5 ☆
「一希のコンボ気持ち良すぎやろ!」
たけし
アルゲイル魔法学園の生徒会長である城谷が見守る中、体育館での戦闘は始まった。初撃は咲夜の方からであった。
「来るよ武!」
「わーっとる!」
照明が点いたホールの中央で、手元に浮かべた魔法式を完成させた咲夜は、体育倉庫内に並んで立つ一希と武目掛けて、攻撃魔法を放つ。
――ヒュン!
と言うような、風を切る音と共に、高速で飛来した攻撃魔法が、一希と武のすぐ後ろの跳び箱に直撃し、それを粉砕し、さらには爆発を起こす。
「城谷様」
「補修費は予算で賄います。好きにやりなさい、咲夜。星野くんと武田くんも、体育館の中にあるものは何でも利用して結構ですよ」
「かしこまりました」
体育館の壁に背中を預けて立つ、城谷に、咲夜は短いやり取りで確認をとり、油断せずに、真っ白な煙が昇る体育倉庫の方を見つめる。
「――やってくれるな、自分!」
その煙の中から、大量のバスケットボールが、魔法の光を帯びた状態で、ガトリングの弾のように射出され、こちらに迫る。武が発動したのだろう。
煙の中からの弾道に、咲夜は冷静に防御魔法を発動し、迫り来る茶褐色のボールを全て弾き飛ばした。
「そのまま檻の中に入っていろ。お前たちのような問題を起こす奴らには、お似合いの場所だ」
先程の攻撃で起きた煙の線の軌道を読み、咲夜はまだ二人とも体育倉庫の中にいると睨み、属性魔法の魔法式を展開する。
赤い魔法式の円に、赤い魔法文字を打ち込めば、魔法式が赤く発光し、炎属性の魔法が放たれる。
「《フェルド》」
火炎放射の攻撃が、体育倉庫の中に注ぎ込まれ、煙はたちまち炎に変わっていく。
まだ中にいようものならば、たちまちひとたまりもないだろう。
そんな灼熱地獄となった体育倉庫から飛び出てきたのは、大きな体操用のマットであった。
それを盾のようにして全面に突き出し、こちらが噴射する炎を防ぎながら、マットは迫り来る。
「馬鹿な、焼け焦げるはず……。変性魔法か!」
ただのマットであるのならば、たちまち炎によって焼却されるはずだが、一希と武はそれに変性魔法を施し、炎にも耐えうる超硬度の盾にしていた。
「いいぞ、武!」
「今や突っ込め、一希!」
「なんでやねん!」
「アホ、そっちのつっこめちゃうわ!」
「わかっているよ!」
軽口を飛ばしつつ、一希はマットの下から突撃し、咲夜の元まで向かう。
「!?」
咲夜は咄嗟に身構え、通常の人間以上の速度で迫り来る一希を迎え撃とうとするが、そんな一希の姿が、残像を残して一瞬で消える。
戸惑う咲夜の視界に映りこんだのは――。
「しまいじゃボケーっ!」
武がマットの後ろから発動した攻撃魔法。それがマットに直撃すれば、長方形の硬質な物体は、咲夜目掛けて襲い掛かる、凶器となる。
「っち!」
咲夜は前転をし、迫り来るマットによる攻撃をどうにか潜り抜ける。
「アカンか!?」
今のを躱した咲夜の動体視力と運動神経の良さに目を見張る一方で、彼がすぐさま組み立てた攻撃魔法の魔法式が、完成させたことも確認する。
「武伏せろ!」
咲夜の真横から一希がタックルをし、咲夜の魔法の照準を僅かに逸らす。あのままでは直撃していた軌道であったが、一希の攻撃により難を逃れていた。
「助かったで、一希!」
「せっかく檻が開いたんだ、そこから出たいと思うのは当然だろう!?」
身体のすぐ横を通過した攻撃魔法の行き先を思わず目で追いかけてしまっていた武は、はっとなって正面を見る。
そこでは一希と咲夜が、くんずほぐれつの取っ組み合いを繰り広げていた。
互いの胸ぐらを掴み合い、体育館の床の上に押し倒し合う。
「星野一希……! あまつさえ休学中のお前が、剣術士となって帰ってきて、問題を起こした! 城谷様のお手を煩わせるな!」
「煩わせる気持ちはないけど、僕にも負けられない理由がある!」
「ならばさっさと魔剣を出してみせろ! 世界を壊したその忌まわしき存在を、晒して見せろ!」
押し倒された一希であったが、覆い被さってくるようにしてくる咲夜の腹部に、自身の足の靴底を合わせて、思い切り押し飛ばす。
咲夜は一瞬だけ宙に浮かび上がると、上空で魔法式を完成させ、地上にいる一希へ向けて、氷の礫を次々と放つ。
天より降り注ぐ鋭利な氷の礫を視認した一希は、床の上を転がり、攻撃を躱す。
一方で、床の上に着地した咲夜は、次に武に狙いを合わせ、魔法式を組み立てる。
「思ったよりしぶといな、武田!」
「諦めたらそれでしまいや! それに、おとんとおかんに、魔法学園退学になったなんて言った暁には、折檻食らうからな!」
「知ったことか! 剣術士を庇う貴様も同罪だ!」
武が「剣術士なんかよりもうちのおとんとおかんは怒ると怖いんや!」と怒鳴りつつ、魔法を発動する。しかし、疲労と傷が要因となり、咲夜の構築速度には及ばずに、武は咲夜の放った攻撃魔法をもろに浴び、炎が吹き出る体育倉庫の中へ、まるでゴミを焼却炉に投げ飛ばすかのように、入れられてしまう。
「武!? よくも!」
一希が背後から咲夜に襲い掛かるが、咲夜は一希の攻撃をひらりと躱す。
(狙いは俺じゃない……?)
思いの外簡単に躱せた一希の行方を追うと、なんと、咲夜からすればあり得てはならない光景が、あった。
「――あら?」
「――言ったはずだ! 体育館の中にあるものは何でも利用していいと!」
咲夜の脇を素通り――突破した一希は、魔法戦を見学していた城谷の背後に回り込み、その華奢な背から両腕を伸ばし、首と腹部に回して彼女を羽交い締めにしていた。
そして、残り少ない魔素を操り、彼女の横顔に破壊魔法の魔法式を展開する。
この行為に、咲夜は怒りを露わにする。
「おのれ星野一希……! さすがは剣術士と言うヤツだな! 自身の栄光と勝利の為ならば卑怯な手すら使うのか!」
「悪いが僕は、君たちが思っているほど清廉潔白でも、真面目でもない! 元より血に濡れた手だ。さあ、降参して貰おうか、咲夜くん!」
数多の血を浴びてきた一希が、臆する事なく叫び返す。
すると、魔法を発動している右手に、微かな振動を感じた。何事かと思えば、羽交い締めにしている城谷が、くすくすと笑っていたのだ。
無論、放つつもりなどさらさらないが、それでも。破壊魔法を至近距離に見せつけられながらも笑っていられる彼女の胆力に、一希は一筋の汗を流す。
「出来れば笑わないでくれないか。例えプラフでも、女性を人質にするような真似をした自分が自分で情けなくなる」
ぼそりと、一希が城谷の耳に口を寄せて言えば、彼女はこくりと頷く。
「いえ。大胆で奇天烈な発想で、利口だと思いますよ。確かに咲夜の弱点はこの私の存在。咲夜は私のことが大好きで、絶対の忠誠を誓っていますから、私に危害が及ぶとなれば冷静さを失い、本来の力を発揮できなくなる。それをこの魔法戦の最中に思いついたのであれば、流石ですよ、剣術士」
「その呼び名は――」
「しかし、貴方は利口ではありますが、正しくはない。彼とは正反対です」
城谷の言う彼とは、咲夜の事ではなかった。
「……っ」
「彼はいつも正しかった。しかし、世界は時に正しさを嫌います。故に、正しすぎてしまった彼は、この決して正しくはない魔法世界から淘汰された」
貴方は、どうでしょうか? とでも尋ねてくるような、城谷のそんな視線が、至近距離で一希を見つめる。
「僕は彼とは違って正しくはない存在だ。……だけど分かることもある。彼も僕も、こんなところで諦めたりはしない!」
一希がそう言って、自ら拘束している城谷の背後から飛び退く。
はっとなった一希の青い目いっぱいに広がる、魔法式の円形。一希が城谷から離れた瞬間を見るや、咲夜が放ったのだろう。
(この魔法式の色は――なんだっ!?)
目を見開いて魔法式を凝視する一希であったが、灰色の世界で見える魔法式の色は、判別できず、これでは属性魔法か否か、それさえも判らない。
やがて、魔法式の完成を知らせる凄まじい風が、一希の金髪の髪を激しく揺らす。自分の髪が金髪であること、目の色が青であることは、幼い頃までは見えていたので、わかる。勝手に染められたりしていなければ、の話ではあるが。
灰色の世界に嫌気が差し、一度は見ることも拒んだこの魔法世界。しか
し今は、自分がこの魔法世界で戦い続けなければならない理由が、ある――。
「うおおおおおっ!」
勇んだ一希は、残された最後の魔素を振り絞り、咄嗟に防御魔法を組み立てる。
「この至近距離では《プロト》を発動しようが無駄だ」
勝利を確信した咲夜が呟くが、雄叫ぶ一希はそのまま魔法を発動する。
これはただの防御魔法ではない。
「トリスタンと対を成す、全てを貫く刃の盾となれ《イゾルデ》!」
一希の組み立てた魔法式から、《プロト》ではない、幾何学的の記号のような構造をした、特殊な盾が、咲夜が発動した攻撃魔法を衝撃すらなく呑み込んだ。
「!? 馬鹿な!?」
威力もタイミングも申し分なかった、直撃不可避の攻撃を全て防がれ、咲夜は動揺する。
しかし、これで一希の魔素は正真正銘、潰えた。
「武……っ!」
目の前でよろめき、一、二歩と前へと進みながら、一希が呻き声のような声を発する。
その数少ない友の声に呼応するかのように、武は炎に包まれる体育倉庫から、火だるまになりながら飛び出した。
「一希っ!」
「瀕死のお前ら二人で、俺に勝てると思うな!」
まだ動けるのかと、武を信じられないような面持ちで見た咲夜であったが、二人とももう満身創痍であることに変わりはない。
炎に包まれながら、武は右手に持っていたなにかを、そのまま一樹へ向かって投げつける。
そして必死に、何かの言葉を叫んだ。
――それはこの魔法世界において、意味嫌われる事となった、呪いの言葉である。
しかし武は、構わずに、叫んだのだ。
「いてこましたれ――剣術士っ!」
その言葉を受け、目を見開き、身体を衝きうごかした一希は、武が投げつけた竹刀を右手でキャッチする。
「ああ……わかったっ!」
ほとんど咲夜に倒れこむような勢いで、しかし足腰はしっかりと踏み込み、一希は両手で握った竹刀を高々と掲げ、咲夜の頭部に勢いよく振り下ろした。
「味わうかい、咲夜? 剣術士としての一撃を!」
「ぐはっ!?」
渾身の力を込めた面が、咲夜の頭頂部に直撃し、その勢い足るや、竹刀が真っ二つに折れたほどだ。
面を着けずにまともな一撃を脳天に食らった為、軽い脳震盪を引き起こした咲夜は、膝から体育館の床の上に崩れ落ちた。
「――なんて、これで世界を壊したなんて、笑われるよな」
一希は自身が右手に握る、焼け焦げた竹刀を見つめ、ぼやいた。
「ようやったで一希! あんの小生意気な顔にクリーンヒットや……って、熱っ! 熱っ!」
アドレナリンが切れたのか、武は自分の制服が燃えていることに今更ながら気がつき、あわてて消火しようと手ではたく。
「《フロスト》」
試合を観戦していた城谷が、氷属性の魔法を武の背に合わせて発動し、炎を丸ごと氷の結晶で包み込み、鎮火する。
「ありがとな生徒会長! って今度は冷たっ!?」
「じきに溶けます」
城谷はそう声をかけてから、一希が手に握る真っ二つに折れた竹刀を変性魔法で再びくっつけつつ、倒れた咲夜の元まで歩み寄った。
「お疲れさまでした咲夜。立てますか?」
そっと、咲夜に向けて手を差し伸ばす。
思わずその手を掴みかけた咲夜であったが、すぐにその手を引き、自分の頭に添えながら立ち上がる。
「一人で、立てます……城谷様のお手を煩わせる必要は……」
「ではそもそも、この決闘が私の手を煩わせている事実はどうなるのでしょうか」
「面目次第もございません……」
「まあ、あの両名の力量を知るにはいい機会でもありました。感謝しますよ、咲夜」
「もったいないお言葉です……」
ずきずきと痛む頭部からも手を引き、咲夜は深くお辞儀をする。
城谷は立て続けに、燃え盛る体育倉庫の扉を魔法による遠隔操作で閉じ、酸素をシャットアウトする。中物は全て焼き付くし、改めて設備を新調する気なのだろう。
そして最後に、一希を見た。
「お見事でした、二人とも。私と行動を共にするのに相応しい、確かな実力があります」
「だから、なんで上からやねん……まずは謝れっちゅうの」
「ごめんなさい」
「軽っ!」
素直に頭を下げた城谷へ、武はつっこむ。
「これで二人の退学はきっとなしになるでしょう。必要な手続きがあるので、そのまま生徒会室へとお越しいただけますか?」
「必要な手続きって……っ」
城谷に聞き返す一希であったが、もう限界もいいところだった。早朝から"捕食者"と戦い、飲まず食わずの状態でここまで来た。暴行も受け、精神的、肉体的にも疲弊していた。
歩きだそうとしたところで、よろめき、倒れかけてしまう。
そんな一希の肩を支えたのは、他でもない、武であった。
「大丈夫か、一希?」
「武……君こそ、辛いはずなのに、ありがとう……」
「かまへんかまへん。辛いときはお互い様っちゅーもんやろ」
「……」
支えあう二人の同級生の姿を、咲夜はじっと見つめた後、踵を返して、先へ行った城谷の後を追う。
「なんか、新学期初日から仰山なことになってしもたな……」
「そうだね……。まあ、それを言うなら世界中が、だけどさ」
迎えた新学期が世界にとって最悪な夜明けと同じ日であったこと。偶然なはずなのだが、どうもそうとは感じきれない、妙な感覚を一希は感じていた。
そして――。
(城谷光冬……。知っているような素振りでいたけども……)
武に支えられながら、一希もまた、城谷の背を追った。
アルゲイル魔法学園の地下通路の最深部。まるでそれは、城に攻めいる敵から籠城する為の最後の砦のように、幾重にも備えられた厳重なセキュリティのもと、存在していた。
アルゲイル魔法学園の生徒会執行部の、生徒会室に、城谷は自身の学生証をかざして入室する。
入室するなり、城谷は中にいた役員に声をかける。
「岸野。治癒魔法をお願いします、三人分です」
「え、どちら様ですか?」
応答したのは、一つ下の後輩であり、新二学年生となった男子生徒、岸野大和であった。
「津山副会長!? 何をしていたのですか!?」
「俺はいい。それよりもこの二人に治癒魔法をかけてやれ」
「かしこまりました。もう大丈夫ですからね」
岸野は一希と武の前までやって来ると、治癒魔法を展開し、二人にかけてやる。
「ありがとう、岸野くん」
「いえいえ。先輩方の治癒魔法に比べれば、僕のはまだ未熟です。あ、僕は岸野大和です。生徒会書記をやっている、今日から二学年生です」
真面目に、自己紹介をする岸野に、一希も自己紹介を返した。
「僕は星野一希。これからお世話になると思うよ。よろしくね、岸野くん」
「はい、星野先輩! ところで、その、昼の出来事なのですが――」
「岸野。今は大事な話を控えている。後にしろ」
咲夜が岸野に釘を刺せば、彼は「すみません!」と言って引き下がる。
武も自己紹介をしている傍ら、城谷は自身専用の場所であろう、生徒会室の一番奥の長机の座席へと着席する。
彼女の背後の巨大なホログラムモニターから出力されている青い光が、彼女の姿を妖しそうにぼうっと浮かび上がらせているようだ。
「黒羽さんは?」
「職員室に赴いています。おそらく、もうすぐ帰ってくると思いますよ」
武へも治癒魔法をかけてやりつつ、岸野が言う。黒羽凛。こちらもアルゲイル魔法学園の生徒会メンバーであり、役職は会計。一希と武の同級生であったが、城谷と同じく、そこまで見知った間柄ではない。
「時間もそこまでありませんし、早速始めましょうか。お好きな席へどうぞ、星野くん、武田くん」
城谷が二人に着席を促す。
お好きな席と言われたはいいものの、座るところなど、城谷の目の前の席だけだ。……おあつらえ向きに、ちょうど、二つだし。
「さて、お疲れのところ申し訳ありませんが、現在の世界を取り巻く状況については、当然理解していただいていると思うのですが」
「"捕食者"が朝早くから出て世界中大混乱。更には、日本の総理大臣は謎の失踪。代わりの国際魔法教会のお偉いさんや日本の政治家も就任早々に"捕食者"に喰われ、てんやわんやや」
武がつらつらと告げる。
「へえ。脳みそのないお猿さんかと思っていたのですが、思いの外、最低限の知識はあるようで安心しました」
「なんやと!?」
「まあ、あんなことをしでかした後だしね……」
一希がぼそりと言えば、武もなにも言えず、口籠る。
「このアルゲイル魔法学園も、そんな混乱状態の被害者であり、その損害は甚大です」
座席に座る城谷のすぐ後ろには、咲夜が立ったまままんじりともせず、じっとこちらを見つめてきている。
そんな咲夜が振り向いて、ホログラムパネルパネルの方を見れば、ホロ画像に何らかのグラフが出力され、それが赤く点滅していく。
「これは……?」
一希が意味深なグラフを見つめ、問う。
缶詰のような図形や、救護の現場で見るような十字の図形、その他も至るものが、赤く点滅されて現されている。
「現在のアルゲイル魔法学園に備えられている、備蓄品の数です。軒並み、不足している状況です」
「どう言うこっちゃ? いくら避難民を多数受け入れているとは言え、もっとあるはずやろ。いくらなんでも少なすぎへんか?」
武の言うとおりだ。
ガクンと、崖のような急降下を見せている備蓄品のグラフは、とても不自然であった。
「避難民を受け入れた以上、このグラフはさらに下っていく事でしょう。教師はこの事実を知っており、なおかつ、魔法生には秘匿にしておきました。だからこそ、避難民の受け入れに消極的だったのです」
「どうしてこんなことになったのでしょうか?」
一希が訊けば、城谷はようやく、物資不足の理由を説明した。
「魔法学園は本来、新学期毎に備蓄品や貯蔵庫の物資の総入れ換えを行います。食料でしたら消費期限、衣料品と医療品、物資でしたら最新式や、点検に回すために」
「つまり今日が、その総入れ替えの日だったのですね」
「その通りです、星野くん。入れ替えと言っても古いものは送り返すわけにはいきませんから、基本的には魔法学園内で処理しているのですが」
「そんでなんや? 新しいものが来ないっちゅー話しか?」
武がそんなことを言うと、城谷はまたしても驚いたように、武を見る。
「素晴らしい。昨晩未明に魔法学園に到着する予定だった、無人輸送用トラックが、到着しなかったのです」
"捕食者"が出現し、夜の活動時間を失った人類にとって、物資移動の要となるのは無人操作されるドローンや車での、物資の搬送であった。それは全て、日本が世界に誇る技術力と、何よりも、人間以外には一切の興味を示さない"捕食者"の性質より、日々の暮らしを支えていた。極端な話、すぐ横を豪華な食材や金銀財宝が通っていようが、"捕食者"は襲わない。
――ところが。
「こちらの映像は、昨晩未明、高速道路上を移動する物資運搬のトラックを捉えたものです」
城谷が手元の端末を操作すれば、彼女の背後で、深夜の高速道路上の映像が流れる。
そこに映っていた映像を見た瞬間、一希と武は絶句する。
「嘘やろ……」
「"捕食者"が、無人トラックを襲撃している……?」
そう、長い橋状の道路の上で、煌々と燃える炎。そのなかで、鋼鉄のトラックを、まるで戦利品の如く持ち上げては、それでいて、年端もいかないような子供がブロック積み木で遊ぶように、道路の上に放り投げている。
「次報です、城谷様」
咲夜が自身の腕時計型のデバイスを確認し、そこからも、ホログラム画像を出力した。
城谷はそこの映像も確認して、深くうなずく。そして閉じていた目を開き、改めて、一希と武を見た。
「事態は一刻を争うようです。今夜来るはずであった補給物資を乗せたトラックも、"捕食者"によって襲撃され、大破炎上した様です」
「そんなアホな。地上路がアカンのやったら、空輸でもしたらええんとちゃうか?」
「残念ながらドローンによる空路ではそこまで大量の物資を運ぶ力も、そもそもそれすらも、"捕食者"によって撃ち落とされている状況です」
「いずれにしても、"捕食者"を倒さなくちゃ埒が明かない。でも、そもそもなぜ、人間以外には興味を一切示さなかった"捕食者"が、無人ドローンを襲っているんだ……」
一希が顎に手を染めて呟くが、思考は溜まった疲労と肉体の痛みによって、惑わされる。
代わりに答えたのは、城谷であった。
「考えられる点としては二つ。無人のはずのトラックに人が乗っていた、或いは――」
映像の中の"捕食者"は、尚もトラックを握り締め、糸も簡単に捻り潰している。
まるで人間を嘲笑うかのように、何かを、見せつけるように。
一希の灰色の世界を見せる青い瞳は、そんな黒い影を、じっと、見据えていた。
「"捕食者"にある程度の知性が芽生え、朝に出現するように、人間を本格的に滅亡させるべく、意図的かつ計画的に行動を開始した、か」
~少しだけ色づいて~
「お前ブラックコーヒー飲めるんか!?」
たけし
「大人やなー」
たけし
「なんや色づきおって」
たけし
「ああこれか」
かずき
「最初は甘いのにしようとしたけど」
かずき
「案の定色がわからなくて、ハズレくじを引いたんだ」
かずき
「でも、飲んでみると意外とイケた」
かずき
「そういう君はあんぱんと牛乳って……」
かずき
「張り込み中かい?」
かずき
「ウチの基本セットや」
たけし
「お、咲夜はなに飲んどるんや?」
たけし
「ス〇バの新発売商品だ」
さくや
「出る度欠かさずチェックしている」
さくや
「「意外とミーハーっ!」」
かすき&たけし