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新事記ミカド・ミライ  作者: 今田勝手
13/17

2-参話

 二日後の昼、いつものように机に突っ伏している日向雅が居た。

 だが、ただ怠けているわけではない。

「おーい日向雅、起きねえと昼飯食う暇なくなるぞ」

「……ああ」

 体を起こそうとするが、腕に力が入らない。

「……いいや、寝とく」

「え、昼抜くの?午後大丈夫か」

「何とかなるだろ」

「そんなに眠いのか、夜更かしもほどほどにしとけ?」

「……まあな」

 清武には適当に返したが、眠くてこうしているわけではない。

 起き上がれないのは、筋肉痛の為だ。

 日向雅は制服のポケットに手を突っ込み、端末があるのを確認する。

 身体から漏れ出る妖気を探知できなくする装置らしい。

 あの後、大国主に「稽古をつけてほしい」と頼んだら、驚いた顔をした。

 それもそうだろう。

 神の身体は現人類より旧人類に近い構造だ。体の使い方から大国主と日向雅では違うのだから、本来大国主に頼むのは筋違いなのだ。

 夢で見た大女の言葉を半信半疑で実行してみたのだが、これが大正解であった。

 大国主は武神としても名高いらしく、現人類の体構造を研究し独自の形に落とし込んだ我流の格闘術を編み出していたのだ。

 放課後にその修行を始めてまだ一日目、今まで運動らしい運動をしたことがなかった日向雅の身体が悲鳴を上げるのは容易かった。

 机面に頬をべったりとくっつけて窓の外を見上げながら、先が思いやられると考えずにはいられない。

 放課後には動けるようになっていればいいなと僅かな希望を残して、腕の中に顔を埋めるのであった。




 成長期の回復力というものは目を見張るものがあるようで、なんと本当に歩けるほどに回復していた。

 ゆっくりと立ち上がり、鞄を持って教室を出るとすぐに呼び止められる。

 綾だった。

「日向雅、なんかきつそうだけど大丈夫?」

「あー、まだ病み上がりだからな」

 綾にしては鋭いのか、それほどに日向雅がやつれていたのか、どっちだろうか。

「まだ無理しない方がいいんじゃない?ニイナちゃんウチで預かろうか」

「いや、そっちこそ無理すんな。大丈夫だよ、マズくなったら自分でヒナ姉に言うから」

 まるで小学生と母親の会話である。

 ニイナが来て以降、綾は何かと世話を焼きたがっている気がする。

「本当だね?無理しちゃだめだよ、日向雅いつも我慢するんだから」

「いくつだと思ってるんだ俺を」

「いくつになっても無茶ばかりするからでしょ」

「大丈夫だっての、ほら早く部活行かなくていいのか?」

「もう……あんまり心配かけないでね」

「はいはい、行った行った」

 綾は少し不満そうな顔をしながらもプールの方へと去っていった。

「……行くか」

 日向雅は踵を返し、大国主の待つ修行場へ向かった。

 それから一週間、放課後になると毎日大国主の元へ通い修行に励んだ。

 場所は、大国主が根城にしている廃工場だ。

 廃棄物が多く埃っぽい場所であるが、天井が高く建物も広い。

 何より人が来る心配のない山の中だ、どれだけ騒いでも問題はなかった。

 修行内容は多岐にわたったが、主に正拳突きの訓練だった。

「日向雅、イメージしろ。全身の力を拳一点に瞬間で集めるんだ」

 後半はただひたすら虚空に拳を叩きつけていたが、段々と大国主の言う抽象的なことが理解できていくような気がするのが不思議だった。

「熱暴走時のお前は、全身の神経伝達回路が活性化し表面に浮かび上がっていたが、上手く突けば拳を放つその瞬間にのみ腕でその現象が起こるはずだ」

 イメージする。

 全身をくまなく駆け巡るエネルギー。それらを、一瞬だけ、拳に集める。

 直後ズドン、と音がした。

 日向雅が放った拳の音だった。

 一瞬だが見えた。自身の腕が鈍く光るのを。

「……大国主、今のって」

「ああ……出来たな、日向雅。それが『身断一閃』だ」

 あとからこの話を聞いた雛子によると、生体組織由来のコントロールによる機械組織の活性化だという事だ。

 大国主が日向雅に教え込んだエネルギーを一点に集めるイメージ、これは生体組織である脳を刺激し機械組織である疑似脳をフル稼働させる行為であるらしく、神経伝達物質の伝達が加速する。これによる電気信号を全身へ届ける前に拳を出す行為でその補助が優先化され、結果的に光漏れするほどの「火事場の馬鹿力」を人為的に発動させることができるというわけだ。

「ただ、医者目線から言わせてもらえば、起こしている事象そのものは熱暴走と原理が一緒だ。それだけの一瞬の間であれば影響は限定的だと思うが、ろくに体作りもせずに使うのはあまり推奨できるものではない」

 最後にそう釘を刺してきた。

 筋肉疲労も甚だしい技だ、肉体づくりも並行して行わなければならない。そのうえ、短い期間に何回も使えば当然金属疲労にもつながる。下手すれば生体組織と機械組織両方を消耗する技だ。乱発せず、ここぞのタイミングで放つべきだろう。

「つまり、出したいタイミングですぐに出せるようにしなきゃならんわけだ、がっ!」

 正面を突く。初めて技を出してから数日後、すっかり筋肉痛は出なくなっていたが『身断一閃』も成功しなくなっていた。今も光漏れは起きなかった。

「うーん、あの一回以降成功しねえ……何が悪いんだろうな」

 頭を掻く日向雅を大国主は観察する。

「……日向雅、今日はもうよせ」

「え?」

「あまり根を詰めると沼に嵌まるものだ、今日は早めに帰ってゆっくり体を休めろ」

「……わかった」

 腑に落ちなかったが、そう言われては仕方がない。

 日向雅は帰り支度をした。

 廃工場を出る間際、大国主が日向雅を呼び止めた。

「日向雅、明日は全力が出せる状態で来い」

「……?わかったよ」

 やはり大国主の態度が気になるが、とにかく帰ることにした。





「ひゅーが!おかえり、今日は早いね」

 玄関を開けるや否や、ニイナが顔を出した。

「ああ、悪いな毎日遅くなって」

 靴を脱いで上がろうとしたとき、気づいた。

「なんか、良い匂いがする……」

「あ、気づいた?」

 ニイナは日向雅の袖を掴むと居間へと引っ張りこむ。

 その食卓には、出来合いとは思えない料理が並んでいた。

「これ、どうしたんだ?」

「ひゅーが毎日遅くまで頑張ってるから、私も出来ることはしようと思って」

「まさか、作ったのか!?」

「えへへ」

 あの道具音痴なんだそれのニイナが料理を作っただと。

 信じがたいが、とても美味しそうにできている。

「……ありがとうな、ニイナ」

「いーえ、さ、早くお風呂入っちゃって、ご飯冷めちゃう」

 入浴はシャワーで軽く済ませ、夕食にする。

「さあひゅーが、冷めないうちに!」

「ああ」

「いただきます!」

 一口食べて日向雅は「それ」に気づいたが、敢えて口には出さなかった。

 また後日、綾には礼を言うとしよう。

 ふとニイナの方を向くと、テレビに釘付けになっていた。

 見ると、都心のテーマパークに新しく出来たジェットコースターを紹介していた。

「気になるか?」

 声を掛けると、ニイナはハッとして茶碗に箸をさす。

「遊園地か、最近は行ってないけど確かこの近くにもあったな」

「え?」

 テレビのそれは都会にしかないと思っていたのか、目を丸くして日向雅の方を向いてきた。

「今度、行ってみるか?」

「いいの?」

「まあ、今の状況が落ち着いたらな」

 ニイナの表情がみるみる明るくなる。

「約束だよ?」

「ああ」

 日向雅は目線を食卓に戻し、箸を伸ばす。

「えへへ……ひゅーが、ありがと」

 ニイナもご飯を掬い上げて大きく頬張った。




 食後、せめて片付けくらいはやろうと立ち上がりかけた日向雅を、ニイナが制しソファへ押し込んだ。

 食器を洗ったのち、ソファを覗くと既に日向雅は眠っていた。

 よほど疲れていたのだろう。

 それもそのはずだ。彼は病み上がりの身体にも関わらず、武神の訓練を受けているのだ。

 並の事ではない、雛子もそう言っていた。

 ニイナは腰を下ろすと、日向雅の顔を覗き込む。

 ふと、頬に手を当ててみた。

 がっしりしている。最初に会った時とは比べ物にならない程に逞しくなっていた。

「ひゅーが、ありがとね」

 起こさないよう、静かに呟く。

 夜は更ける。





 翌放課後、廃工場へ入ると大国主が仁王立ちで待っていた。

「来たか日向雅、荷物を置いてそこに直れ」

「……なんだ?」

「いいから、早く」

 鞄を置き、指定された場所へ立つ。

「なにするんだ?」

「今から俺と手合わせしてもらう」

 突拍子のない提案に思わず「は?」と素頓狂な声が出る。

「なんで突然……」

「いいから構えろ、行くぞ」

「ちょ、待っ!」

 ぐいん、と視界が回る。

 初めて大国主と対峙した時と同じ感覚だ。どうやら回避が作動したらしい。大国主の右腕が顔面の横を通り抜けていた。

「待てよ!いくら何でもお前に勝てるわけないだろ!」

「最初から決めつけるな。たとえそうであろうと、俺は本気で行くぞ」

 日向雅は横に飛ぶ。回避能力の意思だ。その頃大国主の右腕は裏拳の形になって空を切っていた。

「逃げてばかりでは何も変わらん、どうすればいいのか考えろ」

 そう言っている間にも大国主は拳を叩き込んでくる。

 日向雅はそれを避けながら、ふと気づいた。

 回避のダメージが少ない。前ほど息が上がらないし、関節や筋肉が痛まない。

 これなら、体勢を立て直して構えに入れるのではないか。

 大国主の連撃を避けつつ、一歩距離を取る。

 そこで構えを「遅い」取れなかった。

 気づいたときには大国主に詰められていた。

 そして再び回避に入る。

 間合いを取ったら、詰められる。

 退かずに構えの姿勢に入る必要があるのか。

 そんなこと、どうすればいい。

 考えている間にも、大国主の攻撃は止まらない。

 全て回避できるとはいえ、そのモーションも最適化されているとは言えない。無理に避け続ければいずれ限界になる。

 その前に、一発決めたい。

 どうする、どうすればいい。

「日向雅、俺の言ったことを思い出せ」

 言ったこと、技の出し方はどうだったか。

 全身のエネルギーを一点に集め、一瞬で放出するイメージ。

「……っ!」

 そこで一つの可能性を見出す。

 つまり、拳の先に集中さえできれば、形は関係ないということだろうか。

 試す価値はある。

「どうした、まだか日向雅」

 大国主が日向雅を正面に捉え正拳で突く。

 日向雅はそれを下に避けた。

 その瞬間、イメージする。

 全身を脱力させ、拳一点にエネルギーを集める。

 自然と、骨が抜かれたように身体がぐにゃりと崩れていく。

 大国主が避けた方を見極め、次の突きを出してくる刹那。

「っ!」

 日向雅は、右正拳を大国主に叩きつけた。

 瞬間、閃く右腕。

 銃声にも似た大きな破裂音。

 廃工場の時が止まる。

 暫くの静止の後、大国主が構えを解く。

「良い突きだ、今のを忘れるな」

 ポカンとしていた日向雅も、事態を把握する。

 どうやら、成功したらしい。

 まさか大国主は、これをさせるために自らと手合わせを行わせたのだろうか。

「今日はこれで解散だ。明日以降、これを極めろ」

 そう言い残し、大国主は廃工場から出て行った。

 日向雅は右手を見つめ、余韻を感じていた。

 本当ならばモノにするべく今すぐにでも練習したいが、肉体を鑑みて今日は一発に留めておいた方がいいという判断だろう。

 日向雅も帰ることにした。


 自宅アパートが見え始めたころ、日向雅に着信が入る。

 視界に表示されたその番号は、ニイナに持たせた携帯電話のものだ。

 応答を選択する。

「あ、もしもしひゅーが?今どこらへん?」

「もうすぐ着くよ。どうした?」

「あ、もう近くに居るの?うーん……」

 何やら考え込む様子で黙ってしまう。

「ニイナ?」

「あ、ううん、ごめんね。まだ駅の方だったらお遣い頼もうかとも思ったけど、ひゅーが疲れてるもんね、今度でいいや」

「何が要るんだ?」

「お醤油切れちゃってるんだけど、明日買いに行くよ」

「今日はなくて大丈夫なのか?」

「……多分」

 ここで踵を返す。

「すぐ買ってくるから」

「あ!大丈夫だよ!明日私が買うから!」

「もう引き返しちまったよ。醤油ならすぐそこで買えるし、ちょっと待ってろ」

「むぅ……ごめんね?」

「はいはい、じゃあまた後でな」

 通話終了。

「……さて」

 スーパーまでは徒歩で5分ほどだ。角を二つ曲がればすぐそこである。

 一つ目の路地に入る。

 道の広さのわりに人通りの少ない抜け道だ。

あまりこういう道をニイナに一人で通らせたくはない。このお遣いを引き受けたのもそんな理由があったが故だ。

玄関に面した家が少ないこの通りでは、意外に死角が多い。

仮に襲われるとしたら、絶好の場所だ。

などと考えていた矢先だった。

「っ!?」

 前を向いていたはずの日向雅の視界がアスファルト一色になる。

 無意識に下を向いたのである。

 ということは、だ。

 頭上で衝撃音。

 日向雅は上半身を起こし横に転がる。

「……今のも避けやがったか。ナニモンなんだよてめえ」

 日向雅が歩いてきた方向、つまり後方から知った声がした。

「星倉桜……っ!」

 桜は日向雅に睨みを返す。

「よお、因子持ち。今日こそは逃がさねえからな」

「……やってみろよ」

 日向雅はニヤリと笑って見せる。

 疲れているとはいえ、前回よりは戦えるはずだ。

「言ったからな?……ッ!」

 桜は大量のヒトガタを発射する。ひとつひとつが発光しており、当たればビリビリじゃ済まなそうだ。

 日向雅は一度深呼吸すると、視線を桜本体へセットし全力でダッシュする。

 雪崩のようにヒトガタが特攻を仕掛けてきたが、日向雅が視線をセットしている影響か、回避モーションすら全身を後押ししているような挙動だった。

 そうして急速に近まる間合いを保とうと桜は後退する。

 だが日向雅の方が早い。

 照準を捉えたタイミングで、日向雅は上半身の力を抜く。

 そのまま力いっぱい前へ飛び、その瞬間に下半身も脱力する。

 全身が自由運動する中、その目だけが確実に桜を捉えていた。

 桜はヒトガタを追加召喚して自身の守りを固めようとする。

「……身断一閃ッ!」

 刹那、日向雅の拳は発光し桜の胴へ叩き込まれた。

「っ!……かはッ」

 緩衝材を敷いていた桜だったが衝撃に耐えられず後ろへ吹っ飛ぶ。

 一方の日向雅は着地と同時に膝をついた。

 やはり、いきなり一日二発は消耗が激しいようだ。

 息も絶え絶えに、何とか上げた頭で相手の方を見遣る。

 アスファルトを覆う土埃の中、バラバラと地面へ崩れ往くヒトガタの山の向こうに、桜は立っていた。

「……今のは結構良かった、が……ここまでか?」

 多少声色に変化は見えたが、それだけだ。

「……おいおい」

 思わず日向雅も呟く。

 二発目だから威力は落ちているにしろ、人体のリミッター以上の一撃を浴びせたのだ。

 その相手が、まだ立ってこちらを見据えている。

「っは、やっぱそう簡単には、いかねえってか」

 日向雅も立ち上がり、息を整えた。

 あと何発、撃てるだろうか。





「……遅い」

 ニイナは居間に寝転んだまま、壁に掛かった時計に目を遣る。日向雅と電話してから既に三十分が経っている。

 ここからスーパーまでは五分の距離だ。多く見積もってもそろそろ帰っていいはずである。

 テーブルの上から携帯電話を取る。

 メッセージアプリを立ち上げる。

 キーボードの打ち方は日向雅に教わったが、そう簡単なものではない。

 ようやく「いまどこ」と淡白な文章を打ち込んで、クエスチョンの付け方もわからないまま送信する。

「……」

 そのまま画面を見つめること五分。遂に既読は付かなかった。

 道中で何かあったのだろうか。

 携帯電話をポケットへ仕舞うと、意を決して立ち上がる。

家の鍵と、念のため財布を持ち部屋を出る。

「……?」

 すぐに異様な雰囲気を感じた。

 部屋が二階であることが幸いしたか、高い位置から見た街には確かな違和感があった。

 目を凝らす。じんわりと何かが見えてきた。

「なにか……なに、あれ」

 薄い膜のような何かが、空間を覆っていた。

 その位置は恐らく、スーパーへと通じる路地。

 走り出した。

「ひゅーが……!」

 やはり、何事かあったのだ。

 通行人が数人いたが脇目も降らず、全速で走り抜ける。

 あの曲がり角を曲がれば。

「っ……!」

 何かにぶつかって尻餅をつく。

 気づかなかったが、よく見ると先程玄関前で見た薄い膜が空高く伸びている。

 路地全体を覆っており、入る余地はなさそうだった。

 ニイナは膜に向かい思い切り体当たりする。

「いっ……」

 膜は見た目通りの柔らかさと弾力で、ニイナを跳ね返した。

「……ふぬっ!」

 今度はぶつかるのではなく、思いっきり押し込んでみる。

「んぬぬぬぬ」

 びくともしない。

 そのうちにニイナの息が上がってしまう。

「っ……はぁっ……」

 脱力し膜に身体を預けるようにうなだれる。

 この中に、日向雅は居る。

 それは情報としては不確かなものだが、何故かそう確信できた。

 そして彼は、恐らく戦っている。

 ニイナの胸に後悔の念が押し寄せる。

「やっぱり、お遣いなんか頼むべきじゃなかったんだ……!」

 膜を掴んでいる手に力が入る。

「ひゅーが……」

 どうすれば、貴方を助けられるのか。

 非力なこの身体で、何ができるのか。

 自然と目頭が熱くなる。

「……どうすれば、いいの」

「簡単なことですよ」

「……え?」

 振り返るが誰もいない。

「……お母さん?」

「はい、よく見ていなさいニイナ。帝とは、現人神とはどうあるべきか」





 戦闘を始めてどのくらい経っただろうか。

 あいにく日向雅は時計を持っておらず確認ができない。そもそもこの激しい戦闘に時計なんかつけていたらとっくに壊れていただろうが。

 体感ではかなりの時間が立っていた。

 昼間の大国主との手合わせが一瞬のようにすら感じる。

 ニイナが首を長くして待ってんだろうな、待ちくたびれて寝てしまうかもしれない。

 そんな暢気なことを考えている日向雅だったが、既に身断一閃を五発撃っている。

限界を超えた疲労に息も絶え絶えだ。

桜はというと、五発全てを受けきってなお、立っている。

だがさすがに多少の疲労の色が見え始めていた。

「……あと一発、撃てればいいな」

 わずかな希望にすべてを掛け、日向雅は重い足を前に出す。

 桜は六発目を警戒してか、呪符を構えた姿勢のまま横に動く。

 じりじりと、間合いを保ちながら、二人は回っていく。

 半回転し終わるかという頃に、ピタリと桜が止まった。

 日向雅はそれを見逃さず、好機とみて飛び込んだ。

「うおおおおおおおおあああああ!」

 叫びながらも技の準備に取り掛かる日向雅に対し、桜は動じない。

「四神陣」

「!」

 桜が何かを呟いたのを見た日向雅は悪寒がして足を止めようとした。

「ぐあっ!?」

 だが、既に遅かった。

 日向雅の身体が上から押しつぶされたように地面に崩れ落ちる。

「ようやく掛かったか……っ!」

 押さえつけられる感覚の中、この岩が乗っているような感覚の正体を見ようと上を向く。

 しかしそこには何もなかった。

「どういう……ことだ」

「アンタは気づいてなかったみたいだけどよ、ここら一体には結界を張らせてもらった」

「……結界?」

「ああ、町中で戦闘するために張ったものだったんだが、思いのほか役に立った」

 日向雅には桜の言っていることがよく分からなかった。

 はっきりしていることと言えば、いくら力を入れても全身が麻痺したように動かないこと。

 この状態ではもう手も足も出ない。

 仮に動けるようになったとしても、日向雅に桜を撃退するだけの体力はもう残っていない。

 惜しくも相手の方が一枚上手だった、そういう事だ。

「俺の……負けか」

「……ああ」

 桜は日向雅の頭上に立つと、懐から幣を取り出し喉元に突き立てた。

「……お前」

 それを日向雅は見逃さなかった。

「震えてんぞ、手」

「……うるせえ」

 消え入るような声で返す。

 戦闘中はあれだけ元気に喚いていた桜だったが、今の彼女はまるで別人だ。

「お前、初めてか?」

「うるせえ二人目だ」

 これだ。

 日向雅が前回感じた違和感。

「お前、もしかして」

「うるせえっつってんだろが!」

 勢いに任せて桜が腕を振りかぶる。

 駄目だ。

 この子にやらせてはけない。

 自己防衛の本能ではなく、その感情が先に出てきた。

 避けろ、絶対に避けろ。

少しだけ、少しずれるだけでいい。

身体、動け。

動けッ。

桜が幣を振り下ろしたその瞬間、パーンと大きな破裂音がして桜の手が止まる。

何事かと顔を上げる二人の目に飛び込んできたのは、日が陰った夕方だったはずの路地を煌々と照らす太陽の光だった。

「そこまでです。これ以上の狼藉は私が許しません」

「誰だ!」

 光の大きさに目を細めながら、その光源に立つ何者かを見る。

「陰陽術、ですか。陰と陽の力が揃わなければまともに使えないでしょう」

「な……これは」

 桜はヒトガタを取り出すも、それらは全く機能せず紙切れのように地面へと落ちていく。

 どうやら、結界とやらも解けてしまったようだ。

「私の前で陽の力を自由に使えるとは思わないことです」

 この声、どうやらアマテラスが来ているらしい。

「てめえ、伊勢の巫女か……!なんで因子持ちに味方してんだ!」

「その者が人の子だからです」

「ちいっ」

 桜はそのまま退散していった。

 あ、動ける。

「日向雅、大丈夫ですか?」

 駆け寄ってきた頃には最初に発していた光も消え、髪を白く染めたニイナの姿がよく見えた。

「ああ、あと一秒遅かったら死んでたよ。悪い、助かった」

「……間に合って、良かったです」

 そう言うとアマテラスは日向雅の上体を持ち上げそのまま抱きしめた。

「ちょっ」

「良かった……本当に」

「……傷が痛いんだが」

「では……戻りますね」

「は?」

 視界の端にある長い髪がみるみる黒くなっていく。

「ひゅーがっ!」

「ぐえっ」

 まだ髪が染まり切らないうちに抱擁がきつくなる。

 痛い。

「ちょ、ニイナさんちょっと」

「よかったあ、生きててよかった!」

「うん、俺生きてるから、一回離れよ、苦しい死んじゃう……あ」

 顔を上げると、綾が固まっていた。

「よお綾、何やってんだこんなところで」

「いや、その台詞は私じゃない?」

 綾は寄ってくると、ボロボロになった日向雅の風貌に気づいてぎょっとする。

「……ヒナ姉のとこ行くよ」

「は?いやいいよ、それより早く帰りた」

「いいから!」

 ここ一番の剣幕で迫られた日向雅には大人しく従うほかなかった。

 渋々踵を返し、今来た道を駅に向かって戻るのだった。

 道中で綾が雛子に連絡をしたため、病院へ着くと玄関灯が点いていた。

 綾が持たされている合鍵を使い中に入り、診察室へ。

 すぐに奥から雛子が出てきて、日向雅に視線を向けるとため息を吐いた。

「君は週に何度ウチへ掛かれば気が済むんだ」

「俺だって来るつもりなかったんだよ」

 日向雅の返答に綾が肩を叩く。

「ダメ、ちゃんと見てもらわなきゃ許さないよ」

 その様子を見た雛子は頭を掻く。

「ま、大体察しているさ。まずは検査だ、こっちに来たまえ」

「……ああ」

 検査室へ入り、雛子がスキャナを取り出す間に検査台へ腰かける。

「……なあ、ヒナ姉」

「なんだ?」

「体がピクリとも動かなくなる症状って、何かあるか?」

 首元の端子を触っていた雛子の手が止まる。

「なんだって?」

「いや、実はな」

 日向雅は戦闘の決定打となったあの攻撃について雛子に話した。

 それを聞いた雛子は少し考えた後、スキャナを置く。

「念のため精密検査をしよう。そっちの台に横になりたまえ」




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