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「軽い魔力欠乏症ね。しばらく休んでいればすぐに体調も良くなるわ」


やっぱり。

王宮の医務室で女医さんさんから告げられた言葉に私は小さく息を吐いた。


診断通り症状は軽いものだったようで、私はあの後本当にすぐに意識を取り戻した。しかし目覚めた時、既にルカは私を横抱きにして医務室に向かっており、恐らくただの魔力欠乏だから大丈夫だという事も説明したのだが、心配だから一応診察を受けてくれと有無を言わさぬ勢いで医務室まで運ばれ、今に至る。



「本当に、魔力欠乏症ですか?他に悪い所はどこにもないんですね?」

「だからそうだって言ってんでしょ。他に異常はないし、身体自体は至って健康よ」


食い下がって質問するルカに女医さんは顔を顰め、答えた。


「ただ、貴女あんまり魔力が多くないみたいだから無茶しちゃダメよ」


ビシッと指を刺され、私はコクコクと何度も頷いた。

この身体の魔力量が少ない事なんて痛いほど分かっていたが、まさか声に魔力を込めただけで魔力欠乏症になるなんて。

前世でも何度か魔道具の作りすぎで魔力欠乏症になった事はあったが、ここまで酷い症状が出たことは無かった。

あんな気持ち悪さ、二度と経験したくないし気をつけよう。


チラリと隣に視線をやると、心配そうにこちらを見る水色の瞳と目が合った。


「気持ち悪さは少しはマシになりましたか?」

「ええ、おかげさまで。あと、ここまで運んでくれてありがとう。ごめんね、重かったでしょう?」

「いえ、全然重くありませんでした。それに僕が大袈裟に心配して勝手に運んだだけですから。こちらこそすみませんでした」


ルカはそう言って目を伏せると私の手を取り、まるで生きているのを確認するかのように優しく手首に触れた。


「でも本当に良かった。崩れ落ちる貴女を見て生きた心地がしませんでした」

「⋯⋯ルカ」


先程の血の気が引いたルカの様子を思い出す。


「心ぱ―――」


「ババア!!!!」


「心配かけてごめんね」と声をかけようとしたその時。

爆音と共に、ものすごい勢いで医務室の扉が開いた。


何?!何事?!襲撃された?!


驚きでドッドッドッと大きく音を立てる胸を押さえつけながら、目を向けると、そこには綺麗な赤髪を大きく乱れさせたラミロが立っていた。走ってきたのか、大きく肩を上下させている。


「ちょっと、あんた突然なんの用?!今、患者がいるんだからちょっと静かに」

「お前、ババアなんだろ」


ラミロは眉尻を吊り上げて怒る女医さんを完全に無視したまま、ベッドまで歩いてくると、私の目を見てそう言った。


「さっき、俺を止めたのもお前だろ。叱り方が昔と同じだった。それに、こいつもお前の名前を呼んでいた」


ラミロが私の肩に触れようと手を伸ばすが、その前にルカに腕を掴まれる。


「お前がこの人に触るな」

「あ"?今、お前に用はねぇんだよ。でしゃばんな」

「でしゃばってるのはお前だろうが。折角休んでたのに邪魔しやがって。空気の読めなさは相変わらずだな」

「なんだと、てめぇ。そもそもあの時お前が説明もなしに連れていかなけりゃ」

「あー、もうストップ!こんなところで喧嘩しないで!」


危うく医務室で第二ラウンドが始まりそうだったので、慌てて流れを遮ると二人ともピシャリと黙った。


「ルカ、手を離してあげて」

「⋯⋯でも」

「お願い」


数秒の間が空き、ルカは心底嫌そうにしながらゆっくりとラミロの手を離した。



「えーっと。取り敢えず久しぶりだね、ラミロ」


口に出してから、彼がラミロという名を嫌っているかもしれないと言うことを思い出す。


「いや、ロベルトって呼んだ方が良いか」

「そ、そのままでいいっ!!」

「え、でも⋯⋯」

「お前は昔と変わらずラミロって呼んでくれ」

「そ、そう?」


ラミロがコクリと頷いたので言われた通り、呼び名はそのままにして会話を続ける。


「何から話せばいいのか。まず、元気そうで安心した。ラミロ、今は第一騎士団に所属してるって聞いた、すごいね。頑張ったんだね」

「⋯⋯別に、成り行きでそうなっただけだし」


そう言うラミロの下唇が僅かに突き出ているのが見えて、私は思わず笑ってしまった。

彼がこの表情をするのは照れている時だ。昔から素直じゃないくせにすぐに顔に出てしまうから考えている事が分かりやすいのだ。


「ってか、俺のことはどうでもいいンだよ。そんなことよりお前だ。一体、何がどうなってここにいるんだ。その姿はなんだ。イメチェンか?」


怒涛と質問攻めになんと説明しようか悩んでいると、ドアを二回ノックする音が聞こえた。

見ると、ラミロが来た時に開いたままになっていた扉の横に髭を生やした屈強な男性が立っていた。


「次から次へとなんなのよ、もう⋯⋯!」


女医さんが苛立ちを隠さずに不満を漏らすと、男性はニィッと野性味のある笑みを浮かべる。


「お取り込み中、失礼。ちょっとそこのクソガキに用がありましてね」

「げ」


隣にいたラミロが分かりやすく顔を引きつらせる。


「休憩時間が終わっても一向に帰ってこないと思ったらこんな所にいたんだな」

「な、なんでここに居るって分かったんだ」

「お前の髪色目立つから目撃情報を辿って来たんだよ。さ、早く帰って訓練再開するぞ」

「ちょっと待ってくれ、今は訓練どころじゃ⋯⋯」

「お、なんだ?いくらお前でも職務放棄は許さねぇぞ」


その人は抵抗するラミロの首根っこを掴み、ズルズルと入口まで引きずっていく。

全力ではないとはいえ、あれだけ暴れているラミロを軽々しく運べるなんて只者じゃない。もしかしてラミロの上司だろうか。


「おい、おっさん!本当にちょっと待ってくれって!今、大事な話をしてんだよ!」

「訓練だって大事だろうが。そもそも、仕事だし」

「ペナルティなら後で受けるからっ!」


叫びながら彼が本気で抵抗しようと身をよじったのを見て思わず「ラミロ」と名を呼ぶ。

彼がここで暴れたら医務室が大変なことになる。

かぶりを振る私の意図を理解したのか、ラミロはチッと舌打ちをしながらも抵抗を辞めた。


「うぉ、急に大人しくなってどうした?」

「……次は、いつ会えンだ」


目を丸くする男性を無視し、ラミロがぼそりと呟くように聞いてきた。

明日はカテリーナ家のお店を手伝うという約束をしているから無理だが、それ以降ならいつでも空いている。


そう答えようとしたのだが、それよりも早くルカが「三日後」と返事をした。


「あ?」

「三日後にいつもの場所に来い」

「⋯⋯勿論そいつも連れて来るんだろうな」

「ああ」


ルカが頷いたのを確認すると、ラミロは大きく息を吐き出した。


「おっさん、手ェ放せ。もう訓練戻るから」

「お?そうか、よく分かんねぇけど戻るんならなんでもいいわ」


男性は拘束していた手を弛めると、ニィッと笑った。

突然進んだ話に置いてけぼりを食らった気分でいると、ラミロと目が合った。


「三日後、ちゃんと来いよ」


ルカの言う『いつもの場所』とやらが分からないので、どこに行けばいいのか分かっていないのだが、あまりに強い視線に訳も分からぬままとりあえず頷いた。


「⋯⋯じゃあ、またな」

「あ、うん。仕事頑張って」

「ん」


ラミロは短く返事をすると、男性を連れて振り返ることなく医務室から出ていった。

パタン、と扉が閉まる音がして医務室に静寂が広がる。


すぐには動けず閉まった扉を眺めていると「あの」とルカに話しかけられた。


「勝手に予定を決めてしまってすみませんでした」

「あ、いや、それは大丈夫。どうせ暇だし、ラミロとも一度ゆっくり話をしたかったから」

「三日後の朝に迎えに行くので、家で待っていてください」

「わ、分かった」

「詳しい説明はその時にします」


そう言うと、ルカは医務室の時計を見て申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「すみません、そろそろ戻らないと。身体はまだ辛いですか?」

「ううん、もうすっかり元気になったから大丈夫。ルカも仕事頑張ってね、ここまで付き合ってくれてありがとう」

「いえ、僕がやりたくてやったことですから。⋯⋯それと見苦しいところを見せてしまい、すみませんでした」

「あ、うん。喧嘩は程々にね」


咄嗟に幼子に言い聞かすように言うと、ルカは微妙な顔をして部屋をあとにした。

怒涛の展開に暫くベッドの上で放心していると、女医さんがなんだか生温い目で私を見ていることに気づいた。


「貴女、厄介な人生送ってるのね」

「い、一応幸せですし自分では厄介とは思ってないんですけど⋯⋯」

「あら、ごめんなさい。それなら言葉を変えるわ。随分と奇矯な人生を送ってるのね」


艶やかに微笑まれ、私は思わず半目になる。


⋯⋯あんまり変わってない気がする。

ただ、確かに世間一般の人間より特殊な人生を送ってきた自覚はあるので強く否定出来ないのが苦しいところだ。


「あの有名人達と貴女がどんな関係かは知らないけど、今回みたいなことになってまたここに運び込まれることがないように体調には気をつけなさいね」


言葉遣いは荒いが優しい人だな、と思いながら頷くと「またあの魔術師長様に睨まれるの嫌だし」と言葉が続いた。


あ、なるほど。そういう理由で⋯⋯。



「今回は色々とお騒がせしてすみませんでした」


ただ、迷惑をかけたことは紛れもない事実なので今までの騒ぎに対する謝罪をすると、女医さんは「本当にね」と言いながらも笑った。


「さ、調子が戻ったならとっとと帰りな。私はまだやらなきゃいけないことがあるんだから」

「はい。どうもありがとうございました」


立ち上がり頭を下げてから扉を開ける。

部屋から出る際、振り返ると中で女医さんが私に向かってヒラヒラと手を振っているのが見えた。





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