!あの時の私は誰が見ても紛れもない不審者でしたから。それと私はただの平民ですし敬語は使わなくて大丈夫ですよ」
なんだか敬語を使い慣れていないように思えたのでそう提案すると、彼は「まじ?」と顔を緩ませた。
「そう言ってくれると助かる。実は敬語苦手であんまし得意じゃないんだ。あ、でもそれを言うなら俺も元々は平民の出だからそっちも敬語使わなくて大丈夫だよ。そっちの方が話しやすいし」
「わ、分かった」
本人の言う通り本当にかしこまった言葉遣いが苦手なのだろう。敬語を取った瞬間、生き生きと話し始めた。
「そう言えば、自己紹介もまだしてなかったよね?俺は魔術師のラクリオ。オーバリとは魔術学校で同期だったんだ。今はあいつと同じ魔術研究開発本部で働いてる」
「私はジゼル。よろしくね」
「ジゼルちゃんね、こちらこそよろしく。それと、改めてこの前はごめん。昔からオーバリはすごい人気者で時々厄介な人間に付き纏われたりしてたんだ。だから、その、君もそういう人かもって勘違いしちゃって。あの後、オーバリにも怒られてずっと謝りたいと思ってたんだけど、なかなか機会もないし……」
「え、怒られたの?」
「うん。それはもう、めちゃくちゃ怒られた。俺、今までオーバリに怒られたこと無かったんだけど、あいつ怒ると超怖くてもう二度と怒らせないようにしようって思った」
心做しか青ざめる彼に私は全力で同意する。
貴方もあの怒りを経験したのか。可哀想に。
私のせいで本当に申し訳ない。
「……えっと、ちなみにその時オーバリ様は私のこと何か言ってた?」
これ以上その時のことを思い出させるのも悪いので、話題転換も兼ねて気になっていたことを聞いてみる。
ルカは私のことをどう言う風に説明したのか、話を合わせるためにも聞いておきたい。あと純粋に気になる。
「えっと、確か自分が魔術師になるきっかけになった人だって言ってた」
……は。魔術師になるきっかけが私?
予想もしていなかった言葉に思考が止まる。
イェルダとして生きていた時にルカがそれらしきことを言っていた記憶は無い。それどころか、彼は将来は自分も店を手伝うから魔術師にはならないと言っていたはずだ。
もしかしてラクリオを誤魔化すための方便として嘘をついたのだろうか?
「あの、俺も気になってたこと1コ聞いてもいい?」
ラクリオの言葉に私は頷く。
「え?ええ、私に答えられることなら」
「オーバリの魔術師長を目指すきっかけになった人ってことは二人は昔からの知り合いってことでしょ?」
「……あ、えっと、まあ、そうなるね」
「なら、どうしてあの時ファンだって名乗ったの?」
「え"」
至極当然な疑問に私は頭を目一杯回転させて言い訳を考える。
「あー、実はオーバリ様とは随分昔に会ったきりそれ以降一度も会う機会が無かったから、もう私の事なんて忘れているだろうと思って咄嗟にファンだって言っちゃったの」
嘘は吐いていない。
ただ、だいぶ説明を省いただけだ。
「なるほど、そうだったんだ。ん?ってことはやっぱりあの時の俺、めちゃくちゃ邪魔者だね?!感動の再会をぶち壊しちゃってるし!そりゃあ、あいつもあんなに怒る訳だ。うわぁ、本当に申し訳ない……」
そう言って項垂れる彼は言動から人の良さが滲み出ていて、ルカの近くにもこういう人が居るのだと思うと、少し安心した。
初対面のあの態度もルカのことを不審人物から守ろうとした結果のことだし、何度も繰り返すがあの時の私は紛れもなく不審者だったので仕方の無いことだと思う。
「その件に関しては私にも充分非はあるから本当に気にしないで。むしろ、こうしてわざわざ謝りにきてくれてありがとう」
「……君、オーバリと仲良いだけあって良い人だね」
「へ?!あ、ありがとうございます」
唐突な褒め言葉に動揺して思わず敬語が出てしまった。
そんな私を見てラクリオは少し笑った。
「君みたいな人がオーバリの近くにいてくれるなら安心だ」
「そ、そうかな?ありがとう。私もラクリオくんみたいな優しい人がオーバリ様の近くにいてくれるなら安心出来るよ」
本心からの言葉を口にすると、ラクリオは目を丸くして驚く。
「……そんなこと、初めて言われた。いつも皆にはオーバリの邪魔になるから付き纏うなって言われるし」
「はい?どうして?邪魔になるような事してるの?」
「い、いや、意識してしたことは無いけど、俺結構沢山話しかけちゃうからよく周りからいい加減にしろって言われるんだ。オーバリも嫌がっているはずだって」
「それ、オーバリ様から直接言われたわけじゃないのね?」
「うん」
「それなら大丈夫。オーバリ様は嫌なことはハッキリと嫌だって断れる人だから。だから、本人の意思を確認してもいないのにさも本人の考えかのように意見を押し付けてくる人間の言うことなんて気にしなくていいよ」
妬みや嫉み、様々な私情で人は簡単に認識を歪ませてしまう。
自分の良いように出来事を曲解する。
きっとラクリオに忠告した人達も皆、事実なんて二の次なのだろう。自分が信じたいように、信じたいものだけを見ている。
ルカはあの容姿で性格もとても優しいから、昔から人を引き寄せやすく、そして身勝手な理想を押し付けられることが多かった。
こうあって欲しいが最終的にこうあった方が良い、こうあるべきになる。
あの子の見た目だけを見て、一度話しただけで、どうしてあの子の全てを分かった気になるのだろう。
どうしてそんなに簡単に本人の意思を無視できるのだろう。
相手がどんな顔をしているのか、見えてないのか。
それが例え善意から来るものでも悪意から来るものでも、どちらにせよ私は彼を自分の思う通りに縛ろうとする人間が嫌いだ。そんな人間、クソ喰らえだ。
ラクリオに忠告した人間もどういうつもりでそれを言ったのかは知らないが、卑怯だと思う。
ルカを盾にして、ラクリオに自分の意見を押し付けているのだから。
「……そう、かな?」
「うん。根拠もないのに憶測だけで人を傷つける可能性があるような言葉を簡単に口にする人に耳を傾ける価値はないと私は思う」
「ジゼルちゃんって良い人なだけじゃなくて、カッコイイんだね」
何故かラクリオが呆気に取られた様子でそんなことを言った。
ちょっと話の脈絡がないので意味がわからない。
「俺、惚れちゃいそう」
「えっと、それは遠慮しておこうかな」
冗談なのか本気なのか分からないが、一応断りの言葉を伝えるとラクリオは「えぇ」と悲しげな声を上げる。
「残念だ、俺本気だったのに」
しかし、その言葉とは裏腹にラクリオはケラケラと楽しそうに笑う。
「ふふ、ジゼルちゃんって本当に最高。もう少し話していたいけど、そろそろ仕事しないと怒られちゃうから戻らないと」
「あ、そうなの?引き止めてごめんね」
「ううん、どちらかと言うと引き止めたのは俺の方だから気にしないで。ジゼルちゃん、また今度ゆっくりお話しようね」
「うん。機会があればぜひ」
ラクリオが嬉しそうに笑った。
「じゃあまたね!」
「またね。仕事頑張れ」
「ありがと!」
バタバタと忙しなく仕事場へ戻っていくラクリオの後ろ姿を見送り、私もその場を後にした。




