劇の終わりはハッピーに
「――――切った感触が、ない!?」
「……二ィ――」
腹を貫かれた体も、噴水のように噴き出した私の血も、すべて最初からなかったように消えていく。心臓を貫かれ、死んだように思われた私の体は、彼女の構えた剣の先には存在しない。
そう、私は初めから目の前に立ってなどいなかったのだ。
「はい、外れ。本物は見つけられなかったね」
「そんな、馬鹿な!? いつ、いつ幻とすり替わった!?」
「私が幻視で未来を予知して、貴女の帽子を弾き飛ばしたあたりかな。貴女がそれに激昂して、視野を狭めたあたりにはすでに入れ替わっていたよ」
驚き、剣先にかける力を徐々に抜いていく。周りに私の姿は見当たらず、ただ声だけが闘技場の中に存在する。そんな異様な光景に意識が向かないほど、彼女の精神は混乱している。
「幻影予知。過去未来の好きな時間の前後数秒を、私は映像としてみることができる。時間はそんなに長くないけれど、一度映った記録は必ず起きることなの。そこで見た記録には、貴女が激昂した記録もあったんだ。その後すぐに消えたけどね」
「私が怒り狂うのも、初めから計算していたと!?」
「貴女の秘密を知ったのも、実はその時が初めて。……ごめんなさい」
そういうと彼女は、ぶらりと垂れ下がった両手と同じくその顔を下に向ける。帽子の影に隠れた彼女の瞳が何を思うのか、それは他人である私には分かりっこないこと。でも、悪意がなかったとはいえ私が彼女の心を傷つけてしまったのも事実。
決闘の勝敗に関わらず、この線引きだけはしっかりとしないと。
「では、」
「?」
「では、本物は一体どこに消えた。私の鋭敏化した嗅覚を用いても、貴女が何処にいるのかわからないっ! 直感も、聴覚も、何一つ情報を掴めないのだッ!!」
―― 瞬間 ソレイユは、背後から襲う強い打撃音と衝撃を感じ取った。
「ッ!? ァ、ァァ・・・」
私自身の姿は見えなくても、感触は感じただろう。私が放った手刀の一撃を。首筋に
「まさ、か……初めから私の……背後に……!」
「――せいか~い。見つかっちゃった♪」
彼女の意識を刈り取った右手から、少しづつ全身に渡り透明化を解除する。昨日看守の目を欺き、ワイス様に見破られた技だ。これもまた、人間の視界を惑わせる幻視の応用である。
「私の勝ち、だね」
「ィッ!! ……ふっ。みご、と――」
土煙を上げて、彼女は倒れた。ほんの三十分程度の試合の中でボロボロとなった闘技場の床は、倒れた衝撃で粉塵をよく巻き上げる。帽子につけられた白布にも、無遠慮に張り付き汚れを残す。
「あぁあ、こんなに汚れちゃって」
帽子と頭との間に巻き込まれた布を正し、簡単には取れないよう深く帽子をかぶらせる。その上で目立つ汚れは叩き落し、この誉れ高い戦士に敬意を払った。
「今回は、私の方が練度が高かったみたいだね。もしも貴女が、自分の意思で戦士として経験を積んでいたなら。今日の戦いは違った結末だったかもね」
人間の感覚を強化する鋭利化。そして、感覚を騙す幻。能力はその人の練度や解釈によって姿形や強さを変える。ソレイユの力の成長具合によっては、私がいくら分身や透明化をしていたとしてもまっさきに本物を見分けて攻撃できたはずなのだ。それを思うと、今回は運がよかった。
「さて、そろそろカチドキを上げないとだね。っと、その前に」
決闘に際して予めかけておいたもう一つの幻。それを解除する前に、場外に放り投げられていた楽器を回収、倒れるソレイユの体に立てかける。意識を刈り取るために結構強めに当身を入れたが、この人ならものの数分で起き上がることだろう。
「さ、ちゃっちゃとやること済ませますかね」
親指と中指を重ね合わせ、自らの頭上で高らかな勝利の音を弾く。同時、私たちを囲う観客席にも異変が起き始めた。
今まで声援が鳴りやまなかった観客たちの声が、一瞬にして静まり返った。だが、個々人は声を出していた時のまま拍手喝采を続ける。一言でいえば異様。そのような景色が十秒ほど続いた後、景色は一変する。
「「「ワァァァーーーーーー!!!!」」」
先ほどと変わらぬ景色。人々が声を荒げ、私たちの決闘に盛り上がる。では、先ほどの異様な光景は一体何だったのか――答えは単純。私が、観客に対して張った幻を解除したのだ。
「な!」
「!」
「嘘、だろ!?」
幻の空間から解放され、現実を認識した私は一言。決闘の儀とやらを執り行った髭の太い審判人に向けて、
「勝負は私の勝ち! で、いいんだよね。審判人さん?」
「「「――ワアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」」」
勝利者にふさわしい決めポーズと共に、彼奴を指さし勝利を宣言した。
――時は、私が幻影予知を使用した瞬間まで遡る。
(ふむふむ。私が正面から攻撃を仕掛け、楽士さんは剣を右から左に横薙ぎにするわけか。了解した)
予知の力でソレイユとのあれこれを視た私は、映像の最後、彼女の帽子の秘密を知った。
(!! まさか、あの布にはそんな理由があったなんて)
映像の中のソレイユは、瞳が充血を起こすほどの怒りを露にしていた。その理由は、私が帽子を弾き飛ばしたことももちろんある。だが、それよりも彼女の心を追い詰めたのは、
(「何あれ、気持ち悪い」)
(「女のくせに髪がないだなんて、なんて薄気味悪いのかしら」)
(「私と同じ女にはとても見えませんわ。見ていて不快ね」)
観客、特に同性の淑女方からの言葉。ソレイユだって、本当はもっと普通に生きたかったのだ。もっとおしゃれを楽しんで、気分転換に髪型を変えたりしたい年頃なのだ。それを、彼らは目線を高くしてあざ笑った。
そんな光景を、現実に引き起こさせるわけにはいかなかった。
――念のため、幻でカモフラージュして……――
だから戦闘中、見ている彼らが違和感を持たないよう慎重にイメージを幻で投影し続けた。上手いこと一進一退の攻防を繰り広げ、興ざめさせないように。
途中、力を両腕に集めた云々の会話は、その時の幻を流用させてもらったが。
「!! し、勝者! 西方 ルカナシオン!!」
「いぃぃよっしゃぁぁーーーー!!」
はっはー! 勝ったぜー! 記念に勝利の打ち上げ花火だぁい!! 落ちてくるのは火柱じゃなくて紙吹雪だがなーー!!
せっかくだ、空一面に打ち上げてやるぜ!
「ルカナさんっ!!」
私の名を呼ぶ方に振り向けば、たった一人の見学席から身を乗り出して潤んだ瞳でこちらを見るワイス様。そうだ、この勝利を彼女にささげて、初めて私の依頼は達成されるんだ。
「お待たせいたしましたお嬢様。ご要望の勝利と喝采の花火でございます。お気に召していただけたでしょうか?」
「はいっ、はいっ!! 私、貴女を信じてよかった! ありがとう!!」
「ブイッ!!」
はー。さて、これでワイス様のお望みのものは渡せた。残った問題は当人同士に任せて、一足お先にお部屋(牢屋)に戻るとしますかね。
気が済むまで花火も打ち上げたことだし
「ふぃー。じゃ、私はこれにて失礼。おーいおじさん! はやいとこ手錠付けてもらって牢屋に帰ろうー!」
「認めるかァ!!」
――決闘の勝利宣言後、ワイス様の対戦相手――あー、確かブランっていう名前の人。
その人が大声を上げて、決闘の結果に異議を申し立てる。
「……やっぱりな」
試合が始まる前からなんとなく察していたとはいえ、面倒なことになったと顔を歪めずにはいられない。こういう面倒臭いことに巻き込まれたくないからはやく帰ろうとしてたのに、こうなったらあの真面目なおじさん、絶対私のことを連行しないだろうが!! だって当事者だもんね!!
もーー!!