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新事記ミカド・ミライ  作者: 今田勝手
16/17

2-陸話

「……迂闊でした」

 高天原の社にて、アマテラスは溜息をついた。

 日向雅たちが居る場所は、広範囲を結界に覆われ高天原の力を持ってしても中の様子を見ることができなかった。

「中で、一体何が起こっているのでしょうか」

 おそらくアマテラスを追い出したのは、陰の力で練られた結界だ。

 高純度の陰力に、陽の化身であるアマテラスは為す術がなかった。

「新手の陰陽師が私の事を知ったうえで奇襲をかけてきたと考えるべきでしょう……」

 アマテラスは、何も見えない黒塗りの空間を眺めて、ひたすらに祈った。

「皆様、ご無事で……」





「なんだ……?」

 雛子は困惑していた。

 一度落ち着いたと思った日向雅のフィジカルパラメータが再び乱高下し始めた。

 全身の筋緊張が高まり、心拍数も上昇している。

「戦闘は、終わっていない?」

 急な様子の変化に、数値が読めない綾もオロオロし始める。

「ヒナ姉……?」 

 雛子は少し考え、一度深呼吸する。

「大丈夫だ、ああ、まだ大丈夫……」

 まるで自身へ言い聞かせるように繰り返した。





 日向雅は一度解いた能力の開放を再び行う。

 視界ウィンドウに警告表示が出る。

『警告・神経回路に異常を察知しました。直ちに安静と精密検査をお勧めします。救急機関へ通報しますか』

 構っていられない。

 日向雅は表示をキャンセルする。

 体が軋むように痛い。どうやら能力開放は乱発するような代物ではないらしい。

 当然と言えば当然だろう。因子の女は日向雅の体力に合わせて能力を制限していたのだ。

 そのうえ、乱発するなと釘を刺されていた身断一閃を数発使っている。

 現状は、根性で立っていると言っても過言ではなかった。

「もうちょっとだけ持ってくれよ……っ!」

 日向雅は跳ねる。

 フィジカルが強化された身体は一跳びで一気に間合いを詰める。

「身断一閃!」

 スピードも乗せた渾身の一撃を真正面から放つ。

 拳にめり込む感覚。手ごたえありだ。

「……その程度か」

「な……」

 日向雅の手がめり込んだのは明久の左腕だった。

 技の衝撃は確かに伝わっていた。

 だが、拳の先の手ごたえが次第に消えていく。

 衝撃が分散されているのだ。

「フンッ」

 明久が左腕をはらうと、日向雅の拳は軽々と巻き上げられ、無防備な胴が空く。

 そのまま張り手となった明久の左腕が日向雅の鳩尾を捉えた。

「ぐっあっ……」

 日向雅の身体は回避のため、胴を無理やり退く。

 肺の空気が全て抜けたような感覚の後、日向雅は後ろへ跳んだ。

 直撃は避けられたが、負荷の強い回避の反動で一瞬呼吸が止まる。

「……がっはっ」

 距離を取った後、そのまま膝をつく。体に力が入らなかった。

 ゆっくりと、明久が近づいてくる。

「くっ……そ……」

 レベルが違い過ぎる。

 それは因子の違いなのか、経験や技術の差なのか、あるいはそのどちらもか。

 日向雅は、ただ地面に這いつくばるしかできない今の自分を呪った。

 啖呵切って飛び出して、いい様だ。

「……む」

 その時、光弾が一発明久を掠った。

「兄さん、もう止めよう」

 桜が肩で呼吸をしながら幣を構えていた。

「桜……つくづく邪魔な奴だ」

「ああ……私は邪魔をするんだよ、いつもそうだっただろ?」

「……いい加減、目障りなんだよ!」

 明久は進路を変え、桜の方へと進む。

「……?」 

 日向雅はその姿に違和感を覚えた。

 なんだ、なにか様子が変わったような。

「いいよ、兄さん。私が止めてやるから」

 桜は気づいていないのか。

「桜ァ……そんなに死にたきゃお前からだァ!」

 やはり、様子がおかしい。

 先程までの冷静さが欠けている。

 これが本性なのか。

 いや、だとしてもおかしい。

 明久の態度は徐々に攻撃的になって行っている。

「俺の……俺様の邪魔をするなァ!」

 桜はヒトガタを展開する。

「兄さん、あんたが私に命じたんだぜ。これは『因子狩り』なんだろ!」

 覚悟を決めたように、声を張る。

「ウウォアアアアアアアアアアアアア!」

「はぁああああああああああああああああ!」





 星倉明久は、気づくと畑の真ん中に立っていた。

「ここは……里か?」

 その風景は、明久が生まれ育った星倉の隠れ里そのものだった。

「……」

 ぼんやりと、何かに導かれるように歩く。

 自然と、ひとつの家屋へたどり着いた。

 星倉総本家。明久の実家だ。

 やはり、ここは星倉の里のようだ。

「ああ、明久おかえり」

 縁側から顔を出したのは、死んだはずの父だった。

 それも、少し若く見える。

「丁度良かった。こっちに来い」

 言われるがまま、縁側から居間に上がる。

 そこには、同じく死んだはずの母と共に、2歳ほどの女の子が座っていた。

「今日から星倉の者となった桜だ。お前の妹だぞ」

 女の子は何もわからないと言った表情でこちらを見ている。

 ああ、これは走馬燈か。

 自身の記憶を振り返っているのだろう。

「……」

 そうだ、桜は星倉と親交のある家の娘だったが、陰陽師の才を見出され星倉へ養子に来た。

 両親が手塩にかけて陰陽師へと育て上げる手筈だった。

 だが数年後、二人は任務中に術が暴走し命を落とした。

 以降当主代理として、任務をこなしながら明久が桜を育てた。

 勿論、里の者の協力があってこそだった。

 桜は見込まれるだけあって、成長が早かった。

 陰陽師としての才能は、明久を勝るものだ。

 だが桜はどれだけ任務で功績を挙げようとも野心を見せず、明久を主とした。

 それだけ慕ってくれていたという事だろう。

 明久もそれに応えるように、任務を熟していった。

「……」

 風景が変わった。

 ここは確か、3年前の任務で訪れた場所だ。

 一際大きな妖気の反応を追って迷い込んだビル街の裏路地。

 降りしきる雨の中必死になって探知していた。

 だからか、その気配に気づかなかった。

「星倉明久くん、だね」

「っ!?」

 声を掛けてきたのはレインコートに全身を包んだ女だった。

 フードを深く被っていて、顔は見えない。

「何者だ」

「君を救う者」

 直後銃声。撃ったのは女、撃たれたのは明久だ。

「な……」

 撃たれたのは初めてだが、拍子抜けするほど痛くはなかった。

「……なにをした?」

「じきわかる」

「何を……!?」

 くらり、と視界がゆがんだ。

 しまった、毒針か。

 明久は水たまりの中倒れこむ。

「ぐ……」

 全身が焼けるように熱い。

 朦朧とする意識の中、最後に頭を過ぎったのは、何だっただろうか。

「桜……」

 うわごとのように呟いて目の前が暗くなる。

 次に気付いた時、まだ雨は降り続いていた。

 時計を見ても、時間はそれほど経過していないようだ。

 女の姿は、すでにない。

 明久は立ち上がる。

「力を……集めなければ……」

 翌日、里に戻った明久は新たな任務を里へ出した。

「兄さん、なんだあれ!」

 内容を見た桜が鬼の形相でやってきた。

「見ての通り、『因子狩り』のお触れだ」

「急にどうしたんだよ!因子持ちは危険行動がない限り人間として扱うってのが掟だろ!?」

「その掟が間違いだったのだ。因子持ちを退治すれば、それだけ因子の数は減っていく。そうしなければ、しわ寄せが来るのは俺たち陰陽師だ」

「だからって何の罪もない因子持ちを殺していい理由にはなんないだろ!」

「甘いぞ桜、因子持ちは因子に思考まで支配されている。いつ我々に牙をむくかわからない連中だ」

「私は認めないからな……あんな任務、絶対にやらないぞ!」

 そう啖呵を切っていた桜だったが、一年経った頃だろうか、自ら志願して任務に就くようになった。

「……ああ、そうか、そうだったのか」

 今日までの記憶を見て明久は悟る。

 そして今、最愛だったはずの妹と対峙している自分がいた。

「兄さん……今までアンタの為だと思って、心を鬼にして因子狩りを続けてきた。だが、それも今日で終わりだ!」

 ははは、そうか、そうだったのか。

「ウウォアアアアアアアアアアアアア!」

「はぁああああああああああああああああ!」





 明久が振り上げた左腕は、桜の眼前を掠った。

「!?」

 刹那、桜の顔面に返り血の花が咲く。

 明久は、その左腕で自身の胸を貫いたのだ。

「……兄さん?」

 目を見開く桜に微笑むと、明久は膝から崩れ落ちる。

「兄さん!」

 桜はその上体を支える。

「桜……なんだか久しいな」

「何を……何を言ってるんだよ!」

 後ろで控えていた大国主が近寄る。

「そうか……お前、暴走した因子に思考を支配されて……」

 桜の目が赤くなっていく。

「桜、すまないな、俺は良い兄ではなかった」

「何を、何言ってんだよ兄さん!」

 明久の頬に、冷たいものが落ちる。

「そうか、お前はまだ、俺の為に泣いてくれるんだな」

「当たり前だろ!こんな……こんな!」

「いいんだ、もういい。里も残ってない今、当主の俺が居なくなれば星倉は終わる……お前は自由に生きろ」

「嫌だ……嫌だよ!」

 桜はかぶりを振りながらも、徐々に失われていく明久の妖気を感じていた。

「ああ、兄さん……」

「桜……お前の人生は、やっと……はじまるんだ」

 明久は、札を一枚取り出して桜に手渡す。

「最期の、命令だ。自由に……お前の人生を、生きろ……」

 明久の身体から力が抜ける。

「兄さん……兄さん!に……!?」

 瞬間、霧散したはずの妖気が収束し、明久の身体を中心に膨張する。

「兄さん!」

「危ない!」

 桜がそれでも明久の身体にしがみつくのと、大国主が動き出したのが同じタイミングで、妖気が爆発を起こした。

「ぐっ」

 大国主は間に合わず、その場で防御姿勢を取る。

 爆心にいた桜は吹き飛ばされ、日向雅の方まで飛んでくる。

「桜!」

 日向雅は力を振り絞り、這って桜に寄る。

「に、いさ……」

 桜は細い声で呟き、そのまま気絶した。

 体に紙片が付着している。ヒトガタの断片のようだ。

 あの状態の桜が咄嗟に展開したとは考えにくい。

明久が爆発を見越して桜を守るようプログラムしたのだろうか。

いずれにせよ致命傷は免れたようだ。

日向雅が肩をなでおろしていると、大国主が駆け寄ってくる。

「日向雅!大丈夫か」

「ああ、でも気絶している。大国主、先に桜を抱えて病院へ戻ってくれないか?」

「だが、そうするとお前はどうする」

「心配ない、もう少し回復すれば自力で戻る。桜は腹に穴も開いてるんだ、早くヒナ姉に診せた方がいい」

「……わかった。無理はするなよ」

 大国主は桜を抱えると、夜の闇に消えていった。

「さて……」

 まだ体は動かせそうにない。

 三十分ほど休めば歩けるようになるかな、などと考えていた時。

「ギアああああああああああああああああああああ!!!」

「!?」

 不快な金切り声が辺りを包んだ。

 顔を上げると、爆発した妖気が形を成し始めていた。

「おいおい……なんだあれは」

 徐々に輪郭が現れていくそれは、全長二メートル半はある巨人の姿を取っていった。

「ギヤああああああああああああああああああああああ!」

 頭部には角が生え、腕は肥大化している。あれが本来の茨木童子の形だろうか。

 その怪物、茨木童子は興奮した様子で辺りを見回していたが、日向雅を見つけると覚束無い足取りで歩き始めた。

「マジか……」

 非常にまずい。

 日向雅は未だ歩けるほどにも回復していない状態だ。

 今はあの巨体に踏まれるだけでもひとたまりも無いだろう。

「く……」

 せめてもの抵抗に、背中を中心に硬質化する。

 これで持ってくれ。

 日向雅が踏まれる覚悟を決めたとき、怪物は足を止めた。

 様子を窺うと、怪物は視線を茂みの方へと向ける。

「ひっ」

 短い悲鳴。

 全身に悪寒が走った。

 今の声は、ニイナだ。

 心拍数が上がるのを自覚しながらも日向雅は、暗視アプリを立ち上げ茂みの中を見る。

「アマテラス……?」

 そこに写ったのは、腰を抜かしてへたり込む、黒髪の少女の姿だった。

 いない。

 アマテラスが居ない。

 大国主もいないこの状況では、もっとも非力な存在になっている旧人類の少女ニイナがそこに居た。

「おい……おい!お前の相手はこっちだ!」

 日向雅は怪物の気を引こうとするが、ニイナの持つ神の気に惹かれたのか日向雅には興味がない様子で見向きもしない。

 ゆっくりと進路を変え、茂みの方へ進んでいく。

「くそ……待て、待て!」

 どうする。

 どうすれば状況を打開できる。

……おい、おい聞いているんだろ俺の因子。おい。

「なんだねヌシよ。儂は聞いておるぞ」

どうすればいい、お前の力であの怪物を倒せるのか。

「ふむ。茨木童子など儂なら造作もない」

 じゃあ力を貸してくれ。もう猶予がない。

「そうだな。ヌシがその器か、試してみるのも良いかもしれんな」

 どうすればいい。

「今から能力を大幅に開放する。これには多くの妖気を使う。ヌシは儂の妖気に呑まれんよう気を付けるんだ」

 わかった。早くやってくれ。

「下手したら体もろとも壊れるからな、集中するんだぞ」




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