第2話
聖夜に悪魔祓いを成功させるため、ルルティーナは先輩に付き合ってもらいながら、一生懸命訓練を始めた。
悪魔祓いで一番重要なのは、タイミング。
そのタイミングを掴むための練習を、何度も何度も繰り返す。
「悪魔を呪文で弱らせた三秒後。ここで、聖なる力を叩き込む!」
「はい!」
聖なる力は念じることでまっすぐな白い光となって、手のひらから発射される――はずなのだけど。
ルルティーナの手のひらからは、へろへろとした光しか出てこなかった。
じっくり集中してからであれば、強くてまっすぐな光にできる。けれど、タイミングを意識したら、どうしても集中が途切れてしまうのだ。
ルルティーナは疲れ果てて、訓練室の冷たい床に座り込んだ。
「先輩……やっぱり難しいです……」
「あとひと息だろ。諦めるな」
先輩とそんなやりとりをしていると、訓練室にちょっと変わった生きものがやって来た。
カボチャくらいの大きさで、白くてもふもふ、まん丸な体をしているその生きものは、小さな羽をぱたぱたさせながらこちらに近付いてくる。
見た目を一言でいうなら、大きな白いひよこ。
頭の上にくるんとした三本の毛が立っているのがチャームポイントだ。
このひよこ、実は聖なる力を持つ妖精なのだそうで、人間と同じように話すことができる。
「セドリック。あんたじゃないと祓えない悪魔が出たらしいわよ。ルルティーナの訓練はあたしが見るから、あんたはそっちに行ってくれる?」
ひよこは先輩にそう言うと、床にへたり込んだままのルルティーナの膝にぴょこんと乗っかった。そして、小さな羽をぴこぴこ動かして、先輩を促す。
「早く早く。なんか、どこぞの貴族さまに取りついた悪魔なんですって。遅れたらまた上層部がうるさいわよ」
「……分かったよ。行ってくる」
先輩はため息をついて立ち上がり、去りついでにルルティーナの頭を撫でた。
「その悪魔を祓い終わったら、すぐ戻ってくる。ちゃんと頑張れよ」
「はい。先輩も頑張ってくださいね」
「ああ」
退魔師の制服の裾を翻し、先輩は訓練室から出ていった。ルルティーナはその背中を見送り、ほうっと息を吐く。
「ねえ、しろひよこさん。やっぱり先輩ってかっこいいですよね」
しろひよこ、というのはルルティーナがひよこにつけた愛称だ。本当の名前は違うらしいのだけど、この愛称を本人も気に入っているようなので、そう呼ぶことにしている。
「ルルティーナは本当にセドリックが好きねえ。もう告白はしたの?」
「な、なな、何を言ってるんですか、しろひよこさん! わ、私なんてまだ、一人で悪魔祓いもできない未熟者なんですよっ?」
「あら、ルルティーナこそ何を言っているの。のろのろしてたら、他の女に取られるわよ」
「えええ!」
それは嫌だ、とルルティーナは叫ぶ。
「私、先輩を他の女の人に取られたくないです! そんなことになるくらいなら、さっさと告白して、あわよくば先輩と結婚したいです!」
と言い終わるかどうかのタイミングで、訓練室の扉が開いた。
そこに立っていたのは、つい先ほど去っていったはずの先輩で――。
ルルティーナの頬に、一気に熱が走った。
「きゃあああ! 先輩、なんでそこに!」
「……いや、忘れ物をしたから、それを取りに」
「さ、さっきの聞いてないですよね! ね、ね!」
先輩は大慌てするルルティーナには目もくれず、訓練室の隅に置いていた胸飾りの布を手に取ると、そのまま背中を向けてしまう。
でも、一言だけ、ぽつりと呟いた。
「聞いてない」
先輩はこちらを一度も振り返ることなく、そのまま足早に訓練室を出ていった。ルルティーナは彼の背中が完全に見えなくなるまで見送り、それからへなへなと脱力する。
「よ、よかった。うっかり先輩に求婚するところでした」
「なに安心してるのよ……」
しろひよこは半眼になって、じろりとルルティーナを見た。
「あいつ、顔が真っ赤になってたわよ。聞こえてたに決まってるでしょ」
「しろひよこさん。先輩は『聞いてない』と言いました。よって、その推理ははずれなのです!」
自信満々に胸をはって言うルルティーナに、しろひよこはため息をついた。
「……まあ、いいわ。それより訓練の続きをしないとね。次の悪魔祓いに失敗したら、本部送りなんでしょ?」
「そ、そうでした! あわわ、頑張らないと!」
ルルティーナは急いで立ち上がり、またタイミングを掴む練習の続きを始めたのだった。
訓練に励む日々を過ごし、ついにクリスマス前日の朝を迎えた。
今日の夜、ルルティーナの運命は決まる。
(よし、頑張るぞ! 絶対、絶対、悪魔祓いを成功させてみせるんだから!)
成功すれば、大好きな先輩からのクリスマスプレゼント。
失敗すれば、厳しいと有名な本部送り。
まさに、天国と地獄だ。
ルルティーナはベッドから飛び起きて、退魔師の制服に着替えると、くるくるの金の髪をきゅっとリボンで結んだ。
そうして鏡の前で、ぐっと拳を握って気合いを入れる。
「うん、きっと大丈夫!」
しろひよこのスパルタ訓練のおかげで、ルルティーナはかなり上手に聖なる力を発射できるようになった。焦ったりしなければ、確実に悪魔を祓うことができるだろう。
ルルティーナはスキップをしながら自室を出て、朝食をとりに食堂へと向かう。
と、その途中で先輩とばったり会った。
「あ、先輩! おはようございます!」
「おはよう、ルルティーナ」
先輩はいつも通り、ルルティーナの頭をぽんぽんと撫でてくれる。
ルルティーナはふにゃりと頬を緩めた。
そう、先輩の態度は以前と何も変わらない。あの時の「結婚したい」というルルティーナの言葉なんて、やはり聞いてなどいなかったのだろう。
よかった、安心した。
「いよいよ今夜だな。ちゃんと見ててやるから、頑張れよ」
先輩が温かい言葉をくれる。ルルティーナはそれに笑顔で頷いてみせた。