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ゆっくり歩いて帰ってきたので、家に到着する頃には既に日は沈み、星が見える時間帯になってきた。


「送ってくれてありがとう。わざわざごめんね」

「別に俺が好きでやった事だし気にすんな。それに最近、この辺りは物騒だしな」

「ああ、家畜の事件のこととか?」


ちょうど昼に話していた話題だ。

ラミロは神妙な顔で首肯する。


「何が目的なのかイマイチ犯人の狙いが分かってねぇらしいから用心するに越したことはねぇだろ」

「犯人の狙い、まだ分かってないんだ」

「ああ。俺は管轄外だから詳しいことは知らねぇけど、調査してる第三騎士団はかなり手こずってるらしい」

「⋯⋯そっか。犯人、早く見つかるといいね」

「そうだな。お前も気をつけろよ」

「うん、ありがとう」


まあ、私は夜はあまり出歩かないし、家畜を飼っているわけでもないから問題ないとは思うけど。


「今日はすごく楽しかった。ラミロが忙しくない時にまた会おうね」

「ああ」

「じゃあ、またね。おやすみなさい。良い夢を」

「⋯⋯おやすみ」


どこかぎこちないラミロの返事につい笑みを零しつつ、私は家の中へと入った。






それから二日後。

今日は昼頃にルカが来訪すると前々から決まっていたので、家で楽しみに待っていたのだが、何故かやってきたルカの機嫌は地を這っていた。


「⋯⋯おはよう。き、今日は良い天気ね?」

「⋯⋯⋯⋯そうですね」

「た、太陽も出てるし、洗濯物もよく乾きそうだわ」


あまりの機嫌の悪さについ意味もなく天気の話をしてしまう。

こんなに不機嫌なルカを見るのはいつぶりだろうか。

思い出せないくらい稀に見る不機嫌さだ。


「⋯⋯あの」

「な、なに?」

「最近、アイツと出掛けたりしましたか」

「へ?」

「ラミロです。アイツと二人で出掛けましたか」

「え、うん。一緒にレストランでご飯を食べたけど⋯⋯」


素直に事実を答えると、ルカは一瞬固まった後にそれはそれは大きな溜息を吐いた。身体中の酸素、全部外に出たんじゃないだろうか。


「⋯⋯最悪だ」

「えっと、何が?」

「⋯⋯貴方の特徴に合致する女性とあの赤髪男が恋仲なんじゃないかって王宮で噂されてるんですよ」

「は?!」

「本当に最悪。なんでよりによってアイツと⋯⋯」


ルカが頭を抱えながらこの世の終わりのような声を出す。


あ、そうか。ルカと出掛ける時はいつも彼が認識阻害の魔術をかけているから目立たなかったけど、ラミロの場合は何の魔術もかけていないからそりゃあ目立つ訳だ。

うわ、途中まではちゃんと意識してたのに、いつの間にか失念していた。


「仕事をしていたら偶然そんな噂を耳にして、なんの悪夢かと思ったのに⋯⋯」

「どうしよう、今度ラミロに会ったら謝らないと」


そうだよなあ。今の私と子供達の組み合わせだと第三者から見ればそういう見方になってしまう事もあるんだった。

カテリーナもルカとの仲を勘違いしていたし。

あー、ラミロに悪いことしちゃったな。


「どうしてあんな何から何まで騒がしい男と二人で出掛けたんですか」

「ど、どうしてって食事しようって誘われて断る理由もなかったから⋯⋯。でも色々と迂闊だったわ、ごめんなさい」

「⋯⋯いえ、こちらこそすみません。今のはただの八つ当たりです」


八つ当たり。


ルカには似つかない単語だ。一体何に対する八つ当たりなのか。


「噂はどうにか僕が収束させます」

「収束させるってどうやって?」

「これから考えます。それともいっそ、僕が認識阻害魔術を解いて噂を上書きしようかな」

「⋯⋯それ、何も解決してないよね?むしろ問題が大きくなる予感がするんだけど」


ボソリと呟かれた言葉に反応すると、ルカは「冗談です」と美しく微笑む。

冗談の声色ではなかったように思えるのは気の所為だろうか。


「まあ、今はこんな胸糞悪い話は忘れましょう。今日はお昼に何を食べるか決めてますか?」


言葉遣いがいつもより荒いことからまだルカの気が立っていることが分かるが、話を掘り返して薮蛇になっても嫌なので私も気持ちを切り替える。


「⋯⋯んーと、じゃあ折角天気も良いし今日は久しぶりに外に食べに行く?」

「そうしましょうか。どこが良いとかあります?」

「ヴィリアムのお店はどう?」

「良いですね。直ぐに出れますか?」

「ええ、大丈夫」

「じゃあ行きましょうか。もうお腹がペコペコです」

「あはは、私もよ」


笑いながら家の外へ出ると、強い風が吹いた。

髪と洋服を抑え、突風から守る。


「すごい風ですね。大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫⋯⋯って、あれ?カテリーナ?」


ルカの後ろに見覚えのある姿を捉える。

しかし私はその姿に確信をもてなかった。

何故なら彼女のトレードマークである美しい黒髪が首元でバッサリと切られていたのだから。

ルカに断りを入れてから、ふらふらと足元がおぼつかない彼女の元に駆け寄る。


「……カテリーナ?」


もう一度名前を呼ぶと、彼女が振り返った。


「ジ、ジゼル」


目が合った瞬間、カテリーナはくしゃりと顔を歪ませる。


「ど、どうしたの?何かあったの?」

「どうしよう、ボリスが、私のせいでボリスが……」


明らかに様子がおかしい。

事情を聴こうとするが、カテリーナは言葉を詰まらせ、それ以上何も口にしない。

とりあえず落ち着かせようと、抱きしめて頭を撫でた。

近くで見て分かったが、彼女の髪の長さは不揃いで明らかに切り口がおかしい。とてもお店で切ったようには見えなかった。


「ルカ」


ただ事ではない様子に目配せすると、彼は頷く。


「取り合えず、どこか落ち着いた場所に移動しましょう。事情を聴くのはそれからです」



◇◆◇


結局、話をするなら家の中の方が良いだろうと私達は我が家に戻ってきた。

未だ泣きじゃくるカテリーナの背中を撫でていると、ルカがマグカップを二つ机の上に置く。


「どうぞ、ホットレモネードです」


なんだか住人の私よりもこの家になじんでいる気がするのだが、今はそれどころではないので細かいことは気にしないことにした。


「ありがとう」

「ありがとう、ございます」


カテリーナはカップを受け取ると、一口レモネードを飲んだ。


「……おいしい」

「それは良かったです」


ルカが自分の分のカップを持って席に着いたのを確認し、私は口を開いた。


「それで、カテリーナ。一体何があったのか教えてくれない?話せる範囲でいいから」


カテリーナはマグカップをぎゅっと握りしめ、うつむいた。


「……ふ、二日前、ジゼルと別れた後、ボリスと食事に行ったの」

「デートするって言ってたものね」

「ええ。それで、その後に丘の上にある時計塔から見える夜景が綺麗だから一緒に見に行かないかってボリスに誘われて二人で時計塔に行ったの。夜景自体は何の問題もなく、見ることが出来たんだけど……」

「その後に何かが起こったのね?」


青ざめるカテリーナの言葉を引き取ると、彼女は一度こくりと頷いた。


「夜景を見ていたらいつの間にかだいぶ遅い時間になってしまってて、そろそろ帰ろうかって話になったんだけど、その前にボリスが「ちょっと待ってて」って言い残してどこかに行ってしまったの。それで仕方がないから言われた通り、その場から動かずにボリスが帰ってくるのを待ってたんだけど、そしたら突然、く、黒い人影が現れて、地面に押し倒されたの。そして手に持っていたナイフで髪を切られた」


カテリーナの口から飛び出た衝撃的な発言に口から洩れそうになった声を飲み込んだ。

小さく震える彼女の手を握りしめ、話の続きを促す。


「……わ、私、必死に抵抗したわ。でも相手の抑え込む力はとても強かった。口もふさがれてるから助けを呼ぶことも出来なくて、そんな時にボリスが戻ってきたの。彼は襲われてる私を見てその人影に殴り掛かって、二人はもみ合いになったわ。そして、その人影は私の髪を切ったナイフで……ボリスを刺して、逃げたの」


カテリーナが顔を手で覆う。


「…………まだ、意識が戻らないの。すぐに病院に運ばれたのに、ボリスは眠ったままなの。彼のおかあさんに一度家に帰ってゆっくり休んだ方がいいって言われて戻ってきたけど、今こうしているうちに、もし、もしボリスが死んじゃったらどうしよう……!私のせいで、ボリスが死んじゃったらどうしよう!!」


あまりの話の内容に呆然としてしまう。

私が思っていたよりも事態はずっと深刻だった。

華奢な肩を震わせ涙を流すカテリーナに今の私が何を言えるというのだろうか。

かける声も思い浮かばず、私はただカテリーナを抱きしめることしかできなかった。





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