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新事記ミカド・ミライ  作者: 今田勝手
4/17

参話




 そのまま駅に戻り、コインロッカーから荷物を回収してから改札を通過する。

 少女は季節外れのワンピース姿という事もあり、電車内で目立たないよう綾が上着を羽織らせた。傍から見たら遊び疲れて眠っているようにしか見えないだろう、というよりそう見えていることを祈った。

 降車駅を早足で出ると、そのまま病院まで急ぐ。

 幸い、今日は午後休診の日だ。病院内に人は居らず、下手に怪しまれることも無いだろう。

 昨日と同じく裏口から入るとそのまま雛子の部屋へ向かった。

 ここまでの道中で雛子には連絡済みだ。

 着けばすぐに処置してくれるだろう。

 部屋のドアをノックし開ける。

「来たか」

 雛子は椅子から立ち上がるともう一つ、隣へと続く扉を親指で指した。

 その扉の奥は雛子の実験室だ。

 中に入ると、中央に処置台が置かれ、珍しく周囲が片付いていた。

 台の上に少女を寝かせる。

「最初に聞いたときは何の冗談かと思ったが……本当に降ってきたんだな?」

「ああ、言ったとおりだ」

「ふむ……とにかく検査してみよう。そっちで待っていてくれ」

 雛子に言われるがまま、日向雅と綾は扉から退室する。

「あと綾」

「うん?」

 部屋を出る間際に雛子が綾を呼び止める。

「処置室に湿布がある。その馬鹿の背中に貼ってやれ」

 綾は驚いたような顔で日向雅を向き直る。

「……バレてたか」

 日向雅は苦虫を噛み潰したような顔で溜息をついた。

 態度に出さないよう集中していたが、緊張もあってか背中の痛みが次第に強くなってきていた。

 綾が慌てて日向雅の背中をめくりあげる。

「うわ!すごい痣……なんで早く言わないの!」

「ああもう、なんでわかるかなあ」

「まったく、私をなめるなよ。君の顔色など手に取るようにわかる。あとで処置はしてやるから、湿布を張って待っていろ」

「……あーい」

 怠そうな声を残して扉が閉まる。

「ふう……さて」

 雛子は視線を扉から眼前の少女へと移す。

 見たところ年齢は十から十三と言ったところか。

 寝息を立てて静かに眠っており、顔面や手足に外傷は見られない。

 とても空高くから落下したとは思えない様子だ。

 胸部から腹部に掛けて軽く触診する。

「……うん?」

 感触に違和感を覚えた。

 少女が着用しているワンピースの肩紐を外し、上半身を露出させる。

 やはり外傷はない。見た目にも、変わった様子は見られない。

 もう一度、今度は直に胸部に触れる。

「これは……鼓動、か?」

 指を伝う振動は、普段診る患者のものとはどこか異質に感じた。

 何より、通常であれば胸部に覆われた骨格と機械組織の影響で、触診でここまでハッキリと鼓動を感じることは珍しい。

「機械組織の破損は考えられるな……いや、それでも妙だ」

 雛子は首元のコネクタを開き、エコースキャナの端子を接続する。

 視界に専用窓が展開されると、少女の上半身をスキャンしていく。

「これは……」

 雛子の視界に、信じられない結果が映った。

「……全身検査に回す必要があるな」

 首から端子を抜きとると、少女にタオルを被せ検査室へと早足で向かう。




 雛子が日向雅達を診察室へ呼んだのはそれから一時間後の事だった。

「やあ、待たせたな」

「随分かかったな。なんかあったのか?」

「うむ」

 そう頷く雛子の表情は、どこか高揚しているようにも見えた。

「とりあえず身体に異常はないと思う。今は安静にして栄養剤を投与している。安心したまえ」

 横から安堵のため息が聞こえた。

 しかし日向雅は今の台詞に眉を顰める。

「思う、なんてヒナ姉にしちゃ珍しく自信なさげだな?」

「ああ、そうだな。正直診断ミスがあっても文句は言えない状況だ」

 雛子が肩をすくめる。

 話が読めず眉間に皺を寄せていると、雛子は懐から紙束を取り出した。

「これが何か分かるか?」

 表紙には『ホモサピエンスの体構造』と書かれていた。

 聞き慣れない横文字だ。

「なんだこれ」

「ホモサピエンス、というのは学名で旧人類を指す言葉だ。この資料には旧人類の体の仕組みが事細かに纏められている」

「旧人類だと?」

 日向雅の反応をみて、雛子は愉快そうに続ける。

「何故そんなものが今出てくるのか分からない、って顔だな。私とて、この資料がこんなにも役立つ日が来るとは思わなかったさ」

 雛子は資料を開き、全身の解剖図のようなものが載っているページを日向雅に渡した。

 臓器と呼ばれる生体組織が全身にぎっしり詰まっているものと、骨格図がそれぞれ詳しく書いてある。

「これが旧人類の内部構造だ。そして」

 その台詞中にプリンタが起動し、印刷されたものを雛子が掲げる。

「これが、あの子の全身スキャン画像だ」

 雛子は資料の横に、見比べろと言わんばかりに並べてみせた。

「……これって」

 資料の図面と、画像が完全に一致した。

「ちなみに君らも知ってると思うが、現人類と旧人類では内部構造は大きく異なる。我々は生体組織よりも機械組織の比率の方が高いからな」

 さすがの日向雅にも、雛子が言いたいことが何となく理解できた。

「まさか、あの子は旧人類だって言うのか?」

「断言はできないが、その可能性は高い」

「で、でも、旧人類が絶滅したのって」

 綾が震えながら言う。

「ああ、もう三十一年も前の事だ。だが絶滅後に個体が発見されたケースは少なくない」

「……間違いは、無いんだな?」

 日向雅が雛子を見据えると、真っすぐ見返してくる。

「私が間違えると思うか?」

 日向雅は頭を掻く。

 あまりにも話が突飛で信じがたい。

「仮に旧人類の子だとして、なんでこんな突然……」

「あくまで可能性の話だが、考えられるのは二つだな」

 そう言うと雛子は指を二本立てる。

「一つ、我々の知り得ないところで密かに旧人類が存続していた可能性」

「現人類から隠れてたってことか」

「ああ、元来生物というものは種の存続を一番に考える。旧人類は現人類の出現によってそれが脅かされたのだから、隠れるのが賢明な判断ともいえるな」

 歴史の教科書を想起する。

 確か、旧人類滅亡の直接的要因は二つあった。世界大戦と、現人類との交配だ。

 現人類は旧人類との交配を繰り返すことで生体器官を発達させてきたが、その一方で機械組織の生成に旧人類が耐えられず、出産時に絶命するケースが多かった。

 戦争による男性の減少と交配による女性の減少。次第に旧人類が淘汰されていったという。

そうして五十年前には旧人類は街から消え、三十一年前に最後の個体が息を引き取り、旧人類は絶滅した。教科書から参照できるのはこのくらいの情報だ。

確かに、旧人類という種を守るためには現人類の目の届かない場所へ身を隠すしかないだろう。

 日向雅が顎を手に当てて考えていると綾が疑問を呈した。

「でも、今までどこに居たの?何十年も隠れて生活できるような場所ってある?」

「ないことも無いさ。例えば田舎の離島なら、旧人類が前世紀に使っていた遺構が沢山ある。まあ、画像衛星から逃れるのは至難の業だがな」

 雛子は一息つくと、再び指を立てた。

「そこで二つ目だ。彼女は何者かが作り出した、旧人類のクローンである可能性」

 考え込んでいた日向雅だったが、ハッとして顔を上げる。

 目があった雛子は話を続ける。

「旧人類のDNA型は厳重に保管されてはいるものの、無いわけではない。そこから複製することなど今の科学技術をもってすれば容易いことだ」

 雛子は「タブーに変わりはないがな」と付け足すと、背もたれに体を預けた。

「でも、誰が何のために?」

「さすがにそこまでは分からんが、そうしたがっている者は沢山いるだろうな。旧人類には科学的な謎が多すぎる」

 日向雅は再び下を向いて黙り込む。

 研究材料として作り出された実験動物という可能性が、日向雅の頭をぐるぐると回る。

「……以上の可能性を踏まえて、確認なのだが」

 雛子が続けて口を開く。

「あの子は空から降ってきたのだな?」

 日向雅は首を縦に振る。

「間違いないよ。私も見たし」

 綾がそう続けた。

 雛子は「ふむ」と言い、何か考え込む。

「落下してくるという事は、空中で何かから飛び降りたという事だ」

 人間に翼はない。それは旧人類も同じことだ。

 だとすれば、飛行機やヘリなどから転落したという事になる。

 そうだろうな、と返すと雛子は更に質問をしてきた。

「ヒュウガ、君が飛行機から飛び降りるとしたら、どんな時だ?」

「そりゃ、スカイダイビングとか……?」

 あの子はヘルメットやパラシュートを装備していなかった。

 服装も適しているとは言いにくい。

 だとしたら他は……。

「何者かから逃げた。あるいは落とされた」

 雛子の台詞にハッとする。

「どういう経緯であの子が存在するのかは想像の域だが、状況から見て、あの子は何らかのトラブルに巻き込まれていることは確かだ。同時に、あの子を追っている者も存在し得る」

 心臓が跳ねる。

 理由はどうであれ、旧人類が研究材料として貴重なのは言うまでもない。それを欲している連中が、あの子を探しているとしたら。

「ヒュウガ、ここから先の対応は君に任せる。この至極面倒臭そうな案件に首を突っ込むもよし、見なかったことにして元の日常に戻るもよし。君のしたいようにしたまえ」

 匿えば、雛子に害が及ぶ可能性もある。

 雛子だけではない。綾が背負ってここまで連れてきているのは大勢が目撃している。

 日向雅が綾を見ると、綾は笑顔を見せた。

「いいよ、私も日向雅に任せる」

 日向雅がどちらを選ぶのか、既にわかっている。そんな顔だった。

 そうだ。日向雅の中では既に、決まっているのかもしれない。

 二年前のあの日が蘇る。

 誰も、もう二度と、見殺しにするようなことはしない。

大きく深呼吸。

 日向雅は静かに立ち上がると、二人に対し深く頭を下げた。

「ヒナ姉、綾。すまん……俺はあの子を、助けたい」

 その言葉を聞いた綾は一気に肩の力が抜けたのか、溜息が聞こえた。

「よし、それでこそヒュウガだ。合格」

 雛子はけらけらと笑い出す。

 日向雅が頭を上げて椅子に座ると、雛子はパンと手を叩いた。

「さて、今は起きる様子もないから、今夜は入院してもらう。日向雅、明日また来たまえ」

 日向雅は拒む理由もないので頷く。

「……ああ、そうだな」

「えっ、私も来るよ」

 綾が名乗りを上げたが日向雅に制される。

「お前は部活もあるだろ?」

「でも……」

「ヒュウガの言う通りだ、エースが休む訳にもいくまい」

 雛子にも推され、しぶしぶ了承する。

「じ、じゃあ、せめて今どんな様子か見せて」

「ん、そうだな。俺も見たい」

 綾に合わせて日向雅が立ち上がると、雛子は一瞬驚きを見せるが直ぐに悪戯っぽく笑いだす。

「……なんだよ」

「いや、なんでもない。そんなに見たいなら見ていくがいい。ほれ」

 雛子も椅子から腰を上げると、治療室へとつながる扉に手を掛けて手招きをした。

 日向雅と綾が扉の前に立つと、雛子が開ける。

 部屋の中心には、仰々しい機械と、浴槽のようなものに浸かり頭だけが出ている少女の姿があった。

 日向雅は一歩、近づこうとしたところで違和感に気付く。

「ち、ちょっと!」

「おわ!?」

 同時に綾が背後から手を回し日向雅の目を覆った。

 だが時すでに遅し、日向雅はしっかり目視していた。

 ああ、そうだな。やはり女性で間違いないようだ。

「ちょ、ヒナ姉!?」

「なんだ、騒がしいな」

 綾の叫びに応えた雛子の声は笑いを抑えているのが良く分かった。

「た、あの、は、だだ、だっ!」

 予想外の事に上手く舌が回っていない綾に代わり、がっちり頭部をホールドされたまま日向雅が静かに喋る。

「ヒナ姉」

「なんだ?」

「なんで全裸で浸かってるんだ?」

「そりゃあ、皮膚の接触面積が広い方が栄養剤の吸収速度が速いからな」

「それなら最初にそう言ってよ!」

 綾が思わず突っ込みを入れる。

うん。その通りなんだが、耳元で叫ばないでくれ。

「ほら、患者の前で五月蠅いぞー。もう部屋から出たまえー」

 雛子の声が遠ざかる。どうやら部屋から出たらしい。

「あのなあ……」

 何も見えない日向雅はただ溜息を吐くのみであった。





 翌日、日向雅は背中の痛みと共に目が覚めた。

 あの後雛子に処置を施してもらいはしたものの、さすがに一晩じゃ痛みは引かない。

「うぐ」

 堪えて立ち上がろうとしたとき、太腿に別の痛みが走った。

「……さすがに、運動が足りなすぎたか」

 両腿のそれは筋肉痛だった。昨日山の中を全力疾走したツケが回って来たらしい。

普段の十分の一ほどのスピードで立ち上がる。

翌朝に来るのは若い証拠、と自分に言い聞かせて外出の準備に取り掛かった。

それから一時間後には、ぎこちない動きで病院の門を潜っていた。

「あらいらっしゃい日向雅君……どしたのその動き」

「ええまあ、ちょっと動きすぎまして」

あらまあ若いのにと苦笑いの木原さんに一礼して通過する。

雛子の部屋をノックし、中に入ると椅子がこちらを向いた。

「……油でも差し忘れたか?」

「唯の筋肉痛にそこまで言うか?」

 日向雅は手ごろな椅子に(ゆっくりと)腰かける。

「で、どんな感じだ?」

「あの子か?一応目は覚ましたよ……まあ、実際に見たほうが早いだろう」

 そう言うと雛子は立ち上がり、先程日向雅が入ってきた扉に向かう。

 日向雅も後に続いた。

 向かった先は昨日の治療室ではなく、二階にある病室だった。

 雛子が扉を叩いて開けると、ベッドに腰かけて外を眺める少女の姿が目に入った。

 日向雅達に気づき、視線がこちらを向く。

 少女は雛子を一瞥すると、不思議そうな顔で日向雅を凝視した。

「私の友達だ」

 雛子が日向雅を指してそう説明する。

「ともだち……」

「芦原日向雅だ、よろしく」

 日向雅はぎこちなくそう返した。

「ひゅーが……」

「このヒュウガが君をここまで運んできたんだ」

 雛子がそう言うと、少女は少し驚いた様子で日向雅に頭を下げた。

 日向雅が何と返そうか迷っているうちに雛子は話を続ける。

「少しは、思い出せたか?」

 少女は頭を上げると、首を横に振る。

 思い出せた、という表現に一抹の不安がよぎる。

 日向雅はベッドの脇に近づくと、目線の高さにしゃがむ。

「君の名前は?」

 少女は日向雅の方を向き直ると、絞り出すように答えた。

「ニイナ……」

「ニイナ、か。よろしくな」

 日向雅が微笑むと、少女も頷く。

 さて、今ので少し察した。

 日向雅が雛子の方を向くと、雛子も目を合わせて頷く。

「恐らく落下時のショックだろう。この子は自分の名前以外の記憶を失くしている」

「……そうか」

 意識が戻れば、この子の素性やあの場所にいた理由もわかるかもしれないと少し期待していたが、それはまだ先の様だ。

「ヒュウガ、この子にはカウンセリングが必要だ」

「ん?」

 唐突にどうした。

 とりあえず話を聞く。

「ここは人目にも触れるし、精神衛生上もいい場所とは言えない」

「……まさか」

 雛子の話は前置きが長いが、何を言いたいか察する程度には付き合いが長い。

当の雛子もそれをわかったうえで話をつづける。

「生活費は私が援助する」

「……やっぱそういう事だよな」

 つまりは、日向雅の住むアパートに居候させろと、そう言いたいのだ。

「綾も実家暮らしなんだ。それに、アパートの名義は誰だったか忘れたわけじゃあるまい」

「……わーったよ」

 日向雅は少々乱暴に後頭部を掻いた。

「もともと俺が拾ったんだ。異論はねえよ」

「うむ、それでこそヒュウガだ」

 だからそれどういう意味だよ。

「最低限必要なものは私と綾で買い揃えて渡す。三日後までに人が住めるよう片付けておきたまえ」

「そんなに散らかってねえよ」

 誰かさんじゃあるまいし。

 ともあれ、こうして日向雅はニイナと同居することとなった。

「くれぐれも変なことはしないように」

「あのなあ」

 













 それから数日が経った夜の事。

 静まり返った山中を一人で歩く男の姿があった。

 鍛え上げた巨体を左右に振り、何かを探している様子だ。

「確かに、この辺の筈なのだが……」

 鬱蒼とした森の中を、月明かりだけを頼りに進んでいく。

 ふと、何かに気づき立ち止まる。

「……あそこか」

 男の視線の先にあったのは、不自然な窪みだった。

 人間一人ほどならすっぽり収まりそうなほどの半円形。

 ニイナが落下した地点である。

「まだ少し残滓が残っている。間違いないな」

 男は、付近に手をかざす。

 やがてその動きは方角を定め、一方へと向かう。

「あっちに向かって行ったか」

 男は立ち上がると、掌を前に出したまま歩き始める。

「どこまで追えるかはわからないが、これでおおよその位置は分かりそうだ」

 男は、日向雅達が通った道筋を辿るように山を下りていった。




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