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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第二章
75/144

75話 バーサス2

 

【75】バーサス2




 レジーの初手は投擲だった。


 鋭い切っ先を持つ細剣が、身体強化を施されたレジーの腕から射出される。


「簡単に武器を手放すな!」


 大薙刀を振ることなく、飛来した細剣の腹を素手で横薙ぎに叩くことで対応したテオが吼える。

 真っ直ぐ顔面へと向けて放たれた細剣は防がれる事を信頼して投げられたものなのか、腕を振るったテオの視界を一瞬遮るだけに終わった。


「私の武器がそれだけなわけないでしょう! あんた今まで何見てたんですか!」


 しかしその一瞬の遮蔽を利用したレジーは、素早く手の平を地面へと叩き付けた。

 呼応して地面が盛り上がり、テオへの最短距離を細い地割れが走る。

 それを視認したテオは一目散に城壁の上へ繋がる階段へと駆け出した。


 主力武器となる大薙刀の重量が大きい為に、テオは垂直移動を苦手とする。身体強化を施した手足で縦に壁を攀じ登るより、横方向に移動できるルートを優先した。


 しかし五日の間、テオの後ろを着いて回ったレジーはその移動ルートを予測していた。囮として作った地割れとは別に、並行して走らせていた魔術の効果が発動する。


「お前、あの訳わかんない呪文どうした!」


 テオの進行方向に、突如として土の壁が現れた。立ち塞がる様に生える土の壁が伸びきる前にその上部へと足をかけ、ハードル飛びと言うには強引な飛距離を出したテオが叫ぶ。


 レジーが魔術を使う際に唱える呪文らしき何事かを魔術発動の合図として見ていたテオにとって、レジーが無言で土壁を生やした事は計算外だったのだ。


「あんなん気合い入れるための雄叫びと変わりゃあしませんよ!」

「阿呆か! なら初めから黙って撃ってろ! 目立つ掛け声しやがって!」


 一枚目の土壁を越えても、その先には更に角度を変えた三枚の壁が出現していた。

 僅かに開いた壁同士の隙間に足を掛け、器用にすり抜けるテオに向けてレジーが叫ぶ。


「ひょいひょい避けるな! 猿ですかあんた!」

「猿でも逃げられる罠に用はないな!」


 聳え立つ土壁を避けてなおも走るテオが怒鳴り返す。レジーは鉛色の目を吊り上げて、なおも魔術を行使した。


 進む為に一歩踏み出したテオの足元がぐずりと凹む。突き上げる壁ではなく落とし穴で対抗することにしたらしい。


 テオの足元に突如として開いたのは、直径百五十センチ、深さは二メートルに及ぶほどの大穴だった。


「う、わ!」

「よっし! 捕まえた!」


 唐突に無くなった足元の感覚に、思わず声を上げたテオを見て、レジーは勝利を確信し、強くガッツポーズを取った。


「早とちるな! 間抜け!」

「げえ! なんでそれで上がれるんです!」


 片腕を大薙刀により塞がれているテオでは、咄嗟に両手を着いて落下を防ぐことなど出来ないだろうと高をくくっていたレジーが歯噛みする。


 足元の感覚が無くなったその瞬間、テオは手にした大薙刀を穴に向けて横倒しにした。

 柄だけでも百六十センチに及ぶ大薙刀は、刃部分と併せても二メートルを超える。


 コップの上に箸を倒すように穴の上を横に渡ってつっかえた大薙刀。その柄を握り、逆上がりの要領で穴の外に飛び出たテオは、吐き捨てるように叫ぶ。


「俺が捕まえられないのなら、オルトロスなど夢のまた夢だぞ!」

「わかってる! こっちだって怪我させないように必死なんですよ!」

「はん! そりゃあ悪かったな!」


 階段まで残り四十メートル。

 テオの脚力を考えれば、それは距離とも言えない程に短く、ともすれば四、五回跳ねるだけで到達する。


 目算を立てたレジーは、新たな罠を張るべく更なる魔力を練り上げた。それを遠目に確認したテオは、その術式が発動しきる前が勝負だと気合いを入れ直す。


 抱え直した大薙刀の重量に傾きそうになる体を正し、テオは地を蹴った。しかしその瞬間、身体強化の術式により馬並の速度を出したテオの顔に微かに影がかかった。反射的に影の正体を探し持ち上げた視線に映ったものに、テオは息を飲んだ。


「なん、は、なに!?」

「土だけなんて言ってないもんね!」


 次に来る魔術は壁や穴よりも大掛かりなものだと踏んでいたテオは、意外にも早く発動したレジーの魔術の結果に目を丸くする。


 膝裏まで隠す長いコートの裾を裏返して握り、腕を掲げたレジーは、たなびいたそのコートの布地に向けて強風を巻き起こした。


 風をはらんで膨らんだコートの布地がそれに腕を通し地を蹴ったレジーの体を、地面から一メートル程の高さまで吹き飛ばす。

 テオの足止めのために立ち上げた土壁が丁度いい足場になった。


 僅かに浮き上がった体でテオの視覚外から強襲したレジーは、着地のついでに後ろからその肩を蹴り飛ばす。


「どうなってんだそれ!」

「凧って言ってもわかりゃあしないでしょ!」


 テオの体を上から押さえつけようとその体目掛けて着地したレジーを躱し、肩を蹴り飛ばされた勢いで地面を転がったテオが叫ぶ。


「なん、た、たこ、それ、飛べるのか!?」


 素早く身を起こしたテオに対し、巻き上がった長いコートの裾に多少もたつきながらも立ち上がったレジーが得意げに笑って口を開いた。


「諦めてくれたら教えてもいいですよ!」

「ふざけんな! 後で教えろよ!」

「折れてくれないから嫌だよ! ばーか! 頑固親父!」

「俺はお前の親父じゃない!」

「そういう話じゃないんだよ! おばか!」

「馬鹿馬鹿言うな! そうじゃないならなんだって言うんだ! 親父って歳でもないんだぞ! この、この、すっとこどっこい!」

「それ馬鹿って言うのと大して意味変わりませんよ! おばか語彙力!」

「学がねえんだ! 仕方ないだろ!」


 互いに指を指しあって、まるで子どもの口喧嘩のような応酬が始まる。


「仕方なくていいから、折れろって言ってるんだ!」


 辺りを囲うギャラリーがそんな二人の様子にざわめき始めた頃、細剣を投擲しすでに丸腰となったレジーがテオに向けて突撃した。


 剣を提げていようとも魔術師の域を出ない細身のレジーの体では、前衛を担うテオの体を打ち倒すには不十分だろう。

 その無謀に思えた突進に対し、テオはその体を受け止めることで応えた。


 身体強化の魔術により強化されたレジーの体による突撃も、同じく身体強化を施したテオならば片腕でも止められる。


「俺に腕力で勝てると思ったか! レジー!」

「んな訳ねえでしょうが! こんの馬鹿力!」


 瞬間、揉み合うテオとレジーの足元の地が消失した。直径深さ共に三メートルに及ぶそれは、突進によりレジーが自分に向けてテオの気を引いた隙を突いて発動した、魔術による落とし穴だ。


 テンプレート化した術式による落とし穴ではテオを落とし込めなくとも、一回りも二回りも大きくリサイズした穴ならば違う。

 大薙刀よりも長く穴の幅を確保出来れば、つっかえ棒を無くしたテオは落ちるより他はない。


 更には態々突進とともに組み付いた事で、テオの意識を地面から自分へと移していたレジーは笑う。


「あっはははは! 捕まえた!」

「お前も一緒に入ったら意味ないだろうが! 俺のことを自滅だなんだって咎められる立場かよ!」


 レジー諸共落とし穴へと落下したテオは、即座に体勢を立て直して共に落下したレジーの体を受け止めた。背丈ばかりは同じほどの体格の男に上を譲るように、器用に穴の底に着地した姿勢のまま怒鳴り上げる。

 しかしそんなテオの言葉にも、やはりレジーは勝ち誇った笑いを返した。


「いいや! いいや! 捕まったのはあんただけだよ! テオドール!」


 長いコートを翻し、再度その裾を握って構えたレジーを見たテオが焦る。先程見せた凧の要領で飛翔する気だと気が付いた時にはもう遅かった。


 二人の間を起点に発動した強風の術式が、テオの体を穴の底の地面へと叩き付け、レジーの体を穴の外まで巻き上げる。


「頑固野郎は仕舞っちゃうもんね!」

「おま、お前、レジー! 待て!」

「誰が待つか! ちょっとの隙でひょいひょい逃げ出して! 普通人間はそんなに重いもの担いで飛んだり跳ねたりしないんだよ!」


 穴の縁に着地したレジーが、地面に手を叩きつける。その動きに合わせて盛り上がった土が、テオが落ちた落とし穴に蓋をした。




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