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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第二章
93/144

93話 人形メイガン1

 

【93】人形メイガン1




 その後、テオが立ち上がれるようになったころを見計らい、エイダンはテオを連れてとっととギルドを後にした。大薙刀を抱えたテオは、緊張した面持ちでエイダンの後ろをついて歩く。

 きょろきょろと落ち着きなく辺りを見渡しながら歩いていたテオは、やがて自分達がだんだんと町の外れへ向かっていることに気が付いた。


「君は聖職者が怖いのかな」

「……怖い?」

「そう見えたものだから。違うならいいんだ」


 先導するようにテオの前を歩くエイダンが言う。ほんの少しの沈黙を挟んで、テオはその背中に言葉を返すことを選んだ。

 本心を話してしまうには、テオはエイダンのことをよく知らないという警戒心もあったし、何よりも前職を考慮しての遠慮があった。それでも、慮ってくれるかのような言葉に、知らないふりをして取り合わないのは嫌だったのだ。


「怖いのかは、分からないんだけど」

「うん?」

「なにか、特別な人達だとは思ってる、んだと、思う」

「……そうかい」


 エイダンは言葉少なにそう答え、後ろを歩くテオを一瞥した。

 幼すぎるようには見えない背丈と顔つき。しかし大人びたというには遠い年だ。まだ二十年すら生きていない少年では、迷うことも多いだろう。背を張って歩いても丸くなる肩だったり、不安げに足元へと下げられる視線だったり、選び過ぎて絡まった言葉だったり。そういった一つ一つの違和感が、エイダンにそう思わせてならなかった。


 それ以上、何を聞くでもなく黙ったままのエイダンが、テオを連れて向かったのは山のふもとの林だった。山裾と街の境目といった具合で、ちらほらと民家が覗けるその場所は、ほんの少しだけ小高くなっている。山に沿った扇状地にあるポーロウニアが、全てとは言わずともいくらかは見渡せる。そんな場所であった。

 民家の窓から漏れる薄明かりが、中にいる人間の形を真似て影を作っている。二人がそこに着いた頃には、既に日は陰り、夜の手前の時間独特のひんやりとした空気が辺りに漂っていた。


「仕事って、何をするの」

「見回りだよ」

「見回り?」


 エイダンの答えを聞いて、テオはゆっくりと辺りを見渡した。住宅地と呼ぶにも閑散とした周辺には、家々のある側を背にしてしまえば、林と街を区切るような細い道と、風に吹かれわさわさと揺れる木々くらいしか見当たらない。あえて言うのであれば、古い井戸がぽつりとあるのが気になるくらいだ。

 態々、兵士ではなく冒険者を雇っての見回りをするのなら、何かしらの問題が既に見受けられた地域なのかと思ったテオは、あまりにも平穏とした様子に小さく首を傾げた。


 かたり、と音を立てて、ひとつの民家の窓が開く。その中から、四十くらいの女性が一人、林の前に立ち止まるエイダンとテオを眺めていた。

 それを確認するように見つめ返したエイダンは、小型ランプを一つ点灯させる。手のひらに収まるほどの微かな光源を手に、遠目にも分かるよう大きく頷いて見せたエイダンは、月明かりさえ遮って暗くなった林の間へ足を踏み入れた。

 ここ最近で踏み固められた獣道の中、足元に転がる枝を脇に蹴飛ばすように、エイダンは足を擦って歩く。周囲を見渡していて遅れたテオは、慌ててその後ろに続いた。テオは抱きかかえるように担いだ大薙刀が、木々の枝に引っかからないよう頭上を気にかけながら、反対に慣れた足取りで前を行くエイダンの背中に声をかける。


「見回りって、何を見つければいいんだ」

「何も見つからないよ」

「見つからないのに見て回るのか」

「何も見つからないのを見ていればいいんだ」


 エイダンの言葉に、テオは更に大きく首を傾げる。この大男の言わんとする所が、テオには理解ができなかった。それを一瞥したエイダンは、足を止めることなく言葉を続ける。ただでさえ暗い時間に踏み入る林は、テオにうすら寒いざわめきを感じさせた。


「幽霊騒ぎがあったらしい」


 左右から伸びる枝葉に抱えた人形が攫われないよう、よりしっかりと腕の中に抱え込んだエイダンが言う。重厚な鎧を纏う屈強な体付きは伊達ではないらしく、足元の悪い道を進みながらもその息遣いが跳ねることは無かった。


「ゆ、ゆうれい?」


 エイダンの言葉に顔色を悪くしたテオは、不安げに揺れた声で、前を歩く大男の言葉を反芻する。微かに早められた足取りは、エイダンから置いて行かれないよう必死だった。そんなテオの様子を肩口から振り返ったエイダンは、吐息を漏らすように小さく笑った。


「あんなに騒いだ後なのに、どうしたんだい。もしかして、君は幽霊が怖いのかな」

「だって、だって、俺、魔術は使えない。レイスかなんかだったら、俺じゃあ、何の役にも立たないよ。この仕事するの、他の人の方がいいんじゃないか。さっきのあいつらとか、聖職者も魔術師も、そういう相手になら困らないんだろう」

「彼らは暫く活動なんかできやしないんじゃないかな。まあ、大丈夫、幽霊はいないよ。レイスも出ないし、アンデッドの類自体が、この件には関わっていない。騒ぎが起きた初めの頃、教会の聖職者が幾人かで回って出した結論だし、僕も自らの目で確かめた。腐っても聖騎士出身だよ、そこに間違いはない」

「なら、なんで」


 エイダンの言葉にテオは問い掛ける。言葉を交わすその間も、実戦経験に乏しくない二人の足は、鬱蒼とした林の悪路をものともせずに進み続けた。

 二人が歩を進めることと比例して、後方にあったはずの民家の明かりが段々と見えなくなっていく。城壁の内側、街と呼ばれる延長線であるはずのその場所で、何か遠い場所へ誘われているような感覚に、テオは薄らとした寒気を覚えた。

 そんなテオの様子を知ってか知らずか、エイダンは言葉を続ける。その手の中にある小型ランプが、木々の影を揺らしては大きくしていた。


「木の葉の擦れる音が、どうしてか、夜の間だけ怖かったりしないかい。扉を開いたその裏側や、道の区切りの小さな影。そういうものが、山の影に日が落ちた頃から、どうしてか気になったりはしないかい」

「……する」


 エイダンの言葉に、テオは恥じらったように唇を尖らせながらも正直に答えた。炎をかざすような魔術も、ましてや、死者を宥めるような祝詞も、テオにはどうしたって扱えない。

 グールならばまだいい。ちょっと挙動不審になってもただ怖いだけだ。問題は幽霊などと呼ばれるアンデッドの類の多くが物理的な肉体を持っていないことにある。レイスなんかがまさにそうだ。殴っても、切りかかっても、そもそも触れることすら出来ない。そのくせ、アンデッド独特の恐怖による威圧感によって向かい合うだけで心拍が勝手に暴れ散らしてしまう。放っておけば心臓発作でも起こしそうだというのに、拳と刃物が通用しない相手をどう押しのけろと言うのか。

 正直、テオにとってその手の相手は名前を聞いただけで尻尾を巻いて逃げ出したい類のものだった。死んでるっていうなら最初っから最後まで言葉の通りに死んでいてほしい。


 そういうことがあるもので、エイダンの言う幽霊が物理的なものでない限り、テオにとってそれは敵いっこない強大な敵であることに違いはなかった。

 肩を丸めるように大薙刀を抱え込んだテオは、くるりと背中を縮めてエイダンの後ろに続く。エイダンの太い足が、道に横たわる枝をばきりと踏んだ音にすら、テオはびくりと肩を揺らしてしまった。


「では、そういう時、君はどうするかな」

「どうもこうも。びっくりするだけで、本当に何もいないなら、なんにも出来ないし、無視して通るしかない。というかそもそも何かいるなら、俺、そこだけは絶対に近寄らない。絶対にだ」

「そうだね。無視をして通る。本当に何も無いならばね」


 テオの後半の決意に似た抵抗を受け流し、エイダンはそう言った。そうして何かを見つけたように立ち止まったエイダンが、指し示す様にランプの明かりを下げる。同じように止まったテオは、動こうとしないエイダンを見上げて首を傾げた。

 そんなテオと一瞬だけ目を合わせたエイダンは、手にしたランプをそばに転がっていた倒木へとかざした。エイダンのアイコンタクトを受け取ったテオは、警戒した様子で指し示された倒木を睨みつける。


「それが、どうかしたの」


 意味深な動作で倒木を示したエイダンへとテオは問い掛ける。エイダンは青い瞳をゆっくりと閉じて、言葉を続けた。


「そこに何も無いと、どうして分かるのだろうね」


 エイダンの言葉に、テオは咄嗟に自らの体に身体強化の術式を施した。冒険者のような暴力事に特化した人員への見回り要請など、初めから平穏に終わるとは思っていない。この仕事の先達たるエイダンが示した場所、そこに今回の仕事における見回りで見つけるべき何かがいると思った。

 素早く展開された身体強化の術式は、テオの聴覚を鋭敏にし、その目には暗視効果をもたらした。


 木々の感覚の狭い林の中では長物を振るうことは向かない。抱えた大薙刀を使うとすれば、刺突で木々を避ける他ないだろう。横に振るえない以上、その攻撃には通常以上の精度が求められる。敵の位置をより正確に求め、次手で出遅れないためには、息を潜め、その動きをつぶさに観察する必要がある。


 ぐ、と大薙刀の柄を握りしめたテオは低く腰を落とし、エイダンの隣に並び立った。




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