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新事記ミカド・ミライ  作者: 今田勝手
10/17

玖話











「で、こうしてここにいるわけか」

「そんな簡単に纏めるなよ」

 翌日、日向雅は飫肥内科外科の病室に居た。

 アマテラスが大国主に伝えた住所というのが、この病院だったらしい。

「真夜中に緊急オペを二つだぞ?片方は熱暴走で機械組織が大損傷、片方は血塗れの旧人類だ。どれだけ大変だったと思っているんだ全く」

「ああ、ちゃんと感謝してるって。目の下にクマまで作ってやってくれてんだ。ありがとなヒナ姉」

 雛子は日向雅の顔を一瞥しため息を吐いた。

「まあ、こうなる気はしていたよ」

「へえ、いつから?」

「ヒュウガがニイナを拾って来たときから」

「はっや」

「まあ、二人とも経過は良いようだし、君は明日からでも学校に復帰したまえ」

「げ、もう少し休ませてくれよ」

 日向雅がそう言うと、雛子は肩を強くたたいた。

「……綾にも言う事があるんじゃないのか?ん?」

「……あー、そうだな」

 雛子が睨みを利かせていると、病室のドアが叩かれる。

「む……噂をすれば、というやつだ」

「へ?」

 ドアが開くと、今にも泣きそうな顔の綾が立っていた。

「ひ……」

「ひ?」

「日向雅あ!」

「ぐおっ」

 ドアの位置から日向雅の腹めがけてタックルがかまされる。

「あ……綾、痛いんだけど」

「もう!心配したんだから!いきなりいなくなって!」

「あ、ああ、悪かったって、だからほら、痛い、腹が締まる」

「だめ、絶対放さない」

「ええ……」

「じゃ、私は仕事に戻る」

「ヒナ姉ー!この薄情者!」




「この度は本当に申し訳なかった!」

 大国主が地面に埋まる勢いで頭を下げる。

 こんなきれいな土下座初めて見た。

「あらあら」

 それを見て微笑む白髪の少女も加えて、日向雅の頭を混乱させる。

 日向雅がニイナの病室を訪ねた時、見計らったように起き上がったニイナの髪が白く染まった。

 今回の事についてアマテラスと、ゆっくり話がしたいと思っていた日向雅にとっても好都合だったが、直後に大国主が突撃してきた。

 ちなみにウズメとサルタヒコだが、ウズメは何も覚えていなかったらしい。

 万が一を考え長居せず、既にサルタヒコが九州まで連れて帰った。

 あのフードの女、三葛サエは完全に姿を消した。

 簪を使いウズメを操っていたようだが、実態がつかめない何とも謎な女だ。

「……とりあえず、頭を上げて、色々と説明してくれ」

 日向雅がそう言うと、渋々と頭が上がった。

「何なりと聞いてくれ」

「ん……まず確認したいのは、ニイナについてだ」

 日向雅はアマテラスの方に目を遣る。

 目が遭ったアマテラスは微笑みながら口を開く。

「概ね日向雅の解釈が正しいです。ニイナは帝となりこの国を治めるために、降臨させました」

 アマテラスはそこまで話すと一度止まり、少し間の後話を続ける。

「……ただ、すべてが想定外だったのです。この子は本来あの場所に降りる予定ではなかったですし、落下したのも記憶を失ったのも全て事故でした。ニイナには、悪いことをしてしまった」

「それに、本来ならば降臨はもっと後にする予定だったのだ。天子様が、十分成熟した後に」

 大国主が、苦虫をかみつぶしたような顔で補足する。

「高天原で重大なトラブルが発生した。その影響で予定より早く、しかも強引に降臨を行ってしまったため、このような事態になってしまったのだ。私の到着が遅れたのも、情報が交錯し混乱していたためだ」

「日向雅……」

 アマテラスは改めて日向雅を向き直ると、深く頭を下げた。

「こんなことに貴方を巻き込んでしまったのは私の責任です。本当にすいませんでした」

 日向雅は咄嗟にアマテラスの肩を掴むと頭を挙げさせる。

「……やめてくれ、俺に謝られる筋合いはない」

 実際日向雅は、何度もニイナに救われていた。

 それに、心からニイナを助けたいと思ったのではない。

「俺は……俺自身の問題に、ニイナを巻き込んだんだ」

 心に巣食う、消えない幻想。

 日向雅をいつまでも苦しめる悪夢。

 ニイナの存在を他のものの代理にし、失ったものを補おうとしていた。

 しかしアマテラスは、首を横に振る。

「そんなことはありません。貴方も気づいている筈です日向雅。貴方にとってこの子は、代わりのいない存在になっている。それは勿論、この子にとってもです」

 アマテラスは微笑む。

 ニイナと同じ顔で、日向雅に微笑む。

 日向雅は、ただ俯くしかなかった。

「……そのことなのですが、アマテラス殿」

 大国主が、恐る恐るといった声色で割り込む。

「その男の、因子についてなのですが……」

「ああ、そうでしたね。日向雅にも因子について説明しとかなければいけませんね」

 因子。

 大国主たちがよく使っていたように思うが、確かに言葉の意味は解らない。

「……そういえば、俺の事を『』って呼んでたよな」

「ああ。因子持ちというのはその名の通り、体内に妖怪の因子を持っている者の事だ」

 日向雅が未知の単語に頭をひねっていると、察したアマテラスが補足する。

「妖怪、というのは古くから存在する一種の化け物、モンスターの事です」

 日向雅は頭を抱え溜息を吐く。

「神の次は……妖怪か」

 大国主は説明を続ける。

「彼らは人間の恐怖心を糧に存在出来得るのだが、君達現人類は妖怪の存在を信じなくなり、怖がることも無くなった」

「まあ……普通に考えたらありえないもんな。てか逆に、旧人類が信じていたことに驚く」

 アマテラスが「ふふ」と微笑んだ。

「現人類は科学の子ですから、非科学的なことが信じられないのが当然です。でも旧人類は、何も知らない状態から想像力で生き延びてきたんです。非科学的でも、存在しないことを証明できない限り、未知のものに恐怖するのが普通だったんですよ」

 大国主は更に続ける。

「我々神は、培った信仰でこうして存在を保てているが、彼らは強硬手段に出た。肉体を捨て、人間に憑依することで生き延びようと考えた。その結果、コンピュータウイルスのような存在になった妖怪たちは、憑依した人間に様々なバグを起こすようになった。それが、君たちの持つ能力の正体だ」

「そうか……だから機械組織にしか作用しなかったんだな」

 大国主はそこまで話すと、日向雅の顔を見たまま黙り込む。

「……なんだ?」

「……能力は、基本的に因子となった妖怪の特性を引き継ぐ。能力を見れば、なんの妖怪が因子になっているのか、ある程度測定することができるんだ」

 大国主は、更に難しい顔で日向雅を見据える。

「だが日向雅、君の能力である完全回避。そんな能力を持つ妖怪は見たことがない。九十九級の無名妖怪なら構わないのだが、暴走した君から感じた妖気は凄まじかった。そのうえ、矛遣いの名手であるウズメ殿を易々と倒した。逸話級、いやもしかしたら伝説級妖怪の可能性だってある」

「……どういうことだ?」

 度重なる未知の単語との闘いはまだ続いていたようだ。

 大国主の発言の意味がいまいち掴めなかった。

 その様子を察したアマテラスが補足する。

「妖怪は、その存在力の強さ……妖気の大きさによって階級分けがされています。弱いものから九十九級、都市伝説級、怪談級、逸話級、伝説級となり上に行くほどその数は減ります。尤も、逸話級以上は固有名があるものばかりで知名度も高いので、普通ならば強い能力か見れば因子の見当がつきます。しかし日向雅の場合、非常に大きな妖気を持ちながら我々が知らない能力を持っているのです。無論、因子が分からない以上その危険性も測れません」

 日向雅の心臓が大きく鳴る。

 日向雅自身、自分の因子など知らない。

 正体が分からないものを体内に持った存在。しかも、暴走の危険あり。

 不発弾を抱えているようなものだ。

 大国主が何を言おうとしてるか、予想がついた。

「日向雅、君にこのまま天子様を預けても、安全が保障できるか?」



 日向雅には答えられなかった。

 現に、日向雅の能力は暴走を起こしてしまっている。

 それを咎められれば、日向雅にはニイナの傍にいる資格はないのかもしれない。

 悶々とする頭を抱えながら、日向雅は廊下を歩く。

 というのも、アマテラスが「本人同士で決めることです」と言い、意識をニイナに返すと言ったのだ。ニイナには、アマテラスが入っているときの記憶は残らない。

 二人でゆっくり話せと、大国主も退散していった。

 日向雅はいたたまれなくなり、一度病室を出ると雛子の下へ行った。

 日向雅は因子について聞いたことを雛子に話すと、日向雅の検査結果で他に異常値はないか確認した。

「今のところは、RMプログラムだけだ。戦闘中に全身が発光したと聞いたが、神経伝達回路に酷使した形跡があったから、おそらくこれだろうな」

 機械組織は延髄付近にあるマザーボードからの指令で動いている。

 その指令を送る神経伝達回路に採用されているのが、瞬時に伝達することが可能である光ファイバーだ。

 マザーボードから異常な量の神経伝達情報が出ると、ファイバーに収まりきらずに光が漏れる。

 生命に危険が迫ったときなどに誤作動によって全身が一瞬発光し、その瞬間だけとてつもないパワーがでる、通称『火事場の馬鹿力』が世界中で報告されているが、今回の場合は能力の暴走によりそれが長時間続いたものだと言う。

 それも因子によって引き起こされているのだとしたら、再発の可能性も否めない。

 あの時の記憶はないが、相当危険な行動をしていた自覚はある。

 ニイナを、この手で傷つけるかもしれない。

 部屋から出ようとした日向雅を雛子は呼び止めた。

「ヒュウガ、ニイナの記憶は結局戻っていない。私に言わせれば、君の下に置いておくのが最善なんだが、無理にとは言わん。最後に判断するのは君だ。後悔しない方を選択したまえ」





 日向雅は悶々としたまま、ニイナの病室の前まで戻ってきていた。

「……」

 この扉を開けたら、ニイナが居る。

 ノブに掛けたまま岩のように固くなっていた手を、力を込めて動かした。

「あ、ひゅーが」

 開けると、ニイナはこちらに気づき手を振る。

「……ニイナ」

 ベッドの背を上げ、窓の外を見ていたようだ。

 病衣で佇むその姿が、初めてここで会った時のことを思い出させる。

「痛みはどうだ?」

「うん、平気だよ。立ち上がる時にはまだ痛いけど」

「……そうか」

 ニイナは笑顔をつくる。

 いつだって、日向雅の前では笑顔を見せてきた。

 母親譲りだろう、まるで太陽のような、明るい笑顔。

 この笑顔に傷をつけてしまったのは、日向雅の非力さ故だ。

 次にこの笑顔を傷つけるのは、自分自身かもしれない。

 そう思うと、このまま大国主へ預けてしまった方がいいのではないだろうか。

「ね、ひゅーが」

「うん?」

 ニイナが日向雅の手を取る。

「……あったかい」

 その手を、自分の傷口へかざした。

「……何してんだ?」

「えへへ、こうすると早く治る気がするんだ」

 肩から腰へ、一直線に伸びた傷。

 なぞるように、日向雅の手をかざしていく。

「ねえ、ひゅーが」

「……ん?」

「ありがとう」

 手が止まる。

 日向雅の手を、ニイナの小さな手が包み込む。

 とても、温かい。

「ひゅーがのおかげで私、生きてる」

「……」

 日向雅は、ただ聞いていた。

 この感謝を噛み締めるには、まだ早い。

「何度だって、守ってやるさ」

「えへへ、約束だよ」

「……ああ」

 そう、まだ早い。

 日向雅はこれからも、この笑顔を守らなければならない。

 たとえそれが、日向雅自身のエゴだとしても、今はそれで構わない。

 この子が笑ってくれるなら、二度と暴走なんて起こさない。

 いや、起こさせない。

 聞いてるか、芦原日向雅に憑依した因子よ。

 俺は、決してお前に負けない。

 この笑顔を、守り通して見せる。

  

 

 

「……どうやら、杞憂だったようだな」

「ああ、当たり前だ。ヒュウガを甘く見過ぎだぞ」

 病室の入り口で、大男と小さな医者は言葉を交わす。

「だいたい、最初からヒュウガに預ける気だったんじゃないのか?」

 雛子は腕を組んで大国主を見遣る。

 睨まれた大国主はばつが悪そうに口を開く。

「……ああ、その通りだ先生。あの三葛サエという因子持ちの事もある。奴の因子は伝説級の玉藻前、攻めてきたら悔しいが私では歯が立たないだろう」

「もう一人の能力者か……それも気になるな」

 雛子は顎に手を当てる。

 大国主も腕を組むが、ふと窓の外へ視線を移した。

「どうかしたのか?」

 不審に思った雛子が問う。

「……いや、何でもない。気のせいだろう」

 再び、ドアの隙間から覗く少年へ視線を戻す。

「奴に関してはこちらの方でも調べる。それにしばらくはこの付近に滞在するつもりだ」

 大国主がそう告げると、雛子は「ふふ」と笑い飛ばした。

「なに、ヒュウガに任せとけば大丈夫さ」

「……なるほど、では私もそう思っておこう」

それ以上、二人が言葉を交わすことはなく、ただただ日の差し込む扉の隙間を見つめ続けていた。















「……この辺だったよな」

 その夜、山中を一つの影が暗躍していた。

「クッソ、時間経ち過ぎたか……でも、戦闘の形跡がある。確かに近くにいるな」

 その影は、静かに眼下の町を見下ろす。

「どこに隠れてても、必ず見つけ出して狩る……待ってろ、因子持ちども」

 呟きと共に、夜の帳に消えていった。































 …以上が、今回お伝えしたい事の全てです。

 皆さんの時代では、帝はどんな存在なんでしょうか。

 僕にとっては、とりあえずただの女の子です。

 帝が存在する時代、僕も経験してみたいような気がします。

 きっと、素晴らしいものなのでしょう。

 では二十一世紀初頭の皆様、旧人類の時代はまだ続きます。これからも、文化や伝統を大切に、僕らの時代まで繋げられるよう励んで、お元気にお過ごしください。

 また何かありましたら、お手紙差し上げます。

敬具


第一章・完結です。

二章は固まり次第執筆開始しますが、少し充電期間に入ります。


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