6 ☆
おかえり、かずくん!
はるか
ゴール未だ遠く、見ることは出来ない。それがどんなところで、一体何があって、どんな色なのかも分からない。
果たして自分が行き着く先とは一体どんなところなのだろう? その時世界は一体どうなっているのだろう?
今はそれを、確かめてみたかった。
※
アルゲイル魔法学園の生徒会メンバー及び、星野一希と武田武による隻腕の゛捕食者゛討伐から、一夜が明けた。
連日続いていた朝霧は晴れ、今は眩しい朝日が登っている。
「そんでやで!? 俺がうまーく時間を稼いだおかげさまで、そのトラックは無事にこの学園に辿り着いたっちゅーわけや!」
アルゲイル魔法学園の中庭では、絆創膏だらけの゙顔をどこか誇らしげにし、武田武が身振り手振りを交えて、友人たちに自慢をするように話している。
ベンチに腰掛ける彼の周りには、多くの友人たちが、明るい話題を求めて集まっているようだ。
「ホントかよー!?」
「ホンマやホンマ! 一希がよう知ってるんやでって!」
「そう言ってるけど、どうなんだ一希?」
ちょうどその時、中庭を歩いていた一希は、苦笑交じりに答える。
「ホンマ、かな」
「あー!? なんや一希! そのどっちつかずな感じ! うちのオトンがいっちゃん嫌いなやつやでそれ!」
指をズビズビと指してきながら、武が怒鳴りつけてくる。
城谷光冬の約束通り、本日から一希と武は退学処分を解除され、また再び自由にアルゲイル魔法学園の中を、魔法生として出歩けるようになっていた。
「生憎僕は君のお父さんの息子じゃない。でも、息子さんはよく頑張ってましたって言う事はできそうだ」
「なんやそれ! めちゃ恥ずいやんけ!」
武が赤面しながらツッコめば、周りのアルゲイル同級生たちはどっと笑いだす。
一希は肩を竦めて、彼らの前を通っていた。
校舎の中には、未だ多くの避難民が溢れている様子があった
。しかし、隻腕の゛捕食者゛討伐のおかげで物資が正常に通ることになった今、初日の様な悲壮さは薄まっているようにも見える。
何より、こういう時だからこそ、共に手を取り合い、助け合いながら生きていかなければ。人はずっと、そうやって時代を生き抜いてきたはずなのだ。
「確認しました。それでは、こちらのグループには指定の量の医薬品を配給いたします」
「なにか他に困ったことがありましたら、いつでも言ってくださいね!」
廊下にて、黒羽凛と岸野大和が、避難民のグループの゙代表者とやり取りをしている。
「申し訳ない。俺達も君たちのように魔法が使えたらな……」
避難民たちの中でもこうして纏める者がおり、ようやく秩序は整い始めている最中だ。
「いえ、ないものをねだっても仕方がありません。お互い出来ることをしていきましょう」
「あっ、星野先輩!」
大和がこちらに気が付き、黒羽も軽く見てくる。
「二人共お疲れ様。なにか手伝える事はあるかい?」
一希が問いかけるが、黒羽はすぐに視線を逸らす。
「足手まとい……」
「と、特にはないそうでーす!」
大和が慌てて身振り手振りを交えて伝えてきて、一希は思わず苦笑し、その場を後にする。
階段を登っている最中、今度は職員室から出てきた様子の城谷光冬と、常に彼女の傍らに控えるようにして立つ津山咲哉と遭遇した。
必然的に、こちらが彼女たちを見上げるような出で立ちだ。
「あら、星野くん」
こちらを見下ろし、城谷は立ち止まり、にこりと微笑む。そのすべてを見透かすかのような瞳は変わらないまま、口角だけを上げて。
「……」
控えるようにして立つ咲哉は、無言のままじっと一希を見据える。
「また、寝ないで夜を明かしたようですね」
「ええ。昨晩の興奮は未だに、私の胸の鼓動を昂らせているようです」
城谷は胸に手を添え、満足そうに笑みを浮かべる。
「あ、朗報ですよ星野くん。先程貴男のクラスの担任の遠藤先生が、消息を絶ったとか」
「は!?」
「自室ももぬけの殻だったとか。まあ貴男とはソリが合わないようでしたので、いいのではないでしょうか? 貴男も晴れて復学したのですから」
後から知ることになったのだが、城谷の言葉通り、本当に担任の教師であった遠藤は、アルゲイル魔法学園からいなくなったらしい。
これが彼が自主的に決めたものか、学園の方針か、或いは彼女の力によるものか、今となっては分からないのだが。
「では、僕たちのクラスの担任教師は?」
「新任の教師が配属されるようです。なんでも、元、特殊魔法治安維持組織の人だとか」
「特殊魔法治安維持組織……」
今となってはどこか懐かしくも感じてしまうような組織の名前を聞き、一希は表情をやや強張らせる。
そんな一希の心情を知ってか知らずか、城谷は相変わらず不敵な笑みを浮かべたまま、ゆっくりと階段を降り始める。
「改めて昨日はご苦労さまでした、星野くん。復学は果たしましたが、貴男はまだやるべき事が沢山あるはずです。近い内にまた呼びますので、そのときはよろしく頼みますね?」
「断ることは――」
「できないと考えて貰えればと思います」
自分の真横を通り過ぎる城谷は、そう返す。
一希はため息をしたくなる身を抑え、ふぅと息をつき、前を見据えた。
「それがこの学園のみんなを、人々を守る為になることに繋がるのでしたら、僕はやります」
今も゙階段下では、自身が助けた命たちが、学園に届いた補給物資を授かり、喜びに満ちて希望を抱いた声を出しているのが聞こえてくる。それは少々大袈裟に聞こえたかもしれないが、きっと間違った事ではないのだろうと、思う。
「素晴らしい考えです。一体、どこの誰に似たのでしょうかね」
階段を降りゆく城谷の姿は、そして見えなくなっていた。おそらく地下室にある生徒会室に、向かって行ったのだろう。
「……本当、誰に似たんだろうね」
朝日が眩しく差し込む窓ガラスに反射した自身の姿を見つめて、問いかけてみる。
「――かずくんはずっと、昔から優しいままだよ?」
そんな声が横から聞こえてきて、一希ははっとなって、そちらを見る。
「おかえりなさい、かずくん!」
「ただいま、はるか」
自分の事をそのような名で呼ぶのは、幼馴染の雛菊はるかしかいない。
たった1日会えていないだけだと言うのに、なんだか凄く久しぶりに会えたような気がした。それほどまでに、色々な事が重なった1日だったのだろう。
「昔の優しいままだったら、僕は君を傷つける事は最初からしていないよ……」
そう言って、灰色の世界を映す瞳の視線を落としかけた一希は、ずいと近寄ってきたはるかに目を丸くする。
彼女の顔立ちは幼い頃の色が見えた時の記憶のまま、流石に成長はしているが、それでもこちらを見る瞳は変わっていないように見える。
「は、はるか……?」
「変わってないよ! 私にとってのかずくんは昔からずっと、優しいまま」
「恥ずかしいな。さっきの声が、聞こえていたんだね」
一希は恥ずかしく、苦笑いを浮かべる。
「ずっと僕は、彼のようにならなければと考えていた」
「天瀬くんみたいに……?」
「そう」
一希は頷く。
「彼のように自分の身を厭わずに、全ての人を守っていく。……それはきっと、素晴らしい考えなのだと思う」
でも、と一希は首を左右に振る。
「僕は僕だ。彼とは違う。僕は僕の、自分の道を往く。もう一人の魔法世界の剣術士として。例え行く道は違っていても、辿り着くゴールは同じだって、思うから」
「天瀬くんとは、違う道……」
「はるかや友だちみんなの、魔術師の平和な未来を、生きて見届けるんだ」
生きて生きて生き抜いて、いつか――。
はるかや友がいる世界を、魔法世界の剣術士として生きて見届ける。激動の1日を終えた今、つかの間の平和と、こうしてはるかに再会出来た事で、改めて実感出来ることだ。
それを聞いたはるかは、少しだけ嬉しそうに、笑顔を見せていた。
「うん。きっと、かずくんだったら出来るよ!」
「また君には心配をかけたり、迷惑をかけるかもしれないけど、頼むよ、はるか」
「ま、任せて! 私だってお母さんみたいに、どっしりと構えないとだから!」
やや恥ずかしそうに、大きめな自身の胸元をぽんと叩くはるかを見て、一希は早速不安を感じてしまう。
「はるかがどっしりと構えているのは、いまいち想像がつかないな……」
「ちょ、ちょっとー?」
はるかがつっこんでくるのを、一希はくすぐったいような気持ちで、受けとめていた。
未だ視界はモノクロで、色褪せた世界のままだ。それでも足元は明るく、進むべき道はわかる。何よりも今は、はるかや自分が守るべきものたちが、自分の世界に色と、進むべき道を指し示してくれているみたいだ。
(あとはもう、迷わないようにしないとね……)
「一希! はるか!」
ふと、静寂を切る声がし、一希とはるかは同時に横を向く。
息を切らした様子で、小野寺理が、こちらに駆け寄ってきていた。その表情は、何処か切羽詰まっている。
「理?」「理ちゃん?」
「お兄ちゃんから連絡があったんだけど――!」
息を切らし、二人の目の前で呼吸を整える理。
何事かと、一希は落ち着いて、と声をかけた。
理は持っていた電子タブレットのホログラム画面を、拡大する。
「そんな……っ」
そこに表示されていた生中継のニュースを見て、一希は息を呑んだ。
※
全国に向けて生中継されているニュース。
その内容は、東日本にあるヴィザリウス魔法学園から発信されているものであった。
『親愛なる日本国民の皆さん、ご機嫌よう。偉大なる王にして私たち魔術師の父、ヴァレエフ・アレクサンドルが亡くなり、数週が経とうとしています』
国際魔法教会の制服に身を包んだ赤い髪をした、青年がじっと、こちら側を見据えて語りかけている。
『残念ながらヴァレエフは、この私がいる、このヴィザリウス魔法学園出身の一人の魔法生の凶刃により、倒れました。その元魔法生の名は、天瀬誠次。彼は他にも、この国の首相であった薺紗愛も殺害した疑いがある』
道行く人は皆足を止め、この映像を食い入るように見つめている。
それもそのはずだろう。世界のトップと国のトップが同時に亡くなり、事実上の無政府状態が続いた中での初めての、国際魔法教会からの公の場からの発信なのだから。
『紹介が遅れました。私の名前はセオドリク・スペンサー。私は天瀬誠次によるヴァレエフ・アレクサンドル殺害の現場におり、そして実際にこの手で、天瀬誠次を、魔法世界の剣術士を処刑した』
セオドリクと名乗った国際魔法教会の青年はそして、ヴィザリウス魔法学園の理事長室と思わしき、今は空席となっている椅子に手を添え、こう告げる。
『いくら退学したとは言え、魔法世界の剣術士のようなこの魔法世界に混乱と破壊を生み出した存在の責任は少なからず、この魔法学園と理事長にもあった。よって私は現時刻を以て、このヴィザリウス魔法学園の理事長であった八ノ夜美里を更迭し、収監。後任の理事長には私がなり、且つ、この場に国際魔法教会日本本部の設立を宣言する』
セオドリクはそして、迷いも曇りも一切を感じさせない力強い表情のまま、終始した。
『私には、魔術師たちの生きる未来を、作り上げる義務がある』
~真意は黒い羽の中に~
「本当に良かったのですか?」
りん
「なにがです、凛?」
「星野一希」
りん
「剣術士なんか、この学園には不要です」
りん
「むしろ禍を呼びます」
りん
「貴女も見たでしょう」
みふゆ
「彼の力を」
みふゆ
「戦力としては心強いです」
みふゆ
「それでも剣術士は……!」
りん
「世界を滅茶苦茶にした」
みふゆ
「確かにその通りです」
みふゆ
「ですが、この世界は元から滅茶苦茶でした」
みふゆ
「マイナスにマイナスをかければプラスになる」
みふゆ
「そう思いません?」
みふゆ
「どちらにせよ、わたしは反対です」
りん
「剣術士は、いらない」
りん
「やれやれ困りましたね」
みふゆ




