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新事記ミカド・ミライ  作者: 今田勝手


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2-壱話

2118/5/9

拝啓・二十一世紀初頭の皆様

前回のお便りから一週間ほどですが、お伝えしたいことができましたのでここに書かせていただきます。芦原日向雅です。

前回の手紙の後その翌日に退院し、現在は自宅アパートにてニイナとともに元気に生活しています。

さて、あなた方の時代において因子、妖怪とはどのような存在なのでしょうか。科学が急速に発展しているその時代では、既に迷信と化していたのか、それとも未だ信仰の対象なのか。

我々には想像しかできませんが、しかしあなた方の時代にも「因子たち」は存在し、何処かでひっそりと暮らしているのです。そしてたまに悪さをする者も居れば、もちろんそれを取り締まる者も存在していたのです。




























朝の光がカーテンの隙間から部屋の中に零れる時間。

 微睡みというのは心地のいいもので、春の陽気が助長する。

 病み上がりの身体に染み渡るこの快感を堪能しつつ、気の向くまま目を瞑る。

「あっ、こらー!目瞑っちゃ駄目でしょ!えい!」

 布団をはがされる。

 春、とは言ったもののやはり布団がなくなると肌寒さを感じるものだ。

「なんだよニイナ……あと十分だけ寝かせてくれよ……」

 情けない声を出しながら芦原日向雅は近くの布団を手繰る。

「ダメ、今日くらいは早めに起きて準備しないとって、昨日ひゅーがが自分で言ったんだから」

「そんなこと言ったっけ……言ったわ」

 仕方なく軋む体を持ち上げる。

 その様子を見てから布団を脇へ置きしゃがみ込む少女は、日向雅の顔を覗き込んで微笑む。

「ひゅーが、おはよ」

「おう、おはよう」

「もう体痛くない?」

「何度聞くんだよ、それにこっちの台詞だぞ。そんなに動いて平気なのか?」

 三日前、ニイナはその腹に大きな穴を開けられた。

 日向雅達と違い体が脆い旧人類のニイナは、まだ安静が必要なのではないか。

「大丈夫だって、ほら」

 そう言うとニイナは自分の腹をポンポンと叩く。

 しかし日向雅は眉がぴくっと動いたのを見逃さなかった。

「……俺の事は気にせずに病院で休んでいればよかったのに」

「そういう訳にもいかないよ、現に今も寝坊しそうだったし」

「……まあ、無理はすんなよ」

「はーい」

 ニイナを居間に座らせてから朝の準備に入る。

 正直、日向雅もまだ本調子ではない。

 関節を動かせば錆が入ったような音がするときもある。

「……お互い様、か」

 顔を洗いながらそう呟いた。





「日向雅」

「ん、おう」

 アパートを出ると、門の前に大男が立っていた。

日向雅はその姿を一瞥して呟く。

「……お前さ、目立たないの?」

「普段、現人類の視界モニタに神の姿は反映されない。今俺が見えてるのはお前だけだ」

 大国主だ。しばらくの間、日向雅達の近くで様子を見るらしい。

 日向雅は「な、るほどな」と少々納得しかねた返事をするが大国主は「うむ」とだけ返し、駅へと歩き出す日向雅の横を陣取る。

「日向雅、調子はどうだ?」

「まだ少しガタつくな、完全復活にはあと一、二日かかりそうだ」

「そうか」

 大国主は深くは聞かない。未だ距離感を図っているようにも思える。

「ところで、ウズメはどうだ?」

「ああ、随時情報は貰っているが、何も思い出せていないらしい」

「進展なしか」

 そんな話をしてるうちに駅に着く。

 大国主は駅に入らずに立ち止まった。

「日向雅、気になることが少しでもあればすぐに連絡するんだ。わかったな」

「何だよ、まるで今から何か起こると知っているみたいじゃねえか」

 日向雅は冗談でそう言うが、大国主は硬い表情を崩さず続けた。

「ああ、近いうちに必ず何かある」

「……何かあったんだな」

「日向雅、この付近で最近これが見つかった」

 そう言って大国主は懐から紙きれを取り出した。

 人のような形に切られてはいるが、何も書かれていない唯の紙にしか見えない。

「それがどうかしたのか?」

「これは、」

 その時、電車到着を知らせる放送が聞こえてくる。

「っと、悪い、続きは帰ってから聞くわ」

 もしもの時はニイナを頼むと付け足し、大国主と別れ足早にホームへと向かった。

「あ、おい日向雅……」

 大国主が呼び止めるも既に日向雅は電車に乗ってしまった。

 実は大国主は日向雅の登校時間に合わせて門の前で待っていたのだが、運悪く今朝は寝坊したため、いつもより遅めの出発となっていた。

「……なにもなければいいが」

 手元の紙切れを一瞥してそう呟き、大国主は駅を後にした。





 校門を潜ると、一気に今までの日常が戻ってきたかのような錯覚に陥る。

 実際、学校ですることは何も変わることはないのだから当然と言えば当然なのだが、実際は学校内にも変化は起こっている。

「よぉ、芦原ぁ」

 気の抜けた男の声が聞こえ振り返ると、山田がこちらに手を振っていた。

「あれ、珍しいな先生。こんな早くに」

「年とると朝が早くなるんだよ」

 そう言うと欠伸を一つして、日向雅の肩を叩く。

「何があったのかは聞かねぇ、だが、上手くやったんだろ?」

「ああ、先生のおかげでな」

「ははっ、そりゃよかった。じゃ、和泉にもちゃんと礼言っとけよ」

「ああ、ありがとな」

 そう言うと山田は気怠そうに摺り足で社会科室の方へと帰っていった。

「あ!日向雅じゃねえかオイ!」

 今度は背中を思いっきり叩かれる。

 いてえ。

「清武……退院直後の人間に何すんだよ」

「なんだよ元気そうじゃんか」

 ヘラヘラと笑いながら清武は更に背中を叩く。

 だからいてえって。

「お前な、少しは労われよ」

「馬鹿言うな、俺知ってんだぞ」

「何をだよ」

「入院中和泉さんに看病してもらってたんだろ」

「は?」

 確かに、入院してた昨日まで毎日綾が病室まで来ていた。

 だが看病されたかというと微妙だ。なにせ日向雅はほぼほぼ自分で出来ることはしていた。

「……誰が言ったんだよ」

「あーやっぱそうなんだ!カマかけただけだよこん畜生!」

「だーもうやかましい、さっさと教室行くぞ」

 背中がひりひりと痛む中、喚く清武を引き摺って教室へと向かった。

「あ、日向雅!」

「ん?」

 清武をやっとの思いで教室の前まで運んだところで、聞き慣れた声で呼び止められる。

「よかった、ちゃんと出てこれたんだね」

「綾、お前俺を何だと思ってるんだ」

 駆け寄ってくる綾の顔が次第に膨れていく。

「これでも心配してるつもりなんだけど?」

「……そうだな、悪かった。この通りピンピンだよ」

「うむ、よろしい」

 綾の頬に入っていた空気が抜け、代わりに口角が上がる。

「でも、無理は駄目だからね?しばらくは寄り道せずに帰ることだよ」

「オカンかよ」

「もう、茶化さないの。もう一人の身体じゃないんだから」

「あっおい」

 日向雅が慌てて制すると、綾はハッとして口を覆う。

「え?なに?一人の身体じゃないって」

 どうやら綾は清武が居ることを失念していたらしい。

 綾の台詞の意味はもちろんニイナの事を指している。

 ニイナはその存在が公になってはいけない旧人類だ。むやみに口外するわけにはいかない。そのうえ日向雅と同居しているのだ。高校生の分際で少女と同居など詮索されるだけでは済まされまい。

 とにかく、ニイナに関することは他言無用という取り決めだ。

「え、なに日向雅お前まさか……休んでる間に、和泉さんとあんなこと」

「するか馬鹿、こっちは満身創痍だったんだわ!今のは言葉のあやだ、気にすんな」

「え、なに?ダジャレ?」

 綾は気まずそうに半笑いで視線を泳がせているが、何とか話題を逸らすことに成功した。

「ほら、予鈴鳴るから教室入るぞ」

「はいはい、和泉さーんまたねー」

 日向雅は綾に愛想を振りまく清武を教室へ押し込む。

「あ、うん、またね今井君。日向雅も」

「おう」

 横目で手を振り、日向雅も教室へと入る。





「……ロストした?」

 日向雅達が授業を受けている時間、街の外れにある廃ビルの屋上で一人、菓子パンを頬張る者がいた。

「誰かに感づかれたか?……でも誰に」

 その少女は一口ごとに独り言を挟みながら、視界ウィンドウを操作する。

「まあいいか。失くしたなら、新しく作ればいい」

 少女は残った一口を口へ放り込むと、懐から綺麗に切り揃えられた紙切れを取り出し、紙飛行機の要領で宙へ放った。

「C-28地点だ。しっかりやれよ」

 手を振ると、紙切れは何かに操られたように不自然に進路を変え、真っすぐ虚空へと消えていった。





「んなっ」

 昼休み、日向雅は間抜けな声と共に目を覚ました。

 時計を確認すると、午前の授業が終わって五分も経っていない。

「あれ、珍しいじゃん。起きてる」

 清武の声にムッとするのは、考えを見透かされた気がしたからだ。というのも、日向雅はメッセージの受信通知で目が覚めたのだ。

 視界ディスプレイの端でアイコンが点滅している。とりあえず清武には「うっせバーカ」と言い捨てて、開いてみると相手は雛子だった。

 なんと、こっちの方が珍しいじゃないか。午後から雨かもしれない、などと考えながら内容を確認する。

『復帰一日目の調子はどうだ?』

雛子にしてはまともな文章だったので『この通知で起こされたよ』と毒づいてみると『それはなによりだ』と帰ってきた。

 返信を考える間もなく立て続けに送られてくる。

『どんな影響があるかまだ分からん、無理はするなよ』

「……」

 影響、というのはこの間の熱暴走の事だろう。

 現人類医学史始まって以来あのようなオーバーヒート症状は前例がないらしい。

 日向雅自身あの時の事はぼんやりとしか思い出せない。何故あんなことになったのか、対策はあるのか、後遺症はどうなのか、何一つわからない。

 とりあえず『了解』と返事してウィンドウを閉じる。

「無理するな、か」

 とりあえず、お言葉に甘えて二度寝することにした。





 大国主は町内を歩いていた。

 散歩しているわけではない。今眼前に迫り来ている脅威を取り除くべく気を張り巡らせているのだ。

 無論、ニイナの残る日向雅宅には常に気を飛ばしている。

「……ここにもあった」

 大国主は路地の小さな隙間に手を伸ばし、それを掴み上げる。

 朝に日向雅へ見せたものと同じ紙切れだ。

 もちろん唯の紙切れではない。

 これは神でも因子持ちでもない、厄介な存在が近くにいる証拠なのだ。

「これは、まだ新しいな」

 どうやら何かしらの目的でこの街に潜伏している者がいる。

 敵か味方かで言えば、限りなく敵に近い。

「日向雅、早く帰ってこい……」

 そろそろ帰ってきてもいい時間だ。

 大国主は、妙な胸騒ぎがした。

「……っ!?」

 その時、駅の方角から大きな妖気を感じる。

「これは……まさか」

 持っていた紙切れを破り捨てると、大国主は全力で走り出した。


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