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魔法世界の剣術士 下  作者: 相會応
エコーロケーション
16/22

1 ☆

人間には聞こえないような超高音波によるやり取りを、エコーロケーションと言うみたいですね。主に、コウモリやイルカやクジラが使っているみたい。わたしと、ベイラも意思疎通で使うテレパシーみたいなもの?

                             ヴゅぐヴぃる

 国際魔法教会の新たな指導者として名乗ったセオドリク・スペンサーは、その宣言通りヴィザリウス魔法学園の理事長に就任し、国際魔法教会の本部を、ヴィザリウス魔法学園に直接設立した。

 薺紗愛なずなさえが失踪し、日本国会は相変わらず指導者が決まらず、与党より代理人が擁立されたが、それは形だけのもので、国際魔法教会が舵取りを担う無政府状態が続いていると言ってもいい。

 つまりは実質、セオドリクが日本のリーダーであり、新たなる世界のリーダーでもあった。つい一ヶ月前までは先進国の中でも魔法化が遅れていると言われ続けていた日本が今や、魔法世界の中心となろうとしている。その形はどうであれ、そうなることを望んでいた人々が多くいたことも事実だ。

 今はどこの国や地域、民族や思想に人種に違いなく、絶対的な力を持つリーダーが、必要だったのだ。


       ※


 その日のテレビのニュースは、新たに日本のリーダーとなったセオドリクと国際魔法教会の事が、ずっと報道されていた。一体なんの専門家なのかと聞きたくなるが、魔法世界の×××に詳しいコメンテーターとやらが出て来たときは、さすがに失笑を隠せなかったのだが。


『聞けばそのヴィザリウス魔法学園ではヒーローとか呼ばれていたらしいんですよ、例の彼は。それで調子に乗っちゃったんでしょうね~。同じ日本人としてはいい迷惑なんですけど!』

『でもめっちゃ、イケメンじゃないですかセオドリクって人!? 魔術師の未来とか言われると期待しちゃいますよね~!』

「魔術師の未来の為に、ですか。私は好きですよ。なぜならば昔の私がそうでしたから」


 今朝から繰り返しニュースで流れているセオドリクの演説の様子を映したホログラムモニタを眺め、アルゲイル魔法学園の理事長、朝霞刃生あさかばしょうは面白げに微笑む。


「……」


 机を隔てて目の前に立つ星野一希ほしのかずきは、この場所から一刻も早く立ち去りたい思いを堪え、目の前に悠々と座る朝霞の方を向く。

 なぜ、彼が再びこの座にいることが出来ているのか、聞くだけ野暮なものであった。元国際魔法教会幹部であり、元テロリストであり、元魔法執行省大臣の側近であった彼の過去の経歴を思い出せば、もはやなんとも思わなくなってしまう。


「色々と聞きたい事はあるでしょうけど、せっかく来てくれた事ですし、お茶でもいかがです、星野くん?」

「結構です」


 一希はともすれば素っ気ない態度でかぶりを振る。自分の目の前で理事長の席に座るこの男は、一学年生の前半時はたしかに憧れと尊敬を持った眼差しで見ていたはずだ。


「つれないですねぇ……」


 朝霞は心底残念そうに、肩を竦める。

 しかし、確かに確かめたいことは多くあった。


「東のヴィザリウス魔法学園の理事長、ハノ夜美里(はちのやみさと)さんは、理事長を退任したと」

「そのようですね」


 まず頭に浮かんだのは否応なしに流れているニュースの内容だ。彼女と関わりが深いであろう朝霞は、表情を変えることもなく、淡々と告げてくる。


「彼女の真意は私にもわかりかねます。ただ一つ言える事は、彼女は生粋の魔法嫌いではあったが、魔法学園の理事長としての責任はあったはずです」

「つまりこのセオドリク・スペンサーによる理事長就任は、八ノ夜さんの望んだものではないという事ですか」

「おそらくは。何よりも彼女が進んで自ら檻に入ったとは考えにくい。生徒を人質にとられているのならともかく、国際魔法教会と因縁ある彼女が国際魔法教会によって収監されたとなれば、おそらく待ち受けているのは……」


 朝霞はそこまで言って、言葉を慎む。


「あの人は天瀬誠次あませせいじの後見人でもあったはずだ。それも考えれば、まともな尋問程度で済むはずがない」


 一希がそう付け足せば、朝霞はこくりと頷く。


「死よりも辛いこと、でしょうかね」


 いずれにせよ、と朝霞はニュースの映像を閉じる。


「ハノ夜美里と薺紗愛。日本が誇る二人の魔女がいなくなった今、国際魔法教会がこの日本を支配する力を一息で増す事になった。事実としてヴィザリウス魔法学園は、国際魔法教会日本本部となりましたから」


 朝霞は何処か遠くを見る素振りをして、言う。今のところ、アルゲイル魔法学園はまだ、東の魔法学園と同じように直接国際魔法教会に統治される事態にはなっていないらしい。


「セオドリク・スペンサー。あの男については?」

「国際魔法教会の幹部だったのでしょう。私は会ったことも聞いた事もありませんが、さぞ優秀な魔術師なのでしょうね。No.2であったスカーレットが急死した影響もあるのでしょう」

「あの男が、誠次せいじに止めを刺したと……」

天瀬あませくんがそうそう簡単にやられるとは思いませんが、それが事実なのでしょう。それほどまでの実力と地位と名声があるのか、それとも゛魔法世界の剣術士を討ち取った゛と言う称号が、彼をあの座に登り詰めさせたのか、どちらかか、或いは両方か」


 本来、失踪した総理大臣に代わり、日本を統治するはずであったスカーレットが飛行機乗ったまま丸ごと゛捕食者イーター゛によって捕食されるショッキングな映像は、今もネットを中心に記録的な映像として残されている。日本政府関係者も、大勢死んだ。


「昼に゛捕食者イーター゛が出現した事と、隻腕の゛捕食者イーター゛を始めとした特殊個体と奴らの知性。それらについては?」

「残念ながら私にもわかりかねます。しかし、知恵をつけているのは確かでしょうね」


 朝霞は手元で知恵の輪でも解いているかのようなジェスチャーをしてみせる。しかし解けないようだったのか、次には両手を軽くあげて、首を捻る。


「こうも質問攻めに合いますと、さすがの私も甘いものが食べたくなってしまいますよ」

「生憎、僕は甘いものが苦手なので、その気持ちはわかりません」

「甘いマスクだと言うのに、なんと勿体ない……」

「それは関係ないでしょう」

「自分が甘いマスクだと言うのは認めるようですね?」

「……」


 ……やはり、調子が狂いそうだ。きっと誠次も、この男の前では何度も同じ思いをしたのだろうと、詮無き事を思う。

 いつもこう言う時は、彼ならばどう考え、どうしたのだろうかと、思ってしまうのだ。彼ならばこの事態にすぐに行動を起こしたはずだ。そんな頼りになる存在は、もうこの世にはいない。まるで自身の世界から色が消え失せたときのように、自身の半身がなくなってしまったかのようだ。とても今は支えきれない重圧を、一人ですべてを支えようとしている気分である。


(わからないことだらけだ、誠次……。君なら、どうしていたんだ……?)


 一希はそしてふぅと息をつき、すぐ横に整列して並べられていたソファに深く、腰掛けた。


「天瀬誠次くん、でしょうか」


 朝霞には見透かされていたようだ。

 ソファに座って天を見上げるこちらを見て、そう言ってきている。それが何処か悔しくて、一希の語気は珍しく、荒くなった。


「彼が守ってきたことが無駄だったなんて、そんなことはない……あっちゃいけないんだ……」

「では、あのセオドリクと言う男を討って、貴方が仇をとるつもりでしょうか?」


 朝霞の問うような言葉に一瞬、全身が強張り、膝の上に置いた握りこぶしに力が籠もったが、すぐにその力は霧散していった。


「仮に本当にセオドリクが仇であったとしても……誠次は、そんな事は望まないはずだ。そんなことをすれば、世界はますます混乱する。僕に……そんなことは出来ない」


 しかしその結果として、今の自分がいて、戦い続ける事が出来ている。彼がいなければ、今頃、自分は――。

 そうして、悔しげにその場で拳を握り締める一希の姿を、朝霞は細い目でじっと見つめる。


「星野一希。確かにあなたは同年代に比べれば、一つ頭が抜けている。しかしだからと言って、出すぎた真似はしないように。彼のような末路を辿りたくなければ、ね」


 朝霞がそんな事を言ってくるが、大して胸には響かない。しかし、少しの間を置いた次の一言が、一希の昂る心を落ち着かせた。


「……希望を信じ続け、それでも残された者の末路もまた、悲惨なものでした。あなたもまた、希望を信じていたのでしょう?」

「……っ」


 一希の表情は引き攣っていた。


「しかし結果的に、地獄は訪れた。所詮人一人の力などたかが知れていたのです。彼は、それが分からなかった。いや、もしかしたら何処かで気づいてはいたが、それでも彼はやらなければならなかった」


 椅子の背もたれに深く背を預け、朝霞は横顔を見せて、ため息混じりに呟く。

 そんな朝霞の何処か他人事のような姿に怒りを覚えるものだが、同時に、彼もまた()()()()()であるのだと、思わされた。

 一筋の希望を見たが為に、それを見失ってしまった瞬間の絶望とは、計り知れないものだ。

 ――それほどまでに、彼が見せてくれた人類の希望とは、あまりに眩しくて、直視など出来ないものであったのだ。


「謝るべき点があるとすれば、国際魔法教会本部に向かう彼を止める事が出来なかった事でしょうかね」

「きっと誠次は、貴男の言葉なんかで止まるような人じゃないですよ」


 天を見つめたままの一希の言葉にも朝霞はしばし目を大きくした後、「これは私も一本取られましたね」と笑みを零した。

 しかし次には、その笑顔も消え、いささか神妙な面持ちとなった朝霞が尋ねてくる。


「しかし現状、今まさにその支配を強めている国際魔法教会ですが、時に星野くん。貴男は、彼らとどう向き合うつもりですか?」


 逡巡した一希はそっと立ち上がり、真っ直ぐな瞳と面持ちで、答える。


「彼らが人類の為に正しい活動をするのであれば、争う気はありません。しかしもしも、納得出来はしない事があればそのときは――魔法世界の剣術士として、僕は正しい事をするつもりです」

「わお、その意気です」


 朝霞は心底嬉しそうに、まるで拍手でもするかのように、にこりと笑顔を見せているのだった。

 そろそろ、授業の時間だ。新しい担任も、今日から来る。


「またなにかありましたらいつでもお待ちしておりますよ。やはり私は、椅子に座っているままは退屈してしまうので」

「ああ、あともう一件」


 理事長を後にしようとする一希であったが、思い出した事がある。


「はい?」

城谷光冬(しろたにみふゆ)さんについてです」


 二学年生の時までは、自分が学園を長期停学していた事もあり、名前だけは知っているような、まるで雲の上にいるような存在の人。

 それがここ数日で、深く関わりを持つ関係になっている、謎の女性だ。優れた知性と行動力を持ち、確かに多くの魔法生から選ばれた生徒会長であると言われれば、納得はいく要素は多くある。


「彼女は一体、何者なのでしょうか?」


 一希は朝霞に問う。腐っても今、アルゲイル魔法学園の理事長と言う役職に就いている以上は、彼もなにかを知っているのだろうと、確証じみたものを抱きながら。

 しかし朝霞は、肩を竦める。


「そんなに彼女の事が気になるのならば、直接尋ねればいいではありませんか。もしかして、初恋の娘に声をかけることが出来ないと……?」

「違います。それに気になるも気にならないも、僕の退学を取り消しにした張本人です。いくら生徒会長であると言われても、その権限はいささか大きすぎるようにも感じます」

「おまけに、その権力は一部の教師をすでに抜いている。一体何者なのでしょうね、彼女は?」


 朝霞は面白気に言いながら、よく分からないお菓子を頬張っていた。

 そして次にはどこかわざと臭く、そうだ、と思い出したように、軽く手をたたく。


「思い切ってデートに誘ってみてはどうでしょう? 距離、縮まると思いますよ?」

「なんでそうなるんですか。距離を縮めたいわけではありませんので」


 一希はやれやれと言う。


「案外、このような生き方も悪くはありませんよ? はりつめすぎているよりかは、幾らか肩の力を抜くと、人生を楽しめます。たまには羽目を外すのも良いことですよ」

「現状今のこの世界で、羽目を外すなんてことができるようには思えませんけどね」


 一希はそう言いきり、理事長室を後にした。


挿絵(By みてみん)

~退屈のサイン~


「それにしても暇ですね、ここにずっといるというのも」

ばしょう

「いっそのこと学園にテロリストなんて攻めて来てくれないでしょうか?」

ばしょう

「そしてそれを颯爽と打ち倒す、ヒーロー」

ばしょう

「女子からはきゃーだいてすてきーの歓声」

ばしょう

        「やりたいんですか、その役?」

        かずき

「まさか」

ばしょう

「どちらかと言えばわたしは」

ばしょう

「裏で糸を引く黒幕の方がいいですね」

ばしょう

        「やっぱりそこでじっとしていてください」

         かずき

「ふふふ」

ばしょう

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