煌めく白は氷のよう
身分の高い人間が下のものへ頭を下げる。これまたお目にかかることのない貴重な瞬間を見てしまった。
これがよっぽど国を救った功績を上げた人間にならまぁそういうこともあるかで済んだのだろうが、犯罪者相手にってところにどうも胡散臭さを感じずにはいられない。
ホワイトと名乗ったお嬢様のあの野心の眼差しといい……これはなかなかの面倒事だぞー
「これはこれはご丁寧にどうも。私はルカナシオン、長いしルカナって呼んでよ」
「ルカナさん、いいお名前ですね。私のことはワイスとお呼びください。親しい人たちは皆私のことをそう呼びます」
「オーケーワイス様。さて、一つ目の質問とそれに付随する問答はこのくらいにして、サクサク次に行きましょうか。次、質問どうぞ?」
ニコニコ目じりと口角を下げて笑みを絶やさない目の前のお嬢様。あの内側を探ろうとする視線、嫌だなぁ。
「そうですか、これでも色々と話の内容は考えておいたのですけれど」
「ごめんね。私、こういう探り探られて会話するの好きじゃなくて。何か私にしてほしいなら話ぐらいは聞くよ? 実際やるかは別にして」
「――!」
鬱陶しく続きそうだった会話を全てショートカットし、おそらく彼女が求めているであろう結論へ続く質問をこちらから投げかける。
するとどうだ。彼女は一瞬表情を崩しかけた後に張り付けた仮面を取り外し、刃物と形容するにふさわしい視線を向けてきた。こういうところは、まだまだ経験の足りないお嬢様らしいね。
「驚きました。貴女の話を聞いた時はただの愚か者だと思っておりましたが、かなりの食わせ物のようですね」
「お褒めにあずかり恐悦至極、別にそんなにおだてなくても話は聞くよ。それで? ワイス様は私に何をしてほしいのかな?」
「これ以上の問答は必要ないようですね――単刀直入に申し上げます。明日の決闘の場において、貴女のお力をお借りしたいのです」
「決闘?」
決闘。一般的には力ある貴族同士が互いに条件を提示し合い代表一人に戦わせるもの、だったっけ。
力を借りたいってことはつまり、その試合に代理人として出ろってことなのかな。
「一応確認するけど、その決闘っていうのはあれだよね? お偉いさん方が集まった闘技場みたいなところで、能力あり武器ありの殺し合いをするっていうあの」
「はい、その認識で相違ありません。私の決闘代理人として、貴女に試合に出ていただきたいのです」
うわぁ、さらっと人のこと生贄に差し出そうとしてるよこの腹黒お嬢様。私に死ねと? 犯罪者だからどうなろうと構わないってかこんちくしょーー!
……はぁ。まぁ、別に参加するのは構わないというか、拒否権もなさそうだしそれはいいんだけど。ここまでの雰囲気を纏ったお嬢様がこんなどこの誰とも知らない人間を使う理由がわからんなぁ。貴族といえば家の力を誇示するため、お抱えの騎士の一人や二人作るものじゃないの?
「あぁっと、確認してもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
「その決闘に私を誘った理由を聞きたいな。わざわざ代理を立てなくても貴女ほどの実力なら、同い年相手なら余裕で勝てるんじゃないの? 仮に代理決闘しか認められないとしても、それならそれで貴族なら場にふさわしい実力者ぐらい囲ってたりするものじゃない?」
「そうですね、普通の決闘であれば私もそうしたでしょう。ですが今回の決闘は違います」
一呼吸置き、ワイス様はチクチクした雰囲気をより強め答えた。
「此度の決闘で掛けられた交換条件は、【私との結婚権】と【貴族としての権利すべて】です。相手方のお家は位としても申し分ないものであり、我が家の者たちも大手を上げて喜んでおりました。けれど私は、私という一人の人生を政略結婚の駒として終わらせたくはない。ましてや!」
ガンッ! 密室に響き渡るレイ様の打撃音。叩かれた石畳が凹んだ。
「愚物としか言いようのない、家族と呼ぶことすら悍ましいあの者たちに利用されるなど!! 私は何としてでもこの決闘に勝利し、ホワイトという一人の貴族としての力を手にしたいのですッ!!」
と、熱く自分の想いを熱弁したワイス様。一瞬その熱量と勢いに気圧された私だが、一度冷静になって彼女の想いを解釈した時。
彼女の、ホワイトという個人としての信念を確かに感じ取った。
「へぇ、なかなか面白いことを考えてるね。もしもそれが演技だったなら大したものだよ」
「演技など!」
「知ってる、ワイス様の言葉は間違いなく本気だった」
彼女のしようとしていることは、一見すれば無謀の極みに見えるかもしれない。それが例え権力を得ることでなかったとしても、個人のプライドやら夢やらを語った時点で今の世の中じゃ笑いものにされるだろうね。お前にそんなことできっこない、夢ばかり見ないで現実を見ろって。
いいじゃん、無理無茶無謀上等だ!
「いいよ! このルカナシオン、確かに決闘代理人を引き受けた!!」
こんな頭空っぽそうに見える私でも、一応はそれなりのプライドを持って毎日を過ごしている。だから嬉しいんだよね、夢やプライドを捨てずがむしゃらに進む人間を見るのが。
ついつい、甘やかしたくなっちゃうよ。
「貴女は、笑わないのですか? 子供の分際で、身の程を弁えろと」
「むふふ、私嫌いじゃないんだよね~。自分の人生を生きようとしている人。そういう人を見ると力を貸さずにはいられない性分なんだ」
「ですが、分の悪い賭けになりますよ。今回の決闘において調印を交わすのは私一人。権利を独占する以上、契約は私個人で行わなければなりませんから。ですから当家の力は借りられず、一方の相手は無制限に家の力を行使できる。一体、どのような仕掛けを講じてくるかも」
「大丈夫! って、まだ会って数分の人間の言葉じゃ信用ないか。とにかくやれるだけのことをやるさ」
思い切って太鼓判を押してみるが、うーん。なーんかワイス様の顔が晴れないなぁ。顔は美しいのに目つきが厳つすぎて損してるよ。
そんなに相手方の貴族様のことが心配なのかねぇ。例えば、相手が黒い噂の絶えない悪徳貴族だったりとか? それなら確かに、なんとしてでも婚約を勝ち取ろうと場外から何か仕掛けてくるかもしれないね。
「……どのみち、他に手立てもありません。ルカナシオン、私は貴女を信じます。必ず、私に勝利を献上なさい」
「仰せのままに、お嬢様。盤上を覆す切り札の力、特とご覧に入れましょう」
ドタドタドタドタッ!!
ちょうど契約の話も終わり、明日に備えてワイス様と別れを告げようとしたところで。部屋の外から何人もの足跡が響いてきた。おそらくは先ほどの石畳を砕く音を聞きつけてやってきたのだろう。兵士たちに騒ぎを起こさせたのをすっかり忘れてた。
「ご無事ですかホワイト様っ! こちらから物凄い音が――って!? ル、ルカナシオン!?」
「なに!? 貴様脱走していたのではないのか!?」
「? なんのことです? 私はずっと布団の中に居ましたが」
「そ、そんな」
兵士には見えない角度で、ワイス様にだけわかるよう小さく舌を出してお道化てみた。あわただしく入ってきた兵士たちに気を取られていた彼女は一瞬意味を図り損ねたものの、すぐに意図を汲み取り行動してくれた。
「えぇ、彼女は間違いなく牢の中におりました。私の勘違いだったようですね」
「なんだと!? あ、い、いえ。ホワイト様がそう仰られるのでしたら」
「それと明日、このルカナシオンとやらを決闘の場に連れてきてください。よろしいですね?」
「決闘の場にですと!? お待ちください! 決闘の場は限られたものにしか足を踏み入ることの許されていない聖なる地。そのような場所に犯罪者を入れさせるなど前代未聞の」
「 私の言うことが、聞けないというのですか? 」
「ヒッ!?」
おぉ、なかなかの迫力。鋭さを取り戻した彼女の瞳に睨まれて、兵士諸君は体を見事に固めたね、さながら蛇に睨まれた蛙がごとし!
「必ず、その者を決闘の場に連れてくるように。さもなくば私の手で、あなた方の首が一つずつ飛ぶことになりますので」
「か、か、かしこまりました。そのように」
「よろしい」
――ここに、ルカナシオンとホワイトの契約はなされた。達成目標は、ホワイトの貴族就任――
「(では、今日の所は失礼いたします。明日の朝、再びお会いすることを楽しみにしていますわ)」
「(うん、また明日)」
意図せず貴族方の面倒ごとに巻き込まれてしまったが、暇になるよりはこの方がずっといい。それに、放っておけなかったからね。映るものすべてを敵とみなして、一人孤独に立つワイス様は。
(あ、晩御飯)
結局この日、私は何一つ口に入れることなく朝を迎えることとなった。翌朝、空腹で死にかけたのは言うまでもないだろう。