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この国には、ある一人の有名な魔術師がいる。

名をルカ・オーバリと言い、芸術品のように美しい容姿と優秀な頭脳、そして類稀なる魔術の才能を持ち合わせていた。

歴代最強の魔術師と噂されている彼は去年、三十二歳と言う異例の若さで王宮魔術師長へと就任したらしい。

王宮魔術師長と言うのはその名前から想像出来る通り、この国に所属する全魔術師の頂点のことを指す。

彼が現れるまでは魔術師長就任の最年少記録が六十五歳であったこと、そしてその記録が三十年間破られたことが無かったことを考えれば、彼がどれだけの魔術師であるのかおのずとお分かりいただけるだろう。


顔が良く、頭も良く、とんでもない魔術の才能まで持っているなんて、完璧人間ではないかと言いたくなるが、なんと驚くことに彼は性格も良かった。

普通、若くして地位や名声、富を手に入れたものは徐々に傲慢さが目立つようになってくるものだが、ルカ・オーバリと言う人間はどれだけ周りが褒めたたえようとも謙虚な姿勢を崩すことは無かった。

そのため、最初はその才能を妬んでいた魔術師や突然発言権を得たことに良い顔をしなかった一部の貴族たちも段々と態度を軟化させ、今では彼が社交界に顔を見せるとすぐに人垣ができるほどの人気らしい。

また、魔術師長に就任する前からよく市井に顔を出していたこともあり、平民の間でもその人気は絶大だ。だから彼の育った街では彼のグッズが多く販売されているし、彼が一度でも訪れた食堂は連日行列ができている。





そんな国の宝とも言える男が、皆から神の愛し子と称されるほどの男が、かつて自分が保護し、共に暮らした子供だったなんて誰が予想できただろうか。



「ジゼル?急に固まってどうしたの」


私は友人の呼びかけに反応することも出来ずに、彼女から借りたルカ・オーバリの肖像画が入ったペンダントを穴が開くほど見つめ、しばらくの間、その場からピクリとも動く事ができなかった。





◇◆◇



私には生まれた時から前世の記憶がある。

この国で女店主として魔道具を作って売るお店―――魔道具屋を営みながら、七人の子供を育てていた記憶だ。

魔道具と言うのは、魔力の少ない一般の人でも簡単に魔術を使えるように魔力が込められた道具の事で、私は無駄に多かった自身の魔力を活用しながら、子供たちの力も借りつつ日々多くの魔道具を開発していた。

今思い出しても頬が緩んでしまうくらいにそれはそれは楽しい毎日だったし、まるで本当の家族のように仲良く暮らしていたのだが、実は七人の子供は全員私と血の繋がりはなかった。

では、一体どういう縁で一緒に暮らしていたのかと言うと、彼らは全員、私が拾ってきた子供だった。




私は何故か昔からよくものを拾う人間だった。

それはちょっとした小物だったり、ハンカチだったり、生き物だったりと様々だ。

別に拾い物を集める趣味があるとかではない。ただ、目の前にものが落ちていることが多く、それを放置できない性格なだけだ。ちなみに、この習性のようなものは生まれ変わっても治らず、私は今もよくものを拾っている。

その拾い物が小物ならば、まだ良い。落とし主を探してその人に返せばいいのだから。

だがしかし、拾ったのが行き場のない人間だった場合はそうもいかないだろう。


最初に拾った、もとい保護したのは悪質な奴隷商人から逃げてきた少年だった。

この国では今も昔も奴隷の存在は認められていない。だが、昔は今よりもまだ奴隷に関する規制が緩く、裏では多くの奴隷が様々な目的で売買されていたのだ。

痩せ細った身体を震わせながら、母親に売られたのだと昏い目で語る少年をどうにも放っておけなくて、私はこの子を養おうと決心した。


……なんて格好つけて言うと聞こえは良いが、正直少年に自分を重ねてしまったというのもある。

実を言うと、前世の私も貧しい村に生まれ、口減らしの為に捨てられたところを初代魔道具屋の店主であるロイさんと言う男性に拾ってもらった口なのだ。

春の木漏れ日のように穏やかな人だった。

赤の他人だった私にも本当に優しく親切にしてくれて、感謝してもしきれないほどお世話になった。

ロイさんがいたから、私は人生に絶望せずにすんだのだ。

それでも、私は今でも落ちているものに自分を重ねてしまい、無視できずにいる。

だって私自身、ロイさんに拾ってもらえなかったらどうなっていたか分からない身なのだから。

自己投影と言うのか、なんなのか。


それにロイさんが病で亡くなって以来、私自身、無意識に人との関わりを求めていた節もあったのかもしれない。


そういう私情もあって、私は少年―――ルカと共に暮らし始めたのだった。






そして、ルカと出会ってから十年後。

私が拾ってきた子供は七人に増えていた。ついでに言うと、猫と犬と鳥も拾っていた。

いや、大家族か。


何であんなことになったんだっけ、と生まれ変わった今もたまに考えるのだが、気づいたらああなっていたとしか言いようがない。

何故かは知らないが、前世の私が住んでいた地区は捨て子や、やばい人間から逃げ出してきた子供がやたら多かったのだ。

幸い、営んでいた魔道具屋は繁盛していたため、お金に困ることは無かったが、家の中は毎日てんやわんやのお祭り騒ぎだったことをよく覚えている。

中でも前世の人生で最後に拾った子がかなり尖りまくった性格だったので、なかなかスリルのある日々を送っていた。


いやあ。あの子、喧嘩になると本気で私を殺しに来るから毎度ひやひやしたものだ。

魔道具が無かったら多分死んでた。まあ、新作の道具を試す良い機会でもあったから別にいいんだけど。


閑話休題。


そんなこんなで賑やかに日々を過ごしていたのだが、私の人生はある日突然終わりを告げる事となる。


その日、私は注文されていた魔道具の納期日だった為、朝からえっちらおっちら魔道具を運びながら山道を歩いていた。

何人かの子供たちが運ぶのを手伝うと申し出てくれたのだが、荷物はそんなに多くなかったし、山道を何人も連れて歩くのは危険だと思った私は一人で目的地へと向かっていた。が、思えばこれが良くなかった。

今までも何度か行ったことのある場所だったし、油断もあったのだと思う。


ひぃひぃ言いながら山を登っていた私は、突然現れた山賊達によって命を奪われた。


全てはあっという間の事だった。突然襲われ、気づいたときには既に私の身体は地面に倒れていた。多分、後ろから刃物でグサリと刺されたのだと思う。背中が燃えるように熱かったから。

山賊が何か騒いでいるのが聞こえたけど、私の耳は既にそれを聞き取る能力を持たなかった。

ただ痛くて、熱くて、寒くて、朦朧となる意識の中で真っ先に浮かんだのはあの子達の事だった。


ああ、あの子達は私が居なくなったらどうなってしまうんだろうか。

食事――は最近作ってもらいっぱなしだったな。

家事――も私なんかより上手にできる子が何人もいるし、お金――はしばらく困らない程度には貯めてある。家計簿管理も子供たちがしてくれてたし、あれ?もしかして私ってただの役立たずじゃない?


……うん。あの子達はなんだかんだでしっかりしているから、私が居なくても大丈夫だ。

あの子達なら、大丈夫。

あの子達は、大丈夫。


大丈夫じゃないのは、私の方だ。

あの子達の成長を最後まで見届けられない事が、こんなにも悔しくて腹立たしい。

まだまだしてあげたい事が沢山あるのに。話したいことが沢山あるのに。

早く、家に帰ってみんなの事を抱きしめたいのに。


なのに、どうして身体が動かないのだ。どうしてあの子達の名を呼ぶ事すらできないのだ。


足も、手も、さっきからずっと力を入れているのに、もうピクリとも動かない。声を出そうとしても、喉から出てくるのは掠れた呻きだけだった。


地面の赤が拡がっていくのと共に、徐々に自分が生から遠ざかっていくのがよく分かる。身体は、もう何も感じなかった。

きっと、私はこのまま死ぬだろう。


だからせめて。

もう二度とあの子達と会えないから、名を呼ぶ事さえできないから。せめて。

私はあなた達の幸せを願う。

今の私にはもう願うことしか出来ないから。もうすぐあなた達を残していってしまうから。

どうか、どうか、あの子達の未来が輝かしいものでありますように。

幸せでありますように。


大好きなあの子達の可愛い笑顔だけを思い浮かべながら、私はとうとう耐え切れずにゆっくりと瞼を閉じた。



こうして私の一度目の人生は幕を閉じたのだった。





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