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それから三日後。

宣言通りその日の朝、ルカは私を迎えに来た。


「おはよう」

「おはようございます」


ニコリと微笑んだルカは「あれから体調はどうですか?」と私に問いかける。


「お陰様でもうすっかり大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

「いえ。元はと言えば僕たちのせいなので」

「確かにね。ラミロが殴りかかろうとした時は心臓が縮んだわ」

「あいつはいつまで経っても野蛮人ですから」

「言っておくけど、ルカも大概だからね。あんなに人が大勢いる場所で貴方達が喧嘩したら大惨事になるって考えればわかるでしょう?」

「……それは、すみません。あそこまでギャラリーが集まっていることに気づかないくらい頭に血が上っていました」


私がチクリと刺すと、ルカは素直に謝罪の言葉を口にした。

彼が大きくなってからは私の方が何かと叱られてばかりだったので、私が叱る立場になるのは久しぶりだ。


まあ、でもたまには年上の威厳というものを見せないとね。


「……なんかジゼル、少し得意気になってませんか?」


なんて内心調子に乗ってると、ルカからジトリと湿度のある視線を向けられた。


「へっ?!そんなことないけど?!」

「……嘘ついている時の癖が出てますよ」

「あー、そ、そんなことよりもこれから私達、どこに行くの?」


これは分が悪いと悟り無理やり話題を変えると、私の慌てようが面白かったのか、ルカに笑われた。


「そういえばまだ言っていませんでしたね」


どうやら見逃してくれるらしい。

「ジゼルはどこだと思いますか?」と聞かれる。


「ヒントはこの道です」


質問に質問で返された。戸惑いながらも周囲を見渡す。


ヒントが道?

⋯⋯あ。


「分かった、目的地は魔道具屋でしょ」


この道はモニカのいる魔道具屋に向かう道だ。

見慣れた道だし、この前通ったばかりだから恐らく間違いないと思うんだけど、どうだろうか。


「合ってる?」


私の問いかけにルカはコクリと頷いた。


「はい、正解です。モニカも会いたがるだろうし、どうせなら魔道具屋で集まろうと思って」

「じゃあ今日はラミロだけじゃなくてモニカも一緒?」

「ええ」


近いうちにまたモニカにも会いたいと思っていたけど、まさかこんなに早く会えるとは。


「嬉しそうですね」


考えている事が顔に出てていたのか、ルカにそう言われた。


「だって今は一緒に暮らしてる訳じゃないからいつでも会える訳じゃないでしょ。だから会える機会が増えるとつい嬉しくなっちゃって」


最初は生まれ変わったのだから彼らには接触しないようにようにしようと考えていたのに、人生とは不思議なものだ。


「私、最初はもう二度と貴方達とこうやって会話することは無いんだと思ってた。会いに行くのは私のエゴだって。だけど、ルカやモニカやラミロと会って話をして、今は少し意識が変わった」


今は、そうやって何も説明せずにいるのも一種のエゴなのかもしれないと思うようになった。

それはこうして仲良くお喋りするという、存在するかもしれない未来の可能性を摘み取ってしまうことにもなるのではないかと。


「……今はね、もしも他の子供たちも私に会っても良いと思ってくれるなら会いたいって思う。会って、話したいって。だから、その時はルカの力を借りたいんだけど、良い、かな?」


恐る恐るルカを見ると、彼は少し呆れたような困ったような笑みを浮かべた。


「貴女は昔から物事を難しく考えすぎなんですよ。僕達のことに関しては特に。貴女が会いたいというのなら、僕はいくらでも力を貸します。どうして思い切りが良い時はとんでもなく良いのに、こういう事になるとうじうじ考えてしまうんですか」

「⋯⋯だって本当に貴方達の事が大切なんだもの。そりゃあ、慎重にもなるわよ。うじうじしてて悪かったわね」


こっちは真剣に話しているのに、と少し面白くない気持ちになっているとルカが私の右手を握った。


「大丈夫です、何も心配することはありませんよ。僕は全力でジゼルのやりたい事をサポートしますし、貴女が僕達を大好きなように、僕や彼らも貴女のことが大好きなんですから」

「……うん、ありがとう。だけど、生まれ変わりのことはどう説明しよう。モニカはあっさり信じてくれたし、ラミロに至っては何故かあまり気にしていなかったけど、皆信じてくれるかな?昔の話とかすれば信じてくれるかな?」

「いや、そのことに関しては心配しなくても大丈夫かと。あいつら多分、ジゼルが何も言わずともその存在に気づきますし」

「えぇ?流石にそんな事は無いんじゃない?前世の私と今の私の共通点なんて目の色が同じなところくらいなんだから」

「でも事実、僕やモニカやラミロには気づかれていますよね?」

「そ、それはそうだけど」

「それに⋯⋯」

「それに?」


突然途切れた言葉の続きをルカに促すも、彼はニコリと笑うだけで何も言わない。

一体なんなんだと思っていると、握られたままだった右手をくっと引かれた。


「え、何?」


混乱しながらもルカについて行くと、すぐに魔道具屋が見えてきた。

オレンジの扉の前まで来ると、ルカは私の右手を離す。


「今更悩んでもあまり意味はないと思いますよ」

「へ?そ、それはどういう⋯⋯」

「さあ?入れば分かるかも知れませんよ」


しっかり話を聞こうとする前にルカに促された。

どこか違和感を感じながらも取り敢えず、言われた通りに扉を開けた。その瞬間。


「ママ!」


聞き馴染みのある呼び方が聞こえてくると同時に胴体に物凄い勢いで何かがぶつかってきた。


「ぐぇっ!」


おおよそ年頃の乙女らしからぬ声を出しながら後ろに倒れ込みそうになったところをルカが支えてくれた。


「大丈夫ですか?」

「あ、ええ。ありがとう、大丈夫よ」


何が起こっているのか分からず、目を白黒させながら自分の体を見下ろすと、腰に巻きつくようにして二人の男女が私に抱きついていた。

三つ編みにされたお揃いの深碧色の髪とこちらを見てキラキラと輝く二対の桃色の瞳。


⋯⋯ど、どうしてここに。


立派に成長して背は伸びているものの、目の前にいる男女はどこからどう見ても四番目にうちに来た双子その人達だった。


「おい。マリアもマルコも嬉しいのは分かるけど、いきなり飛びついたら危ないだろ」

「だって、もう一度ママに会えるなんて思ってなかったんだもの!!」

「本当にママなんだよね?!うわあ、確かに雰囲気は全く変わってないね!!」


ルカが注意するも、二人は気にした様子もなく三つ編みを楽しそうに揺らす。



「……マリア、マルコ」


雰囲気が変わらないのはそっちの方だ。

私と暮らしていた時より、身体もずっと大きくなって大人っぽくなったのに、


「うん、マリアだよ」

「マルコです!」


名前を呼ぶといつだって嬉しそうに返事をしてくれるところ、ちっとも変わっていない。



「あ、あなた達、なんでここに居るの?」

「ここに来たらママに会えるって聞いたの!」

「僕達だけじゃなくてみんな居るよ!」


え、みんな?


顔を上げると、何故かぶすくれた様子のラミロが壁に寄りかかっているのを見つけた。しかし、視線は合わない。

駆け寄り、挨拶をしようとしたその時。


「かあちゃん」


柔らかく穏やかな声が聞こえた。

信じられない気持ちで声が聞こえた方に顔を向ける。


「ア、アベル?」


ふわふわとした栗色の瞳ときゅうっと細まる優しげな淡黄色の瞳。

そこに居たのは、三番目にうちに来た子供――アベルだった。


「おかあ、ちなみに私もいるよ」


驚く暇もなく声をかけられ視線を移すと、艶々しい黒髪の美女が私を見てふっと微笑む。


「え、ええ?!貴女、レベッカ?!」

「うん、そうだよ」


五番目にうちに来た子の名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうに頷いた。

それは確かにレベッカが喜んでいる時にする表情そのままで、あまりの驚きに私は大口を開けて呆けてしまう。


私と暮らしていた時は腰ほどまでの背丈だったのに、少し見ないうちにこんなに成長して⋯⋯。


他の子達を見て十分理解していたつもりだったが、改めて十六年という時の流れを突きつけられた気がして感慨深いやら寂しいやらで胸がいっぱいになる。


ついこの前まで涎だらけになってはしゃいでたのに。


「大きく、なったのね」


レベッカが頬を緩ませながら「うん」と返事をしたのを聞いて、一気に視界が歪みだす。


「アベルも、マリアもマルコも、見ないうちにこんなに立派になって⋯⋯」


それ以上は言葉に出来なかった。


どうして皆がここにいるのかとか、言えずじまいだった感謝の言葉とか、先に死んでしまったことの謝罪の言葉とか、言いたいことは沢山あった。


でも口を開けば嗚咽が漏れてしまうから、みっともなく泣き声を上げてしまうから、歯を食いしばって耐えることしか出来なかった。



あの時の私は、道端で一人自分の死を待つことしか出来なくて、この子達が成長した姿を見れることなんて二度とないのだと思っていた。だけどこうして記憶を持って生まれ変わることが出来たから、それならこの奇跡に感謝して彼らの成長した姿を見ることで、それで満足しようと思っていたのだ。それなのに。


また、こうして言葉を交わせるなんて。昔と変わらず、大好きな子達が大好きな声で私のことを呼んでくれるなんて。みんなを置いて一人死んでしまったのに、再びこんなに優しく笑いかけてもらえるだなんて。

こんな幸運なことが、この世にあるだろうか。


我慢しきれずに顔を覆いその場に座り込んだ私を見て子供達が一斉に駆け寄ってきた。


「ママ、どうしたの?」

「大丈夫?!」

「かあちゃん?」

「どこか痛いの?!」


そんな心配の声すら嬉しくて、また涙が溢れる。


「⋯⋯ち、違うの。あなた達に会えたのが、う、うれしくて」


びちゃびちゃになった顔を拭いながら何とかそれだけを伝えると、子供達はホッとしたように力を抜いた。


「なんだぁ、おかあったら突然蹲るからどうしたのかと思ったじゃない」

「ご、ごめん」

「ううん。おかあが元気ならいいの。……ずっと会いたかったんだよ」


涙ぐんだレベッカが私を力一杯抱き締めた。


「あ、ずるい!私も!」

「僕も!」


マリアとマルコが被さるようにして勢いよく抱きついてくる。


「え、待って、そういうことなら私も参加する!」


やり取りを聞いて、モニカが慌ててこちらへ駆け寄ってきた。


「じゃあ僕も」


アベルが柔らかく微笑む。

昔と変わらない春の木漏れ日を纏ったようなあたたかな雰囲気に少しおさまっていた涙腺がまた崩壊する。


「モニカ、アベル、マリア、マルコ、レベッカ、みんな大好きよ」


鼻詰まりの酷い声で叫びながら、精一杯腕を広げて皆のことを抱き締める。腕の中のぬくもりが何よりも尊いものに思えて、自然と抱き締める腕に力が籠る。

今、世界で一番幸せなのは間違いなく私だと思った。



「おい。ババ⋯⋯イェルダ」


ぎゅうぎゅうとおしくらまんじゅうのように抱き締め続けていると、眼光鋭いラミロが乱暴な足取りで近づいてきた。


あ、そう言えば今日はラミロに会いに来たのに、まだ一言も話せていなかった。

私の態度に怒っているのか、彼はぐぐっと眉間の皺を深くする。


ああ、どうしよう。他の子達がいた事の衝撃が強すぎて頭からすっかり吹っ飛んでしまっていた⋯⋯って、あれ?ちょっと待てよ?今、ラミロは私のことをなんて呼んだ?

⋯⋯イェルダって、呼ばなかったか?


「ラ、ラミロ!い、今―――」

「俺にもそれをしろ」

「私のこと初めて名前で⋯⋯は?」

「だから俺のことも抱き締めろ」

「⋯⋯⋯⋯は?」


言われた言葉が信じられなくて、あまりの衝撃にあれほど流れていた涙もピタリと止まった。


「くっ、ふふ、あはは、おかあさん、驚きすぎ!」


いつまでも事態を理解出来ず石化していると、胸のあたりでモニカが堪えきれないとでも言うように笑いだした。


「そんなに驚く?こいつがママのこと大好きなの、ダダ漏れだと思うんだけど」

「でもほら、いつもママにはつっけんどんな態度を取っちゃうから、伝わってないんじゃない?」

「えー、なにそれカワイソー」

「好きなのに恥ずかしくてこんな態度しか取れないのよね、お子様だから」


私の腕の中でマリアとマルコがニヤニヤと笑い、レベッカが短く溜め息を吐いた。


「⋯⋯てめェら、あんまりゴチャゴチャ好き勝手に言ってると絞めるぞ。つーか、そもそもお前ら俺より年下だろうがァ!」

「何言ってるんだい、ラミロ。精神年齢は僕達の方が上だよ」

「そうそう、実年齢なんて関係ないわよ」

「うちに来たのも貴方が一番最後だしねえ」

「⋯⋯絞める。お前らあとで絶対絞める」

「待て待て待て待て待て」


様々な衝撃からようやく立ち直り慌ててストップをかけると、ラミロがグルンっと首を勢いよくこちらへ向けた。正直、勢いが良すぎてちょっと怖い。


「あ"?ンだよ。こいつらには出来て俺には出来ねぇって言うのかよ」

「そんなこと一言も言ってないでしょうが!あ、貴方がああいう事言ってくれるの珍しかったからちょっと驚いただけ。ほら、おいで」


皆から離れてラミロの方へ腕を伸ばす。


「ん」


ラミロは俯きがちに手を取ると、一気に私の身体を引き寄せた。


⋯⋯だ、抱き締めるつもりが、抱き締められてしまった。

ラミロの大きな身体だと私の身体がすっぽりと包まれてしまう。

昔は逆の立場だったのに、こんなに大きくなっちゃって。


「お前、本当に帰ってきたんだな」


再び滲んできた涙を零さないようグッと堪えていると、確認するようにぽつりとラミロが呟いた。


「⋯⋯うん」

「もう勝手に死ぬなよ」

「ぜ、善処します」

「死ぬなよ」

「気をつけます」

「死ぬな」

「うっす」


無責任なことは言えない、と真摯に答えたのだが肯定以外の答えが許されなかったので、大人しく頷いて応える。

少し抱き締める力が強いので弛めて欲しくてポンポンと背中を叩くと、首筋にぐりぐりと頭を押し付けられた。


あ、いや、そうじゃなくて。

と思ったものの、あのラミロがこんなに甘えてくれるなんて今世紀最大の事件なので少しの息苦しさは我慢することにする。


「ラミロ、大好きよ」


彼にはまだ言っていなかったと思い出して伝えると、また頭をグリグリと押し付けられる。

その時、肩口が僅かに濡れていることに気づいた。


⋯⋯ああ。そう言えば、この子は昔から泣くのが下手くそなんだった。


怒り以外に感情を上手に外に出す方法を知らない上に、弱っているところを人に見られたくないから、こうして声を発すること無く、静かにバレないように泣くのだ。


そんな所まで、変わってないのね。


私はどうしようない愛おしさを抱えながらせめて彼の涙が止まるまではこうしていようと心の中で密かに決めたのだった。




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