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落ちぶれ楽士は笑わない


 高らかなヒールの音が、絢爛に飾られた廊下の隅にまで響き渡る。彼女、ホワイトはあらん限りの化粧を纏ってこの場に現れた。


「おや? おやおやおや? こーれはこれはホワイトさん。お久しぶりでございますなぁ!」


「……ブラン」


 ホワイトに声をかけるこの男。彼こそ、ホワイトとの婚約のため、自身の地位を掛け金としてベットした愚かしくも勇敢な決闘相手。名をブランと呼ぶ。


「決闘相手となる貴方がどうしてこちらに?。貴女がいるべきは反対側ではなくて?」


「あっははは! なんとも手厳しいお言葉ですね。お家の力に頼ることもできない貴女が、たった一人では心細いだろうと思ってわざわざ来たというのに」


「余計なお世話です。いつまでも親に頼ることしかできない能無しとは違って、私はこうして一人だろうと ――」


 ホワイトの言葉は、突然の背後からの攻撃により中断される。

 攻撃、と呼ぶには少々力不足かもしれない。だが男の、ブランの彼女に対する行動には、間違いなく彼女を害する意思があった。一切の判断が下される前に、男は壁際に彼女を追い詰める。


「……何をするのですか」


「あまり舐めた口を叩かないでいただきたい、ミス・ホワイト。本来であればあなたと私は格が違う。位の高い私に見初められ、より高貴な身分となれることを喜ぶべきなのだ」


 壁に貼り付けにされた自身の両腕を握り、圧迫し、脅迫を加えるブラン。反抗されないようにと握られた彼女の手首には、赤い圧迫痕がつけられる。


「やはり、能無しは能無しですね。一度言われたことをもう忘れたのですか?」


「なに?」


「所詮、貴方の力は親が作り上げた見せかけの城ではないですか。外見は立派でも、一歩中に踏み込めばそこには柱一つもありはない。何一つ自分ではしていないから、そんな空っぽで虚しい内側を見せようとはしないのでしょう。そんなもの、砂の城より価値はない」


「貴様ッ!」


 オオーーーーーーーーーーー!!


 ――観客として集まった、この国を守護する貴族たちの雄たけびが広がる。決闘の時刻となり、式が進むのを今か今かとせかす観客の声が。


「チッ、時間か。あぁそうだ。先ほど、お前の両親もこの決闘を見に来ているとの報告があったぞ。これで貴様は、あの場で起こったすべての出来事に言い訳なぞできん。せいぜい、その時が来るのを首を洗って待つといい。貴様が愚弄した、私の力に屈服するその時をな! アハハハハハハハハ!!」


「……けほっ」


 ブランの拘束から解放され、ホワイトはようやく新鮮な空気を吸い込んだ。眼前に迫ったあの男の吐く息など一滴たりとて吸いたくはなかったのだ。

 彼女は薄く汚れた衣装の裾を掴み、静かに神に祈った。


(神よ。どうかこの私に、あのもののすべてを奪う力をお与えください)



 雲一つない晴れ渡る青空の中、高貴な観客たちの視線はただ一点に集まっている。


「おお、これが貴族御用達の闘技場!! 初めて見た」


 ホワイトからやや遅れる形で、ルカナもまた闘技場に到着していた。手首には重い木製の手錠をはめられて、兵士の一人に鎖を引っ張られて。


「なんでっ、何がどうなったらこんなことになるんだっ!!」


「ごめんね〜晩酌おじさん」


「その変なあだ名をやめろ!!」


 なんと、私の鎖を引っ張り闘技場に連れてきたのは、昨日私を尋問していた晩酌おじさんではないですか。今朝、日が昇って着々と私の護送の準備が進められていた時、出勤してきたおじさんと目が合ったのだ。そしてなぜ私が護送されるのかの理由を聞き、しかも面識ありということで私をワイス様の元まで連れて行く任務を任されたのだ。


 我ながら少しかわいそうなことをしたなとは思う。せめて昨日のもう一人の方に声をかけるべきだったかな? 昨夜ワイス様と一緒に入ってきた兵士の人は、一晩の間に起きた問題に耐えられず体調を崩してしまったらしいし。


「いやいや、本当に悪いと思ってるんだよ。でもこればっかりは私じゃなくてホワイト様に言ってね」


「言えるわけないだろ馬鹿野郎! 貴族の使う場所に入ることなんざ、俺ら一市民にしてみればとても名誉なことだってのにっ! なんでこんなことにッ!!」


 おじさんはそう言って、昨日なんて目じゃないほどのふっかーいため息を吐かれた。周りを見渡せば、同様に警護に連れてこられた兵士たちが似たような表情と態度を示している。

 まぁそれでも、着実に目的の闘技場まで進んでいるのだから文句はない。もともと言うつもりもないが。



 オオオオオオオオオオオオオオオ!!



「うっひゃぁ、こりゃまた凄い歓声だ」


 手錠に掛けられた鍵が解かれ、ようやく両手が自由の身となった。まさか手錠を付けたまま戦えとか無茶なことを言われなくてよかったよ。本当に


「おら、とっとと真ん中まで歩け。周りは全部兵士で囲まれてるんだ、逃げられるとは思うなよ」


「逃げないよ、じゃないとここまで来た意味がないもの。せいぜい、派手な演目を披露するとしますか」


 一歩。たったそれだけの動作を私がしただけで、集まった観客たちはさらに大きな声を出す。さながら客引きパンダにでもなった気分だ。


「ねぇ、あれが昨日言っていた謎の能力者でしょう?」


「いったいどこの家の者なのかしら。気になるわねぇ」


(やっぱり、気にするのは血のことだけか。どうせ赤を見るなら私の髪を見てほしいんだけど。――ん?)


 闘技場前方に、見たこともない撥弦楽器を携えた人物が一人。黒赤メインの私とは違って、肌を出さず白で統一された綺麗な服を着ている。それと、腰ほどの長さの白布が付いた帽子。


「おはよう。いや、もうこんにちはの時間かな? 初めまして」


「どちらでも構わない。初めまして」


「貴女が私の対戦相手? そこら辺の情報私は一切持ってなくてさ」


「そう、私が貴女と戦う。手加減には期待しないでいただきたい」


 うーん無感情。帽子の奥から覗く鋭い目つきも、おそらくは睨んでいるのではなく素の顔なのだろう。戦闘前のピリピリとした空気が微塵も感じられない。

 無感情……というよりはむしろ、無気力の方が近いかもしれないな。


 さてさてさーて、どうやって会話を切り出そうか。込み入った事情で無気力になってしまっているのなら、下手な会話は関係を悪化させるだけだし。かといって趣味とか聞かれても困るだろうか? あの手に持った謎の楽器、興味がないといえば噓になるが。


「――昨日」


「お?」


 だが、私が何事かを聞く前に、その人は私に話しかけてきてくれたのだった。


「昨日の演奏、素晴らしかった」


「!! 昨日の演劇見てくれてたんだね! そっかそっか、楽しんでくれたならよかった」


「人を笑顔にする、それはとても素敵なこと。人を傷つけることでしか生きられない私よりも、ずっと価値のあること」


「え?」


 最後の言葉。その意味を問うよりも早く、闘技場内に重苦しい銅鑼の音が響き渡った。兵士の方が言うには、それが決闘の儀式が始まった合図なのだとか。

 決闘の儀式とは、実際に戦わせる前に行う大事なしきたり。それぞれの代表が名乗り、各々が決闘に掛けるものを声に出して宣誓することでその場に集った観客たちを証人とするのだ。


「これより、フォン・ブラン一族対ホワイト・ローア個人による決闘の儀式を行う。まずは此度の決闘を申し出たブランより、決闘に当たり差し出すものを述べよ!」


「私の名はフォン・ブラン! 私が掛けるのは、【フォン家の持つすべての財産と地位】!」


 観客らの動揺が、歓声の一部から伝わってくる。彼が掛けたものは、万が一負ければ貴族から一市民へと身分を落とすことを意味する。今まであらん限りの贅沢をし続けてきた他の家にしてみれば、狂ったとしか思われないだろう。一部の家は、それを男らしいと称賛しているが。


「…………」


 あの男の代理として戦うべくここに居るあの人は、その瞳の奥に何を思うのだろうか。


「続いて、ホワイト・ローアの宣誓を!」


「私の名はホワイト、此度は個人の決闘故、家名は省かせていただく。私が掛けるのは、【今後一切の私の人権】!」


 名前を呼ばれたワイス様は、自分以外誰一人側にいない席から立ち上がる。宝石で着飾っているからだろうか、いつもより輝きが増して美しさに磨きがかかって見える。例えるならダイヤモンドのような、とても美しい輝き


 ……ん?


(気のせいかな。少しドレスが汚れてるような)


 さらによく見ると、立ち上がったワイス様の方をニヤニヤと見つめるブランの姿。さてはあの男、ここにくるまでにワイス様にお痛をしたな?


「はーん、なるほどね~。そんなことしちゃうんだ」


「双方、自らの支払う代償に相違ないな? ではここに、我らが神と聖四人の名の元に誓いを立てたものとする。決闘の方法は、両者代理人による一対一の戦闘! 相手を殺すか、場外に出たものを戦いの意思なしとみなし敗者とする! 代理人双方、これに同意するか?」


「あ、はい!」


「肯定」


 ドーーーーン! 二度目の銅鑼が鳴り響く。 


「これにて、決闘に伴うすべての儀式は終了した!! 東方、ソレイユ! 西方 ルカナシオン! 両者ともに、この闘技場に恥じぬ戦いを期待する! それでは――」


「ッ!」


「……。」



「「「決闘! 開始ィィィ――――!!」」」


 今、戦いの火ぶたは切って落とされた。

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