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新事記ミカド・ミライ  作者: 今田勝手
5/17

肆話


 

 騒がしかった。

 それが、日向雅がこの一週間に抱いた感想だ。

 土曜日にも関わらず鳴り響く目覚まし時計に辟易しながら、そんなことを思う。

 その原因は間違いなくアレだろう。

 ガラリ、とふすまが開き「アレ」が姿を現す。

「ひゅーが!目覚まし鳴ってるよ!早く起きてー!」

 目覚まし時計に勝るとも劣らない声量を耳元で発して体を揺さぶる少女。

「だーうるせえ、起きるから静かにしてくれニイナ」

 日向雅が手で払うと、ニイナは少し不満そうな顔をしつつも口を閉じた。

 目覚ましを止めて起き上がる。

「今日は病院の日でしょ?」

 欠伸中にニイナが確認してくる。

「ああ、そうだな。だから休みなのにこの時間に起きたんだし」

「じゃあ早めにご飯食べて準備しないとね」

 そう言うと足早に部屋から出ていく。

「まあ朝飯は俺が作るんだけどな」

「ひゅーが様よろしくお願いします」

 日向雅の呟きが聞こえたのか、部屋の前まで戻ってくると日向雅に頭を下げる。

「うむ、では静かに待つように」

「はーい」

 とてててと効果音が聞こえそうな走り方で洗面所へ消えていった。

 日向雅は布団から立ち上がり大きく背伸びをする。

 ニイナが来てから一週間が経った。

 一週間前、初めてこの部屋に来た時のニイナを思い出す。

 何かを喋るでもなく、ただきょろきょろと辺りを見回していた。

 正直、日向雅にはその無口さが不安だった。

 雛子が言うには「記憶を失くしたショックもある。しばらくすれば元の性格が出てくるはずだから、よく観察してやれ」と言われていたが、日向雅も会話が得意な方ではない。

 不安を抱えたまま、夕食の時間になった。

 好き嫌いすらわからないので、これなら安牌だろうとカレーライスをつくった。

 二人向き合っての夕食。

 日向雅が一口食べると、それを見てニイナも口に運ぶ。

 その時日向雅は、この不安は杞憂であるかもしれないと思った。

 ニイナの表情から、曇りが少し消えたのが見て取れたのだ。

 一口、また一口と進むごとに、表情は晴れやかになっていく。

 日向雅はどっと、肩の力が抜けた様な気分になった。

「ひゅーがー!お水止まんなくなったー!」

 回想から急に現実に引き戻され、膝が折れそうになる。

「あー……またか」

 ニイナには記憶がない。

 それは日常生活に大きな支障をきたすほどだ。

 というのも、道具の使いかたを全く知らず、このように時々日向雅の予想の斜め上の事態を引き起こす。

 洗面所に向かうと、元気よく水を吹き出す水道と、何故か蛇口を手にしたニイナが目に入り、日向雅は大きく溜息をついた。

「……ニイナ、その手に持ってるの寄越せ」

 日向雅が蛇口を嵌めると、先程の勢いが嘘のように留まる。

 要するに、ニイナは蛇口を回しすぎて取ってしまったために水が止まらなくなったのだ。

「ちょっと回せば水は出てくるから」

「はい、ごめんなさい」

 彼女なりに水を止めようとしたのだろう、ニイナはびしょ濡れになっていた。

 日向雅はニイナの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「わわっ」

「ほら、シャワー浴びな。風邪ひくぞ」

 日向雅はそのまま洗面所を後にしようとするが、ふと立ち止まる。

「……シャワーの蛇口は取るなよ?」

「は、はーい……」

 返事の小ささに、ちょっと不安になる。

 流石に風呂の中までは乗りこめないぞ。

 ともあれ、その後は何事もなく朝食を済ませて、二人はアパートを出た。

 まだ肌寒い午前中の道を並んで歩く。

「うおー、さぶい」

「そりゃお前、その格好じゃなあ」

 ニイナは最初の日と同じ白のワンピースに、雛子が買い与えた薄手のカーディガンを羽織っている。正直見てるだけで寒い。

「ほかに着るものなかったのかよ」

「着れそうなの、これしかなかった」

 暫くは寒そうに腕をさすっていたが、突然思いついたように走り出す。

「ひゅーが、早く行こ。電車の中は暖かいでしょ?」

「あ、おい走ると転ぶぞ」

「へーきー」

 そのまま駆けて行ってしまう。

「……ほんとに元気になったな」

 少々元気になりすぎな気もするが、これが本来のニイナなのだろう。

「ひゅーが!置いてくよー」

 こちらを振り返る笑顔が、太陽のように眩しい。

「はいよ、今行くー」

 日向雅はひとつ、大きく息を吐くと後を追いかけて走り出した。




 なお、その後は想像に難くないだろうが、駅に着く事にはすっかりバテてしまった日向雅はニイナに支えられて電車に乗り込むと、気づいたら降りる駅に居た。

 そのままよたよたと病院へ向かう。

「ひゅーが、大丈夫?」

「んあー、平気だ」

 裏口から病院の中に入り、雛子の部屋に直行する。

 入るなり「だらしないな」と目線で言われた気がするが気のせいだろう。

「よし、じゃあニイナは隣の部屋で着替えてくれ」

 雛子が扉を指さすと、ニイナはすたこらとそちらへ向かっていった。

 扉が閉まると、雛子は楽し気に日向雅の顔を見た。

「随分楽しそうじゃないかヒュウガ」

「ヒナ姉の方が楽しそうな顔してるぞ」

「どうだ、二人での生活は」

 スルーかい。

「んーまあ、賑やかにやってるよ」

「……それはよかったな」

 雛子は机の上の資料に書き込みを始める。

 ん、なんだ今の間は。

「……少しは、気が晴れただろう」

 机に向かったまま、そう呟く。独り言というより、日向雅に向けて言ったようだ。

 ああ、そういう事か。

「ん……ヒナ姉もその話か」

「当たり前だろ。これでも心配しているんだぞ、私も……綾も」

「まあ、そうだな」

 日向雅は頭の後ろで手を組む。

 少しの沈黙があったが、すぐに日向雅が口を開いた。

「でも、ニイナには関係ないだろ?そのことと重ねるのは良くない」

 ニイナにとっても、日向雅にとっても。

「……ああ、そうだな。それを聞いて少し安心した」

 雛子は、目線を日向雅に合わせる。少し口角が上がっているように見えた。

 その時、扉が開く音が聞こえ中から検査衣に着替えたニイナが顔を出した。

「よし、着替え終わったな。すぐ行こう。ヒュウガ、時間が掛かるから君は何処かで暇をつぶして来たまえ。適当な時間にこちらから連絡する」

「あいよ」




 数時間後、日向雅は病院からは少し距離のある市街地まで足を運んでいた。

 何かをしに来たというわけではなく、何も考えずに歩を進めていたらここにいたという感じだ。

 しかし、本当にすることがない。

 日向雅は時間を確認する。

 雛子から大体の所要時間を知らされていた日向雅は、残り時間を算出する。まだまだ時間はあるだろう。

 近くにあったコンビニに入ると、三人分の飲み物を購入する。

 荷物も出来た上に、いよいよやることがなくなった日向雅は、電車を使わず徒歩で病院に戻ることにした。

 途中、旧道に入る。

「ん……」

 下り坂の途中、ふと立ち止まり左側に広がる森へ目を遣る。

 一週間前、ニイナが降ってきた現場だ。

「そういや、あの時……」

 目の前の景色で、一週間前の会話を思い出す。

 綾は、何かを言いかけていたような気がする。

「……」

 あの時は、何を話していいたんだっけ。

 日向雅がぼんやりと想起に浸っている間に、前方から大きな影が迫ってきていた。

「ちょっと、いいかな?」

 ハッとして正面を向くと、大きな大胸筋が視界を占領した。

 見上げると、大男が日向雅を見下ろしている。

 その大きさに日向雅が圧倒されていると、男は話をつづけた。

「この辺で、変な女の子を見なかったか?」

「変な、女の子……?」

 無駄に緊張し、息が詰まる。

 日向雅は振り絞って何とか返した。

「変なって、何が?」

「ふむ……」

 日向雅の返答を受け、男は少し考える素振りを見せる。

「そうだな……例えるなら」

 男は一息置くと、こう言った。

「旧人類のような子だ」

 どくり、と心臓が跳ねるのを感じる。

 覚られてはいけない。

 平静を装いながら、質問を返した。

「それは、どういう意味だ?」

「ん……まあ、何となくの雰囲気だよ。深い意味はない」

 旧人類のような雰囲気、というのもよくわからない。

 この場所で、こんな事を聞いてくるこの男は、恐らくニイナの関係者だ。

 日向雅は、一週間前の雛子との会話を思い出す。

 ニイナが何者かから逃亡している可能性。

 この男がニイナを追っているのだとしたら、その可能性が高くなる。

 確かめるべく、日向雅は敢えて鎌をかけてみる。

「さすがに、そんな曖昧な情報じゃわからないな。もっとわかりやすい特徴は?」

 声の震えを最大限抑えて喋る。

 日向雅の質問を受け、男はしばし考えこむとやがて口を開いた。

「確か、黒の長髪をしていた。歳は……12歳くらいと言ったところか」

「……えらく、若いな。娘さん?」

「いや、俺の娘ではないが……」

 男は言い淀むと、ひとつ咳ばらいを挟んだ。

「ともかく、知らないようだな。すまなかった」

 男は日向雅に会釈すると歩き出す。

 日向雅はその背中を暫く目で追ったが、振り返る素振りがないのを確認し、早足でその場を去った。






「ねえ、さっきの子絶対何か隠してるよー?」

 少年と別れて十分後、声がして大男は立ち止まった。

横を見ると、見知った顔が二つ林の中から出てくる。

「おお、お二人とも、わざわざ来てくださったか」

「それよりもさ、さっきの子だよ」

 林から出てきた男女のうち、女の方が指をさす。

 来た道を振り返ってみる。

 既に少年の姿は見えない。

 人通りの少ないこの道で、現場付近の方を眺めていた少年に声を掛けてみただけだが、何かまずかったのだろうか。

「さっきの少年が、なにか?」

「ありゃ、気づかなかったの」

 首をひねっていると、もう片方の男も口を開いた。

「……あの少年から、気配、出てた」

 大男はハッとする。

「では、あの少年は……」

「その可能性は大いにあるねぇ」

 大男は、少年が去っていった道を見遣る。

「ウチらも手伝うから、行こ行こ」

 男たちは、急ぎ来た道を戻っていった。





 ひたすらに走り、ようやく駅に着いた日向雅のもとに着信が来る。

「……もしもし」

『ん……随分息が上がってるな。ランニングか?』

「いや……まあ、そんなところだ」

 戻ったら話す、と付け加える。

『ふむ……まあいい、そろそろ戻りたまえ。今どこだ?』

「いま電車に乗った。二駅で着く」

『高校駅じゃないか。休日まで学校に行くほど君は熱心じゃないだろう』

「うっせ、それも帰ったら話すから待ってろ」

 電車に揺られながら、日向雅はさっきの男について考える。

 上半身は裸に近い、どこか古めかしい格好だった。

 要するに、変な格好だ。

 科学者には、とても見えない。

 しかし、ニイナの親ではないとも言った。

 では、あの男は何者なのだろうか。

 どうにもこうにも考えがまとまらないでいると、いつの間にか降車駅に着いていた。

 病院までの道が、自然と早足になる。

 病院の看板が目に入ったとき、何とも言えない安堵感に襲われた。

 すぐに中に入り、雛子の部屋に入った瞬間に膝が折れ地面にへたり込んだ。

「……大丈夫かヒュウガ」

「ああ、何とかな……ニイナは?」

「検査室のベッドだ。少し疲れたのだろう」

 雛子は喋りながら立ち上がると、隣の部屋へ向かった。

「そうか……」

 日向雅が椅子に座りなおすと、マグカップを二つ持った雛子が戻ってくる。

「何か、あったようだな」

 日向雅はひとつ受け取りながら「まあな」と返す。

「ニイナを探してる風な男に遭った」

 椅子に座ってコーヒーに口をつけようとした雛子の動きが止まる。

「……詳しく聞こう」

 日向雅は、山中での出来事を雛子に話した。

 雛子は時々考えるように口元に手を当てる様子が見られたが、日向雅の話を最後まで聞くと、一言「なるほどな」と返す。

 日向雅は初めてコーヒーを啜る。

 ぬるい。

「確かに状況から見て、ニイナを探していると考えるのが妥当だな」

 雛子が口を開く。

 その表情は何処か険し気に見えた。

「日向雅がマークされた可能性もある。しばらくはニイナと別行動を取った方がいいだろうな」

「ああ……」

 日向雅も頷く。

 ニイナにとっては、それは最善だ。

 その様子を見た雛子は顎を触る。

「ふむ……うちのベッドに余裕があればよかったんだが、止むを得ない。綾に話して、明日にでも迎えに来てもらうとしよう。……ああ、そうだ」

 雛子は何かを思い出したように話を続ける。

「それにも関係することだが、ニイナが一つキーワードを思い出したんだ」

「キーワード?」

「君は『帝』という言葉を聞いたことがあるか?」

「みかど……?」

 聞き覚えのない言葉だ。地名だろうか。

「私もピンと来なくてな、少し調べたんだ。そしたらこんなのが出てきた」

 雛子が机の上から紙切れを取り、日向雅に渡す。

「なんだこれ……古語辞典?」

 渡されたのは、ネット上の字引きサイトから引用した検索結果だった。

「帝……旧人類史において日本を統治していた世襲制の人物、エンペラー?」

 読んでなお、眉を顰める。

「なんだこれ」

 雛子も思わず頭を掻く。

「私も歴史には明るくないから何とも言えないんだが、旧人類にかかわる言葉なのは間違いないだろう?もしかしたらこの言葉がニイナの出自に大きく関係しているのかもしれないからな」

「ニイナがこの言葉を?」

 日向雅が怪訝な顔で雛子に問うが、涼しい顔で頷く。

「ああ、カウンセリングの中でボソッとな」

 日向雅は資料の「帝」の一文字を見つめる。

「……調べる価値はある、か」

「ああ、高校なら多少文献や資料がってもおかしくはないだろう?私は私で調べるつもりだが」

「わかった。とにかく、図書室を漁ってみることにする。ニイナは……頼む」

 日向雅が頭を下げると、雛子は笑みを浮かべて応える。

「ああ、こっちは任せておけ」




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