第5話
ルルティーナは目を輝かせながら、先輩がくれた包みを見つめた。
「先輩、開けてもいいですか?」
「ああ」
金のリボンをしゅるりと解き、包みを開く。中から小さな箱が出てきたので、その箱のふたをぱかっと開けた。
「……指輪?」
キラキラ光る透明な石がついた指輪がそこにあった。
先輩はなぜか頬を赤く染めながら、目を逸らして言う。
「それ、聖石っていう石を使った指輪な。聖なる力がこもっているから、これを身につけていれば悪魔の攻撃を受けにくくなる」
「そうなんですか! わあ、退魔師にぴったりのアイテムですね!」
さすが先輩だ。
これから退魔師として仕事をしていく中で役立つアイテムをくれるとは。
さっそく指輪をつけてみようとすると、先輩にさっとそれを奪われた。
「あっ、先輩、何するんですか!」
「俺がつけてやるよ」
先輩はやけに顔を赤くしながら、ルルティーナの手を取った。それから、左手の薬指に指輪をそっとはめてくれる。
キラキラとした聖石の輝きに、ルルティーナの瞳もキラキラと輝いた。
「先輩、ありがとうございます! これで私も退魔師として立派に働いていけそうです!」
「……それだけ、か?」
「え?」
きょとんとして先輩を見つめると、先輩は目を見開き「まさか」と呟いた。
「お前、なんで俺がクリスマスプレゼントにそれを選んだのか、全く分かってないのか?」
「え? 悪魔から身を守るためですよね?」
ルルティーナがこてんと首を傾げた瞬間、肩に乗っていたしろひよこが「ぶふっ」と噴き出した。白いもふもふとした体を小刻みに震わせ、ぽふんとしたお腹を抱えて笑いだす。
「ぷぷっ……セドリック、残念ね。あんたの気持ち、何にも伝わってないわよ」
先輩は赤い顔をますます赤くしながらそっぽを向き、それきり黙り込んでしまった。
(指輪を選んだ理由……? あとで調べてみよう)
ルルティーナはそんなことを考えながら、キラキラの指輪を眺め続けた。
そして、翌朝――クリスマス。
聖女さまが広めたというクリスマスについて、改めて本で調べていたルルティーナは衝撃を受けた。
「クリスマスプレゼントとして男性から女性に聖石の指輪を贈るのは、求婚の意味がある……? しかも、左手の薬指にそれをつけると、婚約成立っ?」
昨夜、先輩がつけてくれた指輪の位置を確認する。
ああ、左手の薬指だ。
なんてこと。知らないうちに、先輩とうっかり婚約していた。
ルルティーナはあわあわしながら、先輩の部屋に走る。冬の朝の廊下は冷え込んでいて、吐く息が白くなった。
「先輩! 先輩! 大変です!」
「……なんだよ、こんな朝っぱらから」
扉を開けた先輩は不機嫌そうな顔をしていた。彼は起きたばかりなのか、まだ寝衣のままだ。胸元のボタンが二つほど外れていて、ちょっと色っぽい。
けれど、今のルルティーナには細かいことを気にしている余裕などなかった。
「先輩、大変です! うっかり私たち、婚約しちゃったみたいです!」
ずいっと先輩の目の前に指輪をつけたままの手を出すと、先輩は呆れたような顔をしてその手を掴んできた。そのまま手を引かれ、温かい部屋の中へと引き入れられる。
「やっと気付いたのか」
「はい! あの、先輩はご存知でしたか!」
「当たり前だろ……」
先輩は遠い目になったけれど、すぐに気を取り直し、ルルティーナに向き合った。
「じゃあ、仕切り直しだ。ルルティーナ」
「はいっ!」
「俺はお前のことが好きだ。俺と、結婚してくれ」
まっすぐな紅い瞳に見つめられ、ルルティーナの心臓がどきんと大きく跳ねた。
ぶわっと頬も熱くなる。
「も、もちろんです! 私、先輩のこと大好きなので! それに、実は私、先輩と結婚したいってずっと思っていたんです!」
恥ずかしい。でも、溢れ出すこの気持ちは止められない。
ルルティーナは先輩にぎゅっと抱き着いた。
と、ここでふと疑問が浮かぶ。
「でも、先輩が私を好きというのは初耳です。なんで私なんかを?」
「わりと恥ずかしいことを堂々と聞いてくるタイプだよな、お前は」
と言いつつも、先輩はちゃんと答えてくれた。
「この教会、優秀な退魔師を集めているからこそ、プライドが高いやつが多いだろ。はっきり言って、俺はあいつらの嫉妬の的だった。嫌がらせとかもしょっちゅうだったんだよ」
「えええ!」
「でも、そんな時にお前が現れた。素直に俺を慕ってくる奴なんて初めてだったから、なんというか、すごく可愛いと思った」
先輩が、ふわりとルルティーナの体を抱き締め返してくれる。
「お前がこの前『結婚したい』って言ってるのを聞いて、心が決まった。俺も、お前のことを他の男に取られたくなんかなかったから」
「えっ? あの時は聞いてないって言ってたのにっ?」
「……ごめん。実は聞いてた」
ルルティーナはぷくっと頬を膨らませたけれど、その頬を先輩に優しく撫でられると、すぐに怒りはおさまってしまった。
先輩は大人しくなったルルティーナに、穏やかな微笑みを向けてくる。
「好きだよ、ルルティーナ」
そうして、そっと唇にキスを落としてくれた。
柔らかな温もりと、優しい香り。
ふにゃりと頬が緩んでいく。
「私も先輩が大好きです!」
ルルティーナは笑顔でそう言った後、また先輩にぎゅっとしがみついた。すると、先輩もそれに応えるように、今度はぎゅっと少し強めに抱き締め返してくれた。
優しい先輩の温もりに包まれながら、聖女さまに、そして聖女さまがいたという世界の人たちに、ルルティーナは心から感謝をする。
ありがとう、クリスマスという素敵なイベントを生み出してくれて――。
(みんなにも、クリスマスにとっておきの幸せが訪れますように)
大好きな先輩の腕の中で、そんな風に祈りを捧げた。
――幸せな、幸せな、クリスマス。
二人を祝福するかのように、朝の光が窓から差し込んでくる。
その光はルルティーナの指輪を照らし、キラリときらめかせた。
このお話は、これで完結です。
最後まで見守ってくださって、ありがとうございました!
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全部、大切な宝物です♪
応援してくださったすべてのみなさまに、幸せなクリスマスが訪れますように……♪