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新事記ミカド・ミライ  作者: 今田勝手
14/17

2-肆話


 検査が済んで雛子の部屋に戻ると、大国主が居た。

「来たのか」

「ああ、アマテラス殿から連絡を受けてな。なにがあった」

「話すよ、でもその前に」

 日向雅は大国主の横を指さす。

 そこには膝の上に乗せたニイナをこれでもかと抱き締め、破裂せんばかりに頬を膨らませた綾が明後日の方向を向いていた。

「……何やってんだお前」

「べつに?私だけ何も知らなかったんだなとか思ってないですよ?」

「あうあう」

 綾は視線を固定したままニイナの頭を撫でまわし始めた。ナデナデというよりはグリグリの方があってる感じだが。あの部分だけ禿げそう。

 大国主の方を見遣る。

「いや、すまない。ああも詰め寄られると、な」

 日向雅は溜息をついて頭を掻く。

「わざわざ言う事でもないだろ……」

「何言ってんの!?もう少しで死ぬところだったんでしょ?」

「いやまあそれはそうだけど」

「あうあう」

 ニイナはされるがままされるしかないと言った感じで頭を揺らしている。

「まあまあ、その辺にしときたまえ」

 けらけらと笑いながら雛子が戻ってきた。

「ヒナ姉、どうだった?」

「ああ、検出されたよ。未知のデータ型ウイルスだ」

 データ型ウイルス。平たく言えば機械組織へ作用するコンピュータウイルスだ。

 日向雅が受けた技の特徴と、桜の「結界を張っていてよかった」という旨の発言から、雛子が感染症の可能性を疑い、検査を行った。

「前回入院時のデータでは検出されなかったから、今回の戦闘で感染したものと考えていいだろう。そしてこのウイルス、現在は活動停止しているが機械脳の伝達回路に影響を及ぼす特性を持っている。『結界の中』という特定の条件下で活性化し、感染対象は神経系が麻痺して体を動かすことがかなわなくなるというわけだ」

 雛子はシャーレを大国主に渡す。

「これが採取したサンプルだ。肉眼では見えないと思うが、なにか分かるかね」

 大国主はシャーレを一瞥すると、こくりと頷く。

「ああ、妖気を纏っている。これは因子そのものだ」

「因子……そのもの……」

 日向雅は絶句した。

「……星倉がそこまでの技術をもっているとは」

 大国主も大きく息を吐く。

「想定を変えねばならんな……」

「いや、それには及ばないさ」

 雛子は大国主からシャーレを取る。

「このサンプルを元に、ワクチンをつくる。それでもう同じ技は封じられるだろう」

「な、そんな無茶な!そんなに簡単にワクチンなど……」

「できるさ、一晩もあればな」

 大国主は開いた口が塞がらない。

 日向雅はというと、特段驚いた様子はなかった。

「大国主、心配すんな。データ型ウイルスのワクチン製作はヒナ姉の得意分野なんだ」

「いや、だからと言って……」

「俺も卒論代わりにまだ治療法がなかったウイルスのワクチンプログラムを提出した時はどうかと思ったけどさ」

「失礼な、あれが無ければ世界の入院患者は今の倍になっていたんだぞ」

 雛子の反論を引き出したところで、溜息と共に大国主を見遣る。

 大国主は何か言いたげではあったが、ばつが悪そうに腰かけた。

「とにかく、俺は俺で対策を練る。日向雅、今晩はゆっくり休め」

 雛子は親指を立てて応える。

「任せておけ、明日には万全のコンディションに仕上げてみせるさ」

「え、ってことはつまり……」

「ああ、お前は一晩処置器行きだ」

 口元が引きつるのを感じるのであった。

「ひゅーが……」

 ニイナが袖を摘まむ。

 綾もその後ろからニイナを抱き締めた。

「ヒナ姉、私も泊まる。日向雅の馬鹿だけにニイナちゃんは任せられないよ」

「ああ、好きに使え」

 まるで最初から分かっていたかのように雛子が手を振る。いや、最初から分かっていたのだろう。

 日向雅はというと、とりあえず綾の台詞に突っ込む。

「馬鹿ってお前……」

「馬鹿だよ日向雅は。ね、ニイナちゃん」

 ニイナは綾の胸に顔を埋めたままコクコクと頷く。

「やーい、バーカバーカ」

 ここぞとばかりに雛子も便乗しだす。

「……あー、もう馬鹿でいいよ」

 日向雅は、溜息と共に折れざるを得なかった。





 気が付くと日向雅は仰向けに転がっていた。布団も何もない、ただの地面だ。

 おかしいな、処置器のプールの中で眠りについたはずなんだが。

「起きたかヌシよ」

 耳元でした声にぎょっとして飛び起きる。横を向くと、いつかの大女が添い寝していた。

 よく周りを見ると、前回と同じ真っ黒な空間だ。

「あれだけこっぴどくやられたにしては元気がいいじゃないか?ん?」

 女も起き上がると、ニヤニヤと日向雅をからかうように見る。

「おかげで宿無しも覚悟したんだぞ。……まあ、とはいえ今回は儂の見立てが悪かったとも言えるな」

 女が話しているのは、夕方の戦闘についてだろう。

 確かに、大国主に学べと言ったのはこの女だ。確かに戦闘術とそれに伴う体力は身についたが、それでは陰陽師の技には対応できなかった。

「儂はもっとゆっくりヌシを育てるつもりだったんだ。国津神の力など借りずにな。おかげでこんなに早くこのレベルまで追い付いた」

 女はおもむろに日向雅の肩に手を掛け、胸、腹と撫でるように触っていく。

「うむ、及第点か。ヌシよ、今から因子のリミッターを一段階外す。そうすればヌシは十分戦えるようになるだろう」

 因子のリミッターを外す、今より因子の力を引き出せるようになるという事か。

「うむ、ヌシが普段の状態で使っているのは完全回避能力だけだ。だが、一段階とはいえリミッターを外せば身体機能の強化、特には跳躍移動速度の上昇や柔軟性の拡大、回避精度も格段に良くなるし、皮膚の硬質化によって防御力も上がるぞ」

 女の説明を聞いた日向雅がふと思い出したのは、先日の熱暴走だ。

 あれは因子の暴走が原因だと聞いた。つまりリミッターが外れた状態だったという事だ。 

 もし日向雅のリミッターが解除された状態になり、戦闘中にオーバーヒートを起こしたら元も子もないのではないのか。

「心配いらん。何のためにヌシを修行させたと思っている」

 女に背中を叩かれた。

「ヌシは一段階の開放に耐え得る体を既に手に入れている。それに暴走した時ほどの莫大なエネルギーを使えるほどの開放じゃない。安心して使うがよい」

 自分の事は自分がよくわかっているという人が居るが、自分の中に居る自分じゃない存在に自分は大丈夫だと太鼓判を押されるなど、なんだか頭がおかしくなる。

 これ以上考えても不毛な気がしたため、そういうものなんだと暗示をかけて納得することにした。

「うむ、そういうものなのだ。じゃあ、使い方を説明するから耳かっぽじって聞くがよい」





 同じ時間、町はずれの廃ビル。

 人払いの結界を張ったその内部の拠点に帰還したのは、星倉桜だ。

 陰陽術が上手く使えない中、息を上げながらたどり着くや否や膝をつく。

「クッソ、なんなんだあの男は!」

 コンクリートむき出しの床を叩きながら脳裏に浮かべるのは、二度も取り逃がした因子持ちの顔だった。

 あの男、ただ者ではない。

 国津神だけでなく太陽神の巫女まで従えているとは、一体何者であるのか。

 因子持ちが神や神職と行動を共にしているなど聞いたことがない。

 桜は何か、嫌な心地がした。

 このまま討伐を続けたら、高天原を敵に回すことになるのではないか。

 陽の象徴である高天原と仲を違えるのは陰陽師としては避けたい事案だ。

「……」

 桜は床を叩きつけた右手を見つめる。

「でも、懐かしい目をしていたな……アイツ」

「桜、戻ったのか」

 後ろから声が掛かり、桜は飛び起きる。

「兄さん……」

 声の主は、星倉家当主星倉明久。

 齢十九にして、亡き父の跡を継いだ桜の義兄だ。

 当主になってすぐ、因子狩りを提唱し始めたのは明久だった。

「あの少年にまだ手こずっているのか」

「兄さん、あの」

「言い訳はいい、お前には迷いが見える」

 桜は声が出せなかった。

 呼吸が引きつる。

「何があろうと、因子持ちは倒すべき邪悪だ。お前が疑問を抱く必要はない」

「……はい」

「次こそはいい成果を待っている」

 そう言い残すと、明久は去っていった。

 桜はふらりと、近くの壁へ体を預ける。

 もう二年も因子持ちを仕留められていない桜へ、明久の態度はみるみる冷たくなっていった。

「……今度こそ成功させなきゃ、私は」

 言い聞かせるように唱える。

 因子狩りの過程で、星倉の陰陽師たちは多くが命を落とし、また門下を去っていった。残ったのは本家の人間である桜と明久のみ。

 この二年、狩った因子のほとんどは明久自らが手を下したものだ。

 桜も早く追い付かなければ、じき切り捨てられるだろう。

「……」

 先程まで考えていたからか、あの少年の顔が頭を過ぎる。

 明久も、昔はあんな顔をしていた。

 優しい兄の顔だ。

「……アイツにも、兄妹がいるのかな」

 無意識に呟いたその台詞にハッとして、頬を叩く。

「集中だ。この任務に成功したら、きっと兄さんも……」

 邪念を振り払うように口に出す。

 あくまで因子持ちは討伐対象。

 明久の為に、兄の為に討つのだ。

 あの日の平穏を、兄を取り戻すために討つのだ。





「……」

 翌朝、日向雅が処置器の中で目を覚ますと、丁度雛子がタオルを持って来るところだった。

「おはようヒュウガ、もう出ていいぞ」

 日向雅は回復液のプールから出て全身を拭きながら雛子に尋ねた。

「ヒナ姉、大国主は?」

「む?昨日あの後は戻ってないぞ」

「じゃあ呼び出すわ。あとちょっと頼みがあるんだけどいいか?」



 数分後、呼び出された大国主が診察室へ入ってきた。

「どうした日向雅、まだ特に進展はないが」

「ああ、その件で少し話があるんだよ」

 大国主が怪訝な顔をしつつ椅子に腰掛けたところで雛子が検査室から戻ってくる。

「言われた通り検査したが、確かにここ最近の鍛錬の成果か生体組織の数値に上昇傾向がみられるな。だがこれがどうかしたのか?」

 日向雅は、夢の中で出会った自身の因子を名乗る大女との会話を二人に説明した。

「……奴のいう事が本当なら、前回よりだいぶまともに戦えると思うんだが」

 日向雅の話を聞いた雛子は腕を組んだまま俯き、大国主も眉間に皺を寄せた。

「……その因子の正体が掴めないのが引っ掛かるが、言っていることに筋は通っているな。お前がやるというのなら、俺はそれに従おう」

 大国主の横で、雛子がため息を吐く。

「ヒュウガ、私は正直その力を使うのに気乗りしない。これは医者としてだ。一度あれほどの熱暴走を起こした身体に再び負荷をかけるような真似はさせたくないのが本音だ。だから」

 雛子は懐からディスクを取り出し前に掲げた。

「このバイタルモニタを入れてもらう。アクティブにすれば、身体の状況が逐一私へ報告が入る。これが私にできる最大限の譲歩だ」

「……わかった、ありがとう」

 日向雅が頭を下げると、わずかに雛子の口角が上がった気がした。

「ひゅーが?」

 後ろでドアが開き、外からニイナが顔を出した。

「ああ、おはよう」

「もう元気になった?」

 ニイナの後ろから綾も顔を出す。

「ああ、バッチリだ」

「よかったぁ」

 ニイナの表情が崩れる。

「……てか、何の話をしてたの?」

 場の雰囲気に気づいた綾が問う。

「そりゃ、もちろん」

 日向雅はニイナの頭に手を乗せると、大国主を見遣る。

 大国主も頷く。

「ああ、決戦の準備だ」





 その日の夕方、日向雅達は森の中を歩いていた。

 人目を気にせず思い切り暴れられるステージを探しての事だ。

「日向雅、この近くに旧人類時代の発電所跡がある。そこなら遮蔽物も少なく戦いやすそうだが」

「行ってみるか」

 大国主が先陣を切り案内する。

「……なあ、日向雅」

 途中、唐突に大国主が切り出した。

「相手はお前を殺しに来てる連中だ。だが、この期に及んでもお前には殺意が感じられない。この戦いをどうやって終わらせるつもりだ」

 大国主の問いは当然だろう。

 これは自衛のための戦いだ。ならば、脅威を排除することが目的となる。相手の目的が日向雅の殺害ならば、脅威は敵側の人間そのものとなる。

 そのうえで、日向雅は断言する。

「殺す必要はない」

「何故、そう言い切れる」

「目を見たからだな」

 星倉桜。日向雅に刃を立てた彼女の目には見覚えがあった。

「その目に賭けてみようと思ったんだよ」

 大国主は「そうか」と返すと、それ以上何も言わなかった。

「着いたぞ、ここだ」




「まずは日向雅の妖気を抽出した囮をここに設置する。お前の妖気はかなり大きい。じきに釣られてくるだろう。あとはお前に任せる」

 大国主は囮用の人形を手にしてそう説明する。

 日向雅が頷くと、横からニイナが袖を引っ張った。

「ひゅーが、無理しちゃだめだからね」

「ああ、分かってるよ。今度は大丈夫だから、お前は病院で待っててよかったんだぞ」

 ニイナは大きくかぶりを振る。

「ひゅーがから目を離さないから」

「でもなあ……」

 日向雅が渋っていると「じゃあ」と言ってニイナは目を瞑った。

 何をするのかと思えば、次第に髪が白く変わっていった。

「……アマテラス?」

「はい、ニイナは私がみておきますから」

 恐らくニイナの方から打診したのだろう。

 日向雅は溜息を一つ吐く。

「わかった、でも手は出さなくていい。俺がどうにかするから」

 いくらアマテラスが付いているとはいえ、みすみす戦場へ出すわけにはいかない。

 日向雅の意図を酌んだのか、アマテラスはにこりと笑った。

「大国主、頼む」

 囮人形に妖気を吸い出してる間に、日向雅はインストールしたバイタルモニタをアクティブにする。

 直後にメッセージが来る。

『システムオールグリーンだ。綾と一緒にモニターさせてもらう』

 確認して、視界ウィンドウを整理する。

「日向雅、囮の設置完了した。茂みに隠れておけ」

 大国主にアマテラスを預け、日向雅は前線の茂みに身を隠す。

「さて、準備は整った。あとは俺の因子、お前を信じるぞ」





 レーダーに突然、一際大きな妖気反応が現れた。

「……この方角、街じゃないな」

 地図と照会すると、その場所は現在人の住んでいない森の中だ。

 いきなりレーダーが感知したところも鑑みると、十中八九罠であろう。

「でも、この反応……」

 反応が表す数値は桜がこの街に来るきっかけとなったもの、つまりあの少年のものと酷似していた。

「奴に誘われている……」

 これ以上の好機はないとも考えられる。

 こうしておびき出す以上、何かしらの対策をしていると思われるが、桜としても手を拱いているわけにはいかない。

 一刻も早く結果を出さなくてはならないのだ。

「……いいぜ、乗ってやるよ!」

 桜はビルを飛び出した。


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