98話 外野2
【98】外野2
「テオさんって、そんなに悪目立ちするんですか」
「うーん、悪目立ちっていうかね。なんだろ。何考えてるか分かんないんだよね。おれ、あいつあんまり得意じゃないし。なんていうかなあ」
埃の積もった木箱を開けては閉じてを繰り返しながら、魔術師の男が言う。レジーもそれを真似て、穴の底に届くほど長く、それでいて重装備の大の男を引き上げられるほど頑丈な縄を探し始めた。
「怖いっていうか。怖がってんだろうなっていうか。威嚇方法がえぐいっていうか。手に負えないっていうか。そこまでする気も別に起きないっていうか」
「なんです。もうちょいはっきりしてくんないですか」
「ええっとなあ。なんだろうなあ。そうだなあ、めっちゃ気遣ってやれないんだったらいっそのこと、なんか知りたいなとは思わなくていいやってくらいの距離感のほうが、あいつって多分ちょうどいいんだろうなって感じ」
「それは、なんだろ、興味ないってことですか」
「いや、興味はあるよ。正直あいつ、いてくれればアホほど働いて稼ぐしな。余計な反感さえ買わなけりゃ、普通に稼ぎ頭がんがんに張れたのによ。だってあいつ、今はなんか指揮官のやつに目の敵にされてんだかで嫌がらせみたいに半端なことさせられてるけどさ、本当ならエイダンと二人で、ばっしばし前線に突っ込んでいけるやつだぜ。知らなかった?」
「そ、そんなに凄い人だったんですか」
「うーん。尊敬されないとか、気性に問題ありとか、あんまり表立って押しだせないとか、そういう奴も凄いって言うなら、まあ、凄いんじゃない。不得意分野さえ遠ざけてやれば、枝を投げられた犬みたいに突っ込んでって馬鹿みたいな量の首取って帰ってきてたから。だから本当なら“稼ぎ頭”だったんだよ。それに今のソロの中じゃあ、話してみればまともっぽい感じするほうだしさ。まあ、エイダンの次にだけど。でも、そうじゃなくてな」
手を動かしながら話す魔術師の男の言葉に、レジーは意識を向ける。その手はすでに止まってしまっていたが、その代わりと言わんばかりに魔術師の男は引き上げ用のロープを探し続けた。
「あいつにとってパーティっていらないもので、おれたちみたいなパーティを作る人間にとっては、あいつって居ても困るんだ。根本的に相性が悪いんだよ。パーティってさ、補い合う関係上、いろんなのがいなきゃいけない。でもそのいろんなのの中に一個だけあいつが絶対に許せないものがあって、その許せないものっていうのが、やっぱりおれらからすれば、絶対いてくれなくちゃいけない。どっちもが半分ずつでも譲歩出来りゃいいんだろうけどな」
「したらいいじゃないですか」
「うーん。じゃあ、きみ、うちのパーティに来る? 聖職者いるけど」
「無理だってば、……あ」
再度向けられた誘いに反射的に答えたレジーは、しかしすぐに自らの口に手を当てて押し黙った。その様子を一瞥した魔術師は、やはりいつかと同じように肩をすくめて見せる。その手には見つけ出されたロープの束が握られていた。
「だろ。そういうこと。きみが何で聖職者が嫌で無理なのか知んないけどさ、その無理を両方が持ってんの。いろんなタイプの聖職者は大概あいつのことが無理だし、あいつも聖職者であるだけでどんな人間だとしても大体無理なんじゃない。そういうことっしょ。おれよりきみのほうが分かると思うけど」
「そ、すね」
「はい。これロープ。仲良くできるんだったら、あんまり穴に落としてばっかで意地悪すんのやめたれよ。おれ、きみよりは前からここにいるから知ってるけど、あいつが人連れて歩いてるの、ここ最近ではソロのやつらくらいだから珍しいんだよ。それだって、どっちかっていうとあいつのほうから懐いたって感じみたいだし。あっちからアプローチがあって一緒にいるならいいけど、おれが知ってる限りだと、あいつ結構基本的に他人への関心とか評価みたいなのプラスから始めないからな。いらなくなった人間の名前とか顔とか、あんまり覚えてないみたいだし。割とそこら辺はそれなりにドライみたいだから」
「そ、ですね。ありがとうございます」
手渡されたロープを握りしめたレジーが答える。魔術師の男は一度その顔を覗き込んでから、励ますように肩を叩いた。
「んじゃ、頑張って」
「あ、待ってください。お名前を聞いてもいいですか」
立ち去ろうとする魔術師を引き留めたレジーが問いかける。何かと話を聞けた相手だ。手を貸す義理もないのに、親切にここまで手伝ってもくれた。機会があるなら何か返礼をしたいと思ったのだ。
「ん、ああ。……いや、あいつに聞いてみなよ」
「え、あいつって……まさかテオさんです? 知り合いだったんですか」
「うーん、おれはそう思ってたけど、あいつはそうは思ってなかったみたい。だってさっきの覚えてるか、“おい! あんた!”だったんだぞ」
魔術師独特の丈の長いローブの裾を持ち上げて、両手を掲げた男が言う。呆れた顔の魔術師は、顔より上にあげた手首をはらはらと振った。
「はは、おれね、一回だけあいつとパーティ組んでたんだ。自慢じゃないけど、あいつには結構荒稼ぎさせてもらったよ。そん時のパーティは解散して、俺も一回は冒険者を辞めたんだけど、最近になってまたまた金が入り用になってさ。最近って言っても、もう一年以上は前なんだけど。それで、わざわざこの街に戻ってきて、そんで復帰した。前の仲間には声掛けてないよ。今のところは全く別のパーティ」
魔術師の言葉に、レジーは思わず絶句した。知り合いって程度の仲ではないのではないか。なのに何であんな本気で知らない人に声かけたみたいな無関心だったんだ、という言葉を向けたい相手はここにはいない。残念ながらその相手であるテオは現在レジーが作った大穴の底だ。
それにしたって、目の前の魔術師だってそうだ。散々と話しておいて、一番大事なところはレジーが食い下がらなければ話す気もなかったらしい。
面食らったレジーの表情に、巻き込まれた分の溜飲は下がったのか、魔術師の男はそれはもうおかしいものを見たと言いたげに笑った。
「あっははは! ひー! アホ面! や、いや、わ、悪い、悪い。そんな怒んなよ。別に言わんでいいかと思ったんだ。あいつも忘れてんなら、ほら、あんま関係ないかなって。無関心も時には親切だろ、余計な揚げ足取るよりゃいいかと。まあ、なんだ。お詫びと言っちゃなんだけど、続き、聞きたい?」
「そこまで話したなら責任もって最後まで話してくださいよ。気になっちゃうじゃないですか」
「えー、そういうこと言われると話したくなくなる……って、ごめんごめん、話すよ」
のらりくらりとした魔術師の態度に、レジーは眉尻を吊り上げる。睨みつけられた魔術師の男は手近な木箱に腰掛け、膝の上に頬杖をついてから続きを話し始めた。




