5 ☆
次こそはこの私が……!
さくや
ビルを破壊し、岸野を救った一希は、時間停止の《モルガン》、空中移動の《マゾエー》の付加魔法を用い、アウトバーンを逆走していた。
無人トラックは依然としてアウトバーン上を走行中であり、一希の進行方向上から、無数のトラックがやってくる。
「最短ルートで向かう。モルガン、僕に魔法を貸せ――」
青い光を纏う魔剣レーヴァテインを手に、一希は冷静に付加魔法を用い、周囲の時間を止める。
青の世界が広がり、まるでトラックが全て停止し、道を開けているようだ。
「城谷生徒会長と咲哉くんが乗るトラックは――いた!」
風の音に混じり、魔法が発動する音。そして、誰かの叫び声や、"捕食者"の咆哮も、聞こえてくる。
走る一台のトラックが、巨大な黒い影に猛追されながら、一希の視界の先に見えてきた。
「《マゾエー》!」
一希はすぐに赤の付加魔法に切り替え、空中に飛んだ。
「ここからでは、トラックもろとも斬ってしまう……!」
トラックに乗った物資を無傷で送り届けるために、一希は上空からトラックを追いかける。
トラックでは、荷台の上に咲哉がおり、追いかけてきてくる"捕食者"の執拗な攻撃を、魔法で捌いている最中であった。
荷台の中から、顔を出した城谷が、防御魔法の火花が散る中で、夜空に顔を向ける。その行為を、防御魔法を発動している咲哉が制する。彼はまだ、こちらには気がついていないようだ。
「城谷様、危険です!」
「あらあら、綺麗なお星さまだこと」
咲哉の制止を無視し、城谷が呟く。
紫色の瞳が、光を求めるように夜空を見渡していた。
隻腕の"捕食者"の波状攻撃が続く中、夜空に瞬いていた赤い星が、突如青い流星となって、落ちてくる。
その様子を、城谷は捉えていた。
「……ようやく、来ましたか」
「来た……? 一体何が――!」
咲哉が思わず振り向いた直後、青い流星はトラックを追う隻腕の"捕食者"の後方から、よりいっそうの輝きを放った。
「――うおおおおおっ!」
そんな叫び声と共に、隻腕の"捕食者"の胴体に、横一閃の斬り込みが奔り、黒い影に青い閃光が生じる。
魔剣レーヴァテインを握った星野一希が、上空より舞い降り、隻腕の"捕食者"の胴を一刀の元、両断したのだ。
「なん……だと!?」
あっと驚く咲哉。
斬られ、悲鳴を上げる隻腕の"捕食者"からすぐに離脱した一希は、赤の付加魔法を発動。
目にも止まらぬ速度で走行する車と車の間を掻い潜り、その場から高速で離脱しつつ、トラックと並走する。
致命傷になり得る攻撃に怒り狂った様子の"捕食者"は、空を自由自在に舞う一希へ向けて、背中の触手を一斉に飛ばしてくる。
「星野! トラックと道路をやらせるな!」
咲哉が叫んでくる。
「わかっている!」
一希はそう応答してから、紋章のような足場を利用し、再び"捕食者"の元へ接近する。
空中で青の付加魔法能力に切り替え、足場を離れた僅かな瞬間――それは他の者から見える一希であるが、その一瞬のうちに一希は、隻腕の"捕食者"背中から伸びる触手を全て、切り裂いた。
ならばと"捕食者"は、残された一つの腕を振るい、空を舞う一希を、まるで人間が羽虫を落とすかの勢いで、はたき落とそうとする。
拳が自身の身に降りかかる寸前で、一希は赤の付加魔法能力を使用。空中で急激に進行方向を変え、夜空へ向けて飛翔した。
「今です咲哉。剣術士の援護を」
「私が剣術士の援護を……。……《エクス》!」
下を見ると、攻勢に回った咲哉が、トラックの荷台の上より、攻撃魔法を連射。白い光弾が、次々と"捕食者"に直撃し、小規模な爆発を引き起こす。
「次で決める……!」
空中からそう呟いた一希は、レーヴァテインを両手で握り締め、青い光を纏って急降下する。
周囲のビルが一斉に青く染まり、灰色でしかなかった自分の視界にも、青色と言う色彩が宿り、周囲を青一色に染め上げた。
そんな中で、こちらを忌々しげに見上げる様子の"捕食者"が、片腕だけを、天に向けていた。
「思い知れ隻腕の゛捕食者゛!」
一希はこちらを掴みとろうとする腕を冷静に躱し、反撃にレーヴァテインの刃を腕に突き入れる。
果物の皮を剥ぐように、レーヴァテインの刃が"捕食者"の黒い身体を斬りながら、落ちていく。
両腕の振動を感じるのもそこそこに、一希は"捕食者"の胴体を、今度は縦方向に切り結んだ。
十字の傷をつけられた隻腕の"捕食者"であったが、その生命力と執念は凄まじく、傷から黒い血飛沫を出しながらも、未だにトラックを追いかけようと暴れまくる。
だが、身体はその構造を保てなくなり、やがて高速道路上で膝をつき、転がるように倒れる。
「隻腕の"捕食者"。そこまでして、遊び道具が欲しかったのでしょうか?」
"捕食者"が倒れる一部始終を見届けていた城谷が、そう呟く。
「人類に仇なす異形の怪物に、情けはいりません。咲哉、とどめを」
「はっ」
トラックの荷台に降り立った一希を尻目に、咲哉は破壊魔法の魔法式を転回。その照準を、高速道路上で暴れまくる隻腕の"捕食者"に向けた。
暴力的なほど眩しい白い魔法式の光が周囲を包む中、ふと一希は、隣に立つ城谷の表情を窺った。
「……」
「……っ」
目映い白の光に染められる彼女の顔は、咲哉の魔法によって絶命される"捕食者"の事を、ひどく睨んでいるようであった。そんな彼女の胸のうちにあると思われる真意を、一希はまだ、深くは知ることはなかった。
「終わりましたね。皆さん、ご苦労さまです」
終わった……それを聞いてほっと一息ついた一希は、しかし友人の安否を心配していた。
「武は無事ですか?」
それに対する返答は、黒羽からのものであった。
『無事です。治癒魔法ですでに治療は終えています』
『一希っ!? お前も無事か!? よかったでホンマ!』
『暑苦しいですね……』
デバイスの向こうから、いたって元気な友の声が聞こえてきて、一希は思わず笑みを溢した。
「これくらいでいちいちぬか喜びをされても困るがな」
平穏となったトラックの上で夜風を浴びながら、咲哉は冷静に言う。
「まあ、いいではありませんか。これは人類が"捕食者"に抗う、反撃の狼煙の一歩目となることを、期待しましょう」
城谷のそんな言葉が、今は、本当にそうなることを願うばかりだ。
風を浴び、横髪に指を這わす彼女の横顔を見つめて、一希はそう感じていた。
〜すれ違う二人〜
「作戦は成功だね」
かずき
「みんなが無事で良かった」
かずき
「ふん」
さくや
「いい気になるなよ、星野」
さくや
「いい気にはなっていないよ」
かずき
「ただ、みんなが無事でよかったって」
かずき
「今はそう思っている」
かずき
「貴様がどうしようが」
さくや
「最後まで私が城谷様をお守りする」
さくや
「僕は別に君のポジションを奪うとか」
かずき
「そんな事は思っていないんだけどな……」
かずき




