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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第二章
73/144

73話 かみさまのおはなし4

 

【73】かみさまのおはなし4




 むかし、むかし。


 ある所に、お腹を空かせて荒野を歩く、一人の女がおりました。


 その女は生まれた時から、ずっとお腹を空かせていました。


 食べても、食べても。飲んでも、飲んでも。

 女の腹が満たされることはありませんでした。


 女の満ちることの無い空腹は、村の誰にも理解されず、女はやがてその居場所を失いました。


 冬の来る前の頃、追い出された村から離れるように、女は荒野を歩きました。


 土は苦く、枯れ木は渋く、泥は酸いものでありましたが、女はそれらで尽きることない空腹を誤魔化し、その荒野を歩きました。


 そうすると、どういうことでしょうか。


 雲の合間にさす光の柱から、ひとつの種が落ちてきたではありませんか。


 女は天から落とされた種を受け取りました。


 女の腕でやっと抱えられるほどのその種は、天と同じく青みがかった色の光を零すように、鼓動し、脈を打っています。


 硬い表面を叩けば、水を含んだ澄んだ音がする。きっとこの中身は柔らかく、果汁のように甘い蜜が詰まっているに違いない。


 そう思った空腹の女は、種の合わせに爪を立て、その割目を開きました。


 かぱり、かぱり、と開いていく種は青い水を垂れ流します。


 川も無い荒野を歩き疲れた空腹の女は、その汁に口をつけました。


 汁を啜り、種の硬い殻の内側の胚を食らったその女は、生まれて初めて満たされた腹を撫でます。


 満腹というものを初めて知った女は、ほかに誰もいない荒野の中、一人微笑みました。


 満ちることはこんなにも心地よいのだと、その時、女は初めて知ったのです。


 中身が無くなって軽くなった種の殻を抱えた女は、ふと、眠気を感じました。


 腹が満ちれば眠くなる。

 そうだ、そういう話を聞いた。


 この沈み眩むような眠気がそうなのかと、女は自分がいた村で耳にした話を思い出します。


 雲が厚く空を覆い、天が隠れたその荒野で、女は種の殻を枕に横になりました。


 どこにいくあてもないのなら、ここで眠ってしまおうと思ったのです。


 そうして、目が覚めたその時に、またどこかを目指して歩きだそう。

 満腹を知ることができた今の自分なら、きっと、今度こそ人と共に生きられる。


 黒い泥のような眠気の中、女は希望を胸に目を閉じました。


 そうして、その女が目を覚ますことは二度とありませんでした。


 神様が降して下さった宝を食い荒らした、食い意地の汚い女の最期のお話でした。


 めでたし。めでたし。





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