2 ☆
「隻腕の捕食者。城谷様のネーミングセンスには、毎回脱帽するな……!」
さくや
―高速道路上の゛捕食者゛を討つ゛。
まるで彼女は、それがさも当然のことのように言った。
一希と武が、城谷の言い放った言葉に、反論をする。
「"捕食者"を討つと言われましてもキリがありません。奴らは影から生まれては人を喰い、また影に潜む無数の生命体です」
何度かの戦闘経験もある一希が、腕を軽く振りはらって告げるが、城谷の意志及び決定は揺るがないようだ。
そこへ、武も畳み掛ける。
「せや。いくら倒したところで、また復活して同じことの繰り返しになるのがオチやで」
一通り一希と武の意見を聞いた後、城谷は軽く頷いてから、顔を上げる。
「お二人の言いたいことも充分に分かります。゛捕食者゛の数は膨大であはります。しかし、無限というわけではない」
城谷がそう言って、円卓の形となっている正面机の備えつきデバイスに、データを転送する。
すると、机の上そのものがディスプレイとなって、神戸大阪間を跨ぐ長距離高速道路の白線地図が浮かび上がった。
そこの一ヶ所を城谷が指でタッチすると、さらに垂直のホログラム画像が浮かび上がり、物資搬送車を襲撃した"捕食者"と思われる画像が、浮かび上がった。
「こちらは警備ドローンが撮影した、私たちの学園に運ばれる予定であった仏師を襲った"捕食者"です。そして、これがその前日の"捕食者"。そして、これが今日の早朝に出現し、同じように物資を襲った"捕食者"」
城谷の言葉に応えるように、次々と、"捕食者"の画像が浮かび上がってくる。
「これを見て、何か感じないでしょうか?」
三体の"捕食者"の画像の向こうから、城谷がこの場の全員に問う。
どれもまるで無垢な子供のように、トラックを掴んで遊ぶような佇まいの"捕食者"であるが、それ以外には――。
「これは……三体とも、片腕がない」
そう呟いたのは、腕を組んでいた咲哉であった。
「お見事です、咲哉。よく気がつきましたね」
「い、いえそんな畏れ多い……ヨシ」
三体の"捕食者"の共通点に気がついた咲哉を城谷が誉めると、咲哉は心底嬉しそうに、顔を微かにだが綻ばせていた。咲哉くん、分かりやすい……。
「どういうこっちゃ? 片腕がない"捕食者"が三体出たってことか?」
「いえ、片腕のない"捕食者"など、希少も希少でしょう」
確かに、今まで人より多くの゛捕食者゛を見てきた一希からしても、隻腕の個体は見覚えがなかった。
齟齬に手を添える一希をしり目に、城谷は手元のデバイスを操作し、"捕食者"だけを画像からさらに出力し、立体的な物体として、浮かび上がらせる。
そのフィギュアのような(もっとも、飾りたくはない)出来映えの"捕食者"三体を、城谷は同じところに置いてみせた。
その全てを見たところで、一同は、息を呑む。
「この三体の背丈は、どれもぴったり同じです。そして、片腕のない特徴。それらを踏まえ、こう言うのが自然ではないでしょうか――」
城谷は満を持したような面持ちで、一同を見渡す。
「連日、高速道路上に現れ、トラックを破壊する"捕食者"は、同一個体である」
「なるほど。つまり、その仮定が当たっているとして、その個体さえ倒せば、僕たちアルゲイル魔法学園の物資搬送ルートの安全は確保されると言うことですか?」
一希が訊く。
"捕食者"の同一個体の可能性。城谷の推測が正しければ、その"捕食者"さえ討伐すれば、補給線は確保できる。
「はい。私たちは今宵、次の補給物資が配送されるトラックの警備及び、隻腕の"捕食者"討伐を目標とします」
作戦が行われるのは、今日の深夜。センターから出荷される物資を今日守らなければ、いよいよアルゲイル魔法学園は陸の孤島状態と化す。
作戦に臨むメンバーがそれぞれ準備をする中、一希は武の元へ。
「武。本当に良いのかい?」
「なんや今更やな」
「でも、間違いなく危険なことだ。それに今回の件の一番の責任は、僕にあるはずだ」
武はデバイスのゲームを止め、寝転がっていたソファから上半身を起こす。
「責任ってなんや。避難民を入れた事へのか?」
「そうだ……」
一希が俯きがちながら言うと、武が一希のおでこに、なんと凸ピンをしてきた。
「い、痛っ。な、なにをするんだ」
「アホかっちゅうーの。警察の息子甘くみんなや。人が困ってるときに手差し伸べないで何が警察や。親父やご先祖さんに顔向け出来ないちゅうの」
「武……でも……」
「でもでもなんでもない。やらなきゃアカン時に尻尾巻いて逃げるっちゅうのは、関西男児の性に合わん。それだけや」
武はそう言って、一希の前で腕を捲る。
「それにもしも俺が危なくなっても、お前が傍にいてくれたら安心や、一希」
「平気だ武。大切な友だちの君は、僕が必ず守る」
「ぽ……っ。惚れてまうやろ」
自分自身を抱き締め始める武に、一希はジト目を向ける。
「変な気だけは起こさないでくれ」
「当たり前や。男同士やぞ!」
等と、これから戦場に向かうことになる前の、他愛のない会話だ。もしかしたら、これが最期になるかもしれない。そんな一抹の不安を、隠すためにも、このような会話は必要だった。
生徒会室内で準備を進める間に、一希にはとある人物と二人きりで休憩室にいる時間が生まれた。
「……」
生徒会メンバーの、黒羽凛である。
他クラスの同級生の少女であるが、これまで会話する機会はなかった。
これから共に戦う仲である。軽い会話でもと、一希は黒羽に声をかけた。
「黒羽さん。よろしくお願いします」
「ええ、よろしく」
黒羽は一希と目を合わせることなく、黙々と準備を進めている。
その態度は、まるで、こちらが何か悪いことをしてしまったかのようだ。
ならば恐らく、あの事であろうと、一希は申し訳ない表情を浮かべていた。
「申し訳ないとは思っている。僕の行動で、君たち生徒会に迷惑を掛けてしまって」
避難民を受け入れたことにより、生徒会は対応を迫られ、それについて咎められているのだろう。
そう思った一希が、謝罪をするが、
「いえ。あの場での貴方の行動は、正しいものであったと思います。弱者に手を差し伸べるのは、正しい行為だと思いますから」
「そうか。ありがとう」
どうやら、怒っていると言うわけではないようであったが、しかし。
「貴方を許すことはありません」
黒羽は、一希を一瞥した後、そんな台詞を残して、踵を返していく。
「え……?」
どうやら咲哉同様、別の恨みを買っているようで、唖然とする一希は、黒羽の背を見送っていた。
昼過ぎ。魔法学園の食堂は、軽い混雑に見舞われていた。
「今日もこんだけしかメニューがないのかよ……」
「っち。やっぱこれって、星野の仕業だろ」
食事の量や物資の不足により、各所で不満が爆発してしまっている。
その怒りの矛先こそ、避難民や、彼らを中へと引き入れた星野一希であった。
「みんな、参っちゃってるのかな……」
「うん。不安なのは、わかるけど」
はるかと理が、それぞれ椅子に座って会話をする。彼女らに支給された食料も、パンが一つにサラダ一枚と、心もとないものだ。
「大丈夫かな、かずくんたち……」
今度ははるかが、やはり不安そうな面持ちを見せる。
理はそんなはるかを見て、優しく声をかけていた。
「武はともかく、一希がいたら百人力よ。きっと上手く行くわ」
「一緒に行くのは、足手まとい、だもんね……」
それを言葉にした時点で、生徒会に同行したい気持ちが溢れているはるかである。
この場の多くの魔法生は、生徒会が今宵、決死の作戦を敢行することを知らない。はるか理も、具体的に何をするのか、知らされてはいない。
教師たちはいち早く日常を取り戻そうと躍起になっているのだが、それを支える物資の到着なしには、なし得ないことであった。
午後になれば、生徒会室でもいよいよ、詳細な作戦が、城谷から公表される。
「作戦目標、補給物資の安全確保、及びそれに関わる隻腕の"捕食者"討伐」
そう前置きをした城谷の周りには、椅子に座ることなく、立ったまま、或いは壁に寄りかかるメンバーが。
「物資搬送センターの人によれば、今日の分のトラックが最後の一台となるそうです。その他は全て、"捕食者"によって破壊されてしまったとのこと」
「文字通り守らなくてはいけない、最後の砦と言うわけですね」
「ええその通りです凛。今日の夜の最後の一台が失われてしまえば、私たちの学園だけじゃなく、大阪中の避難民の方々が飢餓等の物資不足に見回れます。私たちは、それを阻止しなければなりません」
黒羽の確認に、城谷が答える。状況は切迫していた。
「隻腕の"捕食者"は決まって高速道路上に出ることがわかっています。しかし言わなくてもわかる通り、神戸と大阪間を繋ぐこの道路はとても長く、どこで"隻腕の捕食者"が出るのか、定かではありません」
「全員でトラックについて行けばええんやないか? そこで"捕食者"が出現したところで、叩くんや」
武が握りこぶしをぱんと、手のひらで叩いて言う。
「では質問いたしますが武田くん。私たち全員がトラックに乗り込んで、そこを"捕食者"に奇襲された際、反撃は出来るでしょうか。その可能性は限りなく低いと思いますが」
「城谷様の言うとおりだ。俺たちが一ヶ所で奇襲に備えたところで、援護がなければ反撃の成功率は低くなる」
咲哉が城谷に続けて言えば、武は彼にジト目を向ける。
「なんや? あんな強気はどこへ行ったんや?」
「リスクを判断したまでだ。城谷様に万が一の事がないようにするだけだ」
「城谷さんも、作戦に同行するのですか?」
一希が驚いて城谷を見ると、彼女はわざとらしく、寂しそうな顔をして、
「私だけ仲間外れは嫌ですから」
等と言っていた。
「トラックの中は必要最低限の人員を残し、残りのメンバーは機動性を重視し、高速道路上に点在します。トラックが移動するルート上に」
続いて、城谷はマップの高速道路上に、次々とネームタグを置いていく。
「高速道路上に待機するメンバーはそれぞれ周辺状況の報告をお願いします。そして、標的である隻腕の"捕食者"が出現した際には、トラック内の人物と共にそれを討つ」
とりわけ危険なポイントとなるのは、トラックの中の、所謂、囮役だろう。
城谷は明言こそしなかったが、トラックの中に配置されるのは、そう言うことだ。
その注目の人選が、城谷によって、配置される。
「トラックの中には私と、咲哉が潜みます。よろしくお願いしたしますね、咲哉?」
「はい。城谷様の為にも」
城谷と咲哉の二人が、トラックに乗って高速道路上を移動するそうだ。
作戦の頭脳とも言うべき城谷が、わざわざ一番危険なところに行くとは、まだまだ一希は、城谷のことを分かりかねていた。
「それでは皆さん。私と咲哉は一足先に神戸へと出立します。神戸ビーフでも食べているので、約束の時間になったら、それぞれ行動開始、お願い致します」
「御馳走やんか。せこいな」
「生徒会長特権ですので。それでは、皆さんのご検討をお祈りしております」
手を軽くひらひらと掲げた後、城谷は咲哉と共に、生徒会室を後にする。
まるで彼女は、散歩にでも出掛けるかのような、気楽さである。
「こっちが命懸けで戦おうってのに……バックレたるで」
「やりたくないのなら、やらなければいい」
黒羽はそう言って、バイクヘルメットを片手に抱え、背を向ける。
「なんやと黒羽?」
「いざ現場で敵前逃亡をされても、迷惑なのはこっちだから」
「上等や。その敏腕の"捕食者"っての、俺が討伐してやるわ」
「敏腕じゃなくて、隻腕です……」
武に、後輩の岸野が突っ込んでいた。
「君も戦うのかい? まだ二学年なのに」
一希が岸野に訊けば、彼はどこか気恥ずかしそうに、後ろ髪をかく。
「魔法戦はあまり得意ではありませんが、必要になったら、戦います。もう……守られてばかりは、嫌なので」
最後に小声でぼそりと呟いて、岸野は一希を改めて見る。
「健闘をお祈りしています、星野先輩。一緒に、頑張りましょうね!」
「うん。頑張ろう」
一希がそう言って差し出した右手を、岸野はどこか感動するような面持ちで、握り返していた。
「はい!」
子犬のように、岸野は力強いハキハキとした返事をする。それは昨日から長く続いた鬱憤とした空気間の中では、とても気持ちのいいものであった。
(僕はそんなに慕われるような存在なんかじゃないんだけどな……)
いよいよ行われる、補給物資搬送作戦。この作戦の成功いかんで、アルゲイル魔法学園の命運が決まると言っても過言ではない。
失敗すれば総勢千人を超える魔法学園関係者と、多くの避難民の明日はない。
夜明けを迎えるためにも、一希は出立した。
~免許更新センターを飛ばす人(色んな意味で)~
「まさか高速道路に生身で行く事になるとはな」
たけし
「犯罪でお父さんに捕まるかもね?」
かずき
「堪忍してや……」
たけし
「作戦前に呑気なものですね」
りん
「……ちょっと待って黒羽さん」
かずき
「それ、バイク?」
かずき
「はい。バイクです」
りん
「お前のか!?」
たけし
「ええ、私のですが」
りん
「それがなにか?」
りん
「大型、だよね……?」
かずき 「そうですね」
りん
「ぶっ飛ばしたなぁ……」
たけし
「?」
りん




