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魔法世界の剣術士 下  作者: 相會応
エコーロケーション
22/22

期待していますよ、魔法世界の剣術士?

           みふゆ

 割れたガラスや、捲れたカーペット。折り重なるようにして倒れていく人々。まだ意識がある者はどれも、頭部から血を流し、必死に逃げ場を求めて彷徨う。

 大阪湾に浮かぶ豪華客船、なんばクルーズのエントランスホールは今や、そんな地獄絵図の様相を見せていた。

 夜のパーティー会場に乱入した、招かれざる客である、く"捕食者(イーター)"。全てやつが一体で起こした光景だ。今ややつは、這いつくばる人々の中心で、高らかに歓喜の雄叫びを挙げている。その行為が行われるだけで、魔法式は破壊され、人間は打つ手をなくし、1人、また1人と倒れていく。ショックで先に気絶出来た者は、まだ運が良いのかもしれない。


「このままじゃ、全滅する……!」


 これは果たして偶然だったのだろうか。本パーティに潜入する前に城谷しろたにから支給されていた高性能ワイヤレスイヤホンを耳に装着していた為、゛捕食者イーター゛の咆哮による影響を受けなかった一希は咄嗟に周囲に向けて叫ぶ。


「両手で耳を塞ぐんだ! 今すぐっ!」


 ゛捕食者イーター゛の咆哮に比べれば、明らかにそれは届かない叫びであった。

 生き延びた人々は、我先にエントランスホールから逃げ出そうと、出入り口を目指す。

 しかしそんな恰好な生きのよい獲物たちを、゛捕食者イーター゛が逃すはずもなかった。

 シャンデリア上を軽快な動きで移動し、出入り口の壁の上に横向きで張り付いた゛捕食者イーター゛は、逃げようとする人々に向けて咆哮をする。やつはもう、自身の咆哮が人を仕留める武器であることを、理解しているようだ。

 そうして出入口付近で新たな被害者が出る最中さなか、一希はせめてもと、自身が守る男の子の流血している耳に、自身の両手を添える。

 すると男の子も理解したように、自分の両手で右手を覆う仕草を見せ、一希は頷いてから両手を男の子から放した。

 次に一希は、改めて周囲を見渡し、状況を確認する。

 まず自分と近いところにいた咲哉さくやは、自分と同じく城谷のイヤホンのお陰で無事だ。そんな彼は、城谷のいるステージに駆け上がろうとしていたが、その行為を城谷は制する。


『わたしはマスブチを追います。咲哉と星野くんは協力して、哭く゛捕食者イーター゛を討伐してください。あれは隻腕と同じく、特殊個体です』

『しかし、城谷様が危険です!』

『私の心配はいりません。いいですね、咲哉、星野? すでに分かっていると思いますが、やつの武器はあの咆哮です。そして、パワーも普通にあります』


 ステージ上からこちらに目配せをしてくる、ドレス姿の城谷もまた、耳元にイヤホンを装着していた為、無事であったようだ。傍らにいたマスブチとやらはいつの間にか、姿を消していた。しかし城谷の足元に血の跡が続いており、咆哮を浴びて負傷した後、ステージ脇へと逃げ出したようだ。


「……」


 城谷はそんな血の行方を見つめ、微かに口角を上げていた。


「咲哉くん聞いただろう! 僕と君で、あの゛捕食者イーター゛を倒すんだ!」

『言われるまでもない!』


 対象の゛捕食者イーター゛は出入口付近に未だおり、そこから逃げ出そうとする人の逃げ場をなくしていた。むしろ外から中の惨状を窺い知ろうと、甲板にいた人たちが入ってきてしまえば、犠牲者は増す一方だ。


「≪ブレイ――」


 咲哉が風属性の攻撃魔法を発動しようとした瞬間、゛捕食者イーター゛が反応し、雄叫びを上げる。

 その音が衝撃波を伴ってこちらに飛来したタイミングで、魔法式は粉々に砕かれ、発動は失敗に終わる。


『っ! 魔法の発動すらさせないだと……!?』


 うめく咲哉目掛け、今度は゛捕食者イーター゛の方が狙いをつけたみたいで、勢いをつけて跳びはねてくる。シャンデリアをサルのように渡り、目にもとまらぬ速さで咲哉の頭上へ襲い掛かる。


「咲哉くん!?」

『っく!』

 

 一希の叫び声に合わせ、咲哉は咄嗟にバックステップを行い、頭上からの゛捕食者イーター゛の攻撃を回避する。咲哉を執念深く狙う゛捕食者イーター゛は、後退する咲哉目掛け、さらに突進を行う。

 ――今のうちだ!

 ゛捕食者イーター゛が咲哉に気を取られている一瞬のスキをつき、一希は悟られぬよう無言で眷属魔法の魔法式を一瞬で組み立て、発動する。魔法式が完成し、光が輝いたが。


「ベイラ、ビュグヴィル?」


 いつもは元気よく飛び出す二体の妖精が、一向に出てこない。


『何をしている、星野!』


 本人の意思とは関係なく囮となり、゛捕食者イーター゛の攻撃を一手に引き受けている咲哉は、一希に向けて怒鳴る。


「まさか、二人ともさっきの咆哮でやられてしまったのか!?」


 そういえばいつもは聞こえてくるはずの二人の声が、先ほどから聞こえてこなくなっている事に今更ながら気づく。

 いくら運動神経の良い咲哉であっても、魔法もなしにずっとかわし続けるのは不可能だ。

 一希は咄嗟に攻撃魔法の魔法式を展開。手慣れた動作で、一気に完成まで持っていったが。


「キシェーッ!」


 こちらを目ざとく見た゛捕食者イーター゛が、一希に向けて咆哮を浴びせる。

 思わず身構えてしまった一希の目の前で、白い魔法式は粉々に砕かれ、発動を無理やり終了させられてしまう。


「これではまるで、常に妨害ジャミング魔法を浴びせられているようなものだ……!」


 眷属魔法を使ってレーヴァテインを取り出すのは愚か、普通の魔法の発動さえままならない状況だ。即ちそれは、゛捕食者イーター゛に対抗する手段を失った、丸裸も同然の状態である。

 そうこうしているうちに、゛捕食者イーター゛は狙いを一希に定め一気に間合いを詰めてくる。

 一希も素早い反応速度と反射神経で、相手の初撃を躱しきり、しかし反撃は行えず、後退していく。

 

「魔法が使えない以上、反撃が、できない!」


 ゛捕食者イーター゛の強靭な爪による攻撃を、右へ左へ体を逸らしながらかわし続ける一希は、汗を散らしながら叫ぶ。

 一方で咲哉は、今のうちにエントランスホール内の生存者たちを、外へ避難させる動きを見せていた。


『中へ誰も入れるな! 誰一人だぞ!』

「ハアハア! な、なんて!?」

『クソっ!』


 エントランスホールにいた生存者は漏れなく鼓膜を粉砕されており、まともにやり取り出来る者はいない。よって扉が開いた瞬間、我先に甲板へと飛び出した人々が揃いもそろってみんな流血しているのだから、中の惨状を知らない人々は恐怖を感じ、悲鳴をあげた。

 

『これ以上被害を広げるわけにはいかない。内側から氷属性の汎用魔法でエントランスホールを締め切る! やつを外へ出せばこの船は負傷者まみれになる!』

「僕もその意見には賛成だ! あいつはどうにかして引き付ける!」


 迫る゛捕食者イーター゛の攻撃をどうにかかわしきりながら、まずは被害拡大を食い止めるため、囮を引き受けた一希。

 その頃合いを見計らって、咲哉が青色の魔法式を発動し、エントランスホールの扉に向ける。

 その時であった――。


「しまった!?」


 足元に転がっていた負傷者に足を取られ、一希が態勢を崩す。

 一希の懐にまで潜り込んでいた゛捕食者イーター゛が、よろめき、隙を晒した一希の腹部を貫く寸前で、その挙動を急に変え、出入り口付近の咲哉の元に向かっていったのだ。


「狙いを急に変えた!? 咲哉くん! そっちだ!」

『なんだと!?』


 ならばと組み立てていた魔法式を゛捕食者イーター゛に咄嗟に向けなおす咲哉であったが、それはたちまち咆哮によって破壊される。

 

「あともう少しで僕に攻撃が当たる直前で、狙いを変えた……?」


 ハァハァと、肩で呼吸を行う一希は、ここである仮定を立てる。

 そして再び攻撃魔法の魔法式を無言で発動するのだが、やはりそれは咆哮によって打ち消され、今度はこちらが追われる番だ。

 一希は今度は足元に注意を払いながら゛捕食者イーター゛の攻撃をかわしつつ、咲哉に声を掛ける。


「おそらくだけどこいつは、どうやら僕たちが発動する魔法式の気配に速効で気付いて、それを優先的に破壊する習性があるらしい」

『冗談も大概にしろ! そんな習性をもつ利口な゛捕食者イーター゛など、俺は聞いたことが無い!』


 一方的に攻撃をかわし続けた結果、お互いに息は切れつつあり、体力も限界に近づきつつあった。このままでは先に体力の尽きた方から順を追ってやつにほふられるだけだ。


「ああそうだ! 普通の゛捕食者イーター゛であれば動き回る人間ならばともかく、魔法を発動して遠距離でも仕留めようとする人間に急に狙いを変えたりはしない! 目の前で獲物が隙を見せた絶好のタイミングであるのならば、尚更だ!」


 しかし先ほどは、隙を見せた一希から急に狙いを咲哉へと切り替えた。まるで、引き寄せられるように、或いは吸い寄せられるように。


「だが奴は城谷さんが言っていた通り、特殊個体と呼ばれるものだ! 普通の対゛捕食者イーター゛の知識が、通用しない!」


 咲哉は一希をちらりと見てから、視線を哭く"捕食者(イーター)"の方へと戻す。


『つまり奴は魔法に反応し、攻撃対象者を変えているということか』

「ああ。問題はいかにして奴の意表を突いて魔法を発動し、致命傷を与えられるかだ!」

『まさか自分に害のあるものから先に処理をしていくとは。ただの咆哮を武器にしているだけでも厄介だというのに!』


 ちょうど゜捕食者イーター゜を挟んで向かい合う形となった一希と咲哉は、健在である互いの顔を見つめあう。

 戦う理由も、その思いもお互いに知る由もない間柄であるが、今しなければならないことは、お互いに明白に理解はできた。

 だからこそ、一希は汗ばんだ顔で頷けば、咲哉も微かに頷き返した。


「やるよ、咲哉くん。僕たちで力を合わせてアイツを倒すんだ!」

『気に食わないが、背に腹は代えられない。それが城谷様のご命令であると言うのなら、この身に変えても遂行する!』


               ※


「……っひ、っひぃ!」


 パーティー会場で起きる悲劇から目を背け、一目散に逃げ出したマスブチ。彼の行動は、しかしあながち間違えではないのだ。

 魔法が使えない人間が抗う(すべ)など、ないのだから。

 廊下を走るマスブチは、最上階を目指す。


(馬鹿共め……! "捕食者(イーター)"は大勢の人間がいるところの引き寄せられることを知らんのか!)


 マスブチはカードキーを片手に、自身専用の部屋であるVIPルームへと向かう。


「しかしどういうことだ……!? "捕食者(イーター)"は、室内には現れないのではないのか!?」


 マスブチが自身の部屋を開けて中に入ろうとした寸前のことであった。

 真下から伸びてきた手が、マスブチの腕を掴んだ。


「マスブチ様! 私も中にいれてください!」


 この会場でマスブチが先に声をかけた、赤いドレス姿の女性だ。

 当然覚えていたマスブチであったが、彼は女性の腕を払いのけた。


「ええい邪魔だ! お前など、"捕食者(イーター)"に喰われてしまえ!」

「そ、そんな……! 外はもう"捕食者(イーター)"でいっぱいです! どこにも逃げ場なんかありません!」

「知ったことかっ!」


 マスブチはそう一方的に言いつけると、部屋の中に一人で入り、ドアをロックする。

 大きなベッドにジャグジー。それらに加え、窓の外から見える綺麗な夜景など、死の予感を感じる状況においては、どれも無用の長物である。


「ハアハア……っ。これは悪い夢だ……! そうだ、眠ろう……眠れば、目が覚める!」


 会場での惨劇を思い出さぬように、頭をぶんぶんと振り払ったマスブチは、袴姿のままで、ベッドにダイブした。

 本来だったら女性と共に入る予定だったこの布団の、なんと惨めなことか。しかし、生きてさえいれば良いと、荒ぶる心臓の鼓動を落ち着かせようと、深く息を吸った直後のことであった。

 バリバリバリ、と音を立てて、大きなガラス窓が、外側から中側に向けて、破壊される。

 同時に、窓のそとから腕を伸ばしてきた別の"捕食者(イーター)"が、マスブチを捕らえようと、ビルの外壁にしがみつき、身体を震わせていた。


「馬鹿な……っ。なんで、窓を突き破って、中に……っ!?」


 膨大な風を浴びながら、マスブチがうわ言のように呟く。

 そんなマスブチを捕らえようと、"捕食者(イーター)"が腕を伸ばしてくる。


「ひっ!」


 咄嗟に動けなど出来ず、マスブチはしりもちをついて、自身の身体に"捕食者(イーター)"の腕が覆い被さっていく事を見ることしか出来なかった。

 全ての視界が黒に染まったその時、後方から瞬いた光が、"捕食者(イーター)"に襲い掛かった。

 "捕食者(イーター)"の黒い身体に、魔法の紐が絡み付いていく。縛り上げられ、やがてがんじがらめとなった"捕食者(イーター)"の身体が、静止する。背中の触手を出そうにも、そこにも魔法の紐が包帯のようにまとわとつき、身動きが出来ないようだ。

 

「た、助かった……のか!?」


 あと一寸のところであった。目と鼻の先にまで迫ってきていた"捕食者(イーター)"の指先をじっと見つめ、汗を垂らすマスブチは、乾いた声で呟く。


「い、痛……っ?」


 立ち上がろうとしたマスブチであったが、それは出来なかった。

 倒れていた自身の足にも、白い魔法の紐が絡み付き、"捕食者(イーター)"の目の前で同じように身体を固定させられてしまっていたのだ。

 一刻も早くこの場を離れたいのだが、動くことが出来ない。


「なんで、私にも紐が……っ!?」

「――あら、これは失礼、マスブチさん」


 そう言いながら、後ろから魔法式を展開しつつやって来たのは、城谷(しろたに)であった。

〜ワイヤレスか、否か〜


「アカン、充電切れや」

たけし

「ワイヤレスイヤホンはこれやから好きじゃないんよなー」

たけし

「充電が切れると音楽も聞こえへんくなる」

たけし

        「こまめに充電すればいいのでは?」

         かいる

「ついつい充電忘れるねん」

たけし

「デンバコと一緒やな」

たけし

「朝起きたら、充電忘れたわーってなるやつ」

たけし

        「前日のうちにしっかり準備していないからそうなる」

         かいる

        「だったらいっそのこと、有線に切り替えればどうだ?」

         かいる

「有線は有線で、絡まるのがなー……」

たけし

         「なら、もはやスピーカーで垂れ流せ!」

          かいる

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