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嘘かどうかは誰にもわからない


 ――その日人々は、人生で初めての感覚を味わった。


 ~~♪ ~~~~♪♪


「あん?」


「なんだこりゃ」


 人口数十万人規模の大きな町が、一瞬にして何者かが奏でる音楽に支配されたのだ。


 ♪ 〜♪♪ 〜♪♪

  〜♪♪ ♪ ♪

 ♪ 〜♪♪ 〜♪♪ ♪


 人々は突然鳴り響く音楽に困惑し、しきりに今日予定されていた行事などについて調べ始める。


 だが、そんな慌ただしさなどには目も暮れず、彼らはその姿を表し始めた。


 顔にペイントを施した彼らは七色の服を着飾り、個性豊かな楽器を携えて、広場へと続く大通りを闊歩する。

 ラッパ、トランペット、チューバにホルン。バイオリン、チェロ、ヴィオラにコントラバス。シンバルピアノにパーカッション。形や大きさにとらわれない自由な演奏は、困惑を深めていた人々の心を次第に魅了し始めた。


「ヒャホホホ~~~~ウ♪♪♪♪」


「ベロベロバ~~♪♪」


「ミファソラシドーー!! ァハハハハハ!!♢」


 赤鼻のピエロは、ボールという不安定な足場の上でいくつもの小さなカラーボールを巧みに操り、緑メイクのピエロは、見たこともない一輪の車に乗りけたたましくシンバルの音を鳴らす。黄色帽子のピエロは十人単位のチームを組んで、紫ピエロが支える梯子の上を縦横無尽に動き回る。

 

「ファニ? ニニニ~~♪」


「え? これ、くれるの?」


「ファニー♪♪」


 可愛らしいウサギの役者は、劇に見惚れる少年少女の元へ風船を届けた。

 丸いバルーンはもちろん、要望に合わせ細長いものを動物の形にした特製のものを。


「な、なんだあれはーー!?」


「い、イルカだ! イルカだぞ!」


「こっちにはドラゴンもいるぞ!? かっけーーーー!!」


 人々が少しずつ演奏とパフォーマンスに慣れ始めた頃、空では新たな驚きが彼らを待っていた。

 それは、青い空を悠然と泳ぐ生き物の姿。先ほどの着ぐるみのようなウサギではなく、本物と変わりない姿の動物たち。

 イルカ、アザラシ、ラッコにペンギン。ウサギにゾウにライオントラ。果ては空想上の生き物であるドラゴンやペガサスまでもが一堂に会し、仲良く空を舞っている。


「キュイ♪ キュキュキュ~~~~♪♪」


「ガウッ! ガウガーー!!」


 子供たちは大はしゃぎだ。絵本の中でしか知らない生き物が目の前で見られたことで、皆最初の困惑など忘れ、過ぎゆく隊列に付き従うように楽団の赴く広場へと走り始めた。大人もまた、子供を追うという大義名分のもとに久しく忘れた童心のまま、彼らの後を追う。


 ――余談だが、この町の広場は、五つの大通りが合流するかなり大きなものだ。時には国が主導して祭りなどを催すこともある。


 空中動物ショーに見惚れながらついてきた民衆はそこで、さらに驚くべき光景を目にした。自身の通ってきた大通り以外に、他の四つの道からも楽団が人々を引き連れ現れたのだ。

 集団は広場中央に集まると、それぞれが決められた通りの場所に整列し直し演奏や曲芸を続行する。さしもの民衆も、この規模の楽団が突然町中に現れたことに困惑を隠せない様子だ。


 だが、そんな大人の心配などどこ吹く風。好奇心に押され心配などしない子供たちは、近づかない大人たちをこれ幸いと追い越し近くで見ようと集まってくる。


「~~♪ ~~~~~~♪」


「キュ~~~~!」


 華々しい音楽も佳境に入り、最後の演奏へと入っていく。一部の楽器は演奏をやめ、静かに、されどその時を待つ。小さく、小さく。

 曲芸ピエロたちもその場で静止し、空を舞う動物たちは夜空に浮かぶ星座のように、所定の形のまま空中を浮遊する。


 ――そしてついに、その時は来た。


 その場に集まったすべての楽団と動物たちが光を放ち、ある一点に光が収束し始めたのだ。子供たちの手にある風船からも光は放たれ、人々は光を辿り集まったその先を見た。



 それは、人々が住む家の屋根上。いつの間に現れたのか、その人物は集まる光を一身に受け、笑顔の仮面を面前に晒す。


「――――」


「!!」


 子供たちはのちに、この瞬間の彼女の表情を、一様に笑ったと口にする。素顔は仮面の奥にあり、誰にも表情は見せていなかったというのに。子供たちは全員、あの人は微笑んでいたというのだ。


 ――タッ


 その人物は、高くそびえる家の屋根から、迷うことなく飛び降りた。人々の目には、それが悲しい結末を思い起こさせただろう。だが、この演劇は決して悲劇には終わらない。


 件の人物は何もない場所を蹴り、淡い雪の後を場に残しつつ空中を散歩し、楽団の集まる広場の中央に降り立ったのだ。

 俗にいう空中散歩である。


 そして、広場に集まる人々へと顔を向け――


「紳士淑女の皆々様! 本日はワタクシの劇をご覧くださりありがとうございます。これにて劇は終幕となりますが、皆様の貴重な一日を彩ることができましたなら、ワタクシにとってこれ以上ない喜びでございます!」


 言葉を締めくくり、その人――彼女は仮面をずらして美しい赤の瞳を観客に晒し、大手を振って劇のラストを飾り始めた。止まっていた演奏はあらん限りの音色を奏で、空を舞う生き物は音に合わせて合いの手を鳴らす。子供たちの盛り上がりは最高潮を迎えた。


 そのまま、しばし音楽と曲芸が披露される。ピエロの中には赤髪の仮面少女も混ざり、時にはボールを乗りこなし、時にはシンバルを叩き、時にはピラミッドの頂点を飾る。


 やがて迎える演劇の最後。ここまで様々な曲芸や音楽を披露していたピエロたちが、綺麗なお辞儀をした後に動物と同じく空へと昇る。ただ一人、地上に仮面の少女だけを残して。


 ドォーーーーーーーン!!


「「「おおおおおおおおお!!!!」」」


 耳に届く大きな音。昼空にあって、演奏の終わりと同時に綺麗な花を空いっぱいに咲かせた彼ら楽団と動物たち。キラキラと舞い散る残火は劇の余韻を綺麗に洗い流したことだろう。



 ーーこうして、たった一人が巻き起こした世界最高のショーは、少女の綺麗なお辞儀と共に最後まで盛り上がりを損なうことなく幕を閉じたのだーー




 これが後に、世界を欺き続けた伝説の道化師。ルカナシオンの幕開けである。




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