表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法世界の剣術士 下  作者: 相會応
色褪せた世界と、もうひとりの☓☓☓
7/22

3 ☆

「苗字は難しいから、下の名前はひらがな、って……ええっと、ひらがなも珍しい!?」

       はるか

 アルゲイル魔法学園の敷地の外の道路上で多数の"捕食者(イーター)"が出現したことは、最高学年となり、棟の最上階に教室が移動した新三学年生の面々からも確認することが出来ていた。


「あれが、"捕食者(イーター)"!?」


 今まで夜の世界にしか出現せず、そもそも"捕食者(イーター)"を直接見たことがないという魔法生が大半だ。授業で教師の口から出る言葉の中でのみの、直接見ることはなかった存在。それが今は、日常世界の一部となって、目の前に具現化している。


「まずいんじゃないか、外の人たち!」


 クラスメイトの男子が椅子から立ち上がって叫ぶ。

 一希もまた、灰色の視界でその光景を確認していた。

 安全な場所を求めてやって来ていた人々が集まっている正門の付近で、ちょうど"捕食者(イーター)"が出現してしまい、人が襲われそうになっている。奴らにとって見れば、それら行き場を失くして彷徨う存在は、格好の獲物なのだろう。


「早く逃げろよ!」


 窓を開けて、大きな声で叫ぶクラスメイト。

 しかし、強靭な身体能力と俊敏な機動力を持つ"捕食者(イーター)"相手に、生身の人間の身が逃げられる術など、彼ら魔術師ではない者にはもたらされてはいない。

 

「――助けに……行った方がいいの? 私たち、゛捕食者イーター゛と戦える魔法が、使えるから……」


 今度はクラスメイトの女子が、みんなに確認するように()く。

 

「……」


 しんと、クラス中が一斉に静まりかえるのは、誰もが答えを持ち合わせていないからだ。

 流れる重い空気を払拭しようと、生徒の一人が声をだす。


「で、でも、あんな人数の人を助けるなんて……先生の魔法障壁だって、そもそも破れないだろ……」

「それに助けたところで……俺たちだって、いっぱいいっぱいだろ……」

「し、シェルターはどうだ!?」

「゛捕食者イーター゛はもう地下にいようが関係ない……。南の第三シェルターは、まるごと穿り返されてたって……」


 いざ行動を起こそうとする者も、そんな否定的で悲観的な意見を聞き、一歩を踏み出せないでいる。


(魔剣を使えば、みんなは救える……けど……)


 一希はそっと、自身の灰色の右手を見つめる。

 そこに映って見える、魔剣を握る自身の右手と、その先にいる、今朝のサラリーマンの、脅えた様子。

 

 ――お前、☓☓☓って奴なのか!?


 今やその存在は、この魔法世界で最も忌み嫌われ、名前を出す事も許されなくなった。

 そして、もうひとりの☓☓☓である自分の事が、学園の皆に知れ渡ってしまえば、どうなるか。

 はるかをはじめ、妖精たちの心配そうな顔が、脳裏によぎり、一希は咄嗟に、行動出来ずにいた。

 いっそ、全てが夢であれば。゛捕食者イーター゛もおらず、何事もない、平和な世界が、あれば。

 そんな思いすら芽生え、額から一筋の汗を流しながら、思わず目を瞑っていた一希が、次に目を開けると。


 ――追うぞ一希!

 ――言われなくとも!


 あの日、全ての運命が重なり、灰色の世界に色が溢れた日の出来事。

 眩しい青い光へと向けて、一目散に走っていく、同い年の少年の背が、すぐ前にあった。


「あ……」


 思わず伸ばした右手。自然、彼の背に追いつこうとすればもう、一希の足は動き出していた。

 まだ、世界の何もかもを知らないままの、うぶな心のままで。

 

 ――それでも、自分の信じた道を往ってみせる。答えはきっとそこにあるはずだから。


「――自分らなんしとんのや!? 見捨てる気か!?」


 父親譲りの正義心で武がそう言うが、彼に続く者は現段階では、いない。


「見損なったで! 自分らアルゲイル魔法学園の最高学年になったんやぞ!? 俺は行くで!」


 武はそう言うと、剣道部で使っている竹刀入った袋を担ぎ、廊下へと飛び出して行ってしまった。


「あのバカ! 竹刀なんか持っていったって意味ないでしょ!?」


 理が慌てて追いかけようとしたその肩を、後ろから伸びてきた手が抑え、逆に教室の方へと引き戻した。


「きゃっ。か、一希?」

「ごめん理。僕が行くよ。理は学級委員として、教室のみんなをお願い」


 一希のものと、声に安心した半分、不安も半分、理は感じた。


「外の人を……助けに行くの?」

「うん。見捨てることは、出来ないから」

「先生は絶対許さないと、思うけど」

「目の前で人が死んでしまうかどうかが懸かっているんだ。こんな僕でも、見て見ぬふりなんて、出来ない」


 一希はそう言い残し、教室の外に出ようとする。

 そんな一希の腕を、今度は理が引き、押し留めた。

 何事かと、戸惑う一希の耳に理は口を寄せ、小声で話す。


「待って。まさか、魔剣を使うつもり?」

「……うん」


 一希の答えに、理はやや寂しそうな素振りを見せる。視線は揺れ、騒然とするクラスメイトたちへ。


「……みんなに、正体を明かすのね。きっとみんなは――」

「僕のことを、軽蔑するだろう。魔法世界の剣術士は、今や世界で最も忌み嫌われた存在だから」


 でも、と一希はそっと、自身の胸に手を添える。

 そして、引き留めようとする理の手を、優しく取り払う。


「僕は、魔法世界の剣術士だから。彼がそうであったように、僕も自分の使命と、責任を果たしたい」

 

 赤色―――灰色―の絨毯に(きら)びやかな装飾が施された魔法学園の廊下を、一希は走る。

 同じ道を、同じ速度で走っていたはずだ。それなのにいつの間にか、彼の背は遠い場所にあって、一希は必死に追いかけて、走った。

 やがて、彼は立ち止まり、一希だけが、先に行く。そのすれ違いざまに、彼の背に、一希は声を掛けた。


「―僕は諦めないよ!」


 やがて、階段に差し掛かっていた武に、一希が追い付く。


「武っ!」


 階段の手すりに手を添え、一希は階段の横壁を飛び越えて、武の隣まで飛び降りる。


「一希っ! 相変わらず運動神経抜群やな!」

「一人じゃ危険だ。それに、君がどうやって先生が施した魔法障壁を破るつもりなんだい!?」

「お前が来てくれるって信じとったんや。さすが検事の息子やで!」


 武の父親は刑事、そして一希の父親は検事と、何かと堅苦しい身分の父親を二人は持っていた。それゆえに、通じ合うところもある。


「つまりは無計画ノープランと言うわけか! 君らしいよ!」


 一希は思わず苦笑する。

 自分を信じてくれた友だちでルームメイトの武に感謝をしつつ、彼が寄せる期待にも、十二分に応えなければ。

 それに、学園に来る前までに出会った、路頭に迷う人々の姿を思い出す。


「僕は、救える命を救いたい! それに武のおかげで迷いは捨てた! やっぱり見捨てられない!」

「おっしゃ! ようわからんが行くで一希!」

「ああ!」

「――お前たち! 止まれ!」


 昇降口から外へ出ようとしていた一希と武の前に立ち塞がったのは、見知った魔法科担当の教師であった。それは自分たちのクラスの担任である、男性教師だ。


「遠藤先生っ!」

「まさか……外に出ようとしているんじゃないだろうな? 室内待機のはずだ!」

「助けに行かないと、みんな襲われてるんやで!?」


 武が立ち止まりつつ、遠藤に向けて言い返すが、彼は汗ばんだ顔で首を横に振る。


「駄目だ! お前たちだけじゃない。今正門の魔法障壁を解除してしまえば、学園内に"捕食者(イーター)"が入り、他の魔法生が危険に曝される!」

「外の人たちを見殺しにする気ですか!? 僕たちは魔法が使えるんですよ!?」


 一希がそう詰め寄る。

 見殺しにする。そんな言葉に、自身も助けられる術を持つ魔術師である遠藤は、一瞬だけたじろいだようだが。


「わ、私は魔法学園の教師だぞ? 魔法生を守るのが仕事だ! 学園の外のことは、特殊魔法治安維持組織(シィスティム)にでも任せておけばいい!」

「だったら僕は、守ることができる人を守ることが、僕の責任です! 僕は、それを果たさなければならないんです!」

「一希……?」


 その言葉と、あまりに鬼気迫る一希の迫力に、隣に立つ武も圧倒されかける。

 遠藤も、面食らったような表情をしていたが、それでも退かなかった。


「だ、駄目だ! このアルゲイル魔法学園にだって、避難民を受け入れる余裕はないんだ! 日本政府が崩壊して、学園のインフラだっていつ止まるか分からないんだぞ!? あんな数の人たちを、中に入れる事など不可能だ!」

「今まさに死んでしまうかもしれない人たちを前にして、明日や明後日の予定のことなど、考えることがありますか!?」

「せや……な!」


 一希がそう叫んだ刹那、隣の武が竹刀を握り、教師に向けてタックルをする。そのまま教師を廊下に押し倒し、両手で握った竹刀で教師の身体を上から押さえつけた。


「ぐあっ!? お前らっ!」

「はよ行け、一希! ここは抑える!」

「ありがとう、武!」


 武の行為を見て、一希はすぐに走り出した。


「ま、まて! 校則違反だっ!」


 後ろの方で、激昂する教師の言葉を、背に受けながら。


「ベイラ、ビュグヴィル。レーヴァテインを頼む!」

「え、またですかご主人様!? 本日二度目ですよ!?」


 走りながら眷属魔法で召喚したベイラが、驚いて廊下の天井下を飛んでいる。


「ご主人様の魔素(マナ)はまだ十分に回復していない……。このまま付加魔法(エンチャント)を使うのは、オススメしない……。それになにより、こんなところでレーヴァテインを出してしまえば、みんなにご主人様の事がばれてしまう……」


 ベイラと比べて低空飛行のビュグヴィルまで、主人である一希を心配する素振りを見せるが、当の一希は「平気だっ!」と言葉を返す。

 階段を降り、曲がり角を曲がる。二年前、初めてこのアルゲイル魔法学園にやって来たときは、迷宮のような造りのこの施設の構造に苦戦したものだが、三年目になれば慣れたものであった。


「君たちには聞こえていたはずだ。僕の考えは、変わらない。それでも僕を信じてついてきてくれると言うのであれば頼む。……僕に人を守るための力を貸してくれ!」

「「そんなのは、決まっています」」


 やがて昇降口から飛び出した一希は、レーヴァテインを片手に握りながら、教師の施した魔法障壁の前に向かう。

 そんな一希の様子を、クラスメイトのみならず、校舎にいる魔法生が殆ど全員、見ていた。


「あれ、B組の星野くん?」「なんか持ってないか?」「あんな数の゛捕食者イーター゛相手に一人じゃ無茶だ!」


 皆の視線を浴びる一希からは、目に見える濃度の黄色い魔素(マナ)魔法元素(エレメント)が、溢れだしていた。

 

「《グリートン》!」


 妖精から受け取ったレーヴァテインに、黄色い魔法式からなる付加魔法(エンチャント)を付与し、一希はその剣から出力した黄色い光を、教師がかけた魔法障壁に浴びせる。

 すると、半透明な魔法の膜に、徐々に穴が空いていき、魔法科担当の教師が施した頑丈な防御魔法と妨害(ジャミング)魔法の複合魔法を、一瞬で()()していた。

 そして障壁を突破したまさに目の前、そこは地獄と化していた。


「た、助けてくれーっ!」


 "捕食者(イーター)"によって引き裂かれた身体を引き摺るようにして、どうにか魔法学園に入ろうとする男。

 一希は真っ先にその男を助け出そうと駆け寄ろうとしたが、コンクリートの上に這いつくばっていたその身体が、強大な力で宙に浮かび上がり、次の瞬間には、大きな口をあんぐりと開けていた"捕食者(イーター)"の口の中に、放り込まれていった。


「く……。僕を嘲笑っているつもりか、"捕食者(イーター)"っ!」


 目の前で人間が捕食された一部始終を見ていた一希は、レーヴァテインに左手を添え、更なる付加魔法(エンチャント)を付与する。


「頼む《マゾエー》《グリーテン》。せめて生き残っている人だけでも、救いたい!」


 赤と白。更なる二つの付加魔法(エンチャント)を追加しようした一希の頬から、一筋の汗の雫がぽたりと落ちた刹那、"捕食者(イーター)"が大きな口を開けて迫り、一希がいた場所をコンクリートごと呑み込んだ。

 バリバリバキバキ。と音を立てて、まるで氷のようにコンクリートを噛み砕いた"捕食者(イーター)"の頭上で、赤い光の粒子が舞っていた。

 

「僕はここだ!」


 "捕食者(イーター)"が気づいた時にはすでに、その漆黒の太い胴体に、赤く光る刃が突き入れられていた状態だった。

 《マゾエー》の力を使用し、空中に緊急離脱した一希は、"捕食者(イーター)"の頭上から、両手に握ったレーヴァテインを振りかざしていた。人間で言う胸部か股下にかけて、赤い閃光が奔り、"捕食者(イーター)"は真っ二つに両断され、消滅した。


「こっちにもいるぞ!」


 "捕食者(イーター)"は複数体出現しており、一希は休む間もなく、次の"捕食者(イーター)"に狙いを向ける。


「ここから遠距離で狙う! 頭を抑えて、その場で伏せてくれ!」

「で、でもっ!」

「大丈夫だ! 安心してくれ!」


 一希に言われた通り、生存者たちは、道路の上に這いつくばるようにして伏せる。

 道路上に着地した一希は、付加魔法(エンチャント)能力を赤から白のものに変え、深く息を吸って、攻撃対象者である"捕食者(イーター)"に狙いを定める。

 その"捕食者(イーター)"が、大きな腕で、今まさに一希の指示に従った、倒れている男を鷲掴みにしようとしている腕と胴体を、寸断する――。

 《グリーテン》。白い光を纏ったレーヴァテインをその場で横凪ぎに振るった一希。一瞬の間を開け、人間を捕食する寸前まで来ていた"捕食者(イーター)"の右腕と胴体に、横一閃の亀裂が奔り、これまた一刀両断に、されていた。


「今だ! 学園の中まで走って逃げるんだ!」


 一希の言葉を受けた避難民たちが、我先にと一斉に逃げ惑うように、アルゲイル魔法学園の中へと雪崩れ込んでくる。


「ママーっ! ママーっ!」


 泣き叫ぶ子供を片手で抱き抱えた一希は、空中を移動して、先に安全な場所へと搬送する。


「もう大丈夫だ。中に入っていて」


 一希は子供を下ろしてやると、頭を軽く撫でてやってから、再び戦場へと向かう。

 "捕食者(イーター)"は未だ大量におり、集結しつつあった格好の人間(エサ)を諦めてはいない。


「さすがに数が多すぎる……。こうなったら!」


 覚悟を決めた一希は、本日五度目の付加魔法(エンチャント)を、レーヴァテインにかけた。

 濃い蒼色の付加魔法(エンチャント)――《ティーテン》の力だ。

 レーヴァテインには魔法の雷が纏わりつき、一希はその剣先を、"捕食者(イーター)"が集結しつつある道路方面へと向けた。

 もう生き残りは、あの黒い集団が無数に蠢く闇の中にはいないだろう……。

 そうと直感した一希は、レーヴァテインを杖のように振るい、魔剣による雷を、白い雲よりその黒の中心地に注ぎ落とした。

 蒼白い稲妻が、"捕食者(イーター)"に伝線するように襲いかかっていき、その蒼い雷を浴びた個体から、"捕食者(イーター)"は死滅していっていた。


「ハアハア……全滅、出来たのか……?」


 フルマラソンを終えた直後のように、全身から汗をだらだらと流し、一希は口で荒い呼吸を繰り返しながら、血にまみれ、瓦礫だらけとなった道路を見る。()()()()と言うべきだろう、救助が間に合わず、喰われてしまった人間の衣服の一部や荷物などがそこらに散乱しているのを見たところで、一希の視界は霞み、全身に悪寒が奔る。皮肉な事にも、モノクロの視界がこう言うときは、凄惨な光景を多少なりとも曲解させて使えさせてくれる。


「……ベイラ……状況は……?」

(全身が深刻な魔素(マナ)不足による魔素(マナ)酔い状態。これ以上の戦闘継続は困難です……)

「大丈夫だよ。もう、終わったから……」


 それは、戦闘で火照りきった自身の身体に送る気休めの言葉でもあった。


「ありがとう……お陰で助かったよ」


 学園の中に戻ってくれば、自身が救ったと言ってもいい避難民たちが、次々と感謝をしてくる。

 しかし、中には――。


「どうしてもっと早く入れてくれなかったの!? 私の、夫が……!」

「絶対にもっと助けられただろ! みんな、喰われちまった!」


 等と言った、厳しい声も浴びせられた。

 そして、なにより――。


「嘘でしょ……剣、持ってる……」「星野が、剣術士……」「あの野郎……だから学校、休んでたのか!」


 校舎の上層階。教室がある窓の中からは、魔法生たちの失望と怒りの声が、次々と降り注いでくる。この世界は、とっくのとうに、色褪せていた。

 そして肉体的なダメージも。多くの人の命を救い守った一希に待っていたのは、教職員からの叱責であった。それも、鉄拳制裁と言う名の痛みを伴って。


「――このバカ野郎がっ!」


 旧式の教室の名残がある生徒指導室にて、一希は遠藤に頬を殴られ、よろめきながらも立ったまま、教師を見つめ返す。

 一希の揺るぎなき青い瞳を見た男性教師は、より一層の怒りを滾らせ、二度目の拳を突きだした。

 その気になれば(かわ)すことも出来た。しかし一希は、一切の受け身を取ることもせず、本来魔法生を守る立場であるはずの教師から受ける暴力を、抵抗せずに受け止めていた。

 二度目の鉄拳の威力は凄まじいもので、一希は頬に青いアザを作らされた後、床の上に倒された。

 怒りが収まらない様子の遠藤は倒れた一希に近づくと、革靴の足で、腹部を強く蹴り飛ばした。

 痛みで、床の上でくの字となった一希の身体を、遠藤は容赦なく蹴りを入れる。


「貴様の! せいでっ! 他のアルゲイル魔法学園の面々が危険に晒された。室内待機であったはずだ!」

「かは……っ。仰る通り……室内待機であった命令を破ったことは……申し訳ないと、思っています……」


 ハアハア、と息を荒げ、一希は口端に血の痕をつけながら、ゆっくりと、立ち上がった。


「しかし、あの人たちは、"捕食者(イーター)"によって襲われてしまっていました……。僕は、救える命を、見捨てたくなかった……」

「黙れ! 貴様がやったことは、重大な違反行為だっ! 精々職員会議の結果の処分を楽しみに待つことだな!」


 その瞬間、一希の目の前には、遠藤の振りかざした拳が、視界いっぱいに広がっていた。

 次に一希が目を覚ました時には、じめじめとした湿気臭い、マットの上だ。

 痛みでずきりと痛む口の中に溜まっていた、赤い唾を飲み込みながら、一希はそっと、上半身を起こした。


「――よお、せっかくのイケメンが台無しやな」

「君こそ……まさか"捕食者(イーター)"じゃなくて、先生にここまでひどくやられるなんてさ……」


 一希はひりひりと痛む口で、苦笑する。

 隣には、同じように顔に青アザを作った武が座っていた。この場は見覚えがある。アルゲイル魔法学園の体育館の、体育倉庫の中だ。冷房も暖房も効いておらず、いくらまだまだ過ごしやすい春の季節とは言え、通気性は最悪で、言われずとも二人を押し込んだここが、学園なりの牢屋と言うことだろう。


「外から鍵が掛かってて、開けへんで」

「そうか……。避難してきた人たちのこと、なにかわかるかい……?」


 武が隠し持っていたと言う菓子パンを半分分けてもらい、一希はそれを口にいれようとする。

 しかし、口の中の至るところが出血しており、激痛が伴った。


「痛っ……」

「ははは。鉄分味やな」

「君が不味いパンをチョイスしたんじゃないのか? 武はバカ舌だからね」

「うっせ。返してもらうぞ、パン」


 痛みを忘れるように、暗い密室の中、二人は微笑みあう。


「さっきはるかがこっそり、この扉の前に来てな。お前が助けた連中はみんな、演習場に取り敢えずは預けられるみたいやった」

「そっか……。演習場なら、広いし、とりあえずは安全だと思う」


 一希は痛む自身の身に治癒魔法をかけようとするが、もう魔法も上手く発動できなかった。

 

「駄目だ。もう魔素(マナ)を使いすぎたみたいだ……」

「わりいな。治癒魔法は俺も専門外や」


 諦めた様子の武はそう言って、マットの上にごろんと寝転がる。

 ベイラとビュグヴィルの声も魔素(マナ)切れで聞こえてこず、一希もすっかり疲れきった身体を休ませるための、マットの上に仰向けで倒れた。


「本当に良かったんか、お前。魔剣使ってるのばれたら、みんながお前を恨むぞ」


 なにもすることもなく、青い瞳を閉じて眠ろうとしていた一希の右耳の右耳の方より、隣に寝転がる武のそんな呟きが、聞こえてきた。

 一希は薄らと目を開け、暗い天井を見つめあげる。


「……人に好かれる権利なんか、もうとうの昔に捨てたよ。いつかはばれる事だったさ」

「はるかには好かれてるクセに。めちゃめちゃ心配しとったで」

「迷惑をかけたからね。ずっと昔からいて、いつも心配されているんだ」

「いや、そう言うわけちゃうやろ……。幼馴染なんて滅多にないで。もっとアニメとか漫画とか読めよ」

「アニメも漫画も、白黒モノクロだからつまらないんだ」

「漫画は白黒やろ」

「昔のはね。生憎僕は、デジタル思考だ」


 そんな冗談を言い合えるほどの仲の人物など、そう多くは一希にはいない。

 武はそれでも、自分を友だと思ってくれている、大切な存在だ。

 冗談はここまで、と一希は微笑んでいた口を、平行なものに変える。


「……今までに僕が殺した人たちが、僕の事を見ている。未来を奪った僕が、その未来でいったい何をするのか、その往く果てに何があるのか、確かめたいんだと思う」


 光安の命令のもと、魔法犯罪者を魔剣で多く捌いてきた。中には激しい抵抗を見せ、致命傷を与えた者もおり、当然その結果は――。

 そんな、自分が摘み取ってきた命の数だけ、一希は彼ら彼女らの念を背に負っている。いつまでも消えることも忘れることもない、重圧として。

 そして――もう一人。そんな自分を変えた、同い年の少年の目が、ひときわ大きく鋭く力強く、こちらを見つめている。彼が背負ってきた思いは今、姿形を変えて、手元にあるのだ。


(あの時……君だったら、きっと同じ事をしたんだろう……? こんな色褪せた世界で、出来る事をしてさ……)


 またしても低い天に向けて、一希は答えのない呟きを心の中でする。返事は、ない。

 時には運が味方すこともあっただろう。しかし残酷な事に、運が見放すこともある。全てをそれらのせいにするわけではないが、一希にすれば、この魔法世界はどこまでも色褪せて見えてしまい、希望も、正義も、感じる事はなかった。


「そっか。まああんまり、気負いすぎんことやな」

「ありがとう、武」


 これからどうなるのだろうか、良くても退学か、また殴られたりする暴力は嫌だなと感じつつ、再び眠りにつこうとしたタイミングで、体育倉庫前に近づく足音がした。時刻はすっかり深夜であり、もう眠っている人の方が多いはずだ。


「誰や……?」


 隣にいる武も、再び目を覚ましたようだ。

 やがて足音は、二人が入れられている体育倉庫の前で立ち止まる。

 空気しか通れないようなドアの隙間から、一瞬の閃光が瞬いたかと思えば、ドアにかけられていた魔法障壁が、その謎の人物の妨害(ジャミング)魔法によって解除されたことを悟る。


「先生の魔法障壁を解除しよった……一希と同じレベルの魔術師か?」

「って言うか武。ここから勝手に出ようとしていたのかい……?」

「わ、悪いか。俺やって……おちおち退学なんてしたら、親父に蹴っ飛ばされるどころじゃすまないんでな。直談判しようとしたんや」


 一希がジト目で武を見れば、武はバツが悪そうに髪をかく。

 しかし、魔法科担当の教師が施した魔法障壁を解除できる人物など、そうそういない。

 ドアが開いた時、ドアの前に立っていたのは、アルゲイル魔法学園の白い白いブレザーとスカートを身に纏った、同級生の女子であった。


「お元気でしたか、星野一希くん、武田武くん?」

「貴女は……」

「アルゲイル魔法学園の生徒会長、3―Cの城谷光冬(しろたにみふゆ)です。こうして面と向かってお話しするのは、初めてでしたよね?」


 体育倉庫に投獄された二人の男子に向けて不適に微笑む、アルゲイル魔法学園の魔法生たちのリーダーである生徒会長、城谷であった。


挿絵(By みてみん)

~呼び名の問題~


「ベイラ、ビュグヴィル」

かずき

       「「どうしました、ご主人様?」」

        べいらとびぅぐゅびぃる

「昔から気になっていたんだけど」

かずき

「ご主人様、と呼ぶのは勘弁してくれないか?」

かずき

         「ガーン……」

         べいら

「ご主人様以外に、何といえばいいか」

びぅぐびぃる

「わからない……」

びゅぐびぃる

        「普通に呼び捨てでいいんだ」

         かずき

        「かずき、って呼んでくれたら嬉しい」

         かずき

「か、かずきっ!」

はるか

        「え、はるか!?」

         かずき

「うぅ……やっぱり、私はかずくんのままで……」

はるか

        「かずくん、も中々恥ずかしいけど」

         かずき

        「でも、昔からの呼び名だし」

         かずき

        「早々変えるのは難しいか」

         かずき

「じゃあ私たちも!?」

べいら

        「わかったよ。ご主人様のままでもいいよ」

         かずき

「いえーい!」

べいら

        「これからもよろしく、ご主人様」

         びゅぐびぃる

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ