77話 雪辱1
【77】雪辱1
レジーは緊張した面持ちで背筋を伸ばし、集められた面子を見渡した。
レジーが階段を登った頃にはすっかりしょぼくれた態度になっていたテオ。
その隣で人形の頬に着いた土を払って腕を丸めるエイダン。
白衣の裾をばたばたと叩いて埃を払っては、苛立ちを隠さずに爪先を踏み鳴らすジル。
固まって並ぶ男三人から、なにやら距離を取られている長身の女がまた一人。
百七十センチはありそうな長身に乗った頭は不自然に斑な蛍光ピンクの髪が乗っている。同じく自然色に見えないほど輝くライムグリーンの瞳は、どこか楽しげに細められていた。
着込んでいるオーバーオールは土埃とは違う汚れが目立ち、薬品を零したのか、所々が変色していた。
オーバーオールの上に羽織った白衣はジルのものとは異なり、元の白をろくに残していない。
ジルのそれが医術のためのそれならば、女の白衣は化学のためのものに見えた。
更に目を引くのは女が背負うリュックだ。背丈に見合って腕の長い女が肘を突っ張る長さよりも幅のあるそれは、ぱんぱんに膨れてその背中で存在感を主張している。
「誰ですか、あの人」
腕を組み柱に背を預けるテオにいそいそと近付いたレジーは問いかけた。
その言葉に組んでいた腕を解き、首を傾げたテオが口を開く。
「どの人」
「あの、頭が、その、派手な」
「ああ、モニカだよ。ソロの錬金術師。お前が一番近付いては駄目な人」
合点がいったように頷いたテオが答える。
しかしテオの言葉に、次に首を傾げたのはレジーだった。
「え、どうして近付いては駄目なんです?」
「無意識的な天才肌の人間が意識的にその能力について説明できるまで延々と付き纏う。わかんない、って言う返答が通じないタイプ」
「なるほど。近付かない」
「そうしておけ。モニカに絡まれると俺も困る」
そう言ってテオは溜息を吐いた。首を解すように手を当てて傾けていると、件のモニカが二人の話が終わったことを見計らい近付いてくる。
首に当てた手をそのままに、ぎくりと体を固まらせたテオを見て、レジーは大人しくその影に隠れた。
「テオ! 久しぶり!」
「さ、早速絡まれた……」
蛍光ピンクの髪を揺らしたモニカがテオの肩を無遠慮に叩きながら声を掛ける。レジーは隠れたテオの背後で思わずぼそりと呟いた。
それを知ってか知らずか、モニカは気にした様子もなくテオに語り掛ける。
「ミダスから連絡きたかい?」
「来てない」
「君から連絡取らないのかな?」
「取らない」
「どうして連絡をとらないのかな?」
「用事がない」
「本当に何も聞いていないのかい?」
「聞いていない。何の話だ」
モニカの質問に黙々と答えていたテオは、遂に根負けして問いかけを返した。
テオの言葉に、小さく首を傾げたモニカの頭の上で、彼女自家製の着色料で染められた蛍光ピンクの髪が揺れる。同様に自作された色付きのコンタクトレンズがはめられた、ライムグリーンの瞳がぱちりと瞬いた。
聖骸狂いのモニカ。それがテオから見たモニカの印象だった。
聖骸が持つ特別な力である権能を、より多くの人間が使えるよう、汎用的に、かつ簡易的に作り替え、再現することに固執した女だ。
聖骸ミダスとも付き合いがあるモニカとは、テオも師匠の元を離れる前から面識があった。しかし、各所に拠点を持ち、転々と街を移動するモニカがこの街ポーロウニアへと訪れたのはテオよりも後であった。
初めて顔を合わせた瞬間に質問責めにあって以来、酷く苦手に思う人物でもあったモニカが、自分が居着いた街に腰を据えたことを知った時の苦い思いはテオの記憶に新しい。
言いたくないことを根掘り葉掘り尋ね、分からない事は正体が分かるまで詰問される。
答えられる事柄以外には沈黙で返したいテオにとって、モニカは相性が悪い相手だと言わざるを得ない。
師匠である聖骸ミダスがテオを拾った後に使用し始めた義手義足の製作者でなければ、テオも出来るだけお近付きになりたくない相手だった。
それでも、アーニーから自分達の保護を持ちかけられた際に、モニカの顔を思い浮かべたのも事実だ。
聖骸の持つ力を特別という枠から逸脱させたい彼女にとって、聖骸が聖骸であるが故に酷使され搾取される現状は受け入れ難いものらしい。
彼女であれば“戦わない”を掲げる聖骸であろうとも、それを搾取しない。多少の協力は求められるかもしれないが、その間もその後も、彼女であれば悪さはしないだろうという信頼もある。
彼女は聖骸を一つの兵器ではなく、一人の才ある人間として扱いたいように思えたからだ。
やけに師匠ミダスとの連絡の有無を聞いてくるモニカにテオが問い返すも、当のモニカは肩を竦めて見せた。
「ううん。教えないでおこう」
「……モニカ。あっち、行っててくれるか」
「嫌かな」
「……レジー、あっちいこう」
疲れたように柱から身を離したテオがレジーを誘う。布に包まれたままの大薙刀を抱え直したテオに向けて頷いたレジーは、大人しくその背中を追いかけた。
「こっちに来るな、愚物の代表格め」
「壁になってよ、先生。壁、壁」
テオが逃げた先であるジルが近寄って来たテオを追い払おうと手を振る。
しかしテオはそれを気にする様子もなく、戦場においてもその色を譲らないジルの白衣の後ろに隠れた。
テオとレジーが先程まで立っていた柱のそばで腕を組んで考え込むモニカを遠目に見るテオに、ジルが口を開く。
「今すぐそこから飛び降りたらどうだ。お求めの壁とやらを好きなだけ拝める。今からひと仕事あるというのに大暴れしおって。ばたばたと煩くて仕方ない。無駄に埃を立てるな、いい迷惑だ」
「あ、そうだ。これ、同罪のレジー。他の聖職者に癒術を頼めないから、怪我をしたら頼らせて欲しい。レジー、こちらはジル先生。俺みたいなのも治してくれる癒術師の人」
あちらこちらへ紹介したものの、ジルとレジーは面会がなかったと思い出したテオが間に入って紹介する。
「……、……おい」
「えへ、えへへ。よろしくお願いします。ジル先生」
「……面倒事に巻き込むなと、言っただろう」
しかし互いに示された二人は、盛大に顔を引き攣らせた。身長差が大きく存在しないために揃った目線でアイコンタクトを送るように見つめ合った後、目を逸らす。
そんな二人の様子に首を傾げたものの、直ぐに興味を失ったのか、聞いた所で答えてはくれないだろうと割り切ったのか、テオは辺りを見渡して呟いた。
「ソロばっかりなのにミンディがいない」
「彼女ならさっき帰ったよ」
「エイダン」
テオの呟きに答えたのはエイダンだった。
腕に抱いた人形メイガンが微かに焦げた青いボタンの目で父親を見上げている。
「ミンディだけどね、オルトロスの発見報告だけして帰ったようだよ。何か用事があるのかな、急いでいたように見えたね」
「そうか。いないなら、別に、いいんだ。それより珍しいな、エイダンがこういう作戦に参加するなんて。何かあったか?」
普段から壁外の探し物以外に関心を示さないエイダンは、あまりこう言った討伐作戦には参加しない。エイダンが求めるのは魔物の首ではなくあくまで地面に落ちてるかもしれない無くし物だからだ。
だと言うのにこうしてオルトロス討伐のために集められ、指示待ちをしている面々に混ざっているということは、エイダンは今回この作戦に参加するということだろうとテオは考えた。
「うん、そうだね。明日自由に動くのに、あんなに大きいのがいると邪魔だろう? 丁度居合わせたこともあるしね。今日のうちに片付けてしまえるなら、手伝おうかと思ったんだよ」
「そうか、助かる。頼もしいよ」
「お互い様だとも」
微かに目を細めたエイダンは言う。
その丸太のように太い腕の中に守られた人形メイガンが、柔らかく傷んだ髪を揺らしていた。
「それにしても、どうしてこのメンバーなんだ。ソロばかりじゃないか」
「そうなんですか?」
「ああ。ミンディ以外ソロ活動の長いのは大体揃ってるけど、それにしても人数が少なくないか」
レジーの問いかけに頷いたテオが答える。
癒術師ジルに始まり、戦士職を務めるエイダンとテオ、錬金術師を名乗るモニカ。そしてテオに着いて来て作戦への同席を認められた、魔術師と剣士を兼任するレジー。
他にパーティと思われる集団が二つほど遠目に見えるものの、前回大きな被害を出したオルトロスを討伐するための隊としては嫌に少数だ。
「前回、オルトロスにより甚大な人的被害を被った原因は、各冒険者パーティや兵士との混合部隊による大人数での突撃が無秩序に行われたことだ」
そんなテオの疑問に答える声が背後から掛けられる。
低く掠れたその男の声は、この壁の防衛、その中央を担う指揮官の一人の声だったと思い出したテオが振り返る。そこには糊のきいた制服に身を包んだ壮年の男が立っていた。
「今回はその反省を活かし、対応に当たる人数を搾った。参加するのは、実力が確かであることがそれぞれ確認されているソロの冒険者である君達と、こちらの二つのパーティだ。それ以外の人間は、壁の端まで下がらせる」
ぴんと伸ばした背筋の上で、彫りの深くなった皺を寄せて話す指揮官の男は言う。
肩を覆うように下げられた青色のストール、そこに描かれた紋様が、壮年の指揮官の所属を主張していた。城壁における中央部分の戦闘指揮官はあくまでも昨今の事情を考慮された兼任の肩書きに過ぎない。
この壮年の男の本来の所属先は聖教。その中でも荒事を担う上位機関“聖騎士”に属している。言うなれば、補助に長けた癒術師よりのものと比べて、より戦闘に特化した聖職者であった。
テオの隣に並び立つエイダンが、指揮官の服装を目にし、微かに眉を顰める。その僅かに漏れ出た嫌悪に取り合わず、聖騎士と指揮官を兼任するその男は悠々と口を開いた。
「さて。この中で最も速く走れる者はどなたかな」
男のその言葉に、ジル、モニカ、エイダン、レジー、それら四人の視線が無情にもテオへと集中した。




