2 ☆
子供のころから、先生になるのが夢でした!身体もだいぶ良くなったので、夢がかないました!
ゆず
星野一希が所属するアルゲイル魔法学園の3-C担任教師が急遽いなくなり、新任の教師が配属される事が決まったクラス。城谷が言うには元特殊魔法治安維持組織の人物であると言うが、果たして。
「……」
「……」
理事長室がある中央棟からクラスがある学科棟に戻って来た一希を、他の魔法生たちが道を譲るようにして離れ、見つめてくる。
ヒソヒソ話の内容は、剣術士だーとか、またなにかする気なのかー等。
決して居心地の良い視線とは言えず、一希は心の中で呟く。
(誠次も、最初はこんな気分だったのかな……)
それでも彼は最終的に多くの魔法生に認められ、友も多くいた。……あんな事件さえなければ。
(ご主人様の通る道を人間どもが開けていますよ! ようやく周りの低能共もご主人様の偉大さに気がついたようですね!)
ベイラが頭の中で誇らしげにそんな事を言えば、
(ベイラ、それは違うと思うんだ)
ビュグヴィルが冷静にツッコむ。おっしゃるとおりである。
そうこうしているうちに、自分のクラスである3−cの教室前まで、一希は辿り着いた。
オートで作動するドアが開き、退学取り消し処分初めてのクラスルームへの入室をした。
「わ、わぁ……」
「で、でた……」
一希が姿を見せるなり、騒がしかったクラスメイトたちが一瞬だけしーんとなり、視線も一気に向けられる。
「えっと、おはよう」
こういう時の対応の仕方も、果たして前もって誠次に聞いておくべきだったのだろうか……。
一希は心底の居心地の悪さも感じながら、朝の挨拶を行う。
「お、おはよう!」
教室の奥の方から、雛菊はるかが顔を真っ赤にしながら立ち上がり、ほとんど勢いだけで挨拶を返してくる。周りの人がしんと静まり返り、はるかはいよいよ白い湯気を出すような勢いで、机に突っ伏す。
「星野……」
自分の席に向かう途中、クラスメイトの男子にそっと声を掛けられる。
「なんだい?」
「遠藤先生……お前がぶっ飛ばしたの……?」
「いや、逆なんだよな……。僕がぶっ飛ばされた方」
「じゃあなんで、遠藤先生がいなくなって、お前が……」
「えーと……不思議な力が、働いたんだと、思うよ……」
きっとその時、不思議な事が起こったのだ。
歯切れ悪く、一希があはは……と苦笑しながら言うと、クラスメイトたちはますます怯える。
周囲には一希が担任教師を逆に退任させたと、そんな噂が広まっているようだ。半分合っているようで、その実合っていない。
一希が自分の席に着席するのと同時に、チャイムが鳴る。
前情報通り、一希のクラスには新任の担任教師が配属されるので、今から初対面だ。
間もなく、教室のドアが開き、スーツを纏った若い女性が入ってくる。そのスーツ姿が様になっているのは、彼女がやはり城谷が言っていた通りの、元特殊魔法治安維持組織だからだろうか。
「初めまして、アルゲイル魔法学園3-Cの皆さん。急遽退任した前任の担任教師に代わり、当学園理事長、朝霞刃生さんの推薦を受けまして、今回赴任致しました。松風柚子です」
ゆるふわカールの茶髪に、可愛らしい顔だちをした二〇代の女性だ。しかし少なくとも、一希には関わりのない人物であった。
「宜しくお願いいたします」
ぺこりと、頭を下げる新たな担任教師に、男子生徒たちは色めき立つ。
「私と会うのは初めましての方が殆どだと思いますので、なにか質問、ありますか?」
「彼氏いますか!?」
「ぎゃははは」「サイテー」
そんな質問がいきなり飛び出てきて、男子の笑い声や女子の失笑が起こる。
松風はやんわりと微笑みながらも、答えてくれた。
「恥ずかしいですけれど、います。私は料理が得意で、よく手料理を振る舞っているんですよ」
等と、照れながら答えた松風に、今度は主に女子陣が「いいなぁ」等と言った、ため息を溢しているようだ。
「さあ、初めての皆さんが三年生になってからの初めての授業です。今はどこも混乱状態が続いていますが、私たちは落ち着いて、目の前のことに集中して、一つづつこなしていきましょう」
そう言ってニコリ、とほほ笑む新任の柚子。前任者と打って変わって優しい雰囲気の担任教師に、クラスメイト達は早くも歓迎ムード一色であった。
「まぁ、暴力振るうような前任者よりははるかにマシやろうけどな」
前の席に座る武田武がのほほんとそんなことを言っているが、彼女が元司法関係者だと知ればどんなことになるのだろうか。
「お前もそう思うやろ、一希?」
「……」
「え、な、なんやその目は……」
こっちを見て訝しむ武に、一希は慎重に言葉を選んだ。
「武。お父さんは怖いんだろう?」
「お、おう……。さすがに体罰はせんけどな……。急にどうしたんや……?」
「いや……。……普段からお父さんを尊敬しているのはすごくいいことだと思うよ」
「急にどないしたんや一希!?」
落ち着きなく言う一希に、武もおっかなびっくりしていた。
新任の柚子の紹介と一時限目が終わり、休み時間となった一希は、廊下に出て一人、電子タブレットを起動していた。
通信相手は、この世に唯一残った家族であり、姉の、星野百合であった。彼女は東のヴィザリウス魔法学園で教師として勤務しており、数日前の会話では一学年生のクラス担任となったばかりとのことであった。頻繁に連絡を取り合うとまではいかないが、今朝のヴィザリウスの国際魔法教会統治下もあり、現状がどうなっているか、確認したかったのだが。
「今朝のあれから、チャットに既読がつかないな」
セオドリクの演説放送以降、百合がこちらのメッセージを読んだ証跡が、今になってもついていないことが、気がかりであった。向こうの方が忙しいというのは、重々承知ではあるが、デンバコも確認できないほどなのだろうか。
ついに百合からの既読も反応もないまま、昼休みを迎えていた。
一希はアルゲイル魔法学園の男子寮と女子寮を繋ぐ談話室で昼食をとりつつ、同じくヴィザリウス魔法学園に血縁者がいる小野寺理に、そのことを伝えていた。
すると、理も「そっちもなんだ」と言った旨を口にする。
「理の方も、小野寺真君と連絡が取れないのか?」
「うん……。ヴィザリウスが今大変そうだから、気になってどんな感じか聞いたんだけど、既読もつかなくて」
理はグラスに入ったジュースをストローで吸いながら、心配そうな面持ちを浮かべていた。ヴィザリウス統治のニュースを知った発端は、ヴィザリウスに通う理の双子の弟(理の談)の真からの知らせだった。
試しにチャットのやり取りを見せてもらうと、確かに今朝、向こうから【ニュースを見てほしい】と言ったメッセージが飛んで以降、向こうが理から送ったメッセージに反応している記録はなかった。
「大丈夫かな、お兄ちゃん……」
理は心から心配そうにしているようだ。無意識のうちにストローを噛んでいたのか、口をつけていた箇所は平たく凹んで見える。
「君のお兄さんも共にフレースヴェルグで勇敢に戦った。強い人だ。よほどの事じゃない限り、心配しなくても大丈夫なはずだ」
昨年は共に特殊魔法治安維持組織本部で戦った雄姿を回想し、一希は言い切っていた。
理も、そんな兄をどこか誇らしげに、想っているようであった。
「そう、だよね。お兄ちゃんたちなら、きっと大丈夫だよね」
理は自分に言い聞かせるようにして、呟いていた。
「あら、ご機嫌よう」
そのまま談話室で食事をとっていると、背後から声を掛けられる。
一希と理は、同時に振り向いた。
「こんにちは」
城谷光冬だ。ここ数日で、彼女の声はいやでも耳に残る。
「……こんにちは」
理は城谷を一目見るなり、どこか不服そうに、眉根を寄せていた。
「お二人ともここでお食事中でしたか」
城谷はそんな理の様子を気にも留めることなく、自身は立ったまま話を続けるようだ。
「なにか用ですか?」
理はどこか素っ気ない態度で、城谷に尋ねる。
「ええ、まあ。星野君に用があります」
「……」
一希は気まずそうに、理と城谷を交互に見る。
一切微動だにしない城谷に対し、理はわかりやすくつんけんした様子で、席を立つ。
「お邪魔みたいね」
「お気遣いいただきありがとうございます」
城谷が軽く頭を下げるのだが、それが理にとってはやはり鼻につくようで、
「一希のこと、いいように利用してるんじゃないわよ?」
「利用だなんてまさか。世のため人のため、ご協力いただいているだけです」
「……」
最後に理は、心配そうな目で一希を見る。
一希は大丈夫だ、という意味を込めて、うなずき返してやっていた。
そうして理が去るところを、城谷は軽く手を振って見送っていく。そしてそのまま、城谷は座ったままの一希と背中合わせで会話を始めだした。
「小野寺理さん。昨夏のヴィザリウス魔法学園との交流会では、自身のご友人でもあり、あなたの幼馴染でもある雛菊はるかさんを巻き込んだ騒動の張本人となりましたが、無事に乗り越え、精神的にも成長したようでなによりです」
昨夏の事は一般魔法生に知られてはいないはずであるが、もはや彼女は一般魔法生とやらではない。知っていて当然、のような彼女の口ぶりに、一希は背筋が涼しくなるのを感じた。
「理は間違ったことをしていない。むしろ人を助けた。雨宮さんだけではなく、より多くの魔法生と一般人たちを。間違っていたのは僕の方だ」
あの雨の夜の戦いのことは、今も脳裏の深く焼き付いている。間違い続けていた自分が今度こそ、正しい道を歩み始めた運命の日だ。
「成長したのはあなたも、でしたか」
「それはどうだろうね……。あの日から変わったとは、まだ胸を張って言えるとは思えない」
「向上心があるのはいいことですよ、とても」
一希の脳裏には、そうして満足そうに微笑む城谷の顔が浮かんだ。
「なんの用だい?」
「また貴方の力が必要な事案が発生致しました。ここではなんですので、そうですね。場所、移しましょうか?」
城谷はそう言い、一希の背後から離れていく。今になって気付いたが、談話室の入口には津山咲哉が立っており、城谷の後をついていたようだ。
「……世のため人のため、か」
一希はやや間を置いてから、席を立っていた。
~どこかで会いましたか?~
「本日付でお世話になります、新任の松風です」
ゆず
「貴女は、アルゲイル魔法学園の養護教諭のミシェル先生ですね?」
ゆず
「おーう。これからよろ、しく……?」
みしぇる
「? なにか?」
ゆず
「いや、アンタ、どっかで見覚えが……」
みしぇる
「そうでしょうか?」
ゆず
「いや……きっと気のせいだとは思うんだが」
みしぇる
「やばいな。妙に嫌ーな顔を思い出しちまう……」
みしぇる
「? なにはともあれ、これからもよろしくお願いします!」
ゆず




