73話 かみさまのおはなし4
【73】かみさまのおはなし4
むかし、むかし。
ある所に、お腹を空かせて荒野を歩く、一人の女がおりました。
その女は生まれた時から、ずっとお腹を空かせていました。
食べても、食べても。飲んでも、飲んでも。
女の腹が満たされることはありませんでした。
女の満ちることの無い空腹は、村の誰にも理解されず、女はやがてその居場所を失いました。
冬の来る前の頃、追い出された村から離れるように、女は荒野を歩きました。
土は苦く、枯れ木は渋く、泥は酸いものでありましたが、女はそれらで尽きることない空腹を誤魔化し、その荒野を歩きました。
そうすると、どういうことでしょうか。
雲の合間にさす光の柱から、ひとつの種が落ちてきたではありませんか。
女は天から落とされた種を受け取りました。
女の腕でやっと抱えられるほどのその種は、天と同じく青みがかった色の光を零すように、鼓動し、脈を打っています。
硬い表面を叩けば、水を含んだ澄んだ音がする。きっとこの中身は柔らかく、果汁のように甘い蜜が詰まっているに違いない。
そう思った空腹の女は、種の合わせに爪を立て、その割目を開きました。
かぱり、かぱり、と開いていく種は青い水を垂れ流します。
川も無い荒野を歩き疲れた空腹の女は、その汁に口をつけました。
汁を啜り、種の硬い殻の内側の胚を食らったその女は、生まれて初めて満たされた腹を撫でます。
満腹というものを初めて知った女は、ほかに誰もいない荒野の中、一人微笑みました。
満ちることはこんなにも心地よいのだと、その時、女は初めて知ったのです。
中身が無くなって軽くなった種の殻を抱えた女は、ふと、眠気を感じました。
腹が満ちれば眠くなる。
そうだ、そういう話を聞いた。
この沈み眩むような眠気がそうなのかと、女は自分がいた村で耳にした話を思い出します。
雲が厚く空を覆い、天が隠れたその荒野で、女は種の殻を枕に横になりました。
どこにいくあてもないのなら、ここで眠ってしまおうと思ったのです。
そうして、目が覚めたその時に、またどこかを目指して歩きだそう。
満腹を知ることができた今の自分なら、きっと、今度こそ人と共に生きられる。
黒い泥のような眠気の中、女は希望を胸に目を閉じました。
そうして、その女が目を覚ますことは二度とありませんでした。
神様が降して下さった宝を食い荒らした、食い意地の汚い女の最期のお話でした。
めでたし。めでたし。




