88話 懐古6
【88】懐古6
ミダスの弟子がどのようにして育てられるのかを、ホゾキはよく知っている。ホゾキ自身が、それとして育てられる側にも、それとして育てる側にも、立ったことがあるからだ。
決して短くない期間、ホゾキはその聖骸の傍で、他二人の弟子と共に寄り添い、過ごした時期がある。
ミダスの弟子としてホゾキが身柄を預けた頃には、上に二人いた弟子達も、彼がそこを離れる頃には上に一人と下に一人となっていた。同時期に過ごす人数の合計が変わらなくとも、ホゾキは姉弟子を一人死出の旅へと見送り、弟弟子を一人迎え入れた経験がある。顔を知っている頭数だけで言えば、ホゾキは自分の他に三人、テオを含めれば四人のミダスの弟子と面識があると言えた。
種との戦いでその両腕と片足を失った聖骸ミダスは、一人では満足に“生きる”ことすらままならない。ホゾキはそれをよく知っていた。
彼女は朝起きて、まず。
苦労せずにはベッドから起き上がれない。顔を洗えない。着替えられない。靴紐が結べない。座った椅子を机に寄せて引けない。食事を口元まで運べない。灯りを消すことも灯すこともできない。部屋のドアを開けられない。階段を踏み外せば真っ逆さまに落ちかねない。正面の建物まで行くために道を素早く横断できない。金銭を払おうにもコインをつまめない。何かを買ったところで受け取れない。鞄を肩や背にかけてもずり落ちる上にそれを拾えない。
彼女には、できないことが、多かった。それらのどれもが、宗教上の理由で欠損を認めないこの国で過ごすには、あまりに致命的だった。
だからホゾキはドアノブやスライドドアが嫌いだった。もとからギルドに設置されていた重厚なドアはすぐに廃棄して、体で押せば簡単に開けられるスイングドアに付け替えた。
だからホゾキは重ねられた冊子が嫌いだった。それまで受付順に左綴じにされていた依頼書は、すべてバラバラにして掲示板に張り付けた。
だからホゾキはテーブルランプが嫌いだった。雰囲気などというギルドにおいては飯のタネにもならないものは捨て去って、すべて壁掛け式のランプに切り替え、その点灯をギルドの仕事として内部で受け持った。
だからホゾキは四つ足の椅子が嫌いだった。酒場を含めたギルド内の椅子は絶賛買い替え中である。全部の椅子を一度に買い替えるには費用がかかりすぎるため、図体の大きな暴れん坊達が次々と壊していくのを良いことに、弁償という名目のもと、彼らの金で順次買い替えているのだった。
床に固定した回転式の椅子は一脚一脚が高い。まあ壊れるときは一度に何脚も壊してくれやがるので違和感なくまとめ買いできるのは、暴れん坊たちの良いところだとホゾキはしみじみと思う。
要らん物を壊しては買い替えるための代金を出してくれる彼らのおかげで、ホゾキは長く居座っているこのギルドの作りを好き勝手に変えられる。目に入るものの一つ一つが腹立たしくて仕方のなかったこの場所も、おかげで最近ではだんだんと“まし”になってきたとホゾキはほくそえんでいたりもした。
とは言っても。
近頃ではモニカという錬金術師を名乗る若い女が義手義足を開発し、聖骸ミダスに提供しているため、昔よりは個人でできることの幅は増えているようだ。
しかし、ホゾキはその頃にはもうすでに師匠ミダスの元を離れている。そのため、どうしても師匠の不自由さの方が頭に浮かびやすい。
体の不自由な“師匠”を支えるための弟子。彼女が自らの弟子をそう呼ぶことがあるように、ミダスの弟子とはその聖骸の疑似的な手足を意味する。
彼女の代わりに食事を運び、彼女の代わりに道を歩き、そして彼女の、聖骸の代わりに戦場に赴く者達。
では新しく弟子として迎えられ、聖骸ミダスに得られた手足はどうやってそれに足るまでに育てられるか。それは純粋に、ただただ単純に、先達が後続の教育を担う。それだけだった。
ミダスの弟子として一番新しく弟子入りしたテオが、そのひとつ前に弟子入りしたニールに面倒を見られ、育てられたように。
ホゾキが聖骸ミダスの弟子として過ごした期間、ホゾキの兄弟子がホゾキにあらゆる物事を教え、導いたように。
ニールの一つ上の弟子として聖骸ミダスに師事していたホゾキは、ニールの兄弟子として彼に寄り添った。
結論として、簡潔に述べるのならば。
ホゾキ、ないしホゾキの兄弟子の男は、ニールという青年に毛嫌いされるに終わった。
ホゾキとその兄弟子の人間性を軽蔑し、罵倒し、最後には“自らの弟弟子になる人間は、貴様らのような薄汚い下種のように育てるものか”とまで宣ったのがニールだ。
ギルドに初めて顔を出した際のテオの反応を思い出すに、テオはホゾキが一時期ミダスの弟子としてついていたことすら知らないように思えた。つまりニールの中では、ホゾキ、ないしその兄弟子はないものとされているようだ。
嫌われたものだ。甘やかすことだけが愛情ではないと理解していた相手であったからこそ、自らの育成の手腕は底辺を下回るものだったのだと理解するには充分であったが。それでも。
こんなどん詰まりの世界で、せめて少しでも長生きできるよう、ホゾキは必死にあれを鍛えたつもりだったのだ。あの時ばかりは、効率なんて、捨て置いてみたというのに。しかし。
きっとテオは大事に大事に育てられた。ホゾキは今の光景を見て、つくづくそう思った。
自分より強いものに囲まれたのだろう。自分より聡いものに導かれたのだろう。自分より優れたものしか取り合ってくれなかったのだろう。
故に、いつだって足を引っ張るのは自分だったのだろう。だからこそ、いつだって道に迷うのは自分だけだったのだろう。どうしたって、自分が一番下や後ろを歩くものだったのだろう。
それは可哀想なことだとホゾキは思う。なにせ、その結果がこれだ。道を往く人間が。偶然仕事先で居合わせた人間が。ただそこにいただけの人間が。
すべてが理路整然とあるのが当然で、無価値で無意味で害でしかないことが時として降りかかるなんて、そんなことはないと思い込んでいる。思い込もうとしている。
これまでがそうだったから。だからこれからもそうなのだと。思い込んだ理想が変化した現実と乖離したことを理解していながら、呆然自失とそれを飲み込めないのだろう。
正しいと主張するならそれを信じる。優れていると宣うのならそれに頷く。故に、その不誠実さも、その間違いも、その無能さすら。今のテオは決して許さない。
それはテオの今までの人生で、彼は常に許しを得る側だったからで、時として自らが許されないことも理解していたからだろう。
そして何よりも、テオ自身が許す側になることがなかったのだろうことをホゾキに思わせる。常に誰かの判決を待たねばならず、それを覆せる権利すら与えられない。もしくはそれを与えられていたとしても、自らの手の中にその選択があることに気が付かない。
それは窮屈だ。きっと窮屈だ。なによりも。それを狭いと思えないその心の在り方を自らに許している様子こそが、ホゾキには痛々しくて仕方がないように思えた。
年相応よりも、ずっと幼い。
友達。兄弟。もしくは知人と呼べる程度に居合わせた他人以上の存在。そういった身近な同等から得られるはずだった経験が、テオには致命的に足りていなかった。
姉がいたのだと話していた。孤児院で過ごしたのだと。ホゾキはギルドに来たばかりのテオから聞いていた。テオの人生の中には、姉のような兄弟も、孤児院の子どものような友達も、ましてやそれにまつわる知人達も、少なからずいたのだろう。ただ、それを亡くすことが、それと離れることが、早すぎた。故にその記憶はテオの中に経験という形では積もらず、学びとして物事を得られるほどに育った時にはもうすでに傍には上か他しかいなかった。
師匠ミダスと、兄弟子ニール。テオに取り合うこともせず、故にテオが取り合うこともしなかった他人達。それだけではやはり、偏りが出るのは仕方のないことと言えるのだろう。
テオの身柄を師匠ミダスから預かって長くないホゾキにも、それはありありと感じ取れた。
「なるほど、お、親離れさせましたね」
ホゾキは大きな火傷を負った、自らの師匠の顔を思い出してそう呟いた。
ホゾキの目の前では新たに傷を癒された斥候の男が飽きもせずテオへと向かって行き、返り討ちにされている。
彼らも彼らでよくやるものだ。いい加減、諦めて逃げるかどうかすればよいものを。一体掲げる矜持とやらで何体の魔物を殺せるつもりになっているのだろうか。
ホゾキはその内心に抱いた嘲りに近い失望を表に見せないまま、微かに息を吐き出した。
「う、うう。この、悪魔め」
体力の限界が来たのか、腰を抜かしたように床板の上から立ち上がれなくなった魔術師の男が、テオを睨み上げて罵る。その形相はまるで仇を睨めるようだとホゾキは感じた。
いったい何の仇だと言うのだろう。テオはこの場において殺生と呼ばれるものにまでは一切手を付けていないし、勝者の椅子に座ってるように見えて、実のところは手網のひとつすら握れていない。
だからこそ、今のテオでは彼らに対して忸怩たる思いなど抱けないだろうに。だからこそ今の彼らでは、テオに対して溜飲が下がることもないだろうに。
テオは彼らが自らより優れていると言う言葉を信じたからこそ、彼らの教えを待っていて“やっている”。故に、今現在の自らの暴虐がそうであることに気が付かない。
彼らはテオをあしらえないことに気が付いてしまった。そのくせ、せめて自らの矜持を守るために“負けてやる”こともできない。勝ちきれない相手に、どうやって負けないままでいられるのか。その勝敗の決め方に暴力を彼ら自身が持ち込んだ時点で、その答えはかき消えてしまった。
そう。テオは強い。体の持つ力だけでいうのなら、そう言い切っていい。けれどその内面は違う。純粋に与えられる解法を疑うほどの深さがない。紙に写したことと同じだ。同じ文字を同じように書いただけで、その中身の真偽を問えるほどには成長していない。
子どもと言うには大きく育ち、大人と言うには思慮深い判断に欠ける、そんな中途半端な人間が今のテオだ。誰であれそういう時期は通るだろうし、それを超えて人は自らの経験を経験と呼べるようになる。
それこそを師匠ミダスは求めたのだろうとホゾキが察したところで、果たして求められた結果をもたらすことができるのか。ホゾキは胸を張ることができなかった。
ホゾキは一度、人間の育成に失敗していると自らを断ずる。ニールの件がそうだろう。ホゾキがどれほどの時間と労力、そしてその心の一端を預けたところで、ニールから返されたのは蔑視の感情だけだった。
そんな自分の所に寄越したところで、これを正しく育てられるとは限らないのに師もよくやるものだ。そこまで考えたホゾキは、気が付いたように口を開いた。
「あー、別に、た、正しくなくて、よいと」
ひくりと頬を引き攣らせたホゾキは、今も尚必死に聖職者に治療をせがむテオを見て思う存分に溜息を吐き出す。
テオという一個人、その人を。使えるようにしたいのか。それとも使われるだけの人間であることをやめさせたいのか。
きっと。ホゾキはそれすらを察することを求められているのだろう。そうでないならば、きっとどっちだっていいのだろう。
いいように使えると思われている。そして自分も、それがわかった上で良いように計らおうと考えている。
腐っても、離れても。
ミダスとホゾキは師匠と弟子であるらしかった。
自覚あるその親愛を思い出したホゾキは、その時になってやっと、細くとも重たい腰を、自らの意思で持ち上げた。




