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暫く私の腕の中で泣いていたカテリーナだったが、やはり疲労が溜まっていたのか、緊張がゆるんだのか、糸が切れたように気を失ってしまった。

ボリスが倒れてから休んでいないらしいことを考えるとこのまま休ませておいた方が良いだろうと思い、今はブランケットをかけてソファで眠らせている。


「……大丈夫ですか?」


横たわるカテリーナを見ていると、不意にルカから声をかけられた。


「え?」

「⋯⋯その、彼女の話を聞いてから随分と思い詰めた顔をしているので」


そんなに分かりやすく表情に出ていただろうか。


「私は全然大丈夫。でも、カテリーナとカテリーナの大切な人を傷つけられたっていうのに、なんの力にもなれない自分が歯がゆくて」


カテリーナの彼氏であるボリスとは何回か話したことがあるが、少し話しただけでもカテリーナのことを大切に思っているのが伝わってきたし、なにより二人で笑い合う姿が本当に幸せそうだったから二人はきっと何事もなくそう遠くない未来に結婚するのだろうと思っていた。


「カテリーナもボリスくんも、本当に良い人なの。幸せになるべき人達なの。それなのに、こんなことになるなんて」

「……ジゼル。気持ちは分かりますが少し落ち着いて」


いつの間にか握りしめていた拳をルカにほどかれる。

相当力を入れていたらしく、手のひらには爪の跡が内出血として残っていた。


「この状況で出来ることが少ないのは当然のことですからそんなに思いつめないでください。それに、今こうして彼女に寄り添っていることだって立派な手助けですよ」


理屈では分かっている。ルカの言葉が正しいのだと。それと彼に気を遣わせていることも。

だけどこうしているうちにもどんどんカテリーナたちを傷つけたやつへの手がかりが遠ざかってしまう気がして、何かしなければという焦燥感に駆られるのだ。

私が動いたところでボリスが目を覚ますわけでもなければ、カテリーナが元気になるわけでもない。

だからこれが私の自己満足でしかない。だけど、それでもじっとしている気にはなれなかった。


「……と言っても、貴女はきっと納得しないんでしょうね」


私の心を読んだかのようにルカがそう口にした。

は、と顔を上げると苦笑するルカが目に入る。


「自分で調査するつもりですか?」


少し迷ったが、頷く。


「それなら僕も協力します」

「……え、いいの?」

「ここでジゼルに危険だから何もするなと言ったところで貴女は聞かないでしょう?僕に隠れて一人で動かれるくらいなら一緒に行動した方が百倍マシです」


さすがは長年の付き合いである。私の考えなんてお見通しらしい。


「でも、ひとつだけ条件があります」


私の手をルカが取った。内出血の跡を撫でられ、少しこそばゆい。


「もし万が一、ジゼルの身に危険が迫るようなことがあったら僕はその時点で調査を打ち切ります。もちろん、貴女が再び捜査することも許しません。その時はどんな手を使っても止めます」

「そんな危険なことなんて……」

「ですから万が一の話です。僕にとっては貴女の身の安全が最優先事項なので。いいですね?」

「わ、わかった」


ルカの気迫に押されるようにして答えると、彼は満足そうに頷いた。


「とは言え、今のままだとあまりに手がかりが少なすぎます。少し情報を集めるので時間をもらえませんか?」

「ええ、それはもちろん良いけど情報を集めるって言ったってどうやって?」


首を傾げる私にルカはニコリと微笑み、言った。


「ジゼルはお忘れかもしれませんけど、僕、一応魔術師長ですから」



◇◆◇


翌日。

私は家まで迎えに来てくれたルカに連れられて、王宮内にある魔術研究開発本部にお邪魔していた。

何度かルカのお弁当を届けに来てはいたが、しっかりと中に入るのは初めてだ。

他の魔術師たちからの刺さるような視線を感じながら、奥にある師長室に案内される。

部屋の中に入ると、インクのにおいがした。

ルカがいつもここで仕事をしていると考えると少し不思議な気持ちになる。


「どうぞ、紅茶です」


高そうなソファに恐る恐る座って周囲を観察していると、ルカがティーカップを置いた。


「あ、ごめんね。ありがとう」

「いえ。こちらが招いたんですからどうぞお気になさらず」


彼も反対側のソファに腰掛ける。


「さて、早速ですが本題に入りましょうか」


紅茶を一口含むと、ルカはそう切り出した。


「あのあと、すぐに事件を担当している第三騎士団に行って調査書を借りたんですが、あの時間帯は周辺にあまり人がいなかったうえに街灯が少なく視界が悪いため、有力な目撃証言はありませんでした」


やっぱりそうか。カテリーナが被害にあったあの丘は普段からあまり人通りがない。ましてや、夜ともなれば目撃者がいる可能性は低いだろう。


「……ただ、カテリーナさんは犯人は黒いローブを着ていたように見えたと証言しているらしく、現段階で第三騎士団は最近深夜に目撃されている黒いローブの不審者と同一人物ではないかと考えているようです」

「第三騎士団はその黒いローブの不審者について調べはついているの?」

「いえ、なかなか苦戦しているようです。体格や身のこなしからして男性だろうということと体術に長けているということくらいしか分かっていません。それと、これはあくまでも憶測ですが、ローブの男は家畜荒らしにも関与している可能性が高いです」

「それじゃあ、最近この街で起こったことは全部その男の仕業ってことね」

「少なくとも第三騎士団はそう考えているようですね」

「確かにこんな短期間で立て続けに事件が起こっているのも同一犯だっていうのなら頷けるけど、仮にローブの男がそれらの犯行を行っていたとして目的は何?家畜の血をとって、子羊を盗んで、女性を襲って髪を切るだなんて、まるで何かの儀式でも始めるみたいじゃない。犯行に統一性がないわ」

「そうですね。第三騎士団も相手の目的が分からないため次の行動を予想しようがなく、下手に動けないみたいです。一応、警邏の数は増やしているようですが」


確かに相手の行動が予測できない以上、手の打ちようがない。


「例えば、男には破壊衝動や何らかの残酷的な衝動があり、最初は家畜に手を出すことで欲を満たしていた。だけど、さらなる刺激を求めて今度は人間を襲いだした、とか?」

「その線も十分あると思います。単なる金稼ぎのためという線もありますが」

「え?羊とか髪が売れるのは分かるけど、動物の血液なんて売れるの?」

「ええ。一部では売れますよ。最近では動物の血液も利用方法が増えてきていますから。でも自分で言っておいてなんですが、金稼ぎの可能性は低いと思います。利益とリスクが釣り合ってませんから」


ルカの言う通り。第三騎士団がここまで警戒しているのになおも犯行を重ねるなんてただの馬鹿か、もしくは何かしらの目的がある者だけだ。ただの金稼ぎとは考えにくい。


「取り敢えず、今は手がかりが少なすぎるしあまり決めつけずに動いた方が良いわね。色々な可能性を視野に入れていきましょう」

「そうですね。僕の方でも引き続きなにか情報は無いか探ってみます。ジゼルはこの後、どうします?帰宅するなら送っていきますよ」

「ありがとう。でもこの後、街で軽く話を聞こうかなと思ってるから大丈夫。私のことは気にしないで」

「え、今日これから行くんですか?」

「うん。人の記憶ってどんどん薄れていくし、どうせ家に帰ってもこれといった予定は無いから」


ルカがどことなく不満そうに私を見る。


「そんな顔しなくても何も危ないことなんてしないから安心して。街に出るのも昼間だけって約束する」

「……少し待っててください」


ルカは部屋の奥に置いてあった袋の中をがさごそと漁り出す。

何をしているのか気になりながらも言われた通りその場で待っていると、しばらくしてから何かを手に持ったルカが戻ってきた。


「一人で行くならこれを持っていってください」


アクアマリンらしき宝石が埋め込まれた銀のブレスレットを渡される。


「これは?」

「身の危険を感じた時に貴女の身を護ってくれる魔法具です。まだ開発途中で三回効果を発揮すると魔力補充が必要になるので気をつけてください」


これだけシンプルに見えるのに三回使えるだけでも充分すごいと思う。

ルカからブレスレットを受け取り、観察してるが詳細な仕組みまでは分からなかった。今度、時間がある時に言える範囲でどうなっているのか教えてもらおう。

見た目も可愛らしく普通のアクセサリーと差異はないし、世に出たらきっと人気商品になるだろう。


「今、持ち合わせがないからお金は今度でも良い?」

「いえ、これは完成品では無いですし僕が押し付けているだけなので代金は良いです」

「え、いやいやそんな訳にはいかないって」

「本当に気にしないでください。使用感とかを教えて貰えるとこちらとしても助かりますし」

「……分かった。いつも色々ありがとうね」

「いえ、勝手にやってることですから」


そう言うけど、私はそんなルカの気遣いに何度も助けてもらった。

今の私は一体彼になにを還元出来るだろうか。



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