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姿見でサッと変なところがないかを確認してから、机の上に置いてあるうぐいす色のランチクロスに包まれたお弁当を手に取る。

急いで家の扉を開けると、春の心地よい風が吹いた。

今日も良い天気だ。

靡く赤銅色の髪を抑えながら、私は足早に歩き始めた。


レストランでの衝撃の告白から早二ヶ月

何だかんだで、あれからルカとはほぼ週三のペースで会っている。会っている、と言ってもどこに出かける訳ではなくて、のんびりとお茶を飲んだり、雑談を交わしたりするのが主だ。

前世では一緒に暮らしていたし、毎日顔を合わせていたこともあり私は、思ってたよりも沢山会えて嬉しいな、くらいにしか考えていなかったのだが、この前カテリーナに「いくらなんでもオーバリー様、来すぎじゃない?」と呆れ気味に言われ、そこでようやくこの頻度は少しおかしいらしいと気づいた。

確かにルカは仕事も忙しいだろうし、と思って無理して会いに来なくても大丈夫だと伝えたのだが「僕が会いたいから来てるんです」とやけに強い口調で言い切られたので、それ以降は何も言わなくなった。ルカが自ら進んでここに来たいと言ってくれるのなら私の気持ち的にはいつでもウェルカムだ。

ちなみに両親は最初こそ、家まで私を送ってくれたルカを見て目を丸くして驚いていたのだが、なにせふわふわした夫婦なので私が少し目を離した隙にすっかり打ち解け、今ではルカが家に来る度に「おかえりなさい」と出迎えるほどに仲良くなっている。それで良いのか、両親よ。



そして今、私はルカにお母さんが作ったお手製のお弁当を届けるべく、王宮に向かっている途中だ。

何故そんなことになっているのか疑問に思うかもしれないが、実は私にもよく分かっていない。


きっかけは昨日、いつも通り仕事終わりにルカがやってきて取り留めのない世間話をしていた時の事だった。会話の流れで食事の話になったのだが、そこでルカが「昼飯を食べない日がかなりある」と零したのだ。

ご飯を食べる時間すらないのかと聞くと、彼はそうではなく純粋に面倒だからだと言った。食堂に行くには認識阻害の魔術をかける必要があるし、自分で用意するのも億劫で、自然と食べない日が増えていったらしい。

それに対し、食事を抜くのは身体に悪いから余裕がある時はなるべく三食しっかり食べて欲しいと説得していると、近くで会話を聞いていたらしい母が突然「それならお弁当を差し入れしましょうか?」なんて衝撃的な発言をした。

「私の手作りで良ければだけど」と微笑んだ母に最初の方こそ、そこまでしてもらうのは悪いからと遠慮していたルカだったが、どうせお父さんの分も作るからひとつ作るのもふたつ作るのも変わらないと言われ、負担にならないのならばお願いしたいと、結局ルカの分までお弁当を用意することになった。

そうして、あれよあれよと話が進み、気づいたら私がルカにお弁当を届けるという役割を配分されていたという訳だ。

私が聞いていた時は、好き嫌いや食べられないものはあるか、どういうものが食べやすいのかという話をしていたのだが、いつの間にか役割分担が決められていて、気づいた時には既に全てが決定した後だった。

てっきり、朝ルカが家にお弁当を受け取りに来るか、お父さん経由で届けられるのかと思っていたので、お母さんに突然「それじゃあジゼルちゃん、お願いね」と言われた時は驚いたし、正直、魔術師長にお弁当の差し入れをするのか、と思ったりもしたのだが、「明日も会えますね」とルカに優しく微笑まれて、どうでも良くなった。この笑顔の前ではそんな事は些末な問題だ。それに、なんだかんだ言って私もルカに会えるのは嬉しい。




しばらく歩いていると、王宮が見えてきた。

と、同時に見覚えのある人物の姿を視界に捉える。

以前、お父さんのお弁当を届けに来た時にお世話になった門番の二人だった。


「あ、こんにちは」


驚いて声をかけると、眼鏡をかけた門番と目が合った。


「お!この前のお嬢ちゃんじゃないか」


あちらも覚えてくれていたようで、快活に笑いかけてくれる。

少し遅れてから、近くにいた若い門番も気づいて「ああ、お弁当の!」と手を振ってくれた。


「こんにちは、この前はお世話になりました」

「いいってことよ。それより、もしかして今日もお弁当を届けに来たの?」

「はい、そうです。あ、でも今日は前回とは違ってしっかりと通行証を持ってますよ」


昨日、ルカから前もって預かっておいた通行証を見せると目の前の二人があんぐりと口を開けて固まった。

⋯⋯え、何?


「そ、それ⋯⋯」


震え声で若い門番が私の持つ通行証を指さす。


「通行証は通行証でも、特別招待証じゃないですか!!」

「と、特別招待証?」


それがどういうものなのか分からず、戸惑う私に眼鏡をかけた門番が教えてくれた。

特別招待証とは、一部の立場ある人間しか発行することを許されていない通行証で、それがあれば王宮に入ることはもちろん、普段一般人が立ち入ることの出来ない部屋にも入ることが出来るのだという。


「えっと、今日はお父さんにお弁当を届けに来た、という訳ではないみたいだね?」


私はその問いに首肯する。

うちのお父さんはそんな大層なものを発行できるほど偉くはない。


「確か後ろに発行者の名前書いてありますよね」

「あっ、コラ!お前、人の許可もなく勝手に見るなって」


眼鏡をかけた門番が止めようとするが、制止の言葉を言い終わるよりも先に好奇心で瞳をキラキラと輝かせた若い門番が特別招待証を裏返した。


「えーと、発行者ルカ⋯⋯オーバリ⋯⋯?」


名前を読み上げた若い門番は目を見開いたまま固まり、それを聞いた眼鏡をかけた門番は私と通行証を見て「は?!」と素っ頓狂な声を上げる。

当の私はと言えば、特別招待証のついての説明や名前を見て取り乱す二人を見たことで、改めてルカの立場がどれだけ凄いものなのかを実感していた。

彼は今や、名前が出ただけでもこれだけ驚かれる存在なのだ。

出掛ける時は毎回認識阻害の魔術をかけると言っていたが、今の反応を見ていると、それも仕方のない事のように思えてくる。もし本人が認識阻害の魔術をかけず出掛ければ、街はあっという間にパニックに陥るだろう。


「色々と事情がありまして実は彼とは、その、知り合いなんです」


一瞬ルカとの関係をなんと言おうかと言葉に詰まって、取り敢えず無難な言葉に収めた。大分、言葉足らずではあるが知り合いという説明でも嘘にはならないはずだ。


「お、お嬢ちゃんが?あの高名な魔術師様と?」

「はい」

「す、すごい。あ、握手してもらっても良いですか?」


何故か若い門番に握手を求められた。


「いや、凄いのは彼であって私はただの一般人なんですけど」

「あ、や、そうですよね、すみません」


若い門番は少し恥ずかしそうに頬をかいた。


「実は俺の弟があの方の大ファンなんです。まさかこんな所で知り合いの方と会えるなんて夢にも思っていなかったのでちょっと興奮してしまって」

「そう言えばお前の弟、魔術師になるのが夢だって言ってたもんなあ」


へえ、ルカに憧れて魔術師を志す少年かあ。それは是非とも一度会ってみたい。そして思う存分、彼の魅力を語り合いたい。


「って、オーバリ様にお呼びされてるのにこんなとこで立ち話してちゃダメですよね。引き止めてしまってすみませんでした」

「こちらこそ、また色々と教えていただいてありがとうございました」


若い門番から返してもらった特別招待証を受け取り、礼を述べる。

王宮の仕組みに関する知識が無さすぎて、全くお恥ずかしい限りである。


「それでは、また」


小さく手を振ると、門番の二人は同じように手を振り返してくれた。







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