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新事記ミカド・ミライ  作者: 今田勝手
3/17

弐話


 翌朝、待ち合わせ場所に指定したのは校門前。

 私服でここにいることに対してはとてつもない違和感を、休日にここにいることに対してはとてつもない虚無感を感じながら日向雅は綾の到着を待っていた。

 待ち合わせは9時半、日向雅が着いたのは9時15分、現在の時刻10時半。紛う事無き遅刻である。

 日向雅は特に慌てる様子もなく、視界ディスプレイを操作しコールウィンドウを開く。

 この時代、携帯電話を見かけることは非常に少なくなった。数十年前、体内埋め込み型のシムが発売されてからは、わざわざデバイスとして持ち歩いているのはビジネス用に番号が複数必要な人だけだ。

 日向雅は慣れた様子で電話帳から綾の番号を引き出し発信する。

『あ、日向雅?ごめんもうすぐ着く』

「おお、ヒナ姉もう起きられたか」

 昨夕、病院を後にした二人は雛子から店の場所も代金も受け取っていないことに気づいた。すぐに電話して確認したが、雛子は「明日の朝取りに来たらいい」と言い聞かなかったのだ。

 結局、家が近い綾が受け取ってから合流することになったのだが、雛子は朝に弱い。

 正直日向雅にはこうなることは予想済みだった。

『私もそう思ったんだけど、自分で言っておいてできないやつがあるか、って』

「だったらもっと早く起きてるはずだよなあ」

 あはは、と電話先の苦笑いが聞こえる。

 その奥で駅の放送が聞こえた。

「ん、着いたな。じゃあ待っとくわ」

『うん、また後でね』

 電話を切る。

 ふと学校の方に目を遣ると、野球部が練習に勤しんでる様子が見えた。

 そのまま民家の塀にもたれ掛かり空を仰ぐ。

 塀の向こうで流れるラジオを聞き流しながらボーっとしていると、春の温かさに当てられたか、かくんと頭が横に揺れバランスを崩しそうになる。

「っと、あっぶね」

 咄嗟に出した右足でバランスを取り転倒を回避すると、直後に遠くから「すみませーん」と声が聞こえてくる。

 最初は気に留めていなかったが、野球部員がこちらに駆け寄ってくるのに気づき、辺りを見回すと、日向雅の目の前に硬式ボールが転がってきた。

 日向雅はそれを拾うと、到着した部員に手渡した。

「あの、大丈夫でしたか?」

「え?」

 ボールを受け取った部員は怪訝そうな顔で日向雅を覗き込むと、後ろを指さした。

 その指を追って振り返った日向雅は唖然とした。

 民家の塀に球痕を見つけたのだ。なんなら少し塀が凹んでいる。

 先程まで日向雅の頭がもたれ掛かっていた位置である。

聞けば、ボールは結構なスピードに乗って日向雅の顔面目掛け飛んで行ったのだという。しかも、ボールが跳ね返った瞬間に日向雅の体がガクンと動いたように見えたため、直撃したと思ったらしい。

 もちろん日向雅にボールは当たっていない。

 日向雅は部員に当たっていないことを伝えると、元気よくお辞儀をして練習に戻っていった。

 どうやら、急な眠気で倒れそうになった時に丁度当たったらしい。

 もしあの時、眠気が来なかったらと思うとぞっとしない。

「……ちょっと、ボーっとしすぎたか」

 日向雅は深呼吸すると校庭から死角になる、校門の陰に陣取った。

「お待たせ……って、そんなとこで何してんの」

 数分後到着した綾に訝しげな眼を向けられる。

「……いや、何でもない」

 そのまま立ち上がると、咳払いをして歩き出した。






 綾が雛子から預かった住所へと向かい買い物を済ませると、一度駅のコインロッカーに預けに戻ることにした。

 雛子から預かった金額は結構多く、二人では到底一日で使い切るとは思えない量が残った。畜生、得意げな顔が目に浮かびやがる。

 とりあえず食事を摂ることにした二人は駅から裏道を使って街に出ることにし、歩き出す。

 特別都会でもないこの近辺は山や林も多く、旧時代に整備された裏道も多い。

 普通に通る分には近道なのだが、道路の状態が悪くとても自動車で走れるような道ではない。平日は学生が通学路に使うことがあるものの、休日になれば閑古鳥が鳴く。

 そんな人けのない道を、風の音を聞きながら静かに歩く。

 進むにつれ、森が深くなっていく印象を感じる。

 目下に広がるデコボコのアスファルトだけがここを道路たらしめており、行き先を示してくれる。それを見失えば、遭難しているに等しい。

 空を見上げる。

 清々しい春空は徐々に狭くなる。

 周りは既に緑一色。

 日向雅はこの情景に、ぼんやりと昔を思い出しそうになる。

「……なんか、懐かしいね」

 綾が日向雅よりも早く口に出した。

「昔は四人でよく旧道を駆け回ったよね」

「そうだなあ……」

 日向雅の頭の中で、ぼんやりしていた光景がよみがえる。

 先頭を走るのは日向雅、それを追いかける綾と足の遅い雛子。そしてもう一人、日向雅に手を引かれ楽しそうに笑う少女が居た。

 日向雅の妹、牧希(まき)だ。

「あの頃は、良かったな」

 ふと口に出る。

 綾はしばらく間があって「うん」と小さな声で返した。

 その間にも足は進み、上り坂に入る。

 歩を進めるごとに、周りの視界が広がっていく。

 しかし静寂は、より一層重みを増していった。

「……ね、ねえ日向雅、私」

 意を決した語気で綾が口を開く。

 日向雅は聞く姿勢に入った。

「……」

 だが、続きが聞こえない。

「綾?」

 日向雅が綾の方を振り返ると、遠くの空を見つめ固まっていた。

「……どうした?」

「日向雅……あれ」

 綾が自身の視線の先を指さす。

 日向雅は振り向き、その指先を探す。

 南の空だ。この辺では飛行機も通らないし、その方角には山が広がるばかり。

 一体なにがあるのかと見回すと、すぐにそれを見つけた。

 きらりと、南のそれで何かが閃いた。

 何かが、飛行している?

「あれは……」

 いや違う、飛行ではなく滑空か、いや落下かもしれない。

 日向雅は目を凝らす。

 肉眼の解像度を最大限活用し、その容姿を定める。

「おい、まさか……」

 日向雅がその正体を悟り戦慄する。

「そう、だよね……やっぱり」

 綾も震える声で答える。

 視線の先、上空から落下していたその影は、人の形をしていた。

「行くぞ!」

 日向雅は走り出す。

 綾も遅れて、日向雅を追いかけた。

「なんで人なんか降るんだ!?飛行機事故か!?」

「わかんないけど、この辺飛行機なんか来ないよ!?」

 二人はとにかく走った。

 見上げると、徐々にその輪郭がはっきりしてくる。

 確かに人影だ。

「くっそ、間に合えよっ……!」

 日向雅は全力で走るも、普段の運動不足が祟り呼吸が続かない。

 次第にペースが落ちていく。

「日向雅、大丈夫?」

 後ろを走る綾にはまだどこか余裕がありそうに見えた。

「……大丈夫だ、急ぐぞ!」

 日向雅はとにかく走る。

 幼少期の経験が生きたのか、途中で草の根に足を取られることはなかった。

 上と前を交互に見る。

 目測で、落下予測を付ける。

 丁度、木のない開けた空間に予測がついた。

 つまり、放っておけばクッションなしに地面に激突するという事だ。

「くそ、間に合えええ!!」

 予測地点まではもう少し。

 だが、見上げるとこちらも着地まで時間がない。

 日向雅は一か八か、飛び込んだ。

 落下してきた人影に追い付き、手を伸ばす。だが、紙一重、日向雅の手を抜けた。

 直後、大きな音を立てて土煙が辺りを覆う。

「ぐうあっ!」

 空中に居た日向雅はその衝撃を食らい後ろへ吹き飛ばされる。

 そのまま大きな木の幹に背中から衝突し、地面を転がった。

「日向雅!」

 追い付いた綾が日向雅に駆け寄る。

「大丈夫?」

 日向雅は背中に激痛を感じながらも、「おう」と手を振る。

 その目は、土煙の中心へと向いていた。

「……駄目、だったか」

 拳を握り、頭を地面に押し付けた。

 また守れなかった。

 歯を食いしばっていると、綾が日向雅の肩を揺らす。

「ねえ、日向雅、あれ見て」

 顔を上げると、土煙の中から仄かに紫色の光が漏れていることに気が付いた。

「なんだ、あれ」

 日向雅は綾の肩を借り立ち上がると、その光へ近づいていく。

 徐々に土煙は消えていき、視界が広がる。

 その全貌が見えるころには、不思議な光は消えていたが、そこにはおかしな光景が広がっていた。

「これは……どうなってる?」

 隣に立つ綾も、驚きのあまり言葉を失っているようだ。

 日向雅の目の前には、十二歳ほどの少女が傷ひとつない状態で横たわっていた。

 しかもその少女を中心に、先程までなかった不自然な半球型の窪みが出来ていたのだ。

 その光景はまるで、クレーターのようにも見えた。

 日向雅は足元に注意してその窪みに降りると、少女を抱える。

「おい、生きてるか?」

 揺さぶるも、反応はない。

 しかし、日向雅は気づいた。

 呼吸をしている。

「どう、日向雅?」

「生きてる。まだ助かるかもしれない」

 しかし、ここは山の中。

 安易に救急車両を呼べる場所ではない。

 道路は車が通れないし、通信も圏外だ。

 なにより、事情が事情だ。

 救急に通報したところで、どう説明すればいい。

 空から降って来たなんて言っても相手にされないだろう。

「……仕方ない」

 日向雅は少女を背中に担ぐ。

「とりあえず、ヒナ姉んとこ戻るぞ」

 少女は思ったよりもかなり軽い。

 これならいけるだろうと碌に勢いも付けずに立ち上がると、背中に鈍痛が走った。

 流石にあの勢いで木に叩きつけられたら、多少痛みも残るか。

 思わず膝が折れそうになる。

「わ、ちょ、日向雅大丈夫?」

 綾が、慌てて肩を支える。

「……大丈夫だよ」

「フラフラだよ?危なっかしいからその子、私が担ぐよ」

 そう言って手を差し出してきた。

「大丈夫だっての」

 日向雅が歩き出そうとすると、綾はムッとして肩を掴んできた。

 手負いの日向雅は容易に足を止められる。

 力、強え。

「いいから貸す!」

 そう言うとそのまま引き剥がされてしまう。

「よっ……と、これでよし。さあ、行こ」

 綾は軽々と背負い歩き出す。

 力、強え。

「お前……逞しくなったなあ」

「……あまり触れてほしくないなあ」




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