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今日はルカがうちに来る日だ。

最近は週に一度は必ず我が家にきて一緒に食事をするのが習慣になっている。


「ルカは今日はもうお仕事ないんだっけ?」

「はい。最近少しバタバタしてたので今日は半休を取りました。なので、もしジゼルが良ければ午後はどこに出掛けませんか?」

「え、せっかくの半休なのに休まなくていいの?」

「ええ。僕の方は全然大丈夫です」

「それじゃあ天気もいいし、出掛けようか」


たしかに最近はあまりゆっくりできていなかったし、本人が良いというのなら私的には大歓迎だ。


「良かった。でも出掛けるとは言ったものの、まだどこに行くか何も考えていないんです。どこか行きたいところとかありますか?」

「行きたいところ?」


ご飯は今から食べるから出掛けるなら食事処以外の場所だ。

どこがいいかな、と少し考えてからふとずっと気がかりになっていたことが頭をよぎった。


「……あー、そう言えば私、こっちに来たばかりでまだ昔住んでた家に行ったことなくてさ、もし良かったら一緒に行かない?」


昔住んでた家、つまり私が営んでいた魔道具屋へはいつか行こうと考えてはいたのだが、色々と立て込んでしまって結局まだ一度も見に行けていなかった。

建物が変わっていたり道が変わっていたりするので私一人では無事にあそこまで辿り着けるか少し怪しい。

ルカが着いてきてくれると心強いのだが。


ちらりとルカを覗き見ると、彼は心做しか強ばった表情をしていた。

しかしそれも一瞬のことで次の瞬間にはもうその(かんばせ)は美しい微笑みで彩られる。


「分かりました。それじゃあご飯を食べ終わったら行きましょうか。案内します」

「ありがとう」


正直なところ、見に行きたいとは言ったものの、魔道具屋がどうなっているのかを一番に教えてくれそうなルカが今まで店のことを何も話さなかった時点で薄々察しはついている。さっきの彼の表情を見るに、その考えはきっと正しいのだろう。

元々、子供達に店を継いで欲しかったわけでも、どこへも行かずにずっとあの家に留まっていて欲しかったわけでもないから、その事に関して何か思うことは無い。形あるものには必ず終わりが来ることくらい、分かっている。

だけど、例えあの場所がかつての形とは違うものになっていても、私はあの場所に行きたい。自分の目で確かめて、ちゃんと終わらせたい。


少しの寂しさと緊張を感じながらも、私はルカとの食事を楽しんだ。




◇◆◇


「やっぱり色々と変わってるねぇ」


昼食を終えた私達は、現在。予定していた通り、昔の家へと向かっていた。

基本的な景色はあまり変わっていないが、やはり所々建物が変わっていたり、知らない道ができていたりするので、古い記憶しか持っていない私一人では辿り着くまでに少し時間がかかってしまっていたかもしれない。


「ここ何年かの間に色々と開発が始まったのでここら辺は特に景色が変わってますよ。よく道に迷ってる人を見かけます」

「へー、そうなんだ」


キョロキョロと辺りを見渡していると、懐かしい通りに出たことに気づく。


「あ、この道って」

「はい。この道を真っ直ぐに行ったところにあります」


ルカが私の言葉を引きとって言った。

唾を飲み込もうとして、やけに口の中が乾いていることに気づいた。意識していなかったが、どうやら今私は緊張しているらしい。


……よし。行こう。


小さく深呼吸をして気合を入れると、魔法具屋があった場所に向かって歩き出した。


のだが。



「⋯⋯あった」


私の予想を裏切り、その建物は姿を変えずにそこに存在した。

少しだけ剥げた外壁も、緑の屋根も、可愛らしい装飾のついたオレンジの扉もここに住んでいた頃のままだ。


でも昔と違う点が二つだけあった。

一つ目は店の前に幾つか可愛らしい花が飾られているところ。

この建物の主の趣味なのか、手入れが行き届いているようで、どの花も美しく咲き誇っている。

そして二つ目は、外に下げられている木の看板だ。

看板自体は私が居た頃も同じ場所にかかっていた。

でもその時、看板に書かれていたのは『魔法具屋 ウティレ』という文字。つまり、私が営んでいた店の名前が書かれていた。ロイさんが手作りした看板だった。

しかし現在ぶら下がっている看板には『魔法具屋 パーチェ』と書かれている。


それを目にした瞬間、「やはりそうか」という思いと共に、もうここは私の知っている場所とは別のものに変容してしまったのだという寂しさが胸に広がるのを感じた。


様々な思い出と、それに付随する感情が一気に蘇ってくる。


「ジゼル」


しばらくの間、無言でその場に立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。

返事をする前にルカに手を取られる。


「着いてきてください」

「へ?」


それっきりなんの説明もなしに私の手を引いて歩いていく。

どこへ行くのかと混乱しながらされるがままにあとを着いていくと、ルカは魔道具屋の扉を開けた。


「……え、あの、ルカ?」


入れ違いに数名のお客さんが出ていき、店内は私達だけになる。


「ここで少し待っていてください」


そう言い残すと、ルカは私を置いて店の奥へと消えていってしまった。

暫く呆気に取られていたが、何時でも入口で棒立ちでいる訳にもいかないのでお店の商品を見て待つことにした。

少し見渡しただけでも店内には数多くの魔道具が販売されていた。

お店によって専門的な魔道具しか売っていないところや、反対に日常的に使う魔道具しか売っていない魔道具屋があるが、このお店は様々な商品が幅広く置かれていた。


あれ、これって⋯⋯。


新商品と書かれた商品に顔を近づける。


『全自動送風機』というその商品は、その名の通り何もしなくても涼しい風を主の元まで届けてくれる暑い季節にお役立ちの便利アイテムらしいのだが、これは私が前世で亡くなる前に作りたいと思っていた商品によく似ていた。

でも確か私は設計図があと少しで完成するというところで山賊に殺されてしまっため、試作することも出来ないまま終わったはずだ。


成程、完成するとこんな感じになるのか。


同じ発想を持った人がいた事に驚きつつも、もう一度商品をじっくりと観察する。


⋯⋯よく出来てるな。仕事も細かくて丁寧だし、この魔道具を作った人、かなり腕が良いみたいだ。


となると、他の商品も気になってくる。

隣の棚を見てみるとそこには『全自動送風機』とはうってかわり、小さな商品がたくさん並べられていた。


髪色が変わる髪留めや短時間だけ美声になれる飴、髪の毛が増える指輪など、こちらはどちらかと言うとユニークな商品が多かった。


へえ、こんな商品まで揃ってるんだ。このお店、面白いな。


つい魔道具師の血が騒ぎ、興奮してしまう。

せっかくここまで来たんだし何か一つくらい買っていこうかと考えながら商品を見ていると、どこかからパリンっという硝子が割れるような音が聞こえた。



「⋯⋯おかあ、さん?」


驚いて振り返ると、少し離れたところにマゼンタ色の髪の女性が目を限界まで見開き、立っているのが見えた。

女性が落としたのか、足元には割れた水晶が転がっている。恐らく、今の音の正体はこれだろう。


琥珀色の瞳と視線が交わる。


「モニカ?」


見覚えのあるその色彩に思わず愛しいその名前を呼べば、彼女の目からポロリと大粒の涙がこぼれた。



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