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住めば都の牢屋の中で



 サク・・・ サク・・・ サク・・・


「うまうま」


 えー、はい。闘技場での決闘騒ぎから時間が経ち、現在夜中のディナータイムを迎えたルカナでございます。献立は乾パンに乾燥小魚に少量のスープのセット。流血騒ぎを起こした手前何も言えないけど、昨日の献立はもうちょっといいものだったんだけどな~。

 と、壁に背を預け小魚を加えながら愚痴をこぼしてみる。


(いくら秘密がバレそうになったからって、あれは少しやりすぎたかな)


 食事を済ませ後は寝るだけの状況で、私の頭に浮かぶのはやはり最後の出来事。とにかく距離を離させるだけのつもりだったのに、気が付けば顔の方に蹴りをお見舞いしてしまった。しかも、鼻血噴水を出させる威力。


 うん、これは完全にやりすぎた。


「あの人に謝る機会、あるかな」


 おじさん曰く、どうも結果を反意にしようとしたことがかなりの問題になったらしい。ここよりもっと厳しい監獄に送られる可能性も出てきたとかなんとか

 上の人が決めた事に不満はないけど、せめて最後の一撃については謝罪の機会をもらいところ。


「んー!! まぁいいか。どうせ牢屋の中じゃ考えたって動けないんだし。今日はもう寝ようそうしよう」


 モグモグモグ。口の中に広がる魚の青臭い香りを感じつつ、掛け布を被り目を閉じる。明日にはワイス様も面会に来れそうとは言ってたし、寝坊だけはしないようにしないと。


 ――格好も決まり、現実から夢の世界へと旅立ち始めた頃、カツン、カツンという足音が鉄格子の奥から現れる。あれ、なんか同じことを昨日も……


「おい、起きてるか」


「寝てまーす」


「起きてんだろ、起きろ。お前にお客様だ」


「はーい、昨日今日でなんでこう夜に来客があるんですかねぇ」


「知るか! 大体お前が今日の決闘で悪目立ちした結果だろ!!」


「うぇぇ、やりたくてやったわけじゃないのに」


 逃亡阻止のための手錠が嵌められて、兵士さんに連れられ牢屋の外へ。わざわざ私に会いに来る人はワイス様ぐらいしか思い当たらないけど、あの人は諸々の手続きで机に貼り付けにされているはず。それ以外の来訪者?


「おら、お客人だ」


「はいはーい。どちらさ……ま?」



「試合ぶりだな、ルカナシオン」



「ソレイユ?」


 兵士さんに連れてこられた小さな部屋。そこで待っていた人物とは、話題の決闘にて私と戦ったあのソレイユさんだった。確かにワイス様以外で面識のある人って彼女くらいだったけど、まさか本当に彼女だったとは思いもしなかった。

 じゃあ、わざわざこの時間に呼び出した理由って


「どうしたの? お昼ぶりだね」


「あぁ、少し話したいことがあってな。すまない、彼女と二人にしてもらえないだろうか」


「あ? まぁそれは構わねぇが、手錠は外せねぇし俺は外で待機させてもらうぞ?」


「それでいい。だが、くれぐれも会話は聞かないでもらいたい」


「んな無粋なこたしねぇよ。おいお前、鎖はここに縛っておくからな」


「あいあい~」


 部屋の隅の鉄釘に鎖が縛られ、枷と合わせて逃げられないように拘束される。そして、部屋の中にはテーブルどころか椅子もなく、自然と二人とも壁に寄り掛かる体勢になる。


「本当に捕まっていたのだな。枷、痛くないか?」


「痛いっていうか痒いだね。もうちょっとこう幅に余裕持たせてもいいと思うんだ私」


「……すまない、私のせいで」


「気にしないで。それより、今日はどういったご用件で?」


 あえて彼女の顔を覗き込むことなく、互いに肩を並べて壁に寄り掛かる。二人っきりの小部屋の中、ソレイユは固く閉ざされた唇を開き言葉を紡ぐ。


「なぜ私を助けた、ルカナシオン。秘密についてもそうだ、貴女はなぜ命を狙う相手を助けたのだ」


「私がそうしたかったから」


 彼女が疑問を口にし終わったと同時、ほぼ間を開けずに私は即答した。なぜソレイユを助けたか、それは私がそうしたかったから。言葉を取り繕う気持ちも何もなく、ただ本心を伝えたまで。悩む必要がないからこそ、私はすぐに即答できるのだ。


 その言葉を受け取った張本人は、意味が分からないとばかりに固まってしまう。


「そうしたかった、だと?」


「うん、そうしたかった。だって私は道化師だよ? 誰かが悲しんで終わる演劇なんてまっぴらなの。例え相手が命を狙ってこようとも、私はその人を恨まないし、殺さない」


 いつだって、劇の中で泣くのはピエロの役目だもん


 最後の言葉だけは、口にせず飲み込む。まだ付き合いの短い彼女にこれを伝えれば、ほぼ百パーセント引かれることは目に見えている。


 でも仕方がない。これが私の、道化師としての覚悟だから。


「危うい、な。貴女の考えは、とても危険なものだ。私のようなものに優しさを振りまくのだから」


「なになに~? もしかして惚れた?」


「フッ……かもしれないな」


 ――ソレイユはそう言って、腰の剣を抜く。昼間私相手に使ったものと同じ、白銀の剣を


「口封じ?」


「貴女さえ消えていなくなれば、もう私の秘密を知るものは誰もいない。秘密を隠してくれたことには感謝している。けど、それと不安の芽を見逃すのは別の問題。だから」


「いいよ。でもなるべく一撃で楽にしてね」


 彼女が人払いをした時点で、薄々こうなる可能性は考慮していた。それだけこの世界では、女が武器を失うことは重い現実なのだ。横並びから対面へと体勢を変え、月の光を反射する彼女の剣を見やる。剣先まで手抜かりのない、見事に研ぎ澄まされた名剣。ソレイユの能力が付与されていることを考えても、これなら痛みを感じる前に楽にいけるだろう。


 床に向かっていた剣先が、徐々に上へとあがり始める。腰から腹部へ、腹部から胸部へ、胸部から首へ。帽子の奥に見える鋭い眼光が、とうとう私の急所に狙いを定める。


「では、さらばだ。ルカナシオン」


「……!」


 勢いをつけるために一度はなされた刀身は、次の瞬間光すらも超えていると錯覚するほどに高速で振り下ろされる。剣が私の皮膚を切断するまで一秒とかからないだろう。


 覚悟を決め、その瞬間が来るのを待つ。


――――


――――


――――


――――


 だが、一秒を余裕で過ぎ去っても。その剣が私の首を撥ねることはなかった。


「――え?」


「……」


 なぜならば彼女の振り下ろした剣は、私ではなくその後ろ。誰もいないはずの陰に向けられていたのだから。


「ど、どうして」


「盗み聞きとは感心しないな。隠れてないで姿を見せたらどうだ」


 ソレイユの言葉が、まるでそこに誰かいるかのように錯覚させる。でも確かにここには、私とソレイユ以外の人間はいないはず。


 ――そう思いゆっくりと背後を振り向くと、私の陰から、確かに人の手らしきものが彼女の剣先を掴んでいた。


「ひぇっ」


「――流石、鋭刃ソレイユ。私の気配を感じ取ったのか」


 剣を握り、陰に潜む人物がゆっくりと全貌を表す。その人は、まさに影のように黒い髪をなびかせて、左腕を異形の手に変えてこちらを睨む。真っ黒な姿の彼女にあって異彩を放つ赤い瞳は、かなりの威圧を放っていた。


「何者だ、何故ここに居る」


「影に名前などない。目的はルカナシオンの暗殺、それだけ」


「私の? というかいつの間にそんなところに入ってたのさ」


 私の暗殺を目的とするその人は、ソレイユに負けず劣らず変わらない表情をこちらに向ける。真っ白と真っ黒。色合いは完全に真逆なのに性格はどことなく似ているような気がする。

 それにしても、まさか入国初日に二人から命を狙われることになるとはね。酷いところだとは聞いてたけど、これはよっぽどだぞ


「何を言っている。こいつは私の手でケリをつけるのだ、貴様の出る幕などない」


「こちらは仕事。貴女の私情に付きあう道理はない」


 ――これはもう、覚悟を決めますかね。


「まぁまぁお二人さん、私の首が欲しいなら早い者勝ちでいいじゃない。この際痛いのは我慢するからさ、二人纏めてかかって来なよ」


「そうだな」


「そうさせてもらう」


 私が妥協案を言うや否や、二人は勢いよくこちらにとびかかってくる。片方は剣を伸ばし、もう片方は狼のように立派な剛腕を携えて。本来戦闘は得意分野じゃない上、両手を枷に拘束された私にできることなど何もない。初めに腹部に剣を差し込まれ、次の瞬間には黒の剛腕が私の首を引きちぎる。

 心臓と脳を失った私の体は、力なくその場に倒れ伏した。


「……」


「首は証明としてもらっていく」


「……あぁ、好きにしろ」


 ――仕事が終われば即退散。切り取った私の首をもって、暗殺者は影の中に姿を消した。


「おい! 衛兵!!」


「あ? どうした――って!? な、なんだこりゃあ!?」


「ルカナシオンは枷を外し、脱走を企て暴れたところを処断した。そう上に伝えろ」


「な、なんだってこんなことに!? お、お前まさか!」


「 貴様も、この刀の錆になりたいか? 」


「ひぃぃ!!!???」


 血の付いた刀剣をチラつかせて脅しを入れるソレイユには、実力に乏しい兵士はなすすべもなくやられるだろう。本能で危機を察知した彼は命令されるがまま、あの場で起こった事件の隠蔽のため奔走を始める。

 それに合わせて、罪人を拘束する留置所の様子も慌ただしくなってきた。


 これがのちに、幻夜の道化師事件と呼ばれる、今もなお考察の飛び交う一大事件の全容である。




「ちゃんちゃん♪」


 ――兵士たちが私の体を運び出す瞬間を眺める、一人の若い美少女。

 それはだれかって? 当然この私、ルカナシオンちゃんです!!


「殺されてあげるとは言ったけど、それが本物なんて誰も言ってないでしょ?」


 あの二人が殺したのは、私が遠隔から操作した分身体の方。幻視で姿を映し、幻聴で声を届け、幻触で感触を与える。つまり彼女らは、まんまと私の手のひらに踊らされたってわけ。


「本気で作り上げた私の幻。見破れる人間は誰もいないよ~」


 仮面を身に着け、綺麗な月の夜空を翔ける。


「ヒヒヒ~☆」


 隠された仮面の下に、狂気の瞳を浮かべ道化師は笑う。さぁ~て、次はどこの町を騒がせようか。

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