戦いの中で心を知る
「さて、始めるとする――っ!?」
「シッ!」
銅鑼の音とともに構えた私の眼前に、すでに刃は迫っていた。白金色をもつ、向けられた私の瞳がくっきりと映るほどの刃の切っ先が。
音が消える前に動き出したことといい、私たちの間の距離を一瞬で縮めたことといい。白の楽士、かなりの使い手だ。
「うぉっと。速いね、襟が少し切れちゃったよ」
「これで終わると思っていた。避けられたのは初めて」
続く楽士の剣戟の雨。帽子を支える右手は使わずに、左手だけを使って私を串刺しにしようと攻撃を続ける。
「う、くっ!」
素早い。一回の刺突から次に移るまでの間隔が、あまりにも短すぎる。
「!!」
正確だ。ただ目の前に立つ私を狙うのではなく、どの方向に避けるかまでを計算された攻撃の配置。紙一重で肌へのダメージは抑えられているが、服のあちこちがすでに切られた。
「なぜ反撃しない。受け続けるだけではこの決闘は勝てない」
「貴女はそれを狙って常に攻撃し続けてるんでしょ? 攻撃に転じたいのは山々だけど、その前に聞いておきたいことがあるんだ」
「なに」
ふぅ、やっと攻撃の手が止まった。あいにくと、私は楽士の剣を止められるものを持ち合わせてはいないのだ。丸腰のままこの場に立っているからね。
そしてわかった。やはり楽士のあの顔は、感情を一切映し出していない素の顔の状態であることが。
「白の楽士さん、実は利き手右でしょ」
「なぜわかる。私はそんなことを話した覚えはない」
「知ってる? 右利きの人が左手でスプーンを持つと、持つ場所が極端に上だったり下だったりするんだ。私が見るにその剣は、もう少し下を持つべきだね」
行動にまったく感情を動かさない楽士。かと思えば、わざと利き手とは逆の手で戦っている。私自身舐められているといえばそこまでだが、どうもそれだけが理由ではない気がするんだ。
多分理由は、彼女が右手で支える楽器か帽子のどちらかにある。
「どうしてわざわざ使いづらい方の手を? 私に言わせれば、それこそ勝つ気があるのか疑わしいんだけど」
「簡単なこと、これはただの小手調べ。己を知り、相手を知らねば戦いには勝てない。ただそれだけのこと」
「なるほど、ただの情報収集のためか。いや、これは失礼」
帽子をいじった……帽子の方、ね。
「さーてと。んじゃあソレイユさん、でいいんだっけ。あなたに利き手を使ってもらえるようこちらも攻撃に移るとしましょうか。五種類ある幻術の一つ、幻視の技の応用編!」
――幻視、昨日の演劇で空を飛ぶ動物や踊るピエロたちを出現させた技。私は思い浮かべた物体や風景を、幻として空中に投影することができる。
今回はこれのさらに応用。映し出すのは、
”自分自身”だ
「「「必殺、幻影分身」」」
「「「「おおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」」
まずは三人。同じ幻視技術をちょちょいと応用してエフェクトをつければ、それを見ていた観客は大盛り上がり。道化師たるもの、いつでも観客を楽しませることを第一に考えないとね。
当然、真剣勝負の場では流石にやらないけれど。
「……」
「「「さぁ、どれが本物かわかるかな?」」」
今回先に手を抜いたのはお相手さんで、能力自体は別に手を抜いているわけではない。故、楽士さんから何かを言われる筋合いもない。
ちょっぴり、ほんのちょっぴりだけ、本気を出されなかったことが悔しかった。
「ヌフフー。さぁ、これで六人目」
「どれが本物かわかるかな?」
「一発で見抜けたら凄いね~」
か~ご~め~か~ご~め~♪
か~ごのな~かのと~り~は~♪
い~つ~い~つ~で~あ~う~♪♪
「後ろの正面っ!」
「だぁぁ!」
「れッ!」
相手から見れば六人、実際は一人の攻撃が楽士へと向かう。さぁ、あなたはどれを本物とみる。どうやって切り抜ける? 私の実力を測ってみろ!!
どうするこの状況を。本物は右かもしれない、左かもしれない。前か、後ろか、それとも斜めか?
さあ!!
「…………」
ーーその時、ソレイユは。おもむろに右手の人差し指を楽器の弦に伸ばした。そして、数ある弦の一つを、赤子に触れるような優しさで弾き、
キュイィーーーーーーーーン!!
「ッ!? ぐあっ!!??」
ーー私の耳を、内側から切り裂くが如き高音が駆け抜けていったーー
当然、その音を感じることができたのは実態を持つ本物だけ。他の幻影に動揺は一切見られない。
「本物はそこにいた」
「ぐ、あっ!! しまっ!?」
再び迫る、楽士の剣。幻影が解け、本物を見破られてしまったこの状況。突き出された切っ先を避けるべく上半身を捻るが、ついに楽士の剣は、私の左頬を捉え肉を引き裂いた。
「痛っつぅ」
地面に降り立ち、距離を取る。血は……でてないか。薄皮一枚で済んだのは幸運だった。
「これも避けた。凄い身体能力」
「そりゃどうも。私も分身を真っ向から破られた経験は初めてだ。おかげで少し切っちゃった」
「それでも軽傷で済んでいる」
ははは。あー、耳が痛い。まさかあの楽器にそんな仕掛けがあったなんて。
いや、あの音は楽器一つで出せる音じゃないな。あれが白の楽士の能力か
「さっきの技。あれが楽士さんの能力なのかな? 音を強化する能力、とか」
「貴族は観衆の前で、自身の能力を晒さない。それはそのまま、自らの弱みを晒すことだから。知りたいなら自分で考えて」
「そりゃそうか」
至極当然の答えが返ってきたところで、そろそろ次の手を考えなくちゃいけない。いつまでも同じことの繰り返しじゃ、ワイス様や観客が飽きてしまう。
――使うか、久しぶりに
「次はどうする。私に何を見せてくれる」
「”見せる”? それは違うね。言ったでしょ、幻視の応用だと」
分身はただ映すものを変えただけ。その程度のことを応用などと呼んでは困る。予定は狂ったが、分身は誤解を生むためのブラフさ!
「見せるんじゃない、私が”見る”んだ」
――幻影予知。私が望んだ過去・未来の出来事を、数秒だけ映像としてみることができる。
人間が未来を夢で見たり、死ぬ直前に見る走馬燈を幻で再現したものだ。見るのは、この後私が攻めた時に取る楽士さんの行動。
(ふむふむ。私が正面から攻撃を仕掛け、楽士さんは剣を右から左に横薙ぎにするわけか。了解した)
念のため、幻でカモフラージュして……
「もう来ないの。なら、今度はこちらの」
「フッ!!」
剣の届く距離に接近してきた楽士さんに合わせて、私は一目散に懐へと走る。
「突進してきた。ならこれで」
「そう来ると思ったよ!! うぉりゃあああ!!」
するとどうだ。未来視の通り、初めて剣を横薙ぎに振るった。
事前に対策を取りその一撃を姿勢を低くすることで回避した私は、急な姿勢変化により前のめりになる体に逆らわず両手を闘技場の床につく。そして、ついた腕を軸として体を大きく捻った。自らの足を相手に掛け、姿勢を崩させるために。
「っ」
その時、私は初めて楽士さんの表情が変わるのを見た。楽士は私の足払いを、跳躍により回避する。しかしこの行動は、さっきの私のように自身の行動を狭めた。
空中で身動きの取れない楽士に向けて、私は放った。渾身の両脚蹴りを、その変わらぬ顔に向けて。
――そして届いた、私の攻撃が。白い楽士の白肌ではなく、さらにその上。腰に届くほどに長い、布付き帽子の方を。