4 ☆
「やはり城谷様の作戦は、天地がひっくり返るほど秀逸で完璧で抜かりないな!」
さくや
あくる日、生徒会の作戦に参加することになった一希は作戦会議のため、アルゲイル魔法学園の地下演習場に訪れていた。
東のヴィザリウス魔法学園と同規模の設備を誇るこの場は、普段は無機質なタイル張りの部屋が広がっているのみであるが、専用のVR拡張機能を使えばたちまち、人間側に専用の装置を装着する必要なく、仮想で出力された空間へと変貌することができる優れたシステムを有している。
また、魔法戦演習にも使用されており、多少の威力の魔法であれば傷一つ付かないように、頑丈な作りにもなっていた。いわば、魔法学園における、科学の粋を結集した場所が、地下演習場であった。
今はタイル状のままのこの場に、生徒会メンバー四名と一希は立っている。
「来る4月25日、夜20時より、私たちが出席するパーティは開催されます」
城谷の口から出る言葉に、一希はほとんど呆れていた。
「夜、ですか」
ただでさえこんな状況下で行われるパーティは、先日のルームメイトたちの意見同様、まともなはずがない。それも、夜に開催するとなれば、いよいよそれはまともな思考力では受け入れられないものであった。
「まあ、今時朝も夜も関係なくなりましたけれどもね。゛捕食者゛は今や、朝昼晩関係なく出現しますから」
城谷は残念ながら、と言いつつ、演習場内に併設されたコントロールルームに合図を送る。
そこにいた岸野が頷いてパネルを操作すると、城谷と一希と咲哉の足元に光の輪が生まれ、そこが拡張していくに連れ、タイルの床がみるみるうちに、なにか別の光景へと切り替わっていく。
その茶色い、木目調の床は何かで見覚えがある。やがて世界は四角形の無機質な世界から移り変わり、まず感じたのは涼しくそよぐ風と、それによって運ばれてくる、塩の臭い。そして、カモメの鳴く声であった。
「ここは……」
先ほどまでいた四方をタイルで囲まれた世界は消え失せ、代わりに広がる光景は、果てのない海と。
「船。それも豪華客船と言ってもいい、大きな船だ」
咲哉も一希同様、広がった世界を見渡しながら言う。
一希たちは今、豪華客船と言って差し支えない、巨大な船の甲板の上に立っていた。時刻は大体夕暮れ間近だろうか。青い地平線の彼方にはちょうど、沈んでいく太陽が見え、不覚にもその光景がとても美しく見えた。
そんな中、夕焼けを背に城谷は、一希と咲哉に振り向き、淡々と言葉を続ける。
「パーティは、大阪の堺より大阪湾を渡り、神戸へと向かうなんばクルーズと呼ばれる、この巨大船の中で行われます」
「随分と贅沢なパーティ会場だね」
一希は周囲を見渡して、皮肉交じりに言う。
今もまだ、世界中で゛捕食者゛による被害を受け、身寄りをなくした者や、避難生活を続けている人もいる中で、このような贅の限りを尽くすようなことをする考えに、理解はできなかった。
「主催者はずいぶんなお金持ちとお見受けする」
「それはもう。なんせ海上では゛捕食者゛は出現しないだとかを謡い文句に、無知な人々からお金を巻き上げる団体ですからね」
「つまり相手はやはり、堅気ではないということですか」
一希の確証を持った確認に、城谷はうなずき返していた。
「相手はご想像の通り、というわけです。星野、貴方が憎んでやまない、魔法犯罪者です」
「……」
゛捕食者゛から安全を求めてやまない人に対する、違法なビジネス、というのは昔からよくあったものだ。それらは魔法が使えないお年寄り相手に、多額の詐欺でお金を巻き上げるといった古典的なものから、献金を行えばシェルターに優先で招待しますなどといった、謡い文句まで。お金を払えばあなたも魔術師になれます!などと言ったものもあり、悪人ほど知恵が回るというのはよく言ったものだ。
城谷は潮風を浴びながら、自身の銀髪に軽く手を添えて、言葉を続けた。
「そういうわけで、当日私たちの相手となるのは、汚れてしまったお金をとり扱う人々です。そんなお金を少しばかり拝借して、私たちが世のため人のために善意で使おうとも、文句はないでしょう」
ところで、と城谷は一希にこんな質問をする。
「≪インビジブル≫は使えますか?」
「? 一応使えますが」
「よかったです。もしも使えなければ当日は、使える咲哉と手を繋いで船内に入ることになりましたから」
「潜入するんですか!?」「俺がこいつと手を繋いでですか!?」
一希と咲哉、同時に驚く。
これにはあの城谷も少々顔を引き攣らせ、同時に言わないでください……と言いたげな微妙な表情を浮かべていた。
「星野が≪インビジブル≫を使えるとのことで、その心配はなくなりましたよ咲哉」
それを聞いてホッとする咲哉である。
「お金を頂戴するのに、なんで私たちがお金を支払ないといけないのですか? 無賃乗船は当たり前です」
「子供のような理屈だった……」
さも当然のことのように言う城谷に、一希は思わずツッコむ。
「これでは僕たちも魔法犯罪者と同じですが」
「残念ながら善意だけで世の中は救えませんから。それはあなたもよくわかっているはずですよ、星野?」
痛いことをいう、と一希はのどまで出かかった言葉を、どうにか噤む。善意のみでこの魔法世界を変えることも救うこともできない。その点に関しては、一希も、城谷と同意見ではあったのだ。
至極残念そうに肩を竦めて言う城谷の本心は、まだ今のところわからないのだが。初めて会ったとき、正しくない者と言われたことを、今になって思い出していた一希であった。
「≪インビジブル≫にてこのなんばクルーズに乗船後、私たちはパーティ会場に直接潜入いたします。その時にはもう≪インビジブル≫は解除して結構ですが、あくまで招かれた招待客のフリをしてくださいね?」
城谷はそこまで言うと、そうそう、と思い出したように自身の制服のポケットから小さな箱を二つ取り出し、それをそれぞれ一希と咲哉に手渡す。
「開けて中を確認してください」
言われた通り箱を開けると、中にはクッション性のあるスポンジ材の緩衝材の上に、二つの小型イヤホンが入っていた。随分と高級品のような箱に入っていたので内心では身構えていたのが、一見ただのワイヤレスイヤホンのように見える。
「当日はこちらを用い、お互いの連携を行います。耳にしっかり合うかどうか、サイズの確認をお願いいたしますね?」
言われるがまま、一希と咲哉はそれらをお互い両耳に装着し、使用感を確かめていた。装着すると周りの音が一切聞こえなくなるほどそれは、静音性のある代物で、まるで当日着る予定のスーツと同じくオーダーメイドされたもののようだった。
「結構高いので、なくさないようにお願い申し上げます」
ありがちな台詞を言う城谷であった。
「会場内に潜入した後の動きは?」
一希がイヤホンを収めた箱をポケットにしまいながら言う。
「基本的になにか起きた場合の私の護衛をしてくださるだけで充分です。それ以外はアドリブで。美味しいものを食べるもよし、気にいった異性と一晩を共にするのも構いません」
「……っ!?」
城谷が言った主に後者に、咲哉が赤面する。……相変わらずの純情。
「指示はその都度私がイヤホン越しに伝えますので、そこもご安心を」
まあ一番は、と赤面したままの咲哉をしり目に、城谷は微笑んだ。
「何事も起きなければそれでいいのですけれどね」
きっとそんなことはないのだろう、と一希は否応なしに直感していた。
~元は取るためにある~
「せっかくタダ乗りをするわけです」
みふゆ
「ここぞとばかりに、食べまくってしまいましょう」
みふゆ
「目的をはき違えている気がしますが」
かずき
「何を言うのです星野」
みふゆ
「食べ放題にせっかく来たのに」
みふゆ
「一皿分しか食べないなんて、悲しいではありませんか」
みふゆ
「払った分の元はとらないと、損ですよ損」
みふゆ
「その元を払っていない件について」
かずき
「……」
みふゆ
「……善意でお腹は膨れません」
みふゆ
「なんか都合のいい風に使いだしてないか!?」
かずき




