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「君ならどうしていた、誠次。僕は……!」
かずき
その瞬間、その場にいた人々は何が起きたかわからなかったようだ。
瞬停が起き、会場の明かりが点滅した瞬間,姿を現した一体の゛捕食者゛。シャンデリアにしがみつき、まるで落っこちそうになりながら、その小さな体を、びくびくと震わせている。
その子供のような見た目ではとても人を喰えるとは思わず、゛捕食者゛=凶悪な怪物であると言った認識を、抱けないような姿かたちであった。
それもあってか、ドン・マスブチによって集まったパーティの参加者たちは、シャンデリアにぶら下がる゛捕食者゛を見つめたのち、一目散に逃げるといったことをする者はいなかった。
――それどころか。
「これが、人を喰う化け物゛捕食者゛?」
「こんな小さいのが? 人を喰うの?」
「初めて見た―。ちょっと可愛いかも」
そんな感想を次々と言い合い、挙句の果てには、手に持っていたデンバコで写真を撮り始める者もいる始末だ。
ぱしゃぱしゃと、フラッシュライトが周囲で巻き起こり、現状今宵の主役のマスブチよりも目立っている存在だ。
(哭く゛捕食者゛? 確かに城谷さんは、そう言った)
子供を守る形で前に立ち尽くしたまま、一希はステージ上のドレス姿の城谷を見る。
城谷もまた、マスブチの隣に立ち、シャンデリア上の゛捕食者゛を見上げていた。
先日アウトバーン上で現れた隻腕の゛捕食者゛が図体の大きい子供ならば、今回出現したあの哭く゛捕食者゛はさしずめ、本当の意味で子供のようだ。
きーきーと音を立てながら揺れるシャンデリアにしがみつくその姿は、まるで逆に下にいる人間たちを見て怯えているように見えるからだ。
だからこそ、この場の皆は一様に、突如現れたあの゛捕食者゛に対し、警戒心を緩め、あまつさえ写真撮影を行っているので。ここが現実味のないパーティ会場であると言うことも、そんなノリを手伝っているように思える。
――だが一希は知っていた。元来か弱い見た目をした生物や、小さな生き物こそ、その身に宿る毒は強いものであることを。そうすることでこの厳しい自然界、とかく人間界を、生き残って来ているということを。強いて言えば、゛捕食者゛は等しく例外なく、人間を喰らう、人類の敵であるということも。
「何をしている!? 早くあの゛捕食者゛を消せ!」
ご立腹なのはマスブチだ。こちらが言えたことではないのだが、本来あの゜捕食者゜は、我々同様に招かねざる客だ。
「失礼いたしました、マスブチ様。゛捕食者゛は私が仕留めましょう」
名乗りを上げたのはマスブチの部下と思わしき、パーティ参加者である若い男性だ。
シャンデリアにしがみついたまま震える゛捕食者゛の真下まで歩み寄っていき、まるで害虫駆除をするかのような素振りで、余裕綽々として、右手を掲げる。
「《エクス》!」
右手で魔法式を展開し、それを完成させ、詠唱を行う。正しい動作のはずだ。
その姿を見守っていた一希のもとに、城谷からイヤホンを通して声が届く。
『咲哉、一希。聞こえていますか?』
「城谷さん――?」
『聞こえていたら、耳を澄まさないでください』
今まで聞いたことのないようなそんなメッセージに一瞬だけ疑問符を浮かべたのもつかの間、エントランスホールの中心部で、動きがあった。
「――キシェーッ!」
そんな、言葉にならない悲鳴が轟いた。それは、哭く"捕食者"から発せられた咆哮。ビリビリと空気が振動し、目に見えるような衝撃波となり、この場にいる全員に、明確な殺意を伴って襲い掛かってきた。
一希は何が起きたのか確認する間もなく、とっさに背後にいた男の子の元にしゃがみ込み、守るように抱きしめていた。
一希に抱きしめられた男の子は、ぼそりと「痛い……」とつぶやく。
すぐに一希が顔を上げると、男の子の耳から、一筋の血が垂れ流れていた。
「耳から血が出ている……?」
「あ……あ……っ!」
一希に抱かれる男の子が、真正面を見て、言葉にならない声を上げている。
一希がその言葉に釣られ、振り返ってみると、そこに広がっていた光景に絶句する。
シャンデリアにしがみつく゛捕食者゛を中心に、人が折り重なるようにしてバタバタと倒れている。中心部にいる人の多くは気絶しているのか、ピクリとも動いていない。そして離れるにつれて意識はある人は多いのだが、その頭の耳と鼻からは、男の子と同じく出血しているようだ。
「うぁぁぁぁああぁぁ……」
「おひうがいうて、おひう……」
耳と鼻から出血している人は皆、言葉にならない声を上げている。今まであれ程まで立ち話で談笑をしていた人々が、一瞬で、訳も分からないうわ言を言い続けるようになってしまっていたのだ。
(どういうことだ……!?)
シャンデリア上で健在の゛捕食者゛を睨み上げた瞬間、その小さな身体を一瞬だけ震わせたと思えば、人間でいう口をあんぐりと、大きく開けて――。
「キシェーッ!」
二度目の咆哮だ。
風圧を感じ、身体をじんわりと揺らすような一迅の衝撃が駆け抜けたかと思えば、このパーティー会場にあったガラス製のグラスが、次々と粉々に碎け散っていく。
天井の照明もちかちかと点滅していた。
「あああああああーっ!?」
哭く"捕食者"の咆哮をまともに喰らってしまった人々は、両耳から血をぴゅーっと噴き出し、両膝から崩れ落ちる。
ここへ来て一希もようやく理解した。あの哭く゜捕食者゜から発せられる咆哮をまともに浴びた結果、鼓膜を破られ、そこから貫通して身体機能をやられているのだ。
恐らく、中心部のシャンデリア近くにいた人々は、即死であったのだろう。
「魔法で攻撃しろ!」
「なんて!?」
「魔法を使えーっ!」
聴力を失ったことにより、意志疎通が困難となり、現場は混乱状態となる。
それでも、奇跡的に無事であった若い男が、発動した攻撃魔法の魔法式を、シャンデリアにぶら下がる哭く"捕食者"に向けたが。
「キシェーッ!」
小型のその身から発せられる、三度目の咆哮。カーペットやテーブルクロスが巻き上がる勢いで迫ったその咆哮に魔法式が接触した瞬間、先程のグラスのように、魔法式が粉々に碎け散った。
「鳴き声で、魔法式を破壊した……?」
男が唖然となって呟いたその自身の声が、自分が生涯で聞くことになる、最後の言葉と音になったようだ。
シャンデリアから跳ぶようにして下降してきた哭く"捕食者"は、魔法式を発動した男の頭上から、彼を踏み潰すようにして着地する。
耳が聞こえなくなった為に悲鳴もなく"、捕食者"に立ち向かった男は、押し潰されて絶命した。その小さな体躯に見合わず、パワーも相当あったようだ。人間を踏み潰すのも、いとも簡単なほどに。
そして、哭く"捕食者"は、歓喜の咆哮を再びあげるのだ。
今や大阪湾を漂う豪華客船は、逃げ場のない"捕食者"の狩猟場と化していた。
〜力を合わせて〜
「おそらくこの敵も特殊個体だ!」
かずき
「隻腕と同じということか?」
さくや
「鳴き声で人を殺す」
かずき
「そんな゛捕食者゛を、見過ごすわけには行かない!」
かずき
「協力してくれ、咲哉くん!」
かずき
「しかし魔法が発動できないこんな状況で……!」
さくや
「それでもやるしかない!」
かずき
「魔法世界の剣術士などと、またしても共闘しないといけないのか……!」
さくや




