4 ☆
「俺もいつかあの人のように、みんなを助けたい!」
やまと
城谷と咲哉の乗る、物資輸送用のトラックにしがみつく姿で、隻腕の゛捕食者゛は出現した。
(まるで生まれたての子どものようだな……)
高速で走行中のトラックのコンテナから顔を出してその姿を改めて見た咲哉は、そう胸の内で呟く。
隻腕の゛捕食者゛と呼称されたその片腕なき゛捕食者゛は、人で言う両足でトラックの両脇にがっちりと捕まり、片腕で周囲のトラックのコンテナの中を弄っては、嬉々とした咆哮をあげている。その姿はまさに、人間の子供が積み木を積んで遊んでいるかのようだ。
そんな遊びのような感覚であるが、かたや人類の生存の種をいとも容易く弄ぶような行為に、咲哉は恐れにも似た感覚を抱いてしまう。
「まだ私たちには気がついていないようですね」
そんな恐怖心すら、自身の背後に控える彼女の声により、霧と消え失せるのだが。彼女――城谷のために感情を殺し果てた咲哉は、静かに身構える。
「仕掛けますか?」
先制攻撃を仕掛け、向こうの反撃を喰らうまでもなく仕留める。今の咲哉には、それが出来る自信があった。
しかし城谷は、首を横にふる。
「いいえ。しかしこれで、一つはっきり致しましたね?」
「?」
「あの゛捕食者゛は人間である私たちを認識するより前に出現し、トラックを漁っている」
城谷の言葉通り、あの隻腕の゛捕食者゛は、本来の捕食対象であり、奴らの行動の源――即ち、人を喰らうことを目的としてはいない。無人のトラックにしがみつき、コンテナの中を手当たり次第に漁っているのだ。
「仰る通り、本来の゛捕食者゛ならば、我々人間の目の前に何処からともなく現れ、奇襲をしてくる筈……」
「ええ過去の記録と重ねても、あのように所謂野生の状態として゛捕食者゛が出現し、人間以外のものに反応を示す事例はありませんでした」
城谷の口元は、何処か満足そうに両端が上がっている。彼女はおそらく、そのことを確認するために、至近距離での観察を選択したのだろう。
「やはり奴らには知性が……?」
「それともう一つの可能性が」
咲哉が思わず城谷の方を見ると、彼女は不敵に、微笑んでいた。
「彼らにとって絶対的な、そうですね……神、と呼ばれる存在が、彼らに指示を出しているのか」
「゛捕食者゛の神……?」
「あくまで私の勘、なんですけれどもね」
城谷はくすりと微笑んで、遥か天を見つめてみる。
「でも不思議と、私の勘はよく当たってしまうんです。良いことも、悪いことも。そうなのでしょう――?」
「……っ、こちらに気づいたようです!」
城谷の何処かへ向けてような言葉に答えたかのように、突如隻腕の゛捕食者゛がこちらに気がついたように、けたたましい咆哮をあげる。
「城谷様、お下がりください!」
「反撃は不要です、咲哉。防御魔法でトラック全体とアウトバーンの防御を」
「は」
城谷の命令どおり咲哉は、迷いなく防御魔法を発動。隻腕の゛捕食者゛の攻撃を纏めて、防ぐ。
゛捕食者゛の攻撃が魔法障壁に接触し、弾かれるたびに発生するスパークを目の前に城谷は、夜空に一つだけ輝いて見える星を見つけた。
「綺麗な星ですね。さて、星の王子さまはどこで何をしているのでしょうか?」
※
――もう立てないか?
彼の、そんな声が聞こえた気がして、仰向けで倒れていた一希は顔を上げる。
「誠次、なのか……?」
魔法世界の剣術士。自分と同じ魔剣を手に、時に争い、時に共に戦った者の幻聴が、聞こえた気がしたのだ。
両腕をコンクリートの床につき、身体を起こす。その時、頭からぽたぽたと血が垂れて、自身が負傷していた事にも気づく。
「力が、入らない……」
頭が痛む。力が上手く入らない。全身が痺れているようだ。
そんなことはないというのに、まるで冷たい地面が温かなベッドに見えて、また眠りたくなってしまう。眠ってしまえばきっと、この身体の傷も癒えて、夜明けを迎える事ができるのだろう。
何事もない、穏やかな夜明けを。この地獄のような現実さえ、いっそ全て夢であれば――。
――ご主人様っ! 一希っ! 星野っ!
そうして目を瞑りかけた頭に、また別の声が聞こえた。
「諦めては、駄目だ……」
ああそうだ……起きなければ。この魔法世界に残された、剣術士として、魔術師の生きる世を、人の世を守るのだ。
瞬間、一希の意識は、ようやく覚醒する。
「武……っ」
目の前に浮かんだ今は亡きもう一人の魔法世界の剣術士の亡霊に一希は目を背け、振り向いた。
破壊され、粉々に砕けたアスファルトに、大破し、燃える車。そのすぐそばで武は、這いつくばりながらも、こちらに腕を伸ばして、必死に自分の名を叫んでいる。
「――きろ! 起きるんや、一希!」
「――っ!」
ぞうっとする意識の中であるが、目を覚ました一希は咄嗟に転がり、寸前まで迫っていた"捕食者"の背中の触手による攻撃を、回避した。
すぐに立ち上がった一希であったが、すぐによろめき、片手で頭を押さえる。
「すまなかった武! どれだけ、僕は意識を失っていた?」
「数分や。ホンマ、起きてくれて良かったで!」
「武……ここまで守ってくれて、ありがとう」
「んなことは今はええ! 前は゛捕食者゛と、ビルも崩れてきてヤバいんや!」
「ビル?」
゛捕食者゛と対峙するさなか、一希は咄嗟に上を向く。
先程まで自分と武がおり、゛捕食者゛に襲撃された現場である巨大ビルが、一希と武がいるアウトバーン上に向けて倒れかけているのだ。
あのビルが完全に崩壊すれば、間違いなく自分と武は巻き込まれる。それだけでない。あのビルが崩れ、アウトバーンが崩れてしまえば、補給物資の輸送どころではなくなる。
――すなわち、目の前の゛捕食者゛と崩れてくるビルを二つともになんとかしなければならない状況であったのだ。
「迷っている時間はない……!」
一希はそして、眷属魔法の魔法式を展開する。
「ベイラ、ビュグヴィル。出し惜しみをしている余裕はないようだ。レーヴァテインを頼む!」
(了解)(起きてくれて良かったです、ご主人様!)
魔法式より、夜空を切り裂くように、空に光を纏って現れた二体の妖精が、さらに空中に魔法式を描きだす。
格好の獲物の復帰を前に"捕食者"は、忌々しそうに咆哮をし、無防備な一希へと向けって、一目散に走り出す。
「アカン、間に合わへんぞ!」
武が叫ぶ。
一希が妖精たちから魔剣を受けとる僅かな隙を、"捕食者"は狙ったようだ。
「ッ!」
迫り来る"捕食者"を前に、口を咬み、一希は頬に一筋の汗を流す。
目の前まで"捕食者"が迫った時、背後から急に、バイクのエンジン音が聞こえたかと思えば、
「――《エクス》!」
一希と"捕食者"の間を通過した一瞬の間合いで、至近距離で魔法を発動。攻撃魔法を受けた"捕食者"の身体が大きく仰け反り、その巨躰の態勢を崩す。
通過したバイクは速度を緩めつつ転回し、ハンドルを捌いたのち、再び攻撃魔法を、放つ。
「《フレア》!」
赤い魔法式から飛んだ小さな太陽のような火球が、仰け反った"捕食者"の黒い胴体に直撃。まるで真昼のような明るさに一瞬なった後、"捕食者"の身体に炎が奔り、黒かった身体が焼け焦げていく。
バイクに股がった、アルゲイル魔法学園女性用制服に身を包んだ女性は、そんな"捕食者"に再接近すると、トドメの魔法を放った。
「《メオス》」
破壊魔法。数多ある魔法の中でも、法律で使用が禁止されている最も危険な種類の魔法を、事も無げに発動した女性は、"捕食者"の身体を木っ端微塵に四散させ、絶命させた。
「僕が魔剣を出すまでもなかった……のか」
一希は思わず身構えたまま、呟く。
「魔法世界の剣術士の実力とやらも、この程度なの?」
バイクを停車させた女性は、ヘルメットを手に持って脱ぎ、ふう、と息をつきながら、顔を左右に振る。密閉空間から解き放たれた艶のある長い黒髪が、夜空に溶けるように、ふわりと舞っていた。救援に駆けつけた、黒羽凛である。
「ビルが落ちてきている。あれを止めなければ、物資輸送どころじゃない」
夜空から降ってきた魔剣レーヴァテインをキャッチしながら、一希が言う。
「やっぱり、貴方たちがいた場所のビルが崩れてきているのね」
「僕がどうにかする」
「正気? あんな物量の構造物をどうにかするなんて、破壊魔法でも―」
「僕にはこれがある」
一希はそう言って、自身の右手に握られた魔剣、レーヴァテインを見やる。付加魔法を受けていないその刀身はまだ、黒いままではあった。
「そう……」
冷めた表情のまま黒羽はそう返すと、再びバイクヘルメットを装着し、バイクに跨がる。
「時間がない! 武のことを頼む!」
「貴方こそ、自分の不始末の精算をして」
レーヴァテインを握り、崩落してくるビルを見つめ上げながらの一希の叫び声は、バイクが発車する音でかき消される。言葉による返答はなかったが、バイクの加速音は倒れている武の方へと向かっていったので、心配無用だろう。
それよりも今は、自分を含めて辺り一面を押し潰そうと迫る来るこのビルを食い止めなければ。
バイクが去った後の風が、一希の制服を逆巻いて、後ろの方へ流れていく。
「自分の不始末か……そんなの、多すぎる」
自嘲気味にそう呟き、一希はそっと目を閉じる。そうしてから、首を軽く横に振った。
「ごめん。僕はまだ、君の元へは、行けないみたいだから……」
ぎゅっと、レーヴァテインの柄を握り締め直し、一希はそう呟く。そして目を開けた瞬間、目の前には、白い魔法式が、光輝いていた。
「もう少しだけ待っていてくれ、誠次。僕にはやり残した事がまだあるから」
レーヴァテインを、魔法式の円の中心に突き立て、一希は叫ぶ。
魔剣に緑色の閃光が奔り、それが特別な力を、扱う者へと託すのだ。
「《モーロノエー》!」
緑色の光を放つ魔剣を、一希は構え、迫り来るビルを睨みあげる。
「ベイラ、ビュグヴィル。ビルの中に人はいるか?」
(おりません、ご主人様)
(ぶっ放しちゃて下さい!)
「わかった。――斬り消す」
深く息を吸い、ざわつく心を落ち着かせた一希は、刃をビルに向けて振るった。
振るった魔剣から放たれた、夜空を煌々と染める、緑色の衝撃波が、ビルに直撃する――。
※
「あの光は……っ」
その光景は、数百M離れた距離で待機している岸野大和にも鮮明に見ることが出来た。
光一つとしてない漆黒の空に登る、緑の刃の閃光。巨大な刃の形となったそれが、傾くビルの真ん中に突き刺さり、跡形もなく破壊していく。
「あれが、付加魔法した魔法世界の剣術士の力……」
思わずそんな言葉が、ぽつりと出た。巨大な剣の形をした光を前に、フラッシュバックするのは、昨年の秋の記憶。
負傷した自分を守り、戦った、ヴィザリウス魔法学園の先輩であり、魔法世界の剣術士――。
その時、棒立ちとなってしまった岸野の真後ろにて、新たな゛捕食者゛が出現していた。
「しまっ!」
気づくのが遅れてしまった岸野が咄嗟に振り向きながら、魔法式を発動したが、構築の途中で間に合わず。
゛捕食者゛の背中から伸びた触手が、岸野の右腕をしばり上げ、無理矢理に持ち上げようとする。
血肉を絞り、骨を粉砕するかのような容赦のない痛みに、岸野は悲鳴をあげる。
「うわぁぁぁぁ!?」
あまりの激痛に涙すら浮かべ、魔法による反撃すらままならず、ジタバタともがく岸野。
そんな生きのいい獲物を逃がすわけもなく、゛捕食者゛がさらに触手を伸ばすのだが、それは岸野の胴体に届く事はなかった。
涙が滲む視界がぼやけ、岸野が見たのは、青い閃光。先程の緑の光と似た、目が眩むほどの眩しい光であった。
「え……」
右腕をきつく縛り上げていた゛捕食者゛の触手が離れ、理由もわからずうちに、開放される。
そして岸野を襲った゛捕食者゛に青い光が近づいたかと思えば次の瞬間、゛捕食者゛は頭部を消し飛ばされ、消滅した。
「――岸野くん」
息すら忘れた岸野が呆然と立ち尽くす中、目の前に何処からともなく、剣術士が現れた。その右手には、青い魔法の光を纏う魔剣を握っている。
「無事か?」
目の前に現れた剣術士にそう声を掛けられた岸野は、あっとなって、ようやく言葉を返す。
「は、はい」
目の前に立つ魔法世界の剣術士の姿が、別の人に一瞬だけ見えていた。
「一体どうやってここに……。先程までは、あのビルの前にいたはずじゃ……」
「《モルガン》と《マゾエー》の付加魔法を使用した。君にとってはおそらく、一瞬の出来事だったのだろう」
一瞬でこちらにまで駆け付けた一希は、こともなさげにそう言うと、もう明後日の方を向いていた。
「生徒会長からなにか連絡は?」
「あ、ありません」
「そうか。だったら僕は、このままアウトバーンを逆走して、生徒会長と咲哉くんの元まで向かう」
「俺も一緒に!」
今度こそは、と岸野が言うが、一希は彼の右腕を見た。
「負傷したはずだ。君はこのままここを離脱して、黒羽さんと武と合流してくれ」
「負傷って……それは星野先輩こそ! それに、俺はまだ戦えます!」
一希の頭部から流れる血の跡を見て岸野が食い下がる。
「僕の心配はいい。君は自分の身を守れ――」
瞬間、一希の姿はまたしても一瞬で、目の前からいなくなる。後に残されたのは、青い魔素の残滓と、そよぐ風と、またしても剣術士に守られた岸野であった。
自分の身を守れと、確かに゛捕食者゛にやられかけた自身の不甲斐なさと無力感を噛み締め、そして再び、魔法世界の剣術士に守られた事実。
一希の指摘通り、ズキズキと痛む右手で握り拳を作った岸野は、唇を強く噛んだ。
「また、俺は、守られたのか……」
複雑な感情を抱いて吐露したその声音は、震えていた。
~色んな意味での先輩からの忠告~
「大和くん、一つ忠告しておく」
かずき
「はい、なんでしょうか、星野先輩?」
やまと
「ここの作者は闇落ちが好きだ」
かずき
「!?」
やまと
「特に君みたいな男の子は」
かずき
「格好の餌食だ」
かずき
「い、いったい、何の話ですか?」
やまと
「くれぐれも気をつけてくれ……」
かずき
「よくわかりませんけど、頑張ります!」
やまと




