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新事記ミカド・ミライ  作者: 今田勝手
9/17

捌話



 その後、町中で鬼ごっこを繰り広げながらどうにかあの旧道に着いた頃には、すっかり日が陰っていた。

「クソ……朝だったはずなのにな」

 そう毒づきながら惰性で歩く日向雅は既にフラフラだ。

「ひゅーが、しっかり……」

 それをどうにか支えるニイナも、千鳥足になりかけている。

 そのまま森に入り、ゆっくりと進んでいく。

 もはや、周りに気を配る体力も残っていない。

 ただ、足元を取られないように歩いていく。

「……ここだ」

 目印のように残る、綺麗な半円型のクレーター。

 すっかり日は落ち、月明りだけが頼りになっていた。

 日向雅は近くにあった木に寄り掛かる。

 よく見たら、背中を激突した木だ。

「ここが……」

 ニイナは日向雅の手元を離れ、クレーターに進んでいく。

「何か、思い出せそうか?」

 ニイナはクレーターをまじまじと見つめた後、上を向いて固まってしまう。

「……ニイナ?」

「なんだろう……なにか」

「見つけたぞ……っ!」

 日向雅の視線がガクンと動く。

 回避行動だ。

 だがまずい、今動いたら……。

 疲労が限界に達していた日向雅の身体は、急な回避に耐えきれず膝が崩れてうつ伏せに倒れる。

「確保だ!」

「ぐっ……!」

 日向雅は背中に重みを感じると、直後に両手の自由を奪われる。

 何とか振り返ると、大国主が馬乗りになっていた。

「ひゅーが!」

「おっと」

 駆け寄ろうとしたニイナに立ち塞がったのは、ウズメだ。

 近くから、猿田彦とフードの女も姿を現す。

 しまった、完全に油断した。

「どいて!ひゅーがを放して!」

「天子様、それは出来かねます」

 ニイナの嘆願に大国主は淡々と答える。

「この者は逆賊、我らの敵ですぞ」

 なんだって。

「おい、今のどういうことだ」

 日向雅が反論する。

「どういう事も何も、お前が一番知っているだろう」

「なんだと?」

 何も理解できない。

 大国主は何を言ってるんだ。

「貴様はこの方を帝本人と知りながら我らから遠ざけ、かどわかした」

「ちょっと待て、かどわかしたって何だ。俺たちは保護していたんだぞ!?」

 それに遠ざけたのは帝だと知っていたからだ。因果が逆だろう。

「なにを馬鹿なことを言う。ならば早々に我らに引き渡すのが筋であろう」

「馬鹿はどっちだよ、帝に恨みがあるのはお前らだろ!?」

「……なんだと?」

 大国主の表情が曇る。

「大国主サマ、そんな賊のいう事なんか真に受けることないじぇい。さっさとお仕事済ませよ」

 ウズメが割って入ると、今度はニイナが反論する。

「違う!ひゅーがは悪い人じゃない!」

「……天子様、洗脳、されてる、か?」

 猿田彦が心底心配そうに口を開く。

 日向雅は混乱していた。

 神たちの言い草を聞いているとまるで、日向雅が悪役の様だ。

 日向雅の仮説が、間違っていたのか?

「天子様、この男の言うことなど聞くことはありません。我々と共に行きましょう」

 日向雅は我に返る。

 このまま行かせたらいけない。

 体は既に言う事を聞かないが、どうにか手を考えなければ。

「……誰も、私の言う事を、信じてくれないの?」

 ニイナは俯いて、そう呟く。

「天子様、今、不安定。休養、必要」

 猿田彦がニイナに手を差し伸べるが、ニイナはそれを振り払う。

「嫌!近づかないで!私は行かない!」

「んー……しょうがない、ちょーっと手荒だけど、縛って連れて行こうかね?」

 ウズメがニイナの方へ向かう。

 日向雅は咄嗟に叫んだ。

「やめろ!ニイナに近づくな!」

「……うるさいなー」

 しゃん、という金属音。

 見ると、ウズメの手には矛が握られていた。

「大国主サマ、こいつ先に黙らせよーよ」

 その切先が、日向雅に向けられる。

「……っ」

 日向雅には、矛越しにウズメを睨むことしかできなかった。




 矛が、日向雅に向けられた。

 ニイナの全身から血の気が引いていく。

 どうして?

 私が、非力だから?

 あれだけ日向雅に救われたのに、私は日向雅を救えないの?

 そんなのは、間違っている。

 どうにかして、日向雅を救うんだ。

 力が欲しい。

 あの矛を、この場の全員を黙らせられる力が。

 日向雅を、救えるだけの力が。

 ニイナは手を強く握る。

 何かができるはずだ。

 考えろ、思い出せ。

 ここに来た時に感じた、強い感覚。

 私にできることが、あるはず。

 思い出せ、思い出せ、思い出せ。

「やっと見つけましたよ、ニイナ」




 閃光が辺りを包んだのは、ウズメが矛を振り下ろそうとした時だった。

「なんだ…?」

「……この光は」

 大国主の手が緩まった気がした。

 だんだんと目が慣れていくと、その光源が明らかになる。

「……ニイナ?」

 眩く、明るく、まるで太陽のように輝いていたのは他でもない、ニイナだった。

 その髪は白く変わり、いで立ちも何処か堂々として見える。まるで別人だ。

「ウズメ、武器を納めなさい」

「その声……アマテラス殿ですか!?」

 驚愕の声を上げたのはウズメではなく、大国主だった。

 日向雅とて内心穏やかではない。声色もニイナのものとは違い過ぎる。本当に他人の空似だとでも言うのだろうか。

「お久しぶりです大国主様。出来ればその者を開放していただきたいのですが」

 アマテラス、と呼ばれたか。

 という事は、今ここにいるのはニイナではなく、太陽神天照大御神という事だろうか。どおりで明るいわけだ。じゃなくて、だとしたらニイナは何処に行ったのだ。目の前の出来事に全く頭の処理が追い付かない。

「え、は……しかし」

 大国主は明らかにうろたえる。

 その様子を見てアマテラスは続ける。

「その者に害意はありません。ここに降臨した娘を何も知らずに介抱し、今日まで保護してくださった恩人ですよ」

「なんと……少年、誠か?」

「最初からそう言ってるだろ……」

「ではなぜ逃げたっ!あんなことしなければ我らは!」

 大国主は日向雅に問い詰めるが、すかさずアマテラスが回答する。

「その少年は無知だっただけです。聞きかじった神話の知識のせいで、あなた方をニイナの敵だと思い込んでしまった……因子を持っていたのも唯の偶然です」

「おお……」

 大国主が日向雅から手を放す。

「すまなかった、少年」

「ん……」

 日向雅も話を察する。

 どうやら、大国主含めこの場に居る神は皆、ニイナに害する神ではないようだ。

「日向雅、ニイナの身体からではありますが、私からも礼を言います」

 アマテラスは日向雅に頭を下げる。

 待て、今なんて言った。

「……ニイナの身体?」

「はい、あなた方に分かりやすく言うなら、バックドアのようなものでニイナの身体を借りて話しています」

「つまり、あんたは高天原にいるのか」

「……よく勉強しましたね。その通りです。私はアマテラス、ニイナ……の母です」

「母だって!?」

 思わず叫ぶ。

 帝祖神から近しい存在だとは思ったが、まさか親子だとは思わなかった。

「詰まる話は後にしましょう、まずは……」

「……」

 アマテラスは、終始黙って聞いていたウズメの方に向き直る。

 その手には、矛が握られたままだ。

「ウズメ、もうこの場に敵は居ないのですよ?」

 アマテラスは、ウズメに近寄り優しく声を掛ける。

 ウズメはアマテラスの側近だと聞いた。きっと、相当仲がいいのだろう。

 それが伝わってくる温かい声だ。

 その声を受けて、ウズメはゆっくりと顔を上げ、口を開いた。

「……だから、何?」

「え?」

 ヅッという、不快な音。

 見えたものは、血飛沫。

「え?」

 矛を握ったウズメの手が、振られた。

 目の前の、アマテラスを、ニイナの身体を、通過して。

 倒れこむのは、ニイナの身体。

 あれは、ニイナの身体。

「ウズメッ!!」

 遠くから猿田彦の声。

 駆け寄ろうとする彼に立ち塞がったのは、フードの女。

「そこを、どけ……っ!?」

 女は、猿田彦に襲い掛かる。

「貴様……っ!」

 そのまま戦闘になり、夜の帳で見えなくなる。

 いや、それどころじゃない。

 日向雅の目の前に、倒れているのは誰だ。

 視界にノイズが入る。

 ディスプレイにアラートが乱立する。

 聴覚にもノイズが混じる。

 大国主が何かを叫んでいるが聞き取れない。

「え?」

 なんだ、これ。

 何が起こった。

 思考処理。

 質問、この赤い液体はなんだ。

 解答、血液。

 説明、旧人類の体液の中でも、最も重要なもの。

 三十パーセントが失われると命に関わるもの。

 命に関わる。

 シツ問、それはどういう意味だ。

 かいトう、死。

 し、死、史、師、四、シ、shi、死。

 死ぬ。

 ニイナが死ぬ。

 なんで。

 殺されて。

 斬られて。

 誰に。

 天鈿女。

 アマノウズメ。

 行動選択、自動選択不可能、タスク過多。

 処理。

 デンジャーサイン。

乱立するポップアップ。

 アラート。無視。

 ノイズ。無視。

 行け。

 お前が倒せ。

 繰り返すな。

 守れ。護れ。まもれ。まモれ。マモレ。




『警告:深刻なエラーを検出。全身の過活動状態が予想さ』




「うああアアアア嗚呼アアアアあっぁぁぁぁぁァァァァァああああああアアアア!!!!!!!!!」

 突如、日向雅の全身を光の筋が駆け巡った。

「なんだ……っうあ!」

 直後、近くにいた大国主は蒸気の直撃を受ける。

 その強い熱蒸気は、日向雅の全身から放出されていた。

「熱暴走か!?」

「あああアアアァっ!!!」

 蒸気が止んだと思った瞬間、奇声を発し、日向雅が跳ねた。

「っ!?」

 一直線にウズメめがけて飛んでいく。

 咄嗟にウズメは矛で薙ぎ払うも、日向雅には当たらない。

 空中で身をよじって回避したようだ。

 通常の人間の動きでは考えられない身のこなしである。

「あれも、因子の能力なのか……?」

 日向雅の発光は、更に煌めきを増していく。

 その光の筋は、さながら爬虫類の鱗のようにも見えた。

「なんなんだ、あの姿は……」

 大国主は思わず息を呑む。

 反撃がかなわなかったウズメは後ろに飛ぶも、飛躍力で負けたのか日向雅に追い付かれ、体当たりで吹き飛ばされた。

「ぐっ……うあ゛っ」

 そのまま後ろにあった岩に頭から衝突し、地面に落ちる。

 挿していた簪が取れ、長い髪が散乱した。

「……ん?あれはまさか、妖気か……!?」

 よく見ると、折れた簪からどす黒いオーラが漏れ出している。

「あれに当てられておかしな行動を……私としたことが、これほど近くに居て見抜けなかったとは」

 打ち所が悪かったのか、ウズメは気絶し動かなくなった。

「嗚呼ああアアアア嗚呼!!!!」

 だが日向雅の暴走は止まらない。

 なおもウズメ目掛けて走り出す。

「……まずい!」

 ハッとして大国主が動き出そうとしたその時、ふと日向雅の奇声が止み、ばたりと倒れた。

 全身の発光が引いていき、直後に熱放射。

 一体にシューという放出音が鳴り響き、辺り一面を蒸気が覆う。

 あれほどの熱量を一気に使ったというのだろうか。

 想像するだけでゾッとしないものがある。

 その瞬間、森は静寂を取り戻した。

「あーあ、電池切れか」

 日向雅のもとに、フードの女が現れる。

「すごい妖気だったなあ、一体何の因子が入ってんだろ、これ」

 女は日向雅の身体を突っついた。

 その様子に大国主は察し、構える。

「貴様、ウズメ殿に何をした」

「べつに大したことはしてへんて。ちょっと妖気を流し込んで貰っただけ。もう戻ってるはずやよ」

「……あの簪か」

「正解」

 そこで大国主は、違和感に気づく。

「お前の相手は猿田彦がしていたはずだ」

「あー、あの天狗さん?あっちで寝てもらっとるで」

 大国主は戦慄する。

 国津神を相手にして、この余裕。

「貴様、妖怪因子はなんだ!オサキというのは嘘だろう!」

 妖怪因子。

 日向雅のような能力者は、かつてこの世に存在していた妖怪の力を能力として使う。

 強い妖怪が因子になっているほど、その能力も強大になる。

 この女が自称していたオサキは、低級な化け狐だ。猿田彦と渡り合えるわけがない。

「……知りたい?」

 女がフードを取る。

 その姿に、大国主は驚愕を隠せなかった。

「お前は……」

 その顔立ちには、まだあどけなさが残っていた。

 中学生といった風貌だ。

 こんな子供に、神が敗れただと。

 そして同時に、とてつもない妖気が流れ出してきた。

 大国主の表情にますます緊張が走る。

 少女はその様子を楽しそうに眺めると、一言。

「試してみる?」

「っ!」

 頭に血が上った。その場で大国主は反省した。

 大国主は少女めがけて正拳を突き出してしまっていたのだ。

 そして大国主は、目の前の光景に驚愕と後悔を感じる。

 そこに少女などいなかったのだ。

 大国主の拳が貫いたはずの少女の身体が霧となって消える。

「こーん」

「なっ……!」

 直後、横から飛んできた蹴りに膝を折られる。

 驚くべきはそれだけではない。大国主を蹴ったその少女は、既に少女ではなかった。

 面影を残したまま、二十歳前後の大人の肉体へ成長していたのだ。

 大国主が膝をついたことを確認すると、女は一飛びで日向雅が倒れている元居た位置に着地すると、みるみるうちに身体も縮み少女の姿へと戻っていった。

「今のは……どういうことだ」

「アタシの能力。幻覚と肉体成長。ええやろ?」

「幻覚に、肉体成長だと……!?」

 大国主は戦慄する。相当な力を持っていることは間違いない。

 あの妖気の大きさに、この強力な能力。

 大国主の様子を見て満足したのか、少女は笑いながら口を開いた。

「アタシは三葛サエ。玉藻前のだよ」

「玉藻前……だと」

 大国主に驚く間も与えず、少女三葛サエは話をつづけた。

「ま、今回は様子見。天孫降臨と聞いてどんなもんか見に来ただけ」

「ではなぜ、ウズメ殿を誑かした」

「帝に因子持ちがくっついてるのが分かったからかな」

「なんだと……?貴様、何者だ」

「さあ、何者だろうね。ま、用事は済んだから、アタシはこれで」

 サエはそう言うと、日向雅を一瞥してから木の上に飛び乗った。

「待て!」

「またねー、神サマ達。それに因子持ちのお兄さん」

 そう呟いて、そのまま姿を消した。

「……妖気も消えたか、くそ」

「大国主……様」

 大国主は我に返る。

「アマテラス殿!」

 駆け寄ると、まだ止血されておらず、純白だったワンピースは真っ赤に染まっていた。

 顔色も悪く、チアノーゼも出始めている。

「傷が治らない……なぜです!?」

「この子は、記憶を失くしています……治癒の巫術は使えません」

 大国主から血の気が引いていく。

「一体、一体どうすれば」

「……日向雅とともに、今から言う場所へ、この子を運んでください」




 


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