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モニカは、二番目にうちに来た子でルカと共に暮らし始めて四年目の秋に保護した。
納品の帰り、道の端で置物のようにじっと蹲っているところを見つけて、うちに連れ帰った。彼女は私と同じく、口減らしのために家族に捨てられた子供だった。
その頃にはルカも私の拾い癖のことは知っていたので、彼女の手を引いて家に帰ってきた私を見ても「まさか、また拾ってきたんですか?」と呆れたように溜息を吐いただけだった。
まあ、さすがに人間を拾ってくるとは思わなかったようでモニカを見た時は一瞬固まっていたけど。
いくつかの質問を重ねて、彼女がもう家には戻れないことや保護する者がいないことを確認し、うちで育てることを決めた。
意外にもルカが積極的に交流してくれたこともあり、保護してから一年経つ頃には彼女は元気で明るい笑顔の良く似合う女の子に成長していた。
それからは、私が子供や動物を保護する度にルカ以上に積極的に子供達の世話を焼いてくれて、大きくなってからは家計や帳簿管理をしてくれる様になった。
思い返すと、ルカとモニカには本当に助けられた。
もちろん他の子供たちも色々と手伝ってくれていたし、助けられていたけど、家事をルカがやってくれて、帳簿管理をモニカがやってくれていたからこそ、私は存分に仕事に集中する事が出来た。
そんなしっかり者で、でも頑張りすぎてしまうきらいのある彼女が今どうしているのか、ずっと気になっていた。
「……それで、何がどうなってこうなったのか説明して。おかあさん、なんだよね?」
モニカが用意してくれた椅子に腰掛けた瞬間、そう聞かれた。
ちなみに店内には私とルカ、モニカ以外は誰もいない。先程、店の外にクローズの看板をかけていたので恐らく、新しくお客さんが入ってくることは無いだろう。
言い逃れは許さない、とばかりに睨みつけてくるモニカに私は苦笑しながら頷いた。先程の涙の余韻か、目の周りにはまだ少し赤みが残っていた。
「うん。でも私にも何がなんだか分かってないの。気づいたら赤ちゃんになっていたとしか⋯⋯」
自分自身、未だに信じ難いが生まれ変わったことは事実なのでそう説明することしか出来ない。
つい最近この街に引っ越してきたこと、そこで偶然ルカに出会ったこと、それからのことをかいつまんで話す。
話し終えると、モニカは呆気に取られたように口をポカンと開けて固まっていた。
「……生まれ変わりって本当にあるんだねぇ」
「ええ。私も信じてなかったんだけど、さすがに自分の身に起こると信じざるを得ないと言うか……。でもモニカは、年齢も見た目も何もかも違うのにどうして私だって分かったの?」
ルカは私が音痴だったから分かったと言っていたが、今回は別に歌っていたわけでも何か昔のことを話した訳でもない。
ルカから教えて貰ったのだろうかと思ったがそういう訳でもないらしい。
「僕は会わせたい人がいるから来てくれって言っただけです」と返された。
「それならどうして?」
「いや、実は私、おかあさんだって分かってて名前を呼んだわけじゃないの。ただ、魔道具を見てる横顔があまりに似ていたから無意識に呼んじゃっただけで。それなのに、慌てて謝ろうとしたら私の名前を呼ぶんだもの。本当にびっくりした」
「え、そうなの?ま、魔道具見てる時の私ってそんなに変な顔してる?」
「変な顔って言うか、目が子供みたいにすごくキラキラしてるの。楽しくて仕方がないって顔して、飽きずにずっと魔道具を観察してる」
全く自覚がなかった私はどこか慈しむようなモニカの視線に照れくさくなり「もう一つ質問してもいい?」と無理やり話題を変える。
「なあに?」
「えっと、そもそもの疑問なんだけど、モニカはどうしてこのお店にいるの?ここで働いてるの?」
「え?もしかしておかあさん、ルカ兄から何も聞いてないの?」
モニカが目を丸くして私を見る。
コクリと頷くと、「そういうことは先に言ってよぉ」と言われた。
「あのね私は雇われてるんじゃなくて、この魔道具屋の店主なの」
「へ?モニカがこのお店の店主なの?!」
「うん、てっきりもう知ってるんだと思って一方的に話しちゃったよ」
「名前が違ったから私、てっきり知らない人が経営してるのかと……」
「本当はおかあさんのお店をそのまま継ぎたかったんだけど、ちょっとやむを得ない事情があって名前を変えないといけなかったの」
「そうだったのね。それじゃあ、あのお店の商品も全部モニカが作ったの?」
「そうだよ。あ、でもおかあさんが書き残してた設計図を元に作ってるやつもいくつかあるんだ」
「あ、『全自動送風機』とか?」
「そうそう!試行錯誤しながら最近ようやく商品ができたの!」
「すごく丁寧に作られてて、綺麗な魔道具だったわ。もうすっかり一流の魔道具師ね」
「ううん、そんなことないよ。おかあさんに比べれば全然まだまだ。作るのも遅いし、勉強不足だもの」
「私は確かに作るのは早かったかもしれないけどあそこまで繊細な魔道具を作るのは苦手なの。時間がかかってもあんなに素敵な魔道具を作れるんだもの。モニカは充分立派な魔道具師よ」
「おかあさん……」
目を潤ませたモニカが立ち上がり、勢いよく私の胸に飛び込んでくる。
「おかあさん、大好き」
「私もモニカが大好きよ」
「……今度、時間がある時でいいから魔法具の作り方教えてくれない?」
「いいけど私、今はもう魔力があんまりないから魔道具は作れないよ?」
「それでもいいの。おかあさんの魔道具の話を聞くのが好きだから」
「それじゃあ、近いうちに必ずまた来るね」
モニカのふわふわの髪を梳きながらそう言うと、彼女は何度も頷いて応えた。
◇◆◇
その後、紅茶やお菓子をつまみながら楽しい時間を過ごしたのだが、夕方から取引先との打ち合わせがあるという事だったので、後ろ髪を引かれつつ、私達は魔道具屋をあとにした。
モニカはとても残念がっていて、私達が今日はそろそろお暇すると伝えると、取引先との打ち合わせを中止に出来ないか聞いてみるなんてとんでもない事を言い出したので、必死に止めて別れを告げてきた。なんの連絡もなしに突然来てしまい、本当に申し訳ない。
だけど、また会えて話せて良かった。
暫く二人とも無言で道を歩く。
「……モニカ、喜んでくれてたね」
「ええ、とても。泣きすぎて目腫れてましたけど、取引先に会うまでに引きますかね」
「あ、確かに!何事かと思われちゃうよね。冷やすもの持っていった方が良いかな」
「いや、多分冷やすものならあそこにもあると思いますから大丈夫ですよ。それに、今戻ったらあいつ今度こそ取引中止しそうですから」
「確かに」
かなり本気で取引中止しようとしていたモニカの姿を思い出して、笑みがこぼれる。
「……今日のモニカの様子を見ても、まだ自分は皆に関わらない方が良いと思いますか?」
静かな声で問われルカを見ると、彼は先程とは打って変わった真剣な表情でこちらを見ていた。
モニカと再会した時のことを思い出す。
私がイェルダであると分かった時、モニカは「ずっと会いたかった」と言ってくれた。涙をポロポロと流しながら、そう言ってくれた。
「……ううん、思わない」
皆が成長した姿を見たいと思う気持ちは私の自己中心的な考えだと思っていた。
だけど、ルカやモニカがあまりに真っ直ぐと会えてよかったとまた会いたかったと伝えてくれたから、私も皆に会いたいと望んでもいいのかな、と思えるようになった。
子供達の邪魔になりたくないと思うあまり、変に意固地になっていたのかもしれない。
「ルカ、ありがとうね」
色々な思いを込めて伝えた感謝の言葉にルカはただ一言「いえ」と言った。




